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第13話 告白

 ルルとイリスについての事情を話すことそれ自体はいいとして、どこまで話すかというのは一つの問題でもあった。

 ルルが魔族であることだけでなく、魔王であったことまで話すかという問題である。

 しかし、それについては昨日のうちにすでに考えていることでもあった。


 グランとユーミスは、今のところ数少ない情報源であり、この時代の常識を知るためにちょうどいいサンプルでもある。

 古代魔族、魔王、そういう点について、一般的に人はどのような態度を取るものなのか、知っておきたかった。

 そして、グランとユーミスには契約魔術をかけた以上、何を聞いても吹聴することは出来ない立場にある。

 もしかしたら、いずれ契約魔術を解くことも可能である、と二人は考えているのかもしれないが、ルルの使用した契約魔術は相当に強固なもので、少なくともユーミスの使った結界魔術くらいは易々と改変できる程度の腕前がなければ解除はほぼ不可能と言って良い。

 そして、二人の話を信じる限り、この時代にそのような術式改変技術を持つ者はほとんどいないに等しい。

 つまり、滅多なことではルルのかけた契約魔術を解くことはできない、ということになる。

 さらに、もし仮にルルのかけた契約魔術を解けたとしても、ルルとしてはその過去が誰かしらにばれたとして、それほど問題はないのだ。

 そもそも小さな村の下級貴族の倅が数千年前の魔王の生まれ変わりであると言ったところで、一体誰が信じるというのだろうか。

 言いふらされてもそれほど問題になるとは考えにくい。

 むしろ、魔術の腕の方がばれると面倒なことになりそうなくらいである。

 ただ、それについては今後、身を守るためにも、そして今世において古代魔族のことを調査するためにも、使わざるを得ない技能である。

 完全に隠していく方向でやっていくのは厳しいものがあるだろう。

 つまり、いずれはばれる情報である。


 そんな風に考えていくと、ルルには積極的に隠蔽していかなければならないような事情は何一つ無い、ということになる。

 グランとユーミスの二人に契約魔術をかけたのは、即座にばれたりするのを避けたい、という消極的な考えに過ぎないわけだ。


 そこまで考えて、ルルはやっと口を開いた。


「……どこから話したものかな。そもそも、二人が信じてくれるとは思えないが……」


 前置きと言うか、予防線を張るようにそんなことを言うルルに、ユーミスが少しだけ機嫌悪そうに言う。


「契約魔術までかけたんだから、遠慮しないで全部話しなさいよ。これで大したこと無い話だったら一体何のための制約なのよって話しになるでしょう……?」


 そう言われて、それもそうだと思ったルルは面倒な言い方はやめようと思い、はっきりと端的に事実を語ることにした。

 グランとユーミスの二人をほとんど信じかけているという部分もある。

 裏切られても許せる程度には。


「まぁ、その通りだな。いろいろ前置きを言うのはよそうか……端的に言う。俺、そしてイリスは古代魔族だ」


 さらり、と何でもないことのように告げられたその事実に、グランもユーミスも言葉を失った。

 嘘を言っている、少なくとも一瞬、二人はそう考えたことだろう。

 けれど、だとしたらルルが何のために契約魔術まで用意したのかがわからない。

 なぜなら、それなりに腕が立つとは言え、一介の冒険者に過ぎない二人に、わざわざ契約魔術までかけて、口外を禁じて話すような内容ではないからだ。

 たとえ口外したとしても、誰も信じないような話だからだ。

 二人をはめる罠だ、という可能性もなくはないが、それにしては手が込みすぎている気がするし、ユーミスすらも脱出が出来ない結界を作り出せる技術があるのなら、もっと直截な方法に出た方が早く確実だ。

 そう考えると、ルルの言っていることは事実だと受け取る以外にないのである。

 頭の中でそう結論してから、始めに立ち直ったのは意外なことにユーミスの方だった。


「……何を馬鹿なことを、と言うべきなんでしょうね」


「どうだろう? 正直、俺は常識がないからな……イリスだってそうだ。古代魔族がどれくらい珍しい存在なのか、どういう風に見られているのか、正確なところは把握できていない。だからどんな反応をするのが一般的なのかも想像がつかない……だけど、今の二人の反応を見る限り、本で見たとおり、俺たちの存在というのはほとんど伝説か何かみたいになっているみたいだな……」


 そう言ったルルに、ユーミスは立ち上がって、


「当たり前よ! 古代魔族なんて……研究してる私が言うのもなんだけど、嘘、眉唾、誇大妄想の世界なのよ! そんなものが……目の前にいる、なんて言っても誰も信じようとはしないわよ……だいたい、それをどうやって証明できるというの?」


「そう言われると……困るんだが、一応の証明として、俺やイリスがユーミスの結界魔術を改変出来たのはそのへんに理由があるからな。そんなに簡単には出来ないんだろう?」


 言われて言葉に詰まったように、うっ、と呟いて再度座ったユーミス。

 痛いところを突かれたからだろう。

 ユーミスの技術は確かだった。

 ルルからしてみれば、彼女ほどの魔術の腕があって、術式改変技術がそれほどでもないというのは違和感しかないのである。

 だからこそ、ルルの使った改変技術は、この時代においてはほぼ存在してないもの、と考えて間違いないと予想しての台詞だった。


 それから、グランもそんなルルとユーミスのやりとりを見ていてやっと正気に戻ったようで、巨体に似合わない申し訳なさそうな仕草でおずおずと質問を始めた。


「普通の奴じゃねぇとは思っていたが、まさか古代魔族とは……だが、そう考えるとおかしくねぇか? お前の両親はまず間違いなくこの国の貴族だろう。その血筋は家系図にも残されていて、その中に古代魔族なんてものがいないだろうってことは簡単に推測が出来る。なのに、お前は古代魔族だって言うのか? イリスの嬢ちゃんに関しては、あの遺跡で眠ってたんだ。そういうことだって、理解できなくはねぇんだが……」


 それはもっともな疑問だった。

 ただ、それについて人族ヒューマンに理解できるように説明できるか、というのがある。

 輪廻転生は、魔族特有の考え方であったはずだからだ。

 しかし、そこまで考えて、ルルは思い出す。

 そういえば……。


「そうだ、さっきユーミスに生まれ変わったら何になりたいか聞いたよな?」


「……? ええ。鳥になりたいわね。それがどうかしたの?」


「生まれ変わり、って考え方が、分かるのか?」


「そりゃあ、分かるわよ。魂は巡ってるんでしょう? 浪漫よね」


 少し夢見るように言ったユーミスのその答えに、ルルとイリスは衝撃を受ける。


「ルルさま……これは、どういうことなのでしょうか?」


「俺にも分からないが……本当に分かってるらしいな……」


 ユーミスは人族ヒューマンではなく古族エルフだが、そうであるとしても過去、古族エルフの口からそのような考え方が出ることなどあり得なかった。

 輪廻転生は魔族特有の考え方、宗教観である。

 魔族は過去、敗北を喫した。

 そうである以上、現代においては宗教は教会に統一され、古代魔族の宗教観など歴史の闇に葬り去られているものかと思っていたが、少なくとも輪廻転生の考え方は残っているようである。

 村では宗教、というものがきわめて希薄で、教会関連設備も存在しなかったから、その辺りについては深く考えてこなかったが、調べる必要があることをルルはここで認識した。

 とは言え、今ここですべき話はそこではない。

 ルルたちの正体についてだ。

 ルルは話を戻し、続ける。


「まぁ……輪廻転生の考え方が分かってるなら話は早い。俺はな、古代魔族そのものじゃなくて、古代魔族から人族ヒューマンに生まれ変わったんだ。だから、体は人族ヒューマンだし、正真正銘、両親も人族ヒューマンだよ」


「生まれ、変わり……本当にあったのね……!」


「嘘じゃねぇんだよな……? 死んだ後にも先があるのか……」


 ユーミスもグランも驚いて目を丸くしている。

 その気持ちはルルにもよくわかった。

 実際にそういうことがありうるだろうと信仰していたルルやイリスでさえ、自らの身に起こった事実に驚きを隠せないのだから。

 話の腰を折らないように、ルルは続ける。


「嘘じゃない。俺は理由あって、前世で死んだ。それが間違いないことは、イリスが知っている。実のところ、俺とイリスはもともと知り合いだったんだ。それが何の因果かこの時代に再会した……あぁ、別に遺跡に仕込んでたとかじゃないからな。完全に、たまたまだ」


「ということは……待て、だったら遺跡で俺にした説明は嘘だったのか?」


 グランが少し責めるようにイリスを見た。

 彼女の説明に同情した彼からしてみれば、もしそうだとすれば、それは少し悲しい行為だったのだろう。

 しかしイリスは首を振って、


「いいえ。嘘は一つもございません」


「じゃあ、どういうことだ?」


「かつて私は、大切な方を失いました……それは、こちらにおわします、ルルさまその人にございます」


「……それは」


「ルルさまはかつて……わたくしの父と非常に中のいいご友人であられましたゆえ、ルルさまはわたくしにも親切にしてくださいました。ルルさまは、本当ならわたくしのような子供に割くような時間の持ち合わせなどないほどお忙しい方でしたのに、何くれとなく顔を見に来てくださって……誕生日には必ず贈り物もって祝ってくださいましたし、たくさん遊んでいただきました。ですから……わたくしがルルさまに深い、親愛の情を覚えるのも、それほど時間がかかりませんでした」


 一息にそこまで言って、イリスは一端、話を切る。

 そしてふっと宙を見て、何かを思い出すように眉をしかめて悲しそうな表情をすると、続きを語り始めた。


「けれど、当時は……戦乱の時代でした。誰でも戦いからは免れることは決して出来ず、そしてルルさまは常にその中心におられる方でした。わたくしが七歳の誕生日を迎えるその日の前日……ルルさまは……殺されました。ルルさまは、先ほど申し上げましたように、常に戦いの中に身をおかれていた方。いずれそのようなこともありましょうと、私も幼いながら、覚悟してございました。しかし、その亡くなり方は、あまりにも壮絶で……我々臣下は誰一人として、ルルさまを看取ることすら出来ずに……」


 ぎり、と唇を噛んで、イリスは続ける。

 そして次にその顔に宿った表情は、憤怒であった。


「無念でございました。悔しくてございました。……ですから、わたくしは、復讐を決意したのです。ルルさまを殺した者……ではなく、ルル様を殺した世界のあり方に対して、反逆の狼煙をあげようと。争い、そしてその原因をこの世から滅し奉ることをもって、ルルさまに対する供養としようと。けれど……結局は、その決意も半ばで途絶えました。わたくしはその道の途中で、どこかの誰かに拐かされ、あの遺跡の装置に投げ込まれてしまいました……それからは、グランさまもご存じの通り。ルルさまとグランさまを見て、寝ぼけていたこともありまして、即座に攻撃を加えて……今に至るのでございます」


 最後まで話し終え、もとの静かな表情に戻ったイリス。

 それを聞いたグランはなんともいえない表情で、


「そんな事情が……疑って、すまねぇ……」


 と謝った。

 イリスは、


「いいえ。遺跡にて、グランさまに申し上げたことは、嘘ではございませんでしたが……正確でもありませんでした。そしてその意図することは、真実を隠したかったがため。疑われて当然のことでございます。むしろ、お許しいただけたこと、感謝申し上げたいと……」


「いい。気にするな……話は分かった。……しかし、ルルはともかく、イリス嬢ちゃんは……一体いくつなんだ? 生まれ変わりとかってわけじゃないんだろう?」


 それはルルも気になっていたところだ。

 ルルが死ぬ前は、確かに年齢よりも遙かに聡明な少女であったが、ここまでしっかりはしていなかった記憶がある。

 イリスは少し考えて、言った。


「……わたくしはルルさまがお亡くなりになられたとき、七歳でございました。それより五年ほど戦場を転戦して参りましたので……十二、ということになります。容姿につきましては、古代魔族の特性でございまして……少しばかり、老化が遅いのでございます」


 十二歳。

 この少女があれから五年も戦っていたのかと思うと、ルルはかけた迷惑になんと言っていいのかわからなくなる。

 けれど、だからといって謝るのも違うかもしれないと思った。

 この少女もそんなことは望んではいないだろう。

 そうではなく、前を見ること、これからのことを考えていった方が、きっと喜ぶ。

 そう思って、ルルはその場ではあえて謝ることはしなかった。


 しかし、古代魔族の老化が遅いというのは事実だが、それにしたって限度がある。

 特に、成人になるまでの老化速度は人族ヒューマンと比べてそれほど遅い、ということもない。

 そうだとすればイリスの成長は……?

 そこまで考えて、イリスがルルの目線に気づき、自分の体型を憂鬱そうに眺めてからため息を吐き、


「……まだ十二、成長の可能性は残されてございます……」


 などと頬を赤くして恥ずかしそう目を伏せてつぶやいたので、これ以上考えるのはかわいそうだと思いルルは考えるのをやめた。


 そんなイリスの表情と仕草に、重苦しい雰囲気が少しだけ軽くなり、グランが口を開く。


「……分かった。それにしても、その年齢にしては嬢ちゃんは賢いらしいな。古代魔族ってやつはみんなこういうものなのか?」


 その質問にはルルが答えた。


「いや、イリスは特別だろう。他は人族ヒューマンと変わらなかったよ。魔力の扱いについては、人族ヒューマンと比べて相当差があったが……内面には大きな差はない」


「へぇ……なんだか古代魔族本人からこんな話が聞けるなんて思っても見なかったぜ。そう聞くと、伝説の種族、とかなんとか言っていたのがばからしくなってくるな」


 グランはもう、それで割り切ったらしい。

 ルルとイリスが古代魔族であるという事も、さきほどの話も。

 度量の大きい者とはこういう男のことを言うのだろう。


 ユーミスは少し違って、やっとルルとイリスが古代魔族であるとようやくかみ砕けてきたのか、少しずつ興奮してきたようである。

 趣味とは言え、ずっと探求してきた存在が目の前にいるのだ。

 その喜びは計り知れないものがあるのだろう。

 それに、ユーミスには聞き捨てならない言葉があったようだ。


「二人が古代魔族だって言うことは、理解したわ……けれどさっき、イリスちゃんが言ってたことが気になってしょうがないのよね」


「はて……何か申し上げましたか?」


 イリスがこてりと首を傾げる。

 するとユーミスは言った。


「言ったわよ……『臣下』がどうこうって……。ルルは古代魔族、イリスちゃんもそう。そこまではいいわ。けれど……ルルは一体どういう立場だったの? まるでイリスちゃんが仕えていたように聞こえる物言いだったわ……古代魔族で、他の古代魔族を従える存在……って言ったら……」


 その言い方からして、ユーミスはだいたい予想がついているのだろう。

 ただ、確信はなく、想像に過ぎないと思っている節がある。

 そして、ルルはもう特に隠す気はないのだ。

 だから、はっきりと言った。


「あぁ、そうだ……おれは、かつて古代魔族を従えていた……すべての魔族を率い、戦った……俺の前世、それは、」


 ――第百代魔王ルルスリア=ノルドだ。

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