2-12 ダンジョン相場
朝、久々に出社したら、エバートソン陸軍中将が待っていた。
『おはようございます。今日は、また何か御用ですか?』
全ての取引は円満に終わり、とりあえず新しく渡せるような物はない。
もう少しゆっくりして、色々集めてくればよかった。帰りたい一心だったから仕方が無いけど。 だが充分に苦労には見合った見返りとなった。
情報が漏れて、「ダンジョン銘柄」が僅か1週間で3倍に爆騰した。俺が全財産突っ込んだので、ちょっとした仕手戦になったのだ。はっきり言って大規模な奴だ。
なんの事は無い。全てを知る俺の動向に市場がついてきただけだ。俺が口座を持っている最大手証券会社の自己売買部門が乗った。
こういうのは別にインサイダー取引とはいえないだろう。俺が情報を流していたわけじゃない。俺の後ろから、彼らが勝手についてきただけなのだ。
その情報を元に個人が利益を上げたわけじゃない、証券会社が社内にある情報から取引して利益を上げただけなので多分セーフだろう。まあ法律の厳格な運用については知らないが。少なくとも俺は無実だ。
こんな事は滅多にある事じゃない。海千山千の大証券が、ど素人の後を黙ってついてくるのだから。普通は絶対にない。証券会社が損するだけだから。まるで甚平鮫の周囲に群れを為す、大小の魚のようだ。
これをアウトというなら、証券会社の自己売買は全て禁止しなくてはならなくなる。情報自体が段違いなのだ。自己売買が有利に決まっている。全ての板情報が見られるだけでも、ずるすぎる。
むしろ証券会社の自己売買自体を禁止にすべきだ。そんな事を認めていることがそもそもおかしい。証券会社の本分に戻らせればいい。俺に得な事なので絶対に言わないけどね。
他の証券会社もそれに乗ってきた。それとなく情報が回っている気もするが、俺にはわからない。海外の先物を扱う証券がその流れに乗り、海外の大口投資家も参戦して日本の投資家もついてきた。
さすがに呆れたが、世界で俺だけは絶対に損をしない相場なんで文句は言わない。好きなだけ吊り上げては売っぱらって次へいく。
俺が買う度に他の連中が買うので必ず上がる。もっと上げたいなと思えば追加買いすればいいだけだった。
この株は上がりそうだよなと目をつけておいた株があれば、ダンジョンに関係ない銘柄でも深読み買いがついてきた。前後に意味深な銘柄を買って、妙な関連付けをしておいてやれば万全だった。
そこまでやると、さすがにプロの目は誤魔化せないようだった。途中から気づかれていたようだったが、彼らは知らないふりであえて乗ってきた。
真実はどうでもいい。儲かればいいんだ。経済ニュース番組も経済新聞も熱く沸騰して、普通のニュースでも日本株の過熱が報道されまくった。
1600億の利益に20%の税金がかかり、手持ちが2080億になった。俺が売却した流れで利益確定で下がったところをもう1度狙ってみる。
ここは行っても大丈夫なところだから。丁度日経平均が25日線付近にある。
そこにタッチしたその瞬間に、先物で使っている証券会社の初心者の上限200枚買いしながら、2000億バスケット買いで現物の全力買いをした。これは株価操作にはひっかからない。
何故なら、たかが200枚の先物買いくらいで相場が上がっていく事はない。タイミングが悪ければ大損する。
みんながそこで買いたいと思っている、まさにその瞬間に相場の主人公である俺が誘ってやったのだ。
そこで買いたい! だが、プロだからこそ最初の1人にはなりたくないのだ。他の人の反応が見たい。
誰かがやって他の連中が動くようなら、安全地帯となったその時には怒涛のように食いついていくのだ。皆、頭は最初から捨てにかかっている。
その仕手になりうるのは、まさに世界で俺だけだった。
2000億は呼び水にしか過ぎなかった。市場は即時に反応した。待機資金が唸りを上げてなだれ込んだ。いつもは慎重な連中も儲け処は心得ていた。
先物の上がり方が発狂したようだった。タイミングを図ってやったので、うまい事海外証券の先物勢を釣れた。相場が動いたという事は、俺が動いて、その動きを知る大証券が動いたという事なのだ。
ここは2番底などないはず。少々下がっても売ってはいけない。日経平均は当日に+1σに到達して高止まった。
本日の東京株式市場の取引高は4兆円をはるかに越えた。活況といわれるのは3兆円が目安だから相当の金額だ。
夜間の日経先物も窓を開けて始まり、ただの一度も下がる事無くロンドンタイムに値を伸ばしNYタイムを迎えた。
おりしも、その日当然のようにNYダウやナスダックも爆騰した。翌日に日経平均はさらにチャートに大幅な窓を空けて高値から始まり、殆ど利益確定を引き起こすことなく上昇していった。
あっという間に日本株は高騰し、全く下がることなくボリンジャーバンドで+3σを越えてなお上昇した。
通常は95%まで±2σの間に殆ど収まる。そして瞬間そこからはみ出る事はあっても、最終的にはあがったり下がったりで概ねその範囲に収まるのだ。そのように描かれるグラフなのだから。
だが買う人間が集中していれば、たやすく限界など突破する。それが相場だ。早めに売った奴らも、慌てて買いなおす相場だった。
日米株式市場は、お互いに窓を開けての上昇ラリーを演じて3日間上がりっぱなしとなり、俺は2000億で仕入れた株を3000億で叩き売った。
頑張れば3300億までいけたのだが欲張るとよくない。頭と尻尾は捨てろ、相場の格言にもある。俺は自分で頭を取り放題だったのだから、尻尾まで齧りつくしたらバチが当る。
まだ買い手が山ほどいるうちに売りまくったので全てちゃんと売り抜けた。もう、ここまで来ると市場は勝手に動き出し俺は関係ないのだ。
さっさとゲームから抜けた。売買高も売買株数も年初来の数字を記録して、全く関係のない業種でも年初来高値をつけた銘柄は多数に上った。
相場の過熱具合を見るのに用いられる、オシレーター系の指標は軒並み超過熱を表しており、その他のオーソドックスな指数も完全に過熱を宣言していたのだが、相場は狂ったようなエネルギーを吹き上がらせて燃え盛った。
賢い人なら、もう絶対に手を出さないシーンだ。そして案の定GWに爆下げを引き起こした。よく見られる現象だ。
皆が皆、一斉に売りまくったのだ。証券会社は俺が既に幕を引いたのを知っているので、同じく手を引いていた。
今の相場は落ち着いている。俺は静かに先物を500枚売りまくった。枠を増やしてもらったのだ。普通は相応の実績が必要とされるが、俺の場合は無条件で審査が通ったようだ。税引きで20億円を手にする事ができた。
GWの終わりには自立反発が始まった。日経平均は-1σで下げ止まり、再度上昇した。3度目のドジョウはいないと思っていたので1000億だけ残しておいた資金を投入した。もう証券会社もさほどついてはこない。
一旦は上昇したものの、エネルギーの少なさを痛感したので、早々に売っぱらった。たった200億だけの利益。だが、1日でこれだけ儲けたのだから、文句を言ってはいけない。
前日からの大幅マイナスから、本日分のプラスがあったから利益が大きかっただけだ。しかも、終値では元に戻ってしまっている。いわゆる「いってこい」の相場だ。
NYダウも大幅マイナスだったが、朝方は大幅に下げ幅を縮小しており、日本株も再度の上昇が見込まれた。
ここがラストチャンスなので、もう1回だけ1000億で攻める事にした。朝方に取引を纏めたバスケット買いをいれておき、日本株も大幅に下げ分を縮小して始まった。
日経平均は-1σを±ニュートラルの位置まで戻して、その日の取引を終えた。だが取引代金は3兆円にはほど遠い。熱狂は去ったのだ。市場エネルギーの低下が肌で感じられた。
そして俺は数日株を保持して、日経平均の+2σまで頑張って、そこで全てを「成り行き取引」で清算した。
市場エネルギーは、あまりにも平穏だった。資金の逃げ足は速いはずだ。+3までは絶対に届かないだろう。
案の定、瞬間+2σに到達したかと思ったら、再度一瞬だけ跳ねて小さな小さなWトップを形成し、うねるように下がっていった。
なんとかそこで500億抜いて退散した。もう多分株はやらないだろう。わからないけど。この後の進展によっては第2次ブームもありうるのだ。
その鍵は全て俺が握っているので何も困らない。ダンジョン銘柄は、俺のイニシャルから「S銘柄」と呼ばれていた。
手持ち2880億に税引きで560億をプラスした。文句の付けようもない。先物でもトータルで税引き28億ほど手に入った。全財産で3468億円だ。あまり深入りしても良くない。
自分の事で確実にわかっていて、その上資金があったから出来た事だ。おまけに、米軍との話し合いで少し休職させてもらっていたので時間もあったのもある。おおよそ、5月半ばの時期であった。
また異世界へ持って行くものを買い漁った。今なら高級品も好きなだけ買い放題だ。俺は必ず、あの世界に戻ると決めている。
1度行けたのだから、きっとまた行けるさ。ブランド子供服とか、ついつい買い漁ってしまったが、さすがに高いな~。
ミスリルなんかはアメリカもまだ買ってくれそうだ。あれは材料の銀があれば、いくらでも作れるみたいだし。
あんまりバラまいても値打ちが下がるので勿体をつけて出してないのだ。アメリカは、あればいくらでも買うと言ってくれている。
外国の大国勢力はアメリカとの交渉に必死だ。某国はもう俺には一切構わなくなった。なんと、あの日以来空自のスクランブルが激減した。
外国機の領空侵犯が連日で0を記録するという異常事態だ。特に某国は俺を刺激したくないのだろう。
某国料理屋で「某国の領空侵犯や領海侵犯って、本当に頭来るよな」と、思いっきり喚き散らしておいたのだ。
俺が妙な特約をつけてやったので、アメリカからけんもほろろの扱いを受けている。アメリカの大統領も楽しいだろうな。あのやっかいな国を相手に、交渉が常に一方的だ。
某国はどうも、市場に出回った異世界の品を買いまわっているらしい。なかなか手に入らなくて、あの異世界のゴミのような御土産品を1個5億で買い取っているそうだ。
俺はコピー品のゴミ土産をアメリカに頼んで、確実に某国の手に渡るようにしておいた。材料は魔物じゃないので、これからはDNAなどのデータが取れないという、最悪のゴミ以下の代物だ。
それを使って賠償金代わりに、都合200億円くらい某国からぶんどった。これも税金がかからない範疇になる。俺の資産は3668億円に達した。大笑いだ。俺の一人勝ちだな。
ロシアは元々俺に手を出しては来なかった。これからも無いだろう。ロシアは日本国内では活動基盤が弱い。俺と敵対関係にはならないだろう。
自衛隊の古株連中も、ロシアの脅威度は下がったと、みんな言っている。装備や部隊編成も、そのように編成がどんどん変わっている。
中央アジアとかなら色々動くのも簡単だが、ここは日本、アメリカの庭だ。今変なことをすると、クリミヤ問題で、虐められ放題だ。ダンジョンの権益に預かりたい国が、みんなロシアの敵に回る。
俺の周辺を嗅ぎ回ってはいたようだ。だが手は出せない。今回は鼻薬として、アメリカがクリミヤ問題で手心を加えているらしい。他の国も空気を読んで合わせている。ロシアは動きたくても、動けないのだ。
振るいつきたくなるような、ハニトラな美人スパイが届かなくて残念だ。いつかロシアに遊びに行こうっと。ウラジオストックなら、とっても近いぜ。せっかく金持ちになったんだからな。チャーター機でも飛ばして行こう。今ロシア語は猛勉強中なのだ。
米軍からも、そういうリポートが来ていた。アメリカは俺を手放さないだろうし、俺は敵が全滅するまで猛反撃する。その上、色々と相手にペナルティが付くのだから。おまけに、俺は今、金を持っているので、色々嫌がらせする事も可能だ。
相手からしたら、目も当てられない結果しか残らない。こういった要素があるので、アメリカも俺にあんな許可証をくれたのだ。食えない連中だ。
次回は、8時に更新します。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。