1-21 子猫ちゃんの思い出
朝から張り切ってギルドへ出かけた。今日こそアローブーストを習得しよう。昨日の襲撃してきた魔物が手ごわい奴だったら、俺はその場で終わっていただろう。ちょっと調子こきすぎていたかもしれない。今までは運が良かっただけだ。
朝っぱらから、アンリさんを訪ねていくと、可愛い女の子がいた。銀髪で、ショートカット風だ。まだ10代かな。
「おはよう、アンリさん。その子は?」
『おはよう、ハジメ。この子は、君の回復魔法の先生よ。名前はリーシュ』
「そうかあ。初めまして、リーシュさん。ハジメです」
『初めまして。違う世界から来たって本当?』
彼女は好奇心を隠し切れないような感じで訊いてくる。
「うん、そうだよ。こっちは魔物がいたり、魔法があったりで、凄いな」
『自由に行き来できるの?』
「えーと、出来ない……」
『それって……』
リーシュは呆れたような声を出した。
「言うな」
俺も苦笑いで答える。そう、ただの島流しだ。
それでもギルドは言葉が通じるだけマシだ。言葉は、夜は正さんも交えて少しずつ覚えているんだ。
施設科で海外へ行った人なんか死に物狂いで覚えるんだから、俺も頑張らないと。PKO活動よりも、もっと切実だよ。
もう自衛隊みたいなバックはいないんだから。探索者ギルドに寄せてもらって本当に助かったぜ。
『じゃあ、アローブーストから行きましょうか』
修練場に移動して、まずアンリさんが見本を見せてくれた。弓に番えた矢がうっすらと青白く光る。
呪文の詠唱なんて無いんだな。輝くような矢が青白い軌跡を引いて飛んでいった。パーンっと音を立てて、標的の木の的が真っ二つになった。おお、なかなかの威力だ。
まず、俺は『矢に魔法をかけるとこ』からだそうだ。道は遠いな。
獲物のストックはまだあるから、しばらくは魔法の練習かな。こちらの世界に来た時に襲われた、あいつらあたりと出くわしたらまずい。
「いい? まずはさっき見た魔法を思い出して、手に持った矢に魔力を通して、あの青い光を生み出すところからよ」
よし。きっと、こういうものは集中力だろう。俺はレンジャー訓練でやった厳しい訓練を思い出して集中していった。
あれは心底辛い体験だったが、逆に少々の事ではへこたれない根性はつくよな。
潜伏訓練中に教官に見つかれば首まで埋められる。あの時、俺は這い蹲ってじっとしていた。日本の周辺もきなくさい。いつか、こんな訓練を役に立てさせる日も来るのだろうか。
そう思って俺は集中した。俺は最前線のいわば工兵。俺の仕事が終わらないと、機甲部隊さえ前には進めない。あるいは被災した国民の皆さんがまだかまだかと自衛隊を待っている!
そんな必死なイメージ。矢は青白い光を放って、光り出していた。
いいぞ、その調子だぜ。だが、その時。
『にゃあ。いい感じじゃない』
リーシュさんが、そう言った。
何かがフラッシュバックした。
そう、あの時のことだ。レンジャー訓練中に、気配を消して潜む訓練をしていた。
悲劇は起こった。俺は近づいてきた教官をやり過ごそうと気配を消しきった。まさに、その時の事だった。
「ミャアア~」
奴がいたのだ。まだ子猫のようだった。何故、こんなところに。おい! こっちに寄ってくるんじゃねーよ。
「おやあ、猫がいるようだなあ」
そう言って、教官は無慈悲に近付いてきた。
そして、俺は這い蹲った格好のままで教官を見上げる羽目になった。猫は俺の顔に、何度も体を擦り付けてきていた。間抜けすぎて泣けた。
滅多にない事故が起きてしまった。そして、俺は穴掘りを命じられた。俺が埋まるための穴を。これがまだ温いお仕置きだと言う人もいるが、それでもなかなか辛いもんだ。俺は見事に山に埋まる羽目になった。
その状態のままで、教官に何か言われる度に「レンジャー!!」と短く鋭い返答を返した。そして、その後も奴は地面に埋まった俺の周りをうろうろして、やりたい放題だった。
あかん、間抜けな事件を思い出したら集中力は続かなかった。手の中で凄まじく発光していた矢は、青い軌跡を引いてロケットのように上空に打ち上げられた。
そして、鋭い放物線を描いて少し離れた地面の上に落ちて、直径50cmほどのクレーターを作った。施設科には曲射火力が無いと言われていたが、これくらいあれば充分かな。
『うーん、威力は申し分ないわね。というか、弓も無しでっていうのは、どういう事なのかしら』
アンリさんも、呆れて笑っていた。
やれやれ。なんか嫌な予感がして矢の後ろの方を、ちょいと摘まむようにしていたんだが、おかげで助かったぜ。
でないと、矢羽根で手を酷く怪我したかもしれない。この魔法は矢自体も強化するので、普通の矢で鋼鉄の鎧をあっさり撃ち抜ける。
その後は、弓に番えて的を射る訓練に入り、いくつかの的を粉砕して訓練を終了した。
アローブーストは、魔力の軌跡を伴って飛んでいくため、それを利用して誘導する事が可能だ。だから、俺のような素人でも、さっき見せてもらったみたいに高い命中率を誇る。まるで、目視有線誘導の対戦車ミサイルのようだ。
ただし、目立つため反撃で倒される危険も高い。対物ライフルと同じで射撃位置がバレバレなので、狙撃なんかには向かない魔法だ。
『さすが、兵士だっただけの事はあるわね。昨日初めて弓を持ったにしては、たいしたものよ。後は自分で練習して、わからなかったら、訊きにいらっしゃい。じゃあ、リーシュ。後はお願いね』
そして、俺は可愛い銀髪少女と2人っきりになった。
次回は、23時に更新します。
別作品ですが、初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
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7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。