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第5話 遺跡

 どんなものでも言えることだが、毎日反復して練習を繰り返す、というのは重要なことだ。

 一日休めば三日のブランクが出来る、とは技術の必要な物事ではよく言われる言葉であり、魔法や武術についても同様のことが言える。


 ルルもまた、その言葉を信じる者の一人であり、だからこそ毎日の訓練は欠かさずに行っていた。

 赤ん坊のときは出来なかった体を動かすようなものも、今では十分に出来るようになっており、魔法の訓練だけでなく、武術の訓練もするようになっていた。


 早朝、食事を取った後に母からお弁当を受け取って出かけ、村から少し外れた人通りのない場所で、魔力の操作と、自分で作り上げた木刀を使った剣術の訓練を繰り返す。

 技術はかつて身につけたものをなぞっている。

 つまりは、古代魔族式、魔王式、とでもいうべきものだ。


 父パトリックに現代の人族ヒューマンが身につけている剣術も習ってはいたが、ふとしたときに繰りだそうとしてしまうのはかつて身につけた魔族のものだった。

 もちろん、父との訓練のときにそのような技術を出すわけにはいかない。

 父は国に仕える騎士であり、それなりのものを身につけている以上は、相手が使う武術が何かしらの理屈に沿っているものかどうかくらい見抜くことは容易い。

 そうである以上、ルルが魔王だったときに使っていたそれを出してしまえば、彼には違和感しか感じられないはずだ。

 だから、ルルは父との訓練のときには、彼に習った現代剣術しか使わない。

 それに、新しい技術を身につけると言う意味では、それしか使わずに訓練をする、というのは、悪くない訓練になるので、特に文句はなかったというのもある。

 いつか、この村の外に出たときに、古代魔族式の技の数々は、出来るだけ温存し、切り札としておきたいとも考えていた。

 そのためには、父の教える剣術をしっかりと実戦レベルまで身に着けておかなければならないとも思っていて、だからこそ、父との訓練では、父に教わったことをただひたすら愚直に繰り返すようにしていた。


 もちろん、それでもルルの本来のスタイルは強大な魔力と身体能力に支えられた魔王としての戦い方に他なら無い。

 その利点をもっとも効率的合理的に出すことが出来るのは、人間離れした魔力と身体能力を持つ魔族がそれを生かすために長い年月を掛けて作り出してきた技の数々だ。

 だから、ルルはいざというときのため、そしてこれからのために、切り札としてかつて使用していた古代魔族式の魔法や剣技の数々を人族ヒューマンの体でも問題なく出せるようにするために、訓練をする必要もあった。


 人族ヒューマンの技術と、魔族の技術、その両方を独立して扱えるように、ただひたすら訓練する。

 それは並大抵の努力では足りなかった。


 そんな中で、早朝の訓練は、主に魔族式の技術訓練のためのものであり、父に習っている人族ヒューマンの剣術はもっと日が高く登ってから、ラスティと一緒にやるのが普通だった。

 ラスティと訓練をするときは、前日に約束をすることが多く、毎日というわけではない。

 なので、今日のように一人で一日中訓練する、ということも少なくなく、そのときは古代魔族式のものを一日中さらうことにしていた。


 朝靄の中、鳥の声を聞きながらする訓練は気持ちを落ち着けてくれ、思考が冴え渡っていくのを感じる。

 体に感じる魔力は、毎日の訓練のお陰か相当自由に動かせるようになっていたし、人族ヒューマンになったことによってかなり下がったと思われる身体能力だって、魔力を体に通すことにより、かつて魔王だった頃に一歩ずつではあるが近づいているのを感じる。


 そんな中で思い出す様々なこと。

 そのほとんどは、魔王だったときの記憶だった。


 勇者と戦ったあの最後の一戦。

 勇者が見せた技の数々は、魔王ですら対応に苦慮するに足りる洗練された技術がつぎ込まれていたのを覚えている。

 最近では、その技を再現しよう、という試みも行っており、未だに出来てはいないが、丁度いい暇つぶしになっていた。


 そんな風に、かつて魔王だった頃の技術をさらい、勇者の技術を思い出の中から盗むべく木刀を振るって、ルルの一日は終わる。


 すべての訓練が終わったときには、だいたい日が暮れていて、母の作ってくれた、空になったお弁当を持ちながら夕日を眺めつつ村に戻るのが、ルルの日課だった。


 いつもなら、村に戻ると村の女たちが畑仕事など、一通りのしなければならないことを終えて、井戸端会議をしていたり、そこらの家々から夕飯のおいしそうな匂いが漂ってくるものだ。


 けれど、その日はいつもとは違って、村の様子がどことなくあわただしいことにルルは気づいた。


 女たちは不安そうな表情をしていたし、男たちもそこら中を走り回ってなんだか忙しいそうにしているのだ。


 どうしたのだろう、とルルは知り合いの村娘に近づき話を聞いてみる。


「何があったんだ? 妙にあわただしいけど」


 すると、彼女は困惑したような表情で答えた。


「それが……どうもラスティたちがいないみたいで。探しても見当たらないのよ!」


 それくらいなら、よくありそうなことで、これほどまでに慌てる原因にはならなそうだとルルは思ったのだが、どうやらそんな簡単な話ではないらしい。

 村娘は続けた。


「村のどこかにいるならいいんだけど……ほら、あの子たち、特にラスティは冒険者に憧れてたでしょう? だから、昨日来た冒険者の……?」


「グランたちのこと?」


「そう、その人たちについて行ったんじゃないかって……」


 それを聞いてまず思ったのは、グランたちは確かに相当破天荒と言うか、適当というか、そういうところはあるが、子供を危険な場所に連れて行くような人間ではないだろうということだ。

 そして、それは村のみんなが何となく昨日彼らと話して理解したはず。

 けれど、彼女の心配はもっと別のところにあるだろう。


 それは、ラスティたちをグランたちが連れてったのではなく、ラスティたちがグランたちに勝手について行ったのではないかという懸念だ。


 そう言うと、彼女も我が意を得たり、と言った様子で頷く。


「そう、そうなの! だからみんな心配で……。実は村の中にいて、杞憂だったって言うならいいんだけど……あぁ、こんな話したら余計に心配になってきた。私も探してくるわね!」


 そう言って彼女はラスティたちの捜索に走っていった。


 ルルは考える。

 ラスティたちを捜索することは、当然だ、自分もしなければならない。

 けれど、どこを探せばいいのか。


 村人たちが村の中を探すのなら、森に探しに行くべきだとは思うのだが、森は広い。

 一体どこから探せばいいのかということが問題だった。


 ただ、グランたちは昨日、遺跡を探索すると言っていた。

 その場所についても村の男達と語っていたし、ルルも覚えている。

 そうである以上、もしラスティたちがグランたちについていったのだとすれば、遺跡の方角へ進んだとみるべきだろう。


 一応の方針を一瞬で考えて、ルルは村の入口へと向かった。


 すると、村の外から誰かが走ってくるのが見えた。

 見ると、それは見たことのある女だった。


 長い耳、美しい肌、細い身体。

 あれは、古族エルフの……。


「ユーミス!」


「……きみは、ルル君!? どうしてここに」


 ルルの元まで走ってきたユーミスは、ルルの顔を見て少し驚いたようだが、すぐに顔を引き締めて言った。


「ちょっと下がってて! 今から村に結界を張るから!」


「結界? どうして?」


「ちょっと、時間がないから黙って……『清浄なる森の精よ……力を貸して。我が魔力を対価に内と外を遮る壁を作り出せ』」


 言うが早いか、もう既に、ユーミスは詠唱に入っていた。

 その詠唱はルルの耳に馴染み深いもので、正確な単語と文法の組み合わせによって組み上げられていたが、それは今考えることではない。

 それより問題なのは、ラスティたちが森にいるということだ。

 ユーミスは結界を張ると言った。

 なぜそんなことをしようとしているのかは分からないが、彼女が唱えているのは完全遮断型の結界魔術である。

 つまり、これを唱えられると村の外に出ることが出来なくなるものだ。

 ルルはラスティたちを森に探しに行くつもりだったし、自分でできないなら村の大人たちにそれをしてもらおうと思っていたので、そんなことをされると甚だ困る。

 だからルルは言った。


「ちょっと待ってくれ! 今ラスティたちが行方不明なんだ!」


「なんですって!?」


 一旦、詠唱を中断してユーミスが聞き返した。

 ルルは答える。


「ラスティたちが、見つからないんだ。たぶん、村にはいない。森に行ったんじゃないかってみんな言ってる! だから探しに行かないといけないんだ! 結界を張るのは待ってくれ!」


 ユーミスははっとして目を見開く。

 だから、きっとこれで、ユーミスは魔術を中断してくれるはず、とルルは思った。

 けれど少し考えた後、ユーミスの口から出たのは意外な台詞だった。


「……ごめん。中断は出来ないよ。『……神秘の壁アルカヌマ・ウォール!』」


 そうしてユーミスの呪文は完成した。

 彼女から放たれた魔力は村全体へと広がり、村の内部と外部の境界に透明な壁を作り出す。

 空へも伸びていき、大体、半球状の結界が村をすっぽりと覆った形になるだろう。

 極めて広範囲を覆ったその魔法の壁は、村への何者の侵入をも拒むことだろう。

 そしてそれは、村人が村の外に出ることが出来ないことをも意味する。


「どうして!」


 ルルは叫んだ。

 それに対して、ユーミスは申し訳なさそうに、しかし決然として答える。


「村の人たちを守るためなの……分かって」


「だから、その理由は……」


「昨日、遺跡の話をしたでしょう? 今日、私とグランはそこに入ってみたんだけど、新しい発見は特になかったわ。だから遺跡を出て、村に戻ろうとした……んだけど、そしたら突然、遺跡の壁画が光り出してね。がらがらと壁の一部が崩れ落ちたの。そしてそこから、見たことがないタイプの魔導機械が現れて……」


 魔導機械、とは魔力を動力源として稼働する道具のことであり、特に現代の技術で製作することが難しいか、不可能なもののことを指す。通常の魔力を使った道具のことは、魔導具というのが一般的だ。

 魔導機械は遺跡から発掘されるのが主で、製作するには莫大な資金と技術が必要なのだが、そんなものがこんな辺鄙な村の近くの遺跡から……?

 ルルは首を傾げた。

 しかも、突然遺跡が稼働し始めたと言うのだから、余計に奇妙である。

 ユーミスは続けた。


「グランは今、その魔導機械と戦ってるわ。私もそうしようと思ったんだけど、どうもその魔導機械の何体かは空を飛んでいてね。そんなに速くは無いのだけど、逃げられてしまって……向かっているのはこの村の方角だったわ。強さ的にはそれほど脅威じゃなかったから、グランにその場は任せて、私は村の防御に回ることにしたってわけ……ほら、噂をすれば」


 ユーミスが空を見上げる。

 するとそこにはくるくるとプロペラを回して空を飛んでいる魔導機械があった。

 全体の大きさはそれほどではない。

 子供より若干大きく、大人の男よりは小さい、くらいなもので、危険なものには見えない。

 蜂を巨大にしたような形をしていて、そこから羽をもぎ、頭部にプロペラをつけたような形をしている。

 そして足の部分にあたるところには、内部が空洞に見える円筒が取り付けられており、その全てが村の方に向けられている。


「……? あの筒は何かしら?」


 ユーミスが首を傾げる。

 しかし、ルルはそれが何かを知っていた。

 あれは魔砲マギア・カノンだ。

 かつて、魔族と人族ヒューマンの戦争のときに作られた魔法攻撃兵器。

 魔力を持たない者にも、魔法攻撃力を持たせるために発明された、武器だ。

 現代では最初期に発明されたものに当たる拳銃ハンドガンタイプのものしか残っていないことは本から得た知識で知っていた。

 けれど目の前に浮かぶ魔導機械が備えているのはより大口径のものであり、現代には存在しないはずのものである。


 つまり、ユーミスたちはまさに古代魔族の遺跡を見つけたという事で正しいのだろうという事が、それでわかった。

 そしてその事実が示すのは、あの空に浮かんでいる蜂型の魔導機械は非常に危険だという事だ。


 魔導機械は基本的に魔族が作り、多用した機械である。

 当然、その攻撃対象は人族ヒューマンに向けられており、放っておけば自律的に人族ヒューマンに対して攻撃を加え続けることだろう。

 ユーミスによれば何体か逃げた、という話だがその全てがここにきているとは限らない。別の村や街を目指して飛んでいった可能性もある。

 そのことを考えれば今すぐに、根本から断たなければならないのは明らかだった。


 ルルの記憶では、確かあのタイプの魔導機械はそれぞれの拠点にある中央装置から操作されているのが普通で、停止させられるのもそこからだったはずである。

 ここで拠点、と言えば、ユーミスの見つけたと言う遺跡に他ならないだろう。

 この辺りにそのような拠点を作った記憶はルルには無かったが、末端の小規模な拠点であればその存在を知らなくても不思議ではない。


 とにかく、すぐに遺跡に向かわなければならない。


 そう考えたルルは、ユーミスに言う。


「ユーミス。俺は、今すぐに行かなきゃならないところが出来た」


「はぁ? あなたは家に戻ってお母さんのところにでもいなさいよ。ここは冒険者であるグランと私に任せて……きゃっ!」


 ドカン、と大きな音が鳴った。


 空に浮かぶ蜂が魔砲マギア・カノンから砲撃を加えたのだ。

 ユーミスは始めの一発には驚いていたが、すぐに魔導機械の攻撃だったと理解したようで、それからは冷静に結界の維持に力を注ぎ始めた。

 幸い、ユーミスの作り出した結界は確かな効果があるようで、その砲撃でもびくともしていない。

 本物の冒険者であるというのは伊達ではないようだ。

 そしてその事実は、ルルに安心をもたらした。

 村については、ユーミスに任せておけば問題ないだろう、という安心を。

 だからルルは言う。


「ラスティたちが心配だ。村で震えてるわけにはいかないよ……ユーミス、村をよろしく」


「……何を言っても、結界は解かないわよ? あなたは子供。出来ることなんてないの」


 こんなこと言いたくはないが、言わなければならないと言う表情でそんなことを言うものだから、ルルもどう返していいのか一瞬わからなくなる。

 しかし、ことは一刻を争うのだ。

 ルルはあえて、傍若無人に振る舞うことに決めた。


「いいよ、別に。勝手に行くから」


 そう言って、ルルは結界に触れる。

 案の定、ルルの手は固く冷たい透明な壁に遮られて、村の外へは出られない。

 その事実を確認したユーミスは気の毒そうに言う。


「あなたは知らないかもしれないけど、このタイプの結界は術者が認めたもの以外は何も通さないわ。もちろん、あなたが通ることもできない。だから無駄……っ!?」


 しかし、そんなユーミスが見たのは、信じられない光景だった。

 その何も通さないはずの結界に、ずぶずぶとルルの手が入り込んでいくのだ。


「ど、どうして!? 何が起こってるの! 私は許可してない……」


 慌てるユーミスに、ルルは申し訳なさそうに言った。


「悪いね。術式を書き換え・・・・させてもらった。これでこの結界は俺のものだ。……少し強度に不安があるから、強化もしておくよ。魔力はユーミスから供給されるようにしておく。それだけ魔力があれば今日一日くらいは持つよな」


「術式の書き換え!? そんなこと、出来るはずない! しかもこの私の術式に対してそんな……」


 ユーミスは起こっている現象を信じられなかったのか、自ら結界を抜けようと手を触れた。

 しかし、残念ながら結界の外に彼女が出ることは出来なかった。

 当然だ。もはや結界はルルの制御下にある。

 中に存在する者は何者であれ出ることは出来ない。


「どうして私を通さないのよ! 私の結界よ!」


 がん、がん、と結界を叩くも、結界はびくともせずにその場にあり続ける。

 そしてその外側には、ルルがいるのだ。

 どうにかしてユーミスはルルを引き戻そうと、顔を張り付けて結界を叩き続ける。

 しかしどうにもならない。


「なんでよー! なんでなのよー!!」


 もはやコントに等しいユーミスのその様子に、ルルはふっ笑い、そして彼女に言った。


「悪いね、ユーミス。俺はラスティたちを探しに行くよ。それに、魔導機械も止めてくるから」


「待ちなさいよー! こらー!!」


 そんなことを言いながら顔を結界に張り付けるユーミス。

 しかし彼女の命令は聞けない。


 このままでは、ラスティたちだけではとどまらず、村まで危険だから。


 そう思って、ルルは自分の体に魔力を通す。

 身体能力が上がり、人間離れした速度でルルは村から遠ざかっていく。


 それを見つめながらユーミスはずるり、と結界から滑り落ちて一言言った。


「……なんなのよ、あの子……」

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