1-13 探索者ギルド
俺は固まってしまって、声も出なかった。この男、何故こんなにも流暢な日本語で喋る?
『ははは。いや混乱させてしまったね。まあ、かけたまえ』
そう言って、革のソファを勧めてくれた。俺が腰掛けると、彼も座った。
「あんたは、何故日本語を喋る?」
『ほう、君が話す言葉は日本語というのかね。この世界では聞かないような不思議な感じの言葉だ。私は別に日本語など話していないよ。単に君と意思を通じ合うようにしているだけで』
何~? 訳がわからないぞ。
『これは念話という技術、そうだね、スキルと言ってもいい。長年の鍛錬の賜物さ。誰でも使えるわけではない』
「俺は使いたいな。言葉でえらく不自由しているんだ」
いや、切実なのだけれど。
『そうか。お望みならば、習得のお手伝いをしてもいいが。ただし、君が色々な事を話してくれたらという条件付きで』
彼はゆっくりと、タバコをパイプで燻らせて俺を見つめた。そこに全く敵意はなく、俺という異物を職務上、見極めようとしているだけという感じがする。
「そりゃあ構わないんだが、あんたは一体誰なんだ? 偉い人だっていうのは察しが付くんだけれど」
『私はスクード・ギュフターブ。この迷宮都市クヌードの探索者ギルドの責任者であり、この町の責任者でもある』
探索者ねえ。冒険者みたいなものなのかな?
「俺は鈴木肇。つまり、あんたが、この第21ダンジョンのこちら側の責任者という事か。ここは探索者による自治区みたいなところなのか?」
『第21? それは、一体どういう事だ?』
彼はやや鋭い目つきで、詰問してきた。
俺は、さっきの女の子とは別の女性が、持ってきてくれた御茶を受け取りながら、話し始めた。あの日始まった物語を。
「ある日の事だった。このダンジョンっていうものが、俺達の世界にやってきたのは。全く、唐突にね。その頃、俺は今の会社にいなくて、自衛隊という国を守る仕事についていた。だが、俺は間もなく、そこをやめる事になっていた。そんな頃のお話さ」
あれは4年目の任期切れの3か月前の頃だったな。今から2年近く前の話だ。最初はまだ他人事のように考えていたんだ。
「それは大地震と共にやってきた。地震ってわかるかな。こう、地面が激しくバーッと揺れる奴。まあ、いいや。そんなものの凄いデカイやつが来てさ、関東から中部という、俺たちの国の首都を含む要所が災害に見舞われたんだ。俺たちの国だけじゃなく、世界中が大騒ぎになった。俺の国は、いろんな面でかなり重要な国だったから。昔に比べたら今はたいした事はないんだが、それでも世界に影響は出る」
彼は黙って静かに俺の話を聞いていた。何を考えているのか、量り知る事が出来ないような深いバイオレットの瞳を伏して。
「俺達自衛隊は、そんな時には緊急出動して、被災地のために尽くす。そんなポジションだった。俺はその中でも、施設科といって、真っ先に出動するような部署にいた。だから、俺も一際厳しい任務になると腹を括って臨む、そんな覚悟があったんだ。
しかし、上官から『おい、肇。何をそんなに気を張っているんだ。出動は無いぞ』と言われて、はあ? と思った。そんな馬鹿な。俺達の宿舎だって、あんなに揺れたじゃないですかと。だが、上官は笑って、ニュースを見ろと言った」
俺は、一口御茶を啜って、また話を続けた。
「その地震は奇妙な、大変奇妙なものだった。揺れはした。しかし、一部を除き何の被害も齎さなかった。学者の先生は、こう言った。
『空間ごと揺れた。建物が独立して揺れたのではない。だから揺れただけで、建物とかが、どうにかなったわけじゃない。揺れを観測できたのは生物からのみだ』
そんなの、何がなんだかわかりゃしないよ。俺達自衛隊員は狐にでも化かされたような気分だった。それは『空間地震』と呼ばれる事になった。
そんな異常事態も、結局は『被害は無かった、喜ばしかった』で済まされちまった。でも、事はそれで終わりじゃなかったんだ」
俺は、一区切り入れた。彼がどこまで理解できただろうか。
『ふむ。そこまでの大体の君の事情は飲み込めたよ。おそらくは君の国に迷宮が現れ、その影響で大騒ぎになった。兵士だった君は、一般人よりもその不可思議さを肌で感じていたと。ここからが、迷宮に関わる話なのだな』
案外と伝わるものだなあ。このスクードという男が切れ物なのだろう。
「ああ。それから、ほどなくして関東中部の各地で『奇妙な生物』の目撃例が頻繁に起こった。そして、ある日ついに市民に被害者が出た。そして監視カメラの映像が捕らえたんだ。そう、魔物の姿をな。もちろん警察、ああっとそうだな、こちらでは騎士団とでもいうのか? 彼らの手には負えなかった。
俺達自衛隊にも出動命令が下ったが、それは基本、普通科の連中が担当した。彼らは勇敢に戦い、俺達施設科や後方支援部隊も色々と支援した。魔物との不意の遭遇により、施設科の人間が戦闘した場面もあったよ。俺自身は縁が無かったけどね。だが、そこでアメリカから横槍が入った」
『アメリカというのは?』
「日本の同盟国だ。だが、結構強引な連中でね。魔物のサンプルもみんな持っていっちまった。普通科の連中も溢していたよ。俺達は国民の安全のために命がけで戦ったのに、当該対象のサンプルを何もしない連中が、偉そうにやってきて掻っ攫っていったと。
そして、ある日突然ダンジョンが広がっていったんだ。始めはちょっとした岩山のようなものだけだった。そこに洞窟のようなものがあっただけだったのに。それがみるみる膨れ上がり、周りを侵食していって、表層をダンジョン化していった。
国民は災害に対する意識は強く、幸いにも人的損失は0に抑えられた。だが、多くの国民が家財産を失う羽目になったんだ。もう少し下だったら、俺の家だって飲み込まれていた。
結局避難した国民のために、自衛隊は災害出動した。ダンジョンはアメリカが横から無理やりぶんどっていった。いつしか、あの地震の事はダンジョン・クエイクと呼ばれるようになった」
俺はお手上げポーズをしてみせた。ダンジョン・クエイクは、どこのテレビが最初に言い出したんだったっけかな。
『察するに、そのアメリカというのは、大層なロクデナシのような気がするが』
「まあ、それには違いないかもしれないが、あいつらは手ごわいぜ~。何せ、世界最強だからな。あれ1国で、その他の全世界を相手に勝てるとか言われているよ。味方につけておけば頼もしい。というか、うちの国は昔奴らと戦って、散々だった。
で、俺達自衛隊の戦果はみんなアメリカが持っていった。そして自衛隊は、ダンジョンの外で警備についていた。俺も退官直前は、全部そっちに行かされたね。それで、予定通り退官したのだけど、今はダンジョンの中のアメリカさんに、物資を届ける仕事をしていたってわけさ」
『それが、何故こちらへ来たというのだ?』
彼も首をかしげていた。
「それこそ、こっちが聞きたいね。俺は仕事中に突然魔物に襲われて、慌てふためいて逃げ出した。そんな事件は滅多にある事じゃないんだよ。そうしたら何故か、ここのダンジョンの大広間に出てしまったという訳だ。俺は元の世界の自分の国へ帰るつもりだ。どうやったら帰れるものか、さっぱりわからないけどな。そして、その答はダンジョンの中にしかない」
俺は再度、お手上げポーズをしてみせる。実際に、お手上げなんだが。
『ふむ。今までに、そういう事例は聞いた事がないな』
「本当かい? 俺の世界じゃ、それなりの数がダンジョン内で行方不明になっていると聞いたが。最近の話さ。当てがはずれたな。まあ、俺もたまたま車に乗っていて、ここに逃げ込めたから助かったものの、普通ならお陀仏コースだ。
ま、まあ、みんな魔物に襲われただけなのかもな。俺と一緒にいた人もやられちゃったし。車の反対側にいたら、俺が死んでいたよ」
そうか、俺みたいなケースは一般的にある事じゃないんだな。隠れて、こちらでひっそり生きている人がいる可能性はあるが。
次回は、12時に更新します。
初めて本になります。
「おっさんのリメイク冒険日記 ~オートキャンプから始まる異世界満喫ライフ~」
http://ncode.syosetu.com/n6339do/
7月10日 ツギクルブックス様より発売です。
http://books.tugikuru.jp/detail_ossan.html
こちらはツギクルブックス様の専用ページです。
お目汚しですが、しばらく宣伝ページに使わせてください。