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歌う人魚の愛の唄

作者: 藤野

この作品はアンデルセン童話『人魚姫』をモチーフにした作品です。原作要素はかなり薄いと思いますが、念のため二次創作をキーワードに入れています。

 昔、昔の物語。

 ある海に、とても美しい声の人魚がおりました。人魚は歌を好み、いつもいつも歌っていたのです。


 朝日が登れば清涼な空気に相応しい歌を。

 昼になれば陽気で楽しくなる歌を。

 夕暮れにはしみじみと別れを惜しむ歌を。

 夜には優しさと慈しみに満ちた歌を。


 何年も何年も、人魚は歌い続けました。

 人魚という種族には、老いも死もありません。生命の母たる海の力を糧として、長い長い年月を生きるのです。


 その日も、人魚は歌を歌っていました。誰も知らない入江に腰掛けて。その場所は、人魚のお気に入りの場所でした。


 しかし、その日は今までの日とは違っていました。


 人魚が気持ち良く歌っていたところに、なんと人間がやってきたのです。


 人魚は問いました。どうしてここにいるのか、と。

 人間は答えました。歌が聞こえたから、と。

 人間は毎日人魚の歌を聞いていたのです。

 人間は言いました。人魚の歌が好きなのだ、と。


 人魚は嬉しくなりました。だって、自分の好きなものを好きだと言ってくれるのですから。

 嬉しくて嬉しくて、人魚はいつもより大きな声で歌いました。いつも潮騒に紛れていた微かな歌声が、風に乗って伸びやかに響き渡ります。


 歌が終わった時、人間は人魚に拍手を贈りました。人間は喜んでいました。大好きな歌を聞けたことを。


 その日、人魚と人間は約束をしました。

 また明日も聞きにくると。また明日も会おうと。


 約束通り、人間は人魚の歌を聞くために入江へやってきました。約束通り、人魚は人間のために歌いました。

 そしてまた、約束をしました。

 また明日も聞きにくると。また明日も会おうと。



 しかし、約束の明日になっても人間と人魚が会うことはありませんでした。



 人魚は囚われていました。山奥の、暗く狭い洞窟に。

 人魚を攫ったのは別の、しかし同じ人間でした。

 人魚を攫った人間も、毎日人魚の歌を聞いていたのです。


 人魚を攫った人間は、人魚に自分のためだけに歌うことを求めました。そのために人魚を攫い、海から遠く離れた山奥の洞窟に人魚を閉じ込めたのです。

 人魚は悲しみました。

 しかしそれでも、人魚は歌いました。

 風と鳥の帰る場所。海を背に立つ大樹の歌を。

 攫った人間が来る度に、人魚は大きな声で歌いました。歪に響く歌を、毎日。



 人魚が囚われてからも月日は流れます。

 老いも死もない人魚ですが、海から離れた場所では長く生きることはできません。人魚の不老不死の根源は海にあるのです。

 しかし、攫った人間はそれを知りません。

 日に日に弱っていくことを自覚しながら、それでも人魚は毎日歌を歌い続けました。


 それも、もうすぐ終わりを迎えようとしていました。

 

 海から離れすぎた人魚の目は、もうぼんやりと影を映すだけで精一杯です。歌い続けた喉も、今では掠れてしまっています。

 それでも人魚は歌いました。


 ある日の事です。人魚の閉じ込められている洞窟に、いつもとは違う音が聞こえてきました。

 その音は次第に近づいてきます。

 音が止んだ時、人魚は温かい何かに包み込まれました。


 やっとみつけた。


 そう言ったのは、約束をした人間でした。


 人魚は問いました。どうしてここにいるのか、と。

 人間は答えました。歌が聞こえたから、と。


 人間は歌を辿って、人魚の洞窟を見つけ出したのです。


 人間は人魚の檻を壊し、人魚を外へ連れ出しました。足のない人魚を背に担いで、約束の入江へと連れ戻しました。

 海へと帰った途端、人魚は息を吹き返したように泳ぎ回り、そしてまた人間の許へ戻り、約束通り歌いました。


 歌が終わった時、人間は言いました。人魚が好きなのだと。

 人魚は初めて泣きました。人間が好きなのに、どうして自分は人間ではないのかと。


 人魚は海の魔女の家を訪ね、魔女に請いました。どうか自分を人間にしてほしいと。そのための薬を譲ってほしいと。

 人魚は、魔女が人間になれる薬を持っていることを知っていたのです。


 魔女は言いました。薬を譲ることは構わないと。

 しかし、こうも言いました。薬を使っても人間になれるのは体だけ。本質は薬でも変えられないと。


 魔女は問いました。人間でいたいなら海にはもう帰れなくなる。それでも薬が欲しいかと。

 人魚は答えました。薬が欲しいと。


 魔女から受け取った薬を手に、人魚は入江へ行きました。入江には人間がいて、いつものように人魚を出迎えてくれました。

 人魚は人間に薬を見せて言いました。この薬を飲めば人魚も人間になれることを。

 人間は喜びました。嬉しいと人魚を抱きしめて、薬を飲んでほしいと言いました。人間になって、一緒になってほしいと。

 人魚の返事は決まっていました。




 やがて、人魚は人間との間に子を授かりました。人魚にも人間にもよく似た、可愛らしい女の子です。

 子が生まれた時、人間はとても喜びました。愛しい人との子供です。嬉しくないはずがありません。

 しかし、人魚は悲しみました。人魚にはわかってしまったのです。子供が自分と同じ人魚であることが。


 人魚は人間に言いました。子供を決して海に入れてはならないと。海に入れた途端に薬の効果が切れて、子供は海に帰らなくてはならなくなると。

 それ以来、人間は決して子供を海に入らせませんでした。危ないからと子供言い聞かせて、海に入ってはいけないと何度も言って聞かせました。

 子供が人魚であることは伝えずに。


 父の言葉を聞く度に、子供はいつも不思議でした。子供の目に海は優しく温かく映ります。子供にとって、海は母と似た存在なのです。

 なのに、父は海は危ないと言います。子供にはそれがわかりませんでした。



 子供はすくすくと成長しました。あちこちを走り回るようになった子供は、そのうちに見つけた秘密の場所に毎日遊びに行きました。

 浜辺の先の崖の麓の、海に繋がる場所。偶然見つけたこの入江が、子供の秘密の場所でした。


 ある日、子供はふと思いました。


 ここなら、今なら入っても怒られないのではないか。


 海に繋がっているとはいえ浅瀬のここなら溺れる心配はありません。だから大丈夫だと思ったのです。


 子供はゆっくり、恐る恐ると素足を海面に近づけていきました。


 澄んだこの中は、どんな感じがするのだろう。

 冷たいだろうか。それとも、温かいだろうか。


 期待に胸を膨らませて、子供はちょっとだけ、爪先だけ海水に触れてみました。

 風もないのに水面が揺れて、触れたり離れたりを繰り返します。

 冷たいけれど温かみもある海に、子供は嬉しくなりました。


 その日から、子供は時々入江を訪れては爪先だけを海に触れさせてました。

 子供は海に惹き寄せられていました。



 一方で、人間と人魚は、時々何も言わずに何処かへ行ってしまう子供を心配していました。

 危ないことをしていないかと、それとなく聞いてみても教えてもらえず、心配ばかりを募らせていました。

 だから人間と人魚は、次があるならこっそり子供の後を着いていくことにしました。危ないことをしていないと、安心したいがためのことでした。


 そうとも知らず、子供はまたいつものように黙って出かけて行きました。人間と人魚は距離をおいて、こっそり子供の後を着いて行きます。

 しかし、子供が向かう先に近づくに連れて不安は増すばかりでした。子供が歩く道のりに、覚えがあるからです。


 子供が辿り着いた入江は、人間と人魚が出逢った入江でした。


 子供はいつもするように海と陸との境目に腰を下ろして、そろそろと足を伸ばしていきます。

 当然、それに驚いたのは人間と人魚です。

 人間は慌てて岩陰を飛び出して子供の名前を呼びました。

 子供は驚きました。まさか着いてきていたとは知らなかった子供は驚きのあまり跳ね上がりました。


 そのせいで、岩肌を滑り落ち海へと飛び込んでしまいました。

 海水を飛散させて海に落ちた子供に、人魚は慌てて自分も飛び込みました。

 気泡を纏わり付かせてわけもわからずもがく子供の体を抱き寄せて、懐かしい海を感じながらも水上へと上がりました。


 子供も人魚も、薬は切れてしまっていました。


 人間は悲しみました。海から離れ過ぎた人魚は長く生きられないことを知っていたからです。

 人魚は、また海の魔女に薬を貰おうと提案しました。薬を飲んでまた人間になればいいと、そう考えたのです。


 人魚は子供とともに、また魔女の家を訪ね、魔女に請いました。どうか自分達を人間にしてほしいと。そのための薬を譲ってほしいと。

 魔女は言いました。薬を譲ることは構わないと。

 しかし、こうも言いました。薬を使えるのは一回だけ。二回目を飲んでももう効果は現れないと。


 人魚は悲しみました。人魚の姿のままでは人間のそばにいることはできません。


 悲しむ人魚に魔女は言いました。子供なら、まだ可能性はあると。

 薬を飲んだわけではない子供なら、もしかしたら薬が効くかもしれないと。


 魔女は問いました。もし子供に薬が効いて人間になれたなら、人魚は一人海に取り残される。それでも薬が欲しいかと。

 人魚は答えました。薬が欲しいと。


 魔女から受け取った薬を手に、人魚と子供は入江へ戻りました。入江には人間がいて、待ち遠しく人魚と子供を出迎えてくれました。

 人魚は人間に薬を見せて言いました。この薬を飲めば、もしかしたら子供は人間になれることを。自分はもう、人間にはなれないことを。

 人間は悲しみました。人魚と子供を抱きしめて、涙を流しました。

 子供も泣いていました。母と離れたくないと、母と父に抱きついて泣いていました。

 人間も別れを悲しみ泣いていました。それでも子供に薬を飲むように言いました。


 人魚は人間と子供に言いました。


 たとえ傍にはいられなくても。あの頃のように毎日歌を歌います。

 またここで会いましょう。もしいつか、子供が海に帰るなら。私が必ず迎えに参りますから。


 そう言って、人魚は子供に薬を渡しました。

 子供は涙ながらに受け取って、涙さえも飲み干そうと一気に煽りました。




 今日も、風はないのに海は揺れています。人間を、子供を案じて覗くように、寄せては引いてを繰り返しているのです。

 潮騒に歌声を紛れさせて。

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