1-22 回復魔法
「ねえ、リーシュさんはどんな魔法が使えるの?」
『リーシュでいい。そうね、治癒回復と支援、そして氷系の攻撃魔法かな』
「へえ、攻撃魔法か。いいな」
『アローブーストがあれだけ使えれば充分。じゃあ回復魔法を見せるから』
そして白い光を手の中に作り、それを俺に纏わせた。体がポーっと熱くなり、癒される感覚がして疲労が減り、力が満ちてきた。
『あまり連続してかけると効果が半減するわ。魔法の効果が薄いというよりは、人間の体に無理が利かなくなるの』
ああ、うん。栄養ドリンクとか1日1本だよね。
とりあえず、今日は練習なんで頑張ってみた。そして、お昼までになんとか白い光を放つことには成功した。
リーシュと、お昼ご飯を食べていて、色々訊いてみた。
「魔法って、なんなのかな?」
『うーん、そういって改めて訊かれると困るわね。なんていったらいいのかしら、自然の中にある力というか、理にしたがって、行使されるものというか。うん、御免。うまく説明できない』
なるほどな。俺達が内燃機関や電気製品を使うが如く、そのへんにある魔法の素みたいなものから力を引き出しているのか。
迷宮は、そのいわば魔素みたいなものが濃いので、魔物が湧いたり魔法がバンバン使えたりするって事なんだろうな。
迷宮の中で無くても、時間をかければ回復するみたいだ。一晩寝れば満タンになるし。日本に魔素があるのかどうか、マジで興味深い。
「あと、うまく使うコツって、なんかあるの?」
『そうねー。やっぱり、今日みたいに、実際の魔法を目にしたり体験したりして、よくイメージを掴むことじゃないかな。そして、それがどんなものなのか、ハッキリとイメージさせるっていう事ね。
だから、強力な魔法を行使するためには、イメージを高めるために呪文を唱えることもあるわ。決まった呪文があるわけじゃないの。大勢の人が、簡単にイメージできるような優れた魔法の呪文もあるから、そういうのは本になって売られているけど。
適性もあるわけだし、いい先生につくのが一番ね。みんな、それぞれ専門があるわけだし。自分の適性に合っていて、教え方の上手い先生に習うのが早道』
なるほど。ためになるなあ。
食事を終えて、ゆっくりと御茶をしていると、探索者のグループが来て、話しかけてきた。
『リーシュ、いいところに。回復をかけてやってくれないか? 毒持ちにやられてな。毒消しの薬草を使ったんだが、まだ回復しきれてない』
リーシュが通訳してくれた。
そんな、いい物があるのかあ。毒を持っている魔物は想定しないといけなかった。思えば、言葉が通じないんで、何にも知らないで迷宮探索していたから。勉強になるなあ。
『丁度いいわ。私の弟子なら、ただでいいわよ。すぐ回復できなくても大丈夫よね』
『あ、ああ。助かるがいいのか?』
『うん。ギルマスやサブマスに頼まれて、教えているだけなの』
『じゃ、じゃあ頼むよ』
おお、被検体に立候補してくれる奴がいるとは、豪気だな。
『じゃあ、ハジメ。回復の練習よ。ゆっくりでいいからね。毒で弱っている人を回復するイメージでねー』
昔、自衛隊の野外訓練中にマムシに咬まれた奴がいて、すぐに中隊付きの衛生隊員が飛んで来てくれて、素早く処置をしてくれた。
全員で敬礼して見送ったっけ。こういう人がいてくれるから自衛隊は戦えるのだ。
俺は、その時の感謝の念を思い出し治るようにと祈りを込めた。白い光は強烈な本流となり、治療対象者に吸い込まれていった。
『いや凄いな。もう毒の影響が全くない。体力回復の魔法だけで、これは凄い威力だよ。ありがとう。無料で悪いな。ハジメっていうのか。俺はジェイド、何かあった時は言ってくれ。力になるぞ』
彼らは、わざわざ念話で礼を言いつつ、手で挨拶しながら去っていった。自衛隊の訓練中に怪我をする事なんて、いくらでもある。
俺も何回か、衛生隊員の世話になった事がある。今度は俺が誰かの世話をする事もあるのか。少し嬉しいな。ああやって感謝されるのに悪い気はしない。
『筋がいいじゃない』
「いや、訓練の時の事を思い出していただけだよ」
後は、そのへんの探索者を捕まえては、ちょっとした怪我とかを治させてもらったりして、練習を続けた。
「今日は、そろそろ帰ります」
『そうね。解体場に行くんでしょ。いってらっしゃい』
今日も念話の練習が出来なかったが、毎日誰かと話しているから、そのうち覚えられるだろう。
子供達がお待ちかねなんで魔物を出す。今日は6匹要求か。これで在庫64っと。魔物を出してやったら、俺はうつらうつらしていた。いきなり、何か悲鳴があがって目を覚ました。なんだ!?
慌てて飛び起きたら、子供が手を切ってしまったらしく、泣いている。かなりの出血だ。リーダーの子も慌てている。手を切ったのは5歳くらいの女の子だ。
俺は駆け寄ると救急医療キットで急ぎ止血して、覚えたての治癒魔法をかけた。
そして、その子供を抱えると、ハンヴィーを出して、乗り込んだ。リーダーの子もついてきた。リーダーの子は何か叫んでいた。多分、仕事を片付けて素材を売って来いと言っているんだろう。
大排気量ディーゼルエンジンの爆音を立てながらギルドに駆け込んで、思いっきり叫んだ。
『リーシュ、リーシュはいないか』
近くにいた職員が急いで呼びにいってくれた。
『何事かしら?』
奥から、ローブを翻してリーシュが現れた。どうやら彼女もここの職員だったらしい。
「あ、リーシュ! 頼む。子供が手を深く切った。止血をして、回復魔法はかけておいたが自信がない。俺は衛生隊員じゃない。一般隊員レベルの応急処置しかできないんだ」
ギルド職員も何人か心配そうに寄ってきた。この子達は探索者の遺児達だ。元々、幼稚園児が刃物振り回して、魔物の解体をやっている事に無理があるのだが。
彼女は、念入りに治癒魔法をかけてくれた。俺は真剣な表情でそれを見つめていた。
『ハジメもかけてあげなさい。イメージはわかるわよね』
俺は頷いた。人体の治癒のメカニズムを思い起こし魔法をかけていく。先ほど見ていたリーシュの魔法を参考にして。みるみるうちに傷跡が消えていき、内部もよくなってきているような感触だ。
『凄いわね。普通は、こんなスピードで治ったりはしないものだけど』
なんといったらいいだろうか。細胞の再生や、神経や血管を繋いでいく、具体的なイメージ。
病院での治療。自然治癒、免疫、白血球。そして、子供の細胞の分裂スピード。そういった具体的なビジョンが頭にある。
適性さえ適合すれば、ある程度の知識のある地球人ならば、かなりの治癒魔法の使い手になれそうだ。魔力しだいだけれども。
俺はチビを抱っこして、礼を言ってギルドからお暇した。普通はただでやってくれない。俺が訳ありで、ギルマス付きになっており、彼女の弟子だから。
それと、あそこの子だからだ。この子が刃物恐怖症になってしまわなければいいんだが。
一応、アローブーストと回復治癒は身に付けた。しばらく解体場につくとするか。
そして数日後。その子は、決意したように刃物を取った。生きていくために必要な決断をしたのだ。手は少し震えていたが、みんなが固唾を呑んで見守る中で、ゆっくりと解体に参加した。
じっくりと刃物を通していく中で、やがてはしっかりとした見ていて安心できる動きへと変わっていった。終わった時には素晴らしい笑顔を見せてくれた。これなら、大丈夫だろう。
自衛隊でも、心の問題が解決できずに任期を満了する事なく去っていった奴を何人もみた。
駐屯地のトイレの壁に張られた、心の問題を相談する窓口のステッカーを見る度に、そいつらの事を思い出した。今でも時々思い出す。
今日の俺は、少し心の晴れた笑顔を浮かべているような気がした。
次回は、24時に更新します。
初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。