4 料理屋でのひととき
「いらっしゃい。お二人さんね。こちらの席にどうぞ」
長い金髪に碧い瞳をした人の良さそうな若い女性、小脇に大きなトレーを抱えたウェイターが着席を促す。
お腹を空かせた不機嫌なお嬢さまのリクエスト通り、僕たちはなるはやで手頃な料理屋を見つけて入店した。
人通りの多い通りに佇む料理屋。少々くたびれた格好の旅人も受け入れてくれる店だけあって、その店内には大きな笑い声、時には怒声が飛び交う。この時間帯はお酒も提供しているようでわいわいと賑やかな雰囲気が場を支配している。
良い言い方をすると、大衆的な店。悪い言い方をすると、ぼろっちい店。
長年使われているであろう、くたびれた木製の調度品が設えられた雑多な店内。
なんだか居心地が良く落ち着くこの場所は、旅人たちにも地元民にも愛される店のようだ。
度々、人種の坩堝とも言われる都市レフィアン。
ここまで歩いてくる中でも多くの亜人種を見かけていた。
例に漏れず、この店内にも様々な種族の人が存在している。
少し周りを見渡しただけでも、エルフやリザードマン、ラミアやケンタウロスなど、目立った身体的特徴がある種族がいくつも見受けられる。外見だけでは簡単にわからない亜人種も含めればそれなりの数の種族がこの場に集まっているのだろう。
所謂『死天使の福音』以来、この世界の人々は大幅に数を減らした。その影響で現在は、種族にこだわることなくそれぞれが一人の『人』として、平等に手を取り合って生きている。
かつては敵同士だった種族も同じ釜の飯を食べ、お互いを親しげに友と呼びあう。
最初はその風景に少し違和感を感じていたが、今となってはこれもまた、面白い人の営みの形だと思える。
一方自種族主義のドラゴン族など、それをよしとしない者たちも多くいるから、今なお、種族間の軋轢はなくなった訳ではないのだが・・・。
「ルゥは、トスカ料理を食べるのは初めてだよね」
適当な料理を見繕って注文した僕たちは、料理が運ばれてくるまでしばし、歓談に興じる。
「うん。ロアは、初めてじゃないの?」
「僕は以前、それらしきものを食べたことはあるけど、こうして本場のものを食べるのは初めてかな」
「じゃあ一緒。初めて同士」
二つ結びの銀髪を指先で遊ばせ、嬉しそうに微笑むルゥ。
一緒にいた時間が教えてくれたこと、機嫌が良いときに彼女はこうして髪の毛を弄るのだ。
「すっごくおなかすいたけど、料理を待つ時間はなんだか幸せ」
「そうだね。色んな土地の伝統的な料理を食べることも旅の醍醐味だ」
「それもあるけど。こうやって・・・・・・ううん、なんでもない」
なにか気恥ずかしさを感じたのか、言葉の途中で少し頬を赤らめ、俯くルゥ。
もともと口数も少なく、無表情でいることの多かった彼女だが、一緒に旅をする中でそれは次第に変わっていき、今ではこうして会話の中でも時々表情を変えるようになった。僕はそれを好ましい変化だと子の成長を見守る親のような気持ちで受け入れている。
「どうしたんだい?ほら、恥ずかしがらずに言ってみなさい」
そんな風に親のような気持ちでいると、ルゥの見せる年頃の女の子然としたかわいらしさに思わず頬が緩んで、それとなく気持ち悪い台詞を発してしまうこともある。
「ロアはそうやってすぐにルゥのこと子供扱いする」
「そりゃあ、僕は大人だからね。それに、君の保護者でもある」
「自分のこと大人って言う人は大体子供。あと、そんなに歳離れてない」
透き通った赤い瞳で僕を睨み付ける銀色のお嬢さま。なおも指先は優しく髪を弄り続ける
なんてことのない会話。特別な意図も意味も持たない愛おしい時間。知らない土地で、知らない人だらけの中二人きり。
こんな他愛ないやり取りも悪くないな、なんて思うことが、幸せを感じてしまうことが、こんな温かで優しい感情が、果たして、今の僕に赦されるのだろうか。
戻れない過去への罪滅ぼしでしかないというのに。