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第16話 戦い、そして決着

 ごう、と平原に風が吹いた

 そこにいるのは、二人の男、そしてその男たちを見つめる、妙齢の女性と16歳ほどに見える少女だ。


 女性陣二人はどちらも、なかなか見ることが出来ないくらいに匂い立つような美貌を持っていて、妙齢の女性の方を妖しさを持った美女とするなら、少女の方は月影に佇む一輪のたおやかな花であった。


 しかし、この場において、主役となるべきは彼女たちではない。

 そうではなく、一定の距離をとり、向かい合って立つ、剣を携えた男二人こそが主役であった。


 どちらもかなり似通った面差しをしていて、知的で静かなものを湛えた瞳は鏡写しのようですらある。

 ただ、異なる部分を上げるとすれば、片方は未だ15にも至っていないであろう少年であり、もう片方は男盛りの30半ばほどの年齢であるという事だった。

 また、髪の色も異なる。


 少年の髪が漆黒を宿すような墨色をしているのに対し、男の方は太陽の光にきらきらと輝く金色をしている。

 髪質はよく似ていて、柔らかそうな、肩にかかるかかからないか、という長さで切りそろえられているところも同じだ。


 そこまで観察して明らかになる事実は、この二人が親子であるということ。


 少年の方の髪色は、同じくその場にいる女性譲りのもので、髪質は、目の前に相対する父親譲りである、ということだろう。


「……この日を待ちわびたよ」


 少年――ルルが、目の前に立つ父、パトリックにそう口を開いたのは、今日が約束の日だからだ。

 七年前、約束をした日から月日は流れて、今日を持って、ルルはその年を一つ重ね、十四になる。


 それはつまり、ルルがその夢を叶える日だという事。

 そのために、乗り越えなければならない壁こそが、目の前の男、パトリックであるということだ。


「僕もだよ、ルル。君は強くなった……七年前とは比べものにならないくらい、体も、心も。きっと君は今日、僕を乗り越えていくのだろう……そのつもりだよね?」


 そう言いながらも、パトリックの目には、負ける気など一切感じない熱意が宿っていた。

 息子だから、その餞のために、最後に負けてやろうなどと考える男ではないだろうと言うことは知っていたが、それでも実際にそんな様子を前にすると少しだけ気後れしてしまう。


 まっすぐに、パトリックを見る。

 あれから七年経ち、彼も年を取ったはずだが、その容姿に一切の陰りは見えない。

 元々穏やかで落ち着いた雰囲気を持っていたため、実際の年齢より少し高めに見られがちなことが多かったが、今ではむしろあまりにも変わっていないので低く見られることが多い。

 その肉体も当時と変わらずに壮健であり、ゆったりとした服の一枚下には、限界まで絞り上げられた筋肉の鎧があることも知っていた。

 毎日の訓練を共に繰り返してきた相手だ。

 お互いの癖も、力も、何もかも理解していると言って良い。

 問題は明らかに父の方が技の練度も高く、単純な腕力そのものですらルルは及ばない、ということだが、技はともかく腕力の方については、今回の戦いにおいて気にする必要はなかった。


 膨大な魔力に基づく身体強化を施した場合には、ルルが力押しで勝てるだろうが、そうではなくあくまでも剣術で決着をつけることを選択した以上、ルルがその魔力を使わないこともそうだが、父もその腕力について抑えることを提案した。


 特に、ルルからそれを提案したわけではないのだが、今回の戦いは、あくまでもルルがしっかり剣術を身につけているか、を見るためのものであるから、パトリックが力押しをしたって仕方がないし、またパトリックもそれではあまり面白くはない、というのだ。


 それはルルの心情にも近いものがあった。

 ルルとて、魔力の使用を惜しみなく行えば、力押しが出来、剣術など問題にならずにパトリックを押せるだろう。

 しかし、この戦いで、そんなことをするのは無粋であり、またそもそもパトリックに剣術を学んできた意味もなくなってしまう。

 ルルは、この時代の剣術を身につけようとしたのは、過去魔王として振るってきた力の数々については切り札として持っておきたいと考えていた。

 それなのに、その剣術を身につけられたかどうかの最終試験にもなるだろう、パトリックとの戦いで、他の技術を惜しみなく使っても、それはルルにとって意味の薄いものになる。


 だから、ルルは魔力を使う気はなかったし、父の力押しをする気はないという言葉にも理解を示した。


 結果として、ルルは魔力の使用を自粛し、父は指に筋力低下の効果を持った魔法具を身につけて、今回の戦いに望んでいる。

 戦いの前に、実際に腕力が拮抗するところまで魔法具を調整するために腕相撲をしたので、今のルルとパトリックの単純な腕力が拮抗しているのは間違いない。


 あとは、身につけた技の勝負だ。

 筋力が下がったことによって若干、体の感覚が崩れている父の方が不利ではあるが、そもそも現代剣術については父の方が上である。

 それに、この戦いがすることは以前より決まっていたことであるから、父はそれを見越して自らの剣術を、筋力を低下させた状態でも無理なく振るえるように訓練までしていた。

 ほとんど差はない、と思っても間違いない。


 そこまで考えて、ルルは剣を引き抜いて、構える。


「もちろん……乗り越えてやるさ。そうすれば、次の王立騎士団の剣術指南役は俺になるぞ」


 そんなルルの軽口にパトリックは笑って、


「君の口からそんな言葉が出るなんて意外だ……てっきり貴族の地位なんて捨ててしまうのかと思っていたよ。もし君にうちを継ぐつもりがあるなら養子とか君の弟の心配とかしないで済むから、それでもいいんだけど……ま、先の話だ。今はまだお役目を譲るわけにはいかないよ。僕には養って行かなきゃならない妻がいるんだからね」


 パトリックの口から出たのも、また冗談だった。

 別に剣術指南役を止めたって、一応、この村という領地はある。

 それだけで食べていくなら十分だし、パトリックなら剣術指南役を首になっても、それこそ道場でも作って門下生を募集すれば瞬く間に大量の生徒がやってくることだろう。

 それだけの武術的名声を彼は持っている。


 改めて考えると、そんな人物に勝たなければならないのだという自分の立場にふるえが来るが、かつて世界最強の名をほしいままにしてきた身としても、十数年しか磨いていない技術でとはいえ、こんなところで負けるわけにはいかなかった。


 だから、ルルは言った。


「いつまでそんなことが言ってられるか……見物だな。……父さん、行くぞ!」


「来い! ルル!!」


 そうして、戦いは始まった。


 ◆◇◆◇◆


 じりじりとした圧力がお互いの体から発せられる。

 構えは鏡写しのようで、中段に構えたその姿はどちらも揺るぎなく隙も見あたらないように思える。


 剣を構えて過ぎていく時間は永遠のようにも一瞬のようにも感じられた。

 剣の技術そのものではパトリックに劣る、ルル。


 しかし本来、読み合いの技術においては、決して負けてはいないはずだった。


 ルルには、魔王時代の多くの経験があり、そしてその経験は相手がどんな存在であっても通用するものであるからだ。


 ただ、当時と異なり、その肉体が人族ヒューマンであることによって、ルルの身体能力は低下しており、視力についてもその例外ではなかった。


 相手の身じろぎ、息遣い、筋肉の立てる音、そういうものすべてを統合して先を見てきた魔王の技術は、今世において、劣化を余儀なくされている。


 結果として、今のままでは読み合いにおいてもパトリックと同列、もしくはそれよりわずかに劣るくらいになっている可能性すらもあった。


 だからこそ、ルルは相手が先手としてどこに打ってくるか、それを予測する初手の読み合いを自ら放棄することに決めた。


 始めに攻撃すれば、パトリックがその隙を正確に見抜き、突いてくることは理解していた。


 しかしこのまま見合っていても、始まらないのだ。


 まず初撃を加えること、その後のことはただひたすらに勘を研ぎ澄ませて対応していく。

 考えている暇などないだろう。

 しかし、何も考えなくても体から自然に動くだけの訓練をこの数年繰り返してきたのだ。


 だから……。


 そうして、ルルは地面を蹴った。


 もちろん、パトリックはその動きを即座に察知し、ルルの攻撃に対応すべく体を動かす。


 ルルが剣を振りかぶらずに、そのまま突き込んだこともパトリックの予想のうちだったらしく、パトリックは剣先をわずかに下げて、身を横にしてそれを避けた。


 しかしルルとて、そうなることを理解していなかったわけではない。

 パトリックの即座の回避行動を察知し、突きへと注がれていた力を強引に引き戻して体を横にずらしたパトリックに斬撃を加えたのだ。


「……っ!?」


 パトリックとしても、二撃目は間髪入れずに加えられるだろう、とは考えていたようだが、さすがにその速度には目を見張ったらしい。

 下げていた剣を自らの体とルルの剣の間に置いて、その斬撃を弾いたはよかったが、距離をとらざるを得ず、はじめと同様の距離にまでルルとパトリックは離れることになった。

 ルルに先手をとらせ、カウンターを狙っていただろうパトリックにしてみれば、この選択はあまり良いものではなかっただろう。

 実際、ルルから五歩離れたところから見つめているパトリックの視線には、さきほどまでの穏やかなものではない、ぎらぎらとした視線が宿っている。


 普段ならともかく、筋力の低下した状態である今、手加減して挑める相手ではないと認めたのかもしれない。


 昨日までの訓練ではあまり見せなかった、ルルの攻撃的でどんよくな部分。

 父との実戦型の訓練においてはあまり見せず、ラスティと共に鍛え上げたルルの現代剣術のスタイルは、父をして、初見では対応しがたいと思わせるほどのものになっていたらしかった。


「やるじゃないか、ルル。なんで昨日までそういう戦い方をしなかったんだい?」


 少し驚いたとは言え、いまだ余裕を失っていない父は微笑みながらそう聞いた。

 しかし、その微笑みにはわずかながらの闘争心が燃えているのが分かる。

 パトリックが、ルルを戦うべき相手として認めている。

 そのことに、ルルはまるで前世、勇者と戦ったときのような高揚を感じた。


「父さんが言ったじゃないか……切り札の一つや二つ、もっておいた方がいいってね。冒険者になったら、死にたくないから出し惜しみなんてするつもりはないけど、それでもすべての手を出し尽くしたりすることは避けるべきだから……俺も、考えているんだ」


 ルルにとっての切り札。

 それはつまり、古代魔族としての魔力、技術であるが、父に対してはこの攻撃的な戦いのスタイルであった。

 使っている技は間違いなく父に学んだ正統剣術に寄っているが、しかしその全体をルルをよく知るものが見たら、即座にこう呟くだろう。


 あれは、魔王の戦い方だ、と。


 父がどちらかと言えば相手の逃げ場を丁寧に一つ一つ潰して追い込んでいくタイプの剣士であるのに対して、ルルはいくら逃げようとも追いかけて叩き潰すタイプの剣士である。


 ルルが父から学んだのは、その追い込み方であったが、ルルはそれを自らの中で消化し、新たに自分にあったスタイルとして組み上げなおしたのだ。


 ルルが、普通の少年だったらそんなことは出来なかっただろう。

 長年、伝承されていくことによって高度に合理化された剣術に、改良を加えてカスタマイズすることなど、普通なら不可能だ。

 けれど、ルルにはそのための多くの経験の蓄積があった。


 現代剣術を、その枠組みを崩さない範囲で、自らに合った形に合理化することは、むしろルルにとっても面白い作業だったのだ。


 そして、結果として、ルルはその剣術を、今まで伝わってきたものより、何歩か進歩させることになった。

 その進歩は、そう簡単にもたらせるものでもなく、見たからといってすぐに対応できるものでもない。


 パトリックと言えど、その理は変わらず、だからこそ、ルルの技に感嘆を示したのだった。


「考える、か……技の基本は間違いなく僕の教えたものに違いないが……細部が違うし、運用するための思考そのものが違うと考えた方が良さそうだね。……君は、天才なのか? いや……むしろ老練な経験に裏打ちされた合理的な戦法に見えるのだが……ふむ」


 それから、何度も剣を合わせるうち、パトリックはそんなことをつぶやき始める。

 それは正解にほとんど近い何かであり、たった数合の打ち合いでそこまで思考を進めてしまった父に、むしろルルの方が驚く。


「まぁ、いい……。君のやりたいことはだいたい分かった。そろそろ体力的に、お互い限界に近いことだ。次を最後にしようか……」


 そう言って、パトリックはわずかに後ずさった。

 その気迫には、今までとは比べものにならない強大なものを感じる。


 彼の放とうとしている技。

 それは何の変哲もない、上段切りのようにも見える。


 けれど実際は違う

 その技は、今までルルがパトリックに学んできた正統剣術のすべてが籠められている必殺の一撃と言って良い。


 パトリックならず、ルルも、またラスティも使うことが出来るが、その練度は比べものにならないその技。


 けれど、今この場において、ルルがそれに対応することが出来る技は、一つだけしかなかった。

 だから、覚悟を決める。


 ルルとパトリックはそうして向かい合い、同時に技の名を叫んだ。


「いくぞ、ルル……ひとつの太刀!!」


「食らえ、父さん……ひとつの太刀!!」


 交錯は一瞬で、だからこそ決着もまた即座に判明する。


 最後に立っていたのは、傷一つない、金髪の男。


 パトリックだった。

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