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1-18 最高の日

 解体人はミスリル刀を首元に振り下ろし、首周りを綺麗な断面にする。血が大量に噴出してくる。


 心臓は止まっているが、まだ倒して間もない(状態の)獲物なのだ。これが収納のいいところだ。容器で血を受けていく。この魔物は血でさえ高額に取引される。


 ホイストクレーンのような魔道具が、レールもチェーンも無しに迫ってくる様は、元自衛隊施設科隊員としては、この世界で最もファンタジックな風景に映った。吊るされて血抜きを行なわれ、ドップドップと容器に並々と注がれていく魔物の血液。


 俺はついスッポンみたいに、これをリンゴとかで割って飲んだら滋養強壮かなとか思ってしまう。


 子供達の熱い視線は、切り落とされた首の残り肉に注がれている。それを指差して、アンリさんに凄くせがんでいる。彼女は困ったように、こっちを見たが、俺は首を振った。


 彼女に、通訳を頼み、子供達と話した。


「いいか、こいつはロケット砲という武器で倒した。高熱を発するHEAT弾という武器を使ったが、焼けただれていて破片とかもかなり食い込んでしまっている。無事な中のとこの肉をもらってやるから、この肉は諦めろ」


 それを聞いて、他の子もわーっと寄ってきて、本当? 本当? みたいな感じで、滅茶苦茶食いつきがいい。


「ハイ、ハイ、ハイ。お前ら、お勉強に来たんでしょ? お肉は晩御飯な」

 上がる歓声。もう彼らの脳内には、この魔物の肉の味に関する事しか受け付けないのではといった感じだ。


 血抜きを終えたウルボスは再び降ろされて、今度は甲羅のような部分の上下の境目のあたり、切れ味の冴え渡るミスリル刀が切り裂いていく。


 この魔法金属は浄化の機能が備わっている。刃は、常に血や油を振り落としながら切り裂いていくらしい。さっき複製した時に、その情報が残っていた。面白いスキル機能の発見だ。


 俺が新品同様に変えたので、思う様その威力を見せ付けている。子供達も食欲は一旦抑えて、その様を脳裏に焼き付けていくようだ。


 引き剥がされた甲羅、抜かれる内蔵、解体される四肢。内臓は各種の薬になるらしい。すっぽんみたいに炊いてほしいとこだけど、我侭はいえない。


 なんでも、病気の人はそれを一日千秋で待ち望んでいるのに、肉とか甲羅とかが優先でなかなか手に入りにくいと。しばらく、こいつを狩りにいってもいいかもしれない。


 そして俺の手元には、4メートル×1・5メートル×70cmサイズの巨大な超極上肉があった。

『*****~!!』


 通訳抜きでわかるぞ! お前ら「肉~!!」とか言っているだろ。だが、働かざる者食うべからず。


 いや、園児が働きまくっているこの世界ってどうなんだ、とか思ったりもする訳だけれど。日本でも、PKOとかに行って帰ってきた先輩とかが、すごく考えこんでいるのを見た事ある。


「すいません。ついでにもう一つ手本を見せてやっていただけませんか?」

 俺は『いつもの』を出してみた。

 解体人の1人が、にっこり笑って子供達を手招きで集めた。


 そして、後ろ手に回した手で、如何にも使い慣れたといった風情の粗末な、しかし良く手入れされた鉄のナイフを取りだした。


 そして、彼は匠の技を見せてくれた。子供達、そして俺、アンリさんさえ微動だにする事も出来ない世界。少なくとも、今日は子供達にとり最高の日になったのではないだろうか。


 俺はギルドの解体人に頼んで、続けて子供達の指導をお願いしてみた。この人からは小山田さんと同じ匂いがする。彼はにっこりと笑い、承諾してくれた。


『いいかい、お前達。いい仕事がしたかったら、道具は大事にしなさい。今日は道具の手入れを教えよう。解体は明日教えます。いいですね?』

 と言って、俺の事も鋭い目で見た。


 ハイハイ、わかっていますよ~。アカン。まるで、教育隊の教官タイプの人だな。俺は、ごく自然に直立不動で敬礼していた。


 体が忘れてくれないようだ。俺のためだけに念話も使ってくれていたので意味はよくわかった。


『よろしい』

 彼は手短にそう言った。厳しくも、その奥で慈愛を湛えた目で俺を見るのはやめていただけません? ちっとも異世界に来た気がしないんですけど。

 

 夕飯前に、「マサ」へと子供達全員を連れて乗り込んでいた。


「正さん、今日はこのウルボスで美味いもの作ってくれない?」

「ほお~。これは大物を仕留めてきたものだな」


 流石は正さんだ。この魔物についても、詳しいらしい。

「醤油はあるか?」

 えーと、昨日置いていったばっかりだったんじゃ。


「この量だからね。こいつに合う最高の調味料は醤油だ!」

 うっわあ。そういう事でしたか。次の瞬間、ごっそりと醤油工場かと思うほど並べて見せた。


 正さんは笑って、

「後、砂糖も欲しいな。味醂は無いか?」


 米軍の兵士が一体何故こんなものを欲しがったのか、最早鬼籍に入った彼に聞く事は未来永劫出来ないが、確かにブリンストン軍曹は「味醂」を発注してくれた。


 彼の性格からすると、「本味醂の一気飲み」という有り得ない芸を披露するか、飲酒が見つかった際に「これは同盟国日本の伝統ある調味料であります」という言い訳をしたかったかのどっちかだろう。


 本当にいい奴だったのに。今日は彼の冥福を祈って味醂で一杯やろう。穀物やアルコールその他の原料から少し苦労して、日本の物と遜色が無い品質にまで気合を入れて作りこんだ逸品の本味醂だ。


 俺は味醂も同じくぶち広げて正さんを苦笑させた。なあに、お互い異世界で故郷愛知県の名産に囲まれてハッピーって事で。


 だが子供達は、あまりハッピーじゃなかったらしくて、バンバン机を叩いて催促している。

「ハイハイ、お前らは俺が相手してやっから!」


 俺は同じく米軍から発注された「焼肉のたれ(複製)」で、希少な魔物肉をミスリルに素材置換したコンバットナイフで切り刻み、片っ端から焼いていった。


 正さんにもミスリル包丁を渡してある。焼く道具は街で売っている材料で色々作ってみたのだ。コンロや燃料もあったし。


 餓鬼どもは夢中で齧り付き、その匂いに引き寄せられてきた探索者達も並んでいる。子供の前に割り込みしようとした連中が、子供に取り囲まれてぼろっかすにやられていて、おまけに俺の手元から複製品のナイフが飛んでいく。


「並ぶ気がねえんなら出てけ!」


 正さんが厨房から暖簾を潜って出てきて、

「お前ら、ちゃんと並べ! 今日はウルボスの極上肉だぞ」


 評判が評判を呼んで、今夜の「マサ」は、弾けまくった。

 閉店しても、子供達は寝てしまったので、そのまま寝かせておく事になった。


「はっは。まさか異世界なんてとこで、こんなに楽しくやれるなんてな」

 正さんも、コップに日本酒で、ほろ酔いだ。


「俺はこいつで」

 味醂を、ざっけない米軍のコップでる。


 いい奴は早死にする。そんな言葉を体現するように逝ってしまった彼らに黙祷して味醂を飲んでみたが、やっぱり普通の酒の方がいいな。


 うん、ブリーはやっぱりいかれていたわ。


 次回は、20時に更新します。


 初めて本になります。

「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」

http://ncode.syosetu.com/n6339do/

7月10日 ツギクルブックス様より発売です。


 お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。


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