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第18話 他愛もない、夜の会話

「……何をしていらっしゃるのですか?」


 カディスノーラの屋敷、ゆらゆらと蝋燭が照らすルルの部屋の扉の向こう側から、イリスの眠そうな声が響いた。


 酒場での宴会、そして父との会話が終わった後、すぐに父は寝入ってしまったのだが、ルルは中途半端に酒が入ってしまったため、いまいち眠れず、ちょうどやっておきたいことがあったのを思い出して、工具類を取り出してかちゃかちゃとやっていた。

 既に眠っていただろう、イリスがその金属同士がぶつかり合って立てる音に目を覚まして、気になって見に来たらしい。


 非常に申し訳ない気分になりながらも、一度覚めてしまえばもう一度眠り入るのも難しいだろうと、ルルはイリスを部屋に招き入れ、していた作業を見せることにする。

 静々と部屋に入ってきたイリスは、ルルが机の上に広げていた物品の数々を見て、何をしていたか悟ったようで、納得したように頷いた。


「……なるほど、魔導機械ですか」


 ルルの机の上には、一般人が見てもただのガラクタにしか見えないだろう部品がいくつも転がっている。

 材質は金属が多いが、鉱石やただの石ころにしか見えない物体まであり、一体何をしようとしているのか理解しようがない。

 けれど、古代魔族としていくつもの魔導機械を目にし、また扱ってきたイリスにはそれだけで自明だったようである。

 彼女はルルが何かしらの魔導機械を組み上げようとしていることを、それだけで理解してしまったのだった。


 特に隠すことでもないし、イリスをあの遺跡から発見したときから、魔導機械の製作、再現については考えていたことだ。

 けれど、思いのほか現代には魔導機械は発展していないことが、ルルにその取り組みをすることを躊躇させていた。

 行き過ぎた技術の数々が、古代魔族と人族ヒューマンとの戦争の炎をいたずらに広げていた部分もあることを、ルルは魔王として理解していたからだ。

 とは言え、魔導機械の極めて便利な側面も知っていて、だからこそ兵器ではない生活を楽にするようなものの普及にはいずれ取り組みたいとも考えていた。


 問題は、そのタイミングで、中々踏ん切りがつかなかったのだが、七年前にイリスが眠っていたあの遺跡から出動してきた遺跡整備、ないし警戒用の魔導機械がグランとユーミスの手によって回収されて、王都に運び込まれた結果、少しばかり魔導機械の研究が進んだらしい。

 かつての古代魔族の技術力と比べれば雲泥の差と言うしかないが、それでも以前よりは遥かに魔導機械の製造が楽になってきているようだった。

 流石にこの村には普及していないが、ある程度の規模の街では、魔導機械がある光景がそれほど珍しくなくなってきている、とはグランやユーミス、それにパトリックなど、都会に本拠地を置いている者たちの言で、たまにお土産と称して実際に魔導機械を持ってきてくれるほどになっていた。


 そこまで魔導機械が普及してきてる、となると、少なくとも比較的簡便な機構で稼働するものに限っては、ルルがその製造を自重しなければならない理由も薄くなってきたと言える。

 兵器への転用の危険性も考えなければならないがいずれ数年程度の誤差で発明されてしまうだろうものなら、いつ作ってもそれほど大きな影響は与えないのではないか、とも思った。


 ルルは今、製作中の魔導機械を掲げ、イリスに見せて言う。


「……これが何か、分かるか?」


 イリスは少し考えるが、それほど難しい問題ではない。

 むしろ、彼女は良く見たことがあるものだろう。

 その経験から、何度も目にしたことがあるはずだからだ。

 案の定、イリスはすぐに答えを出した。


魔導砲マギア・カノン……いえ、小型の……携帯型のものですから、魔導銃マギア・ピストラと言うべきでしょうね。先天的、後天的に魔力を持たない者の為の魔法的攻撃手段……」


 イリスの答えにルルは頷いて、良く出来た生徒に対してするように小さく拍手をした。

 それから、机を開けて、別のものをイリスに掲げて見せる。


「では、これは?」


 イリスはルルが掲げたものを見て、首を傾げ、それから不思議そうな顔で答えた。


「……それも、魔導銃マギア・ピストラでは? すでに試作済みということでしょうか」


 そんな風に予測したイリス。

 それは、至極真っ当な推測だったと言えるだろ。

 ルルが手に持ったそれは、先ほどの魔導銃マギア・ピストラとかなり似通った形をしていて、デザインが少し変遷した結果、先ほどのものへと変わったのだろうと、そう思ったからだ。

 ルルもきっと、次の瞬間首を縦に振ってその推測を肯定するだろうとイリスは考えた。

 けれど、


「いや……」


 予想に反して、ルルが首を振ってそう答えたので、イリスは不思議そうに首を傾げて尋ねた。


「では、なんなのでしょうか……?」


 イリスの言ったように、ルルが今、手に持っているそれはどう見ても、魔導銃マギア・ピストラ以外の何物でもない形をしていた。

 銃把から銃口までの緩やかにカーブする、一度見たらまず見間違えることはないだろうその形は、先ほどルルが持っていた魔導銃マギア・ピストラと何一つ変わらないように見える。

 しかし、細部が異なっているのは確かで、ルルが組み上げていたものが部品が少なく、繋ぎも少ない、必要最低限度の素材と構成で作られているものであるのに対して、今ルルが持っているものは、多くの歯車やぶくぶくと気泡の浮かぶ色のついた液体の入ったシリンダーなどが取り付けられていて、ごてごてしている。

 明らかに設計の段階で思想が違うと断じられる品であり、奇妙なものであった。

 そして、これこそが、ルルが魔導銃マギア・ピストラなどというものを改めて作ろうとした理由でもある。


「これはな、イリス。ユーミスが手に入れてきたものなんだよ。俺が作ったわけじゃない……」


 その言葉に、イリスは目を見開いて驚く。

 ルルの言っていることが示す一つの事実に、彼女はすぐに気づいたからだ。


 この七年で、グランたちは様々な土地に行って様々なお土産をルルに持ってきてくれたが、その中の一つとして、この魔導銃マギア・ピストラ)もどきがあった。

 これを初めて見たときのルルの衝撃は大きい。

 その作りや、部品からして明らかに古代魔族の遺産ではなく、比較的新しい、最近作られたものに見えたからだ。

 ユーミスが言うには、旅の商人から買ったのだということだが、その商人も売られて来たものをたまたま手にしただけであり、使い方もよく分からないから珍しい物好きを見つけて売ろうと思っていたと語ったらしい。

 ルルがグランたちに常に、何か珍しいものがあったら買ってきてくれと言っていたので、ユーミスはその言葉に従ってお土産に買ってきてくれたというわけである。

 そしてユーミスから魔導銃マギア・ピストラもどきを受け取った直後から、稼働させるべく努力してみたのだが、結局動かすことは出来ていない。

 作りからして、どう見ても魔導銃マギア・ピストラのはずなのだが、魔力を注いでも全く反応しなかった。

 おかしいと思ったルルが、元に戻せないことを覚悟で軽く分解してみた結果、そもそも魔導銃マギア・ピストラにあるべき魔力充填機が内部機構に組み入れられていないらしいことが判明した。

 そして、そうであるということは、別の理屈によって稼働する新たな機構を採用した新型の魔導銃マギア・ピストラであるということになってしまう。


 魔導機械すら満足に扱えない現代に、ルルですら解析できない道具を作り上げている存在がいる。

 そのことに、驚きと、そして強い好奇心を覚えた。

 そして、僅かながらに、危険も感じないではなかった。


 かつて、魔導銃マギア・ピストラと言えば、魔力を持たないもの、非常に少ない者に魔法的攻撃力を付与しようと言うコンセプトで発明された武器であった。

 そのため、威力としては魔術師の使う魔術には基本的に及ばないものであり、魔王や勇者と言ったレベルになってくればほぼ通用しないと言っていい武器であった。

 けれど、例外として、その魔力充填機に込めた魔術や魔力の質が高ければ、通用しないことも無かったし、改造することによって巨大な威力を持つものや、通常魔術では困難な連発式魔術を放つことをも可能にする武器でもあった。


 ただ、後者の使い方をする者は少数であり、そもそもそのような魔導銃マギア・ピストラを製作できる者自体、少数であったから、結局、強大な魔力と身体能力を持つ者の戦いは剣や魔術のぶつけ合いになるのが常だった。


 しかし、そうであるとしても、下級の兵士や、民間人の間においては絶大な殺傷能力を持つ武器であることは間違いなかった。


 そのことを考えれば、魔導銃マギア・ピストラを製作できる者が現代にいて、その技術を一か国だけが独占している、などと言った状態になれば、それは極めて危険なことになると言わざるを得ない。


 少なくとも、一つは現存しているのが間違いない以上、ルルも、いざという時に普及させるために、その製造技術をしっかり確認しておく必要があると感じたため、ここの所、毎日、時間をとって魔導銃マギア・ピストラの制作・改良に勤しんでいたのだった。


 そのことをイリスに話すと、イリスはルルの作ったものではない方――魔導銃マギア・ピストラもどき――を手に取って、矯めつ眇めつし、それから言った。


「確かに……魔力を籠めても反応がありません。どうしてなのでしょうか……注ぎ込んだ魔力が消費されている感覚はあるのですが……?」


「分解までして調べてみたけど、結局分からないまま、だ。とうとう村を旅立つって言うのに随分と大きな問題がやってきたもんだ……」


 ルルはそう言って、ため息をついてみたが、イリスがふっと微笑む。


「その割に、楽しそうでいらっしゃいますわ、おじさま」


 言われて、ルルは自分の表情が少し笑っていたことに気づく。


「あれ……?」


「昔から、おじさまは何と言いますか……謎解き、のようなことが好きでいらっしゃいますものね。思い出してみれば、そうですわ。父バッカスの秘蔵のお酒が消えたときも……」


 そう言って、イリスはかつてあったバッカスの酒消失事件のとき、不機嫌そうなバッカスを尻目に嬉々としてその酒を勝手に飲んだ犯人捜しを始めたルルの想い出を語りはじめた。

 そして、その話が終わった直後辺りから、イリスは目を擦りだした。

 どうやら、眠気がやってきたらしい。


「……そろそろ、眠れそうですわ、おじさま。こんな夜更けまでつき合せてしまって、申し訳ございません……」


「いや、そもそも俺が起こしたことが悪いんだからな。気にすることはない。俺もちょうど眠くなってきたところだし……」


「そうですか……なら、良かったです……」


 本当に眠いようで、イリスはそのまま目に涙を浮かべて、自室へと戻っていく。

 ルルも机の上の部品と工具類を収納し、眠ることにした。

 明日は、旅立ちに向けての荷造り、そして父との再戦である。

 あまり、夜更かしするわけにもいかなかった。


 再戦の日程は、出来るなら父に二日酔いの危険性のない日に回したかったところだったが、明後日にはルルとイリスは旅立つことが決まっていたので、明日にするしかなかった。

 いざとなれば、解毒魔術でもかけて、アルコールを抜くしかあるまい。


 ちなみに、観客は誰も呼ぶ気は無かった。


 ルルと、パトリックが全力で戦うのだ。

 もしものことを考えると、とてもではないが、武術の心得などほとんどない村の人々に観戦などさせるわけにいかない。


 イリス程度の実力は最低限必要で、それはつまり、今の村では観戦できる人間は存在しないという事に他ならなかった。

 力それ自体をあまり多くの人間に知らせたくない、というのもある。


 だから、明日は純粋に一対一、男二人だけの勝負になる。


 ルルはそのときのことを考えて、心が踊った。


 生まれてから十四年間、魔王としての力をまともに行使したことは、なかった。

 訓練のために使用したことは何度もあったのだが、それは結局ただの訓練であり、心躍る戦い、というわけではなかったのだ。

 しかし今回は違う。

 父は、本当に強い剣士なのだから。

 その全力は、おそらく魔王だった時、幾度も見えた勇士たちに勝るとも劣らないものがあるのではないだろうかと期待していた。


 人族ヒューマンになり、魔力行使能力、身体能力の低下という枷をつけられた状態でなら、さらにその戦いを楽しめるだろうとも。

 この思うように中々動かない体を恨めしく思ったことが一度もないではなかったが、今回のように、強敵と見える可能性が増えた、と考えればそれも悪くない事実なのではないかとすら思う。


 そうして、ルルは部屋をゆらゆらと照らしていた蝋燭から火を消して、ベッドに入る。


 明日はきっと、良い日になるだろう。


 そう、思った。

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