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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤミナベ

作者: 空人

 夜の街にこだまする足音はふたつ。ひとつは自分のもので間違いない。じゃあ、もうひとつは?

 疑問に答えてくれる存在に心当たりはない。居たとしたら後ろから聞こえてくるもうひとつの足音しかないだろう。

 幽霊や妖怪の類いならば、諦めもつく。私はなすすべもなくとり憑かれるか殺されるかしかないだろう。対抗手段なんて考えもつかないのだから。

 しかし、後ろの足音は間違いなく靴で地面を蹴る音で、自分と同じ普通の人間だという事になる。つまりそれはストーカーか不審者か。とにかく私に危害を加えようという輩だろう。でなければ、三十分も後ろから足音が消えないのはおかしい。

 この場合の対抗策は走って逃げる事が一番だろうと思う。息を整え、前方を見据える。丁度この先には大きな道路と歩道橋があるはずだ。深夜だし、車の往来は多くないだろう。一気に道路を渡ってしまえば、追跡者は戸惑って追うのを諦めてくれるかもしれない。

 浅はかな考えかもしれないが、それより良い案も浮かばず、私はタイミングを見計らって道路へと飛び出した。


 無事に私が道路を横断した後、数台の車が道路を通過していく。どうやら近くの信号が青になったようだ。絶妙のタイミングだったと言えるだろう。

 肩をはずませながら、私は道路の向かい側へと視線を飛ばす。そこには間違いなく黒い人影がいて、私を見失ったのかキョロキョロと辺りを見回している。

 呼吸を静め、大きく息を吐く。この勝負、私の勝ちのようだ。

 踵を返し、私は自宅への道を進もうと足を踏み出した。しかし、そこに別の音が聞こえてくる。

 それは何かをすりつぶす音に似ていた。ぐしゃりぐしゃりと。

 それは何かを折る音に似ていた。ぽきりぽきりと。

 そしてそれは、何かを食べる音に良く似ていた。くちゃくちゃと。

 振り向けば歩道橋。大きくそびえるそれは、昼間よりも不気味に見える。夏の名残の生暖かい空気が鉄サビの臭いを運び、私は背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 カンカンカンっと鉄の音がした。誰かが歩道橋を上り始めたのだろう。そういえばあの黒い影が居ない。まだ私を探しているのか、それとも諦めて帰るところだったのだろうか。とにかく足音は、歩道橋の妙な音のする方へ近付いているのだ。

 黒い人影には、妙な音も気配も感じられないのだろうか、それとも興味本位で近付いているのだろうか。そして、私はすぐに逃げ去るべきなのか、警告を発するべきなのか。本当のところは解らない。普通に考えたら、逃げるべきだったのだろう。だけど私は意を決して歩道橋を上り始めた。

 たぶん、私は本当の事が知りたかったのだ。何もかも曖昧な今日のこの一件に決着を望んだのである。

 一歩一歩進むたび、足が重くなるのを感じる。最後の一段を上りきったとき、私はまたも肩で息をしていた。

 歩道橋の上には黒い塊があって、どうやらソイツが妙な音の元らしい。目を凝らすが歩道橋の上を照らすライトは自分の周囲を照らすもの以外壊れていて、薄暗いまま。それでも反対側で人影が座り込んでいる姿が見えた。向こうには黒い塊が何なのか見えているのではないだろうか。

 人影は私の姿を見つけると、体を起こし何かを叫びながらこちらに向かって走ってきた。思わず身構えるが、その行動は黒い塊によって阻まれた。そして――――。

 夜の空気を切り裂いて聞こえたのは悲鳴。黒い塊に覆いかぶされた人影は、それっきり動かない。そして再び聞こえてくる何かを咀嚼する音。ぐしゃり、ぐしゃりと。

 食べられているのだ、と理解した私はそこで意識を失った。









 夜が明ける頃、目を覚ました私は歩道橋の上に居て、他には何も残っていなかった。

 家に帰り、シャワーを浴びて仮眠をとった後でもまだ、昨日の事は目に焼きついている。夢だったのだと思うのはあまりにも簡単だ。それでも私があの時に心に決めた真実を知りたい気持ちはそのまま残っているのだった。

 朝、出勤途中で例の歩道橋を通ってみる。何も感じないし、何も残ってはいない。アレが何だったのか知る術はもうないのかも知れない。

 会社に着いて、噂好きの同僚に昨日の体験のような話しを聞いた事がないかとたずねてみたが、彼女は首を傾げるばかりだった。

 しかし、別の話は聞いた。同期の男性社員が私に気があり、私の情報を集めていたのだと。私が一人になる、絶好の機会はないかと彼女に相談を持ちかけたのだ、と。

 その彼は今日、出勤していない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不気味さが伝わってきて、大変によかったです。 最後、謎は残りましたが、落としどころが上手いと思いましたです。
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