第14話 条件と展望
「ま、魔王……!?」
人間、驚きが頂点に達するとうまく言葉を紡ぐことが出来なくなるらしい。
ぱくぱくと何かを言おうとして声が出ない有様をその顔で表現しているユーミスに、ルルは続けて言った。
「それこそ、証明しようのない話だけどな。すべては俺の自己申告だけだ。だから、信じても信じなくてもいい。大事なのは、俺とイリスが古代魔族だった、ということで、俺が魔王だという話に何か意味があるわけじゃない……」
しかしユーミスの見解は違ったようで、
「何言ってるのよ! すごい大事な話じゃないの! 魔王……ルルは本当に、魔王なの? イリスちゃん……」
などとイリスに確認を取っている。
イリスはイリスでどこか夢見るような様子でルルのかつての栄光を語るものだから、ユーミスは完全に信じてしまったようだ。
それから、イリスに古代魔族についてのいろいろな質問をし始めてしまったので、その様子にため息をついたグランが、
「……まぁ、あぁなったらユーミスは手がつけられない。とりあえず放っておこう……なぁ、ルル。お前がかつて魔王だったって話には驚いたが……なんでそんな話をしたんだ? 古代魔族だってこともそうだ。そんなことを俺たちに話して、一体どんな意味があるってんだ?」
ユーミスとグランでは、どちらかと言えばユーミスの方が知的な部分を担い、グランが腕力の部分を担っているように感じていたが、その感覚は少し間違っていたらしい。
グランの質問は非常に冷静なもので、非常に鋭いものだとルルは思った。
知識を多く持っているのがユーミスということは間違いないかもしれないが、パーティの進む方向をうまく手綱を取ってコントロールしているのは、むしろグランの方なのかもしれない。
グランはここまでで、それほど激高する瞬間もなかった。
常に一定で、戦いの中でも考えることを止めないタイプの戦士だった。
ユーミスはむしろ気分屋だったことを考えれば、この二人はコンビとして、かなりうまく噛み合っているのだろう。
どう答えるべきか、ということについて、ルルはさして悩まなかった。
これは、隠す必要がないからでもあったし、またグラン達とは今後いい関係を築いておきたいという思いもあったためだ。
世界各地を回り、いろいろなものを自らの目で見ている熟練の冒険者、というのは、今のルルにとってあらゆる意味で得難い存在であり、さらにその人格にも信頼できるものがあるとくれば、関係を切りたくないと考えるのは至極当然の話である。
だから、ルルは、正直にグランに答えた。
「そんなに難しい話じゃないさ……俺は、自分のことを明かして、グランたちと仲良くなりたかったんだ。俺は……確かに古代魔族、魔王の生まれ変わりで、年齢とそぐわない精神は持っているが、社会的な立場は七歳の子供だし、出来ることだってそれほど多くはないんだ。魔術は生まれたときから練習し続けたからそれなりにはなったと思うが、それでもまだまだだしな。両親だってここまで育ててくれて、一緒に生活してきた。愛着もある。村だって嫌いじゃない。むしろ好きだ……こんな長閑な風景は、前世ではついぞ見ないで終わったからな。ある意味で、現状は俺にとってほとんどあのころの夢の実現に等しいんだ。だから……すぐに村を出て行く、とかそういう選択肢はとれない」
そこまで言って、グランも察したらしい。
ルルの言葉をかみ砕き、そして少し考えてからグランは自分の推測を口にした。
「つまり……お前は外部と接触するための窓口がほしいわけか? それを俺たちに求めてる?」
それは正確な推測だった。
まさにその通りの役割を、ルルはグラン達に期待したのだ。
けれど、グランがいっているほど、淡泊で冷たいものを求めているわけではない。
「窓口、というか……たまにこうやって村に来て、村の外のことを話してくれれば、と思っている程度だよ。一緒に遺跡も探索して、その人柄も分かっている。何より、お前らは腕の立つ冒険者だ。都会もそうだが、他の国に行くことだってあるだろう? 俺は、村からはまだ出る気はないんだ。でも、世界のことを知りたい。村の近くにあった、あの遺跡みたいな場所を、探索したい……だから、そのための情報が、欲しいんだよ」
ルルの言葉を聞き、グランは頭を掻いて答える。
「ずいぶん期待されたもんだが……俺たちだって知らないことはたくさんあるし、そんなに知識豊富ってわけでもねぇんだぜ?」
それは拒絶のようにも聞こえるが、実際はそうではないことを、その表情が語っていた。
やれやれ、と言ったような笑顔であるからだ。
「それならそれでいいさ……別に専門的なことだけを期待してるわけじゃない。常識とか、他の地域の雰囲気とか、その程度を大まかに話してもらえるだけでもいいんだ。つまり、こないだ酒場でしてたことと一緒だよ。……何より、俺は二人とたまに話したいんだ。それじゃあダメなのか?」
ほとんど懇願に近くなってきたが、そういう理由がないわけでもない。
刺激の少ない村だ。
たまに冒険者が来てくれるだけで、活気が出てくるだろう。
酒場もそうだし、それにラスティみたいな子供もいる。
何も用事がないにしても、たまに立ち寄ってくれればと思わないでもない。
そんなルルの言いたいことを理解したのか、グランは答える。
「駄目じゃあねぇが……なんだ、直球だな。わかった、それくらいならかまわねぇよ……と言いたいところだが」
快諾するのかと思いきや、グランは言葉を切った。
ルルは首を傾げる。
「だが?」
それから指を一本立て、グランは続けた。
「俺たちは冒険者だ。ここはそんなに頻繁に来るってわけにもいかねぇ。それに、何の報酬もなくただ話をするだけのためにここに来るってのもな。って、わけでだ……条件を出そう」
「条件?」
一体今の自分にどんな条件をのませることが出来るのか、疑問を感じたが、ルルはとりあえず聞いてみることにする。
魔王だった頃と比べれば、特に縛りの少ない今の体だ。
無茶なものでなければ、条件の一つや二つはかまわなかった。
グランは言う。
「あぁ、条件だ……お前、俺たちの氏族に入らねぇか?」
氏族。
それは冒険者組合で言うところの、冒険者の集団の一つだ。
パーティと異なるのは、氏族がそれよりも大規模な組織であるという点だろう。
簡単に言うならば、パーティがいくつか集まって作る組織であり、入っておくといろいろな恩恵が受けられるために盛んだと聞く。
たとえば、出身地が同じ者達で作った氏族などは、新人冒険者を積極的に受け入れて、先達の知識や技術をたたき込み、一人前の冒険者へと育て上げるなどしていて、冒険者組合もその有用性の故に認めている。
以前は、冒険者組合にそんな制度はなく、せいぜいパーティ程度の規模の集団しかなかったようだが、そのときは今と比べて新人冒険者の死亡率がかなり高かったらしい。
やはり、熟練者の持つ技術の継承、というのは非常に大事だと言うことだろう。
そんな氏族にグランが誘ってくれている、というのは条件と呼べるようなものではない。
むしろ、恩恵に等しいだろう。
氏族に誘う、ということは冒険者に誘っているも同然だが、ルルとしてはいずれ冒険者になろうと考えていることから、それはかまわなかった。
そして、氏族に入ることについても、あまり強い強制力が働かない集団であるという事は知っていたので、それにも問題はない。
ただ、一つ問題があるとしたら……
「グラン。さっき言ったことだが、俺はしばらくは村にいるぞ。冒険者だって、その登録はどれだけ後ろ盾があっても、十四を下回る年齢では出来なかったはずだ。だから……」
そうルルが答えると、グランは頷いて言った。
「あぁ。分かってるよ。だから、お前が十四になったときの話をしてるんだ。……まぁ、とは言っても俺とユーミスは今のところどこの氏族にも所属していないわけだが」
「……おい、じゃあどこの氏族に入れって言うんだ」
「そりゃ、あれよ。お前が十四になるまでに作っておくんだよ……どうだ?」
グランはそうしてにやりと笑ってルルに尋ねた。
ルルとしては、そうまで便宜を図ってもらえるなら、断る理由はなかった。
今存在しない氏族をわざわざ作る、とまで言っているのは、おそらくルルを氏族を媒介に縛ろうとは考えていないからだ。
もしこれがパーティについての誘いだったら、ルルは自由な行動が取りにくくなる。パーティにはそれなりの強制力があるからだ。
しかし、氏族にはそう言った縛りはない。あくまで互助組織であり、その属する者の行動を縛ることは基本的にないのである。
だから、ルルは頷くことにした。
現実にそうなるためには、いろいろ、解決しなければならない問題はあるのだが、それはあくまでルルが解決しなければならない問題だ。
「分かったよ……十四になって、冒険者に登録したら……グランとユーミスの作る氏族に入ろう。それが、二人に定期的にこの村に来て貰うための、条件だ……」
すると、グランは笑って手を差し出してきた。
握手しよう、ということだろう。
ルルはその大きな手をしっかりと握り返し、笑ったのだった。
◆◇◆◇◆
それから、ユーミスとグランの二人は、酒場で壮大な送迎会を村人たちから開かれて、大酒を飲み、そして彼らの本拠地である都へと戻っていった。
嵐のような二人だったが、ルルにいくつものものを残していってくれた二人でもあった。
「それじゃ、七年後を楽しみにしてるぜ!」
「戻ったら、氏族の創設……いつの間にそんな話になったんだか……。まぁいいわ、七年後、私たちが超巨大氏族を作り上げて、あんたらの度肝を抜いてやるからね。今度は私たちがあんたたちを驚かす番よ! まぁ……それまでちょこちょこ、ここには来るつもりだけどね……」
そんなことを言いながら村を去っていった二人。
実際にどうなるかは、七年後のお楽しみ、と言ったところだろうか。
ルルとグランの間で結ばれた条件、というか約束だが、イリスもルルに着いてくる気満々のようで、
「七年後は冒険者ですね、おじさま!」
などと言っている。
実際、イリスの腕前なら余裕でなれることだろうが、危険なのにいいのだろうかと思わないでもない。
ただ、イリスも古代魔族だ。
少女とは言え、あの戦乱の時代を駆け抜けた一端の兵士であった彼女に、その心配はいささか失礼なものかもしれないと思い、心配しすぎるのはやめることにする。
あとは、問題があるとすれば、それは両親の説得なのだが……。
家が貴族であるだけに、面倒な部分もあって、なんと切り出したものか悩ましいというのが正直なところだ。
けれど、その懸念を伝えると、
「素直にお願いすればおそらく問題ないと思いますが……」
とイリスは言った。
彼女が言うには、母であるメディアは、いずれルルが家を出ようと考えていることを気づいているから、それで許可が出るのではないか、ということだった。
確かにそんな節はあるが……実際はどうなるか分からない。
少し、不安を感じないではなかった。
しかし、言わなければ始まらないのは事実だ。
ルルはイリスの言葉に頷いて、素直にお願いすることにしたのだった。
◆◇◆◇◆
ルルの心配は杞憂に過ぎなかった。
それが知れたのは、メディアに対し、ルルがおずおずと、
「俺、十四になったら冒険者になりたいんだ」
と言ったときに、母がまるで当たり前のような顔で、
「え? 分かってるわよ。村を出るんでしょう? というか、むしろずいぶんと遅いのね……」
などと言ったときのことである。
詳しく尋ねてみれば、メディアはルルが物心ついたときから、どこかここではないどこかに憧れているような、遠い目をしていることに気づいていて、だから、そのうち村から出て行くのだろう、そしてそのことをいつか自分たちに言うのだろう、と分かっていたと言った。
しかし、それはもっと早い時期に……それこそ、十四どころか十歳、いや七歳の今からでも、村を出て行く、と言っておかしくないとすら思っていたくらいで、だから十四になったら、などと七年も余裕をもって言ってくれるのはむしろ嬉しいことだった、と彼女は語ったのだった。
そんな目を自分はしていただろうか。
そう考えて、ルルはかつて魔王だったときのことを思い出しているときの目が、そんな風に見えたのかも知れない、と思い至る。
憧れと言うよりは懐古であり、遠い目であるのはもうこの手に取り戻せない歴史だからだったからなのだが、そんなことは母には知りようがないことだ。
ただ、その結果たどり着いた想像が、意外にも真実を突いていた、というだけの話だった。
事態が思ったよりうまい方向にきれいに転がっていったことにルルは運のいいものを感じた。
イリスもまた、母にルルに着いていく、と告げたがそれもやはり母は予想済みだったらしい。
というか、イリスが常にルルの後を着いていくのはむしろ当たり前過ぎて言われるまでもない、とまで言っていた。
イリスはそうまで言われてどう思っているのかと聞くと、
「光栄ですわ!」
などと言うので、これはもう止めたってどうにもならないのだろうとルルは思った。
止める気などないのだが。
そうして着々とルルとイリスの冒険者への道が敷かれていく中で、メディアがふと不安要素をもらした。
「……私はいいんだけど、パトリックがね……大丈夫かしら?」
母はおおらかな人だ。
だから、こうやって簡単に許してくれた。
けれど父まで同様と考えるのは危険かも知れなかった。
父も、決して厳格なタイプではなく、剣術については厳しいが、普段は穏やかで優しい人だ。
けれど、その穏やかな中に、強い迫力がある人で……つまり、怒らせると怖い人なのである。
そんな父に、十四になったら家を出ていくから、などと言って果たしてすんなりと許可を与えてくれるのだろうか。
とてもではないが、そうだ、と簡単に答えることは出来ない。
母にもそんな予想を述べると、
「まぁ……そうね。いざとなれば、戦って決着でもつけたら? パトリックだって、負ければ間違いなく許してくれるわよ」
などと言って微笑んだ。
それは、正しい予想だろう。
父は剣術にきわめて厳しい。
そして、剣術に対する態度もきわめて真摯なのだ。
だから、その場で敗北を喫したなら、勝者の言うことに潔く従うことも想像できる。
けれど、問題は、パトリックはかなり強い、ということである。
もちろん、ルルがその持つ魔力をすべて使用し、さらに魔族として身につけた剣術を活用したなら勝つことも出来るだろう。
しかし、基本的にパトリックとの勝負は、王国の正統剣術を使ったものなのだ。
これは正統剣術を正しく身につけるために、始めにパトリックと決めたルールであり、破ることは許されないものだ。
パトリックとて、ルルと戦うときはその身に宿る魔力を抑えて、七歳児の持つ魔力量と同程度の力しか振るわずに戦うのだ。
ルルも、パトリックと正々堂々勝負するなら、そうするのが当然の話になるだろう。
そう考えたとき、パトリックとの戦いは、きわめて分が悪い、という他なかった。
おそらく十中八九、勝つことは出来ない。
だが、それでも、ルルは勝たなければならないのだ。
ルルはそのときのことを想像して、ため息を吐いたのだった。