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サカノハナ 作者:ゆちゃあ
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「こんにちは」
 少女は目の前にいる青年に笑顔で話しかけた。
「……こんにちは」
 カメラを手にしている青年は今更になって初めて自分がやっていることに気付いた。
「すまない。直ぐに出て行く」
 そう言って勝手に入ってしまった大きな温室を出ようとする。
「この花があまりに綺麗でね。つい不法侵入してしまった」
 少女の横を通り過ぎたとき、少女は笑いながら彼の手を引く。
「不法侵入? 私と同じですね」
 そう悪びれずに言う。その笑顔は辺り一面にある純白の花弁等に引けをとらず、青年の目を惹いた。
「そう…なのか。ならもう少しここにいても大丈夫かな?」
 その言葉に少女は困った顔をする。
「えっと…私に聞かれても」
「それもそうだな」
 青年は再び温室の中心に歩み寄り、カメラを構える。
 少女はその姿を興味深そうに観察している。
カシャ
カシャ
 時をゆっくりと刻むかのようなシャッター音は温室の止まったような空気に響いて消えてゆく。
カシャ
カシャ
「ふわぁ〜」
 何時の間にか座っていた少女が欠伸をした。見知らぬ他人がいるのに大口を開けての行為。目に涙が溜まった少女はうつらうつらとしながら薄らと開けたそれを青年に向けている。
「お嬢ちゃん、家の人が心配するぞ。それにこんな所で寝たら誰も起こしてくれないぞ」
 まだ日没には遠いが、ここは不自然なまでに孤立した大きな温室である。ここで寝てしまったら暗闇の中、丘を下らなくてはならなくなる。男である自分なら平気だがこの少女では危険ではないか、青年はそう思ったのだ。
「ん〜私ぃ子供じゃないもん。それにちゃんと起こしてくれる人いるし」
 目蓋を擦りながら少女は答える。
「これから誰か来るのか?」
 少女は軽く首を横に振った。
「じゃあ誰だよ?」
 少女は青年を指差す。
「おにいさん」
 青年は苦笑した。
 少女がそのまま寝てしまったのだ。朽ちかけの木のベンチに上半身を預けた格好で彼女は寝息をたてている。
「田舎の女の子っていうのは皆こんなもんなのかな」
 青年は一度だけシャッターを少女の寝姿に向けて切り、再び温室の中を写して廻り始めた。


 一時間ほどすると急に雲行きが怪しくなり始めたので青年はカメラを鞄に納めた。自分でも驚くほどその綺麗な白をファインダー越しに覗くことに熱中してしまっていたようだ。
「お〜い、起きろ〜」
 少女の頭を軽く揺すって起こす。
「んん、まだ早いよ〜」
 少女は寝ぼけたのだろう、そう呟いた。
「何が早いんだよ。良いからさっさと行くぞ。雨が降りそうなんだよ」
 ぺちぺちと少女の頬を軽くはたくとやっと彼女は目覚めた。
「雨ぇ? ならここで雨宿りすれば良いと思うな」
 少女は近くにあった白い花弁を摘み上げながらそう言った。
「あったかいし」
 しかし青年はその手を引っ張り無理やり立たせる。
「何言ってんだ。子供がこんな所に遅くまでいるもんじゃない。家族が心配するぞ」
 少女は急に手を振りほどいた。直前までふわりとした抵抗感しかなかったその細い腕の重さに瞬時に大きな加重が起き、青年は暫し唖然とした。今のは明らかに拒否的な行為だったのである。少女の柔らかい雰囲気に酔っていた青年にとってはその行為は予想の裏切りであり、大きなショックを受けた。
「…どうかしたか?」
 しかし少女は答えない。何かから目を逸らすように首を大きく捻らして遠くを覗いている。その鮮やかな桃色をしていた唇は細かに震える前歯で潰され黄色に変化していた。
「とにかくここを出よう。な?」
 青年が歩き出すと少女もそれに続いた。先程までの少女らしい可憐な笑顔は既に面皮の奥底に仕舞ってしまったかのように硬い表情で青年を見つめ返していた。



「本当に入らないのか?」
 青年は自分の前を歩いている少女に再び聞いた。
「大丈夫。私、雨大好きだから」
 二人が温室を出ると同時にポツポツと雨が降り始め、今では随分と本降りになってしまった。硬かった表情は雨にあたると乾物に水を垂らしたように元の柔らかな表情を浮かべるようになった。
 少女は坂の途中で青年がさしている傘を抜け出し、雨の中をくるくると回りながら歩いていた。
「風邪ひくぞ」
 先ほどから何度も繰り返された会話。少女は「雨〜雨〜」と言いながら時々仰ぎ、雨を口に入れる。青年は諦めようとするが、自分のズボンが肌にくっ付くのを鬱陶しく思うたび少女に同じことを口にしていた。
「子供の風邪っていうのは危険なんだぞ?」
 少女は笑いながら答える。
「子供じゃないよ〜」
 彼女の靴は既に泥だらけだ。不快に思ったのだろう、今度はその靴を脱ぎ、裸足で歩き始める。
「おい、危ないぞ。硝子とか落ちていたらどうするんだよ」
 少女はぱちゃぱちゃと水溜りに足を突っ込んでいる。まるで幼児の泥遊びである。
「ないない。ここら辺はゴミなんて落ちてないんだから」
 少女の肩先まで伸びた髪はぺたりと張り付いている。それがまた少女の体の冷たさを青年に印象づける様であった。
「子供っていうのは元気だな」
 その青年の言葉を耳に入れると急に少女は青年に近づき問うた。
「幾つに見える?」
「……十二」
 少女は首を横に振った。
「……三十?」
「おばさんじゃないもん」
 少女はぽかぽかと青年の胸を叩く。無論じゃれているような強さで。
「………もしかしてその体型で高校生か?」
「もしかしなくてもそうです〜」
 少女は口を尖らせた。
「………」
「何さ?」
「…………驚いた」
 少女はまたぽかぽかと青年の胸を叩く。
「どうせチビですよ〜」
「おまけに殆ど無いしな」
「何が?」
 青年は大げさに視線をそらした。
「な・に・が!」
 青年はぽそっと呟く。
「…わかるだろ?」
 少女は細い足で青年の靴を踏む。今度はじゃれているような力でなくかなり本気で体重をかけていた。青年は痛みに顔を歪めた。
「えっち!」
 しかし青年がその足を上げたため、少女は倒れてしまった。
そして目が再び合ったとき二人は笑いあった。


「あの花、何て名前か知ってるか?」
 青年は再び前を歩き出した少女に問いかける。不思議なことにあの温室には一種類の花しか栽培されていなかったのだ。しかも管理が中途半端であった。下の方は綺麗に揃えられていて、絵になる風景であったが、上の方、つまり高い位置にある土には乱雑に生えていた。
「確かサカノハナだったと思う。うん、そんな感じ」
「サカノハナ? 聞いたことないな」
 少女は自慢げに言う。
「そりゃそうだよ。あの花はここら辺でしか見られない貴重な花なんだから。よかったね〜、お兄さん。見られただけでも幸運ものなんだよ」
「そりゃ良かった。親戚が倒れちまって親の代わりにこの近くの病院に見舞いに来ていたんだよ。会っても話すことなんてないから用事を済ませた後、何となく窓を見たらあの温室が見えたって訳だ」
 そりゃ幸運ですな〜、と少女は妙な口調で(はや)す。
「何でサカノハナって言うんだ? 俗称だか和名だか知らないけど」
「うーん何でだろ。お父さんがそう呼んでたから知ってるだけなんだよね」
 くるくる回りながら少女は答える。
「ふーん。まあいいか」
 さらに詳細を聞き出すほど興味があるわけでもなく、青年は口を閉じた。


 坂の終わりが近づき、温室からは小さく見えた民家の明かりが大分大きくなっていた。
「それじゃ、お兄さん」
 そう言うと、少女は今来た道を戻っていく。
「どうしたんだよ?」
 少女は振り返り大きく手を振った。
「気付かなかった? 途中に分かれ道があったんだよ。私、本当はそっちなんだけど、何時の間にか通り過ぎちゃったみたい」
 じゃ〜ね〜と大声で叫びながら少女は坂を上っていく。そうして坂の途中で暗闇に包まれるかのように消えてしまった。


他の作品も連載中ですがホラーのネタが出来たので勢いで投稿。こっちはもう一つの方と違って短めになる予定・・というかもう一つが本当に超長期連載になりそうです・・・。

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