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野良怪談百物語

作者: 木下秋

 中学生の時、クラスメイトだった友人に聞いた話だ。


 その友人はいわゆる霊感体質らしく、幼い頃から“普通の人には見えないもの”が見えたそうだ。そんな彼が小学四年生の時、学校の近くのマンションに引っ越して来た時に、ある体験をしたという。




 ――事の始まりは彼が夜、自分の部屋のベッドで寝ている時によく見たという、不思議な夢だった。


 それは真っ暗闇の中、一本の長い腕が伸びてくるという夢。


 最初見たとき、その腕は遠くの方でゆらゆらと手招きをするかのように揺れているだけだったそうだ。それは女性のもののような白く細い腕で、彼は最初それを見たとき、水中に漂う“海蛇”のように見えたという。そんな腕が、同じ夢を何度か見るうちに、だんだんと、近づいて来たというのだ。


 ある日、その腕はもう手を伸ばせば触れられるような位置までやって来た。逃げようとしても、身体は何かに縛られたようにピクリとも動かない。さぐるようなゆっくりとした動きで近づいてくる腕は、彼の眼前でピクリと何かを察知したように動きを止めると、次の瞬間、突然彼の腕をガシッ、と掴んだ。


 友人はその必死さにも似た力強さと、氷のような冷たさに飛び起きる。しかしその痛みや握られた感触は起きた後も引かず、電気を付けて確認すると、痣のようなものが残っているというのだ。


 しかもそれは、くっきりとした掌の形だった。


 毎日では無かったが、たまに見るその夢と腕、そして付けられる痣に、彼は悩まされた。――両親から虐待を受けているんじゃないかと、担任の教師に疑われる程だったという。


 ――しかし、夢の中で腕に掴まれる様になってから三週間後、その悪夢は急に終わりを告げることとなる。


 夜、その友人が眠っていると、またあの夢が始まった。目が慣れることのない暗闇の中、腕はゆっくりと現れ、近づいてくる。


 不安と恐怖の中で、必死に身体を動かそうとする。しかし努力も虚しく、動くこともできず、目覚めることもできない。腕は目の前までやってきて、掴まれる射程範囲に入る。


 するとその時、いつも見る夢では、ありえない展開が起きた。目の前で揺らめく白い腕を、突然現れたもう一本の腕が手刀をするかのように、薙ぎ払ったのだ。


 まるで自分の腕でそれをしたかのように、視界には写った。しかし、それはもちろん自分の――その友人の腕ではなかった。一瞬見えたそれは、節くれだった老人の手だった。


 伸びた白い腕は煙のように霧散した。もう一本の腕はそれ以降見えなくなったが、夢から覚める瞬間、確かに。握手をするように、友人の手を握ったという。




 「それは“おじいちゃんの手”だったんだ」と、友人は言った。顔も見てないのに、どうしてわかるの? と私が問うと、友人は言った。


「おじいちゃんが生きてた時……田舎に泊まりに行って、帰る時にね。『ばいばい』、って言った後、握手をするのがお決まりだったんだ。『またね』、ってね」


 友人はその出来事を、まるでとても幸せな出来事を語るかのように、微笑みながら話した。


「それに、握手したとき、暖かかったしね」


 そう言って自分の手を見つめると、優しく揉み込むように握った。




 それ以来、腕が現れる夢は見ていいないらしい。


 ――ちょうど、お盆の季節だったという。

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