2-5 敵
訝しみながらも中を開けてみたら、とんでもない内容だった。
「お前の弟は預かっている。女も一緒だ。警察に言えば、2人共殺す。一緒に着いて来い」
気がつくと、男が1人立っていた。来い、と手で合図をしている。某国人だな。
そうか……そういう事か。俺は怒りのあまり、血が冷たくなっていくような感覚を覚えた。今すぐ、こいつをアローブーストの銃弾で吹き飛ばしてやりたい。そんな衝動にかられる。
俺はそいつに近づいて、にこにこしながら、血の凍るような声でこう挨拶した。
「シ○アラニー」
男は答えずに、酷薄そうな目で凄惨に笑った。
俺は後ろからついていきながら、男の背中に執拗に殺気を放ち続けた。魔物を殺す時のように。本物の強烈な殺意。本来、銃で敵を撃ち殺し続けた兵隊だけが持つものだ。
男はその手のものには敏感な様子で、時折不安そうに振り向くが、俺はただにこにこしているだけだ。その代わり、ある事をしていた。
合成したセルロースなどで作った紙で、さっきの脅迫状を超大量に複製してゴミのようにバラまいてやったのだ。
ほんの数万枚。ついでに書き加えておいた。捜索願の出ている鈴木淳・相原美希は某国人に攫われた。このビラを警備員室にいる警察に届けてくださいと。
ビラを奴らに見られるとマズイと思ったが、このままだともっと大変だ。
くそ。どうする。こいつを殺すなんて、いとも簡単な事だが。その後がな。全くもって面倒な。
おのれ、某国人の仕業なのか? やってくれたな。いつか必ず仕返ししてやるぞ。アメリカだけでも、面倒だっていうのに。
こんな奴らを野放しにしている日本って、なんて駄目な国なんだろう。個人的な戦闘力は別として、一介の民間人に過ぎない俺に、他に何の手が打てる?
考えろ、くそ。
だが、いい考えは浮かばなかった。建物を出て屋外へと進んでいったが、やがて男は立ち止まった。
「おかしな真似をするな、歩け」とだけ言って、懐から拳銃を取り出し俺に突きつけた。笑止千万だ。俺は「イージス」の盾魔法を、不可視の状態で展開する事ができる。すでに展開済みだ。
イージスは自分の周りに展開しながら、別の場所にも張る事はできる。まず弟達の姿を確認しない事には、どうにもできない。それにしても、やりたい放題やってくれる。こいつら本当に頭くるな。
奴らは遊園地内で堂々と拠点を築いていた。優雅に屋外のテーブルで御茶をしていた。笑っちゃうね、遊園地がグルか。
いや、内部に協力者がいるだけなのかもしれない。どうせヤクザ経由だな。大企業にはありがちな事だ。
2人の姿が見えないので少し焦る。どこかへ運びだされていたらマズイ。
俺は自衛隊上がりの大きな声で、にこやかに挨拶した。
「シ○アラニー」(某国語で『お前を殺す』の意味)と。
男達の間に失笑が湧いた。そうだろうね。でも皆殺しにするくらいは本当に簡単なんだがな。お前らザコ過ぎるんだよ。軽機関銃と爆発物でも併用すれば、すぐに片がつく。
弟はどこだ、なんて俺が言うわけがない。言ったところで、返事はないし、そのうち俺もあの子達も殺されるだけだ。
なんとか、こいつらだけに死んでもらわないといけない。喧嘩売ってきたのはそっちだ。悪く思うなよ。
とりあえず手詰まり感を解消するために火を付けてみることにした。
あたりに生えている全ての木に、アイテムボックスから複製しまくっておいたガソリンを超大量にぶち撒いて。俺はマッチを取り出して火を付けて、それをアイテムボックス経由で周りの木に放ったのだ。
爆発するかのように、一瞬にして木々が激しく燃え上がった。素材用の酸素も豪快に吹き付けてやったので、さらに激しく炎が舞った。俺はそれを見て魔王の如く嗤った。本当に楽しく嘲笑してやった。
奴らが、「このキチガイめ!」みたいな目で見ていたが、お前ら人の事言えるのかよ。人様の国でよくもまあ好き勝手してくれたもんだ。敵だ。お前達は紛う方なき、俺の敵だ。
誰かが押した火災報知器の音が鳴り響いた。やるか。どの道、もうこのままだと2人は殺される。奴らは魔物! 人間じゃない。俺が異世界で倒しつくしてきた魔物の同類だ。俺の腹は決まった。
俺は逃げ出そうとする奴らに向かって、アイテムボックスから取り出した軽機関銃をぶっ放しまくった。背中から撃たれてバタバタと倒れていく某国人ヤクザたち。
奴らは慌てふためいていたが構わずに撃ち殺した。俺はこいつらを同じ人間だなんて思わない。どうせ「日本にはいない」ことになっているんだろう。
いない存在を撃ち殺す事なんて誰にもできやしないのだ。2人はどこだ。
やや甲高い音を立ててイージスに当った弾が跳ね返った。俺は振り返ってそいつを撃ち倒した。弾薬帯を取り替えて、残りの奴を探す。
「武器を捨てろ、このキチガイめ」
奴らは2人を連れてきて頭に銃口を押し付けた。おお、人質をやっと発見した。数人の男達が縛り上げた2人を引きまわした。お、助かった。2人一緒にいてくれなかったら、どうしようもなかったぜ。
そして、俺は奴らの想像しえない行動に出た。
奴ら全員を、人質ごと的にしてやったのだ。
撃ちまくった。弾薬ベルトを装填済みの軽機を次から次へと取り替えて。魔物狩りと何も変わらない。まったく儲からないから、こっちの方がつまらない。奴らは全滅しただろうか。
もちろん2人は別だ。見つけ次第発動したイージスの魔法は、彼らを守ってくれた。
血塗れになって倒れている奴らを見たが、不思議と後悔のような念は欠片も湧いてこなかった。だいぶ異世界のスプラッタな光景に毒されているようだ。
あちらの世界で俺が流させた、そして見てきたKL単位の血の量が感傷を、心の圏外に押しやった。
死の淵にあった身内の命が圧倒的に優先した。このあたり、異世界の考え方が染み付いているのだろうか。
ためらいは許されない。敵は倒さねば、こちらがやられる。人型魔物なんぞ数え切れないほど倒し撒くったからな。
テロリストなどに容赦するつもりは全く無かった。俺はそういう訓練を徹底的に受けてきた人間なのだ。自衛隊をやめたいと思うくらいに。
俺は、機関銃を仕舞うと、へたり込んでいる2人のところに行って、縄を解いてやりながら言った。
「お前ら。間抜けに捕まっているんじゃないよ。みんな、どれだけ心配したと思っているんだ」
俺は淳を睨みながら言った。まあ元はといえば俺のせいなんだけどさ。
「えー、だって兄ちゃん。なんか、回りにわらわら変な奴らが集まってきたかと思ったら、いきなり猿轡かまされて、連れていかれちゃったんだ」
弟が縄を解かれながら、しょぼしょぼと言い訳した。
「お兄さん、酷いですよ~! 死んだかと思ったじゃないですか~」
美希ちゃんが半泣きで文句を垂れた。
「まったく~。しかし、無事でよかったよ」
そして、その後に堂々と警察を呼んだ。
「某国人が機関銃を持って暴れていました。火もつけて狂ったかのように。シ○アラニー、某国語でお前を殺すって叫んでいました。某国マフィアの抗争かなにかでしょうか。この遊園地にも仲間がいるって言っていましたよ。俺が某国語わかるなんて知らなかったようですが」
駆けつけてきた警官達に、俺はいけしゃあしゃあと言い切った。ここにカメラが無いのは知っていた。だから、ここに連れてこられたのだ。
俺が大暴れするのを見ていた、人質だった2人は呆れてそれを眺めていたが。家族には警察から連絡がいったようだ。
俺は今のところ、推定無罪だ。へたすると、あいつらは既に監視を受けていたのではないかと思うし。
だが悪党とはいえ、30人ほど殺ってしまったしな。俺の中では、あいつら完全に魔物枠に入っているんだが。
しかし、完全な銃刀法違反だしなあ。硝煙反応っていつまで残るんだろうか。自衛隊では習わなかった。
問題になったら刑務所行きか、へたするともっと酷い事になるかもしれない。いざとなったら、異世界へ逃亡を試みるか。まあ、やらなきゃ、こっちがやられていたんだから仕方が無い。
後で、俺達3人は警察から呼ばれて宣告された。
「今回の事は一切口外しないように。特に、お兄さんが困った事になりますよ?」
これはまた、ドスを効かせてくれるじゃないか。だから警察って嫌いなんだが。しかし、もうバレているのか。
さてはアメリカの監視が付いていたな。さもなきゃ、バレてるのに無罪放免なわけがない。面倒な事になりそうだ。
昨日のあいつらは、多分某国の黒社会、つまり暴力団の連中じゃないのか。日本の暴力団の某国人組員とかじゃないだろう。某国人だけで纏まっていた。明らかに、某国本土の匂いをプンプンさせていた。
奴らは兵隊じゃない。あまりにも手ごたえが無さ過ぎる。自動小銃1丁、持っていなかった。兵隊なら、さすがにあそこまで反撃できずに終わる事はないだろう。
俺は、へなちょこ拳銃弾を1発食らっただけだ。俺だって別に丸々戦闘のプロじゃないのだ。
ただの「レンジャー徽章持ちの元土木自衛官」だ。広報や会計の人にだってレンジャー徽章持ちはいる。まあ、そのへんのやくざなんかよりはマシだが。
一体どうなっているんだろうな。明日はアメリカに事情聴取されるだろう。昨日俺が暴れたのは、アメリカにはもうバレているんだろうから、どうなるかな。
どっちにしろ、向こうの世界の奴らの不利になる事は進んではやりたくない。
次回は、19時に更新します。
初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。