第11話 崩壊
振り返ってみれば、村から遺跡の最奥まで来るには大きな苦労の連続だったわけだが、それに比べれば遺跡から外に出るまではほとんど何の労力もかからずに、ただ歩いただけで済んでしまった。
「……しかし、結局ここは古代魔族の遺跡だったってことなのか?」
一番始めに遺跡から這いだしたグランがそう言って、まだ遺跡の暗がりの中にいるルルとイリスに呟く。
外はすでに闇の帳が降りて、暗い。
ただ月がでているのか、遺跡の中よりはずっと明るく、藍色の闇が外には満ちている。
「どうだろうな。その辺はユーミスに考察してもらえばいいんじゃないか? 詳しいんだろう?」
確実に古代魔族の遺跡である、もしそうでなくとも何かしら古代魔族と関係があるのは間違いない、と分かっているルルであるが、すっとぼけつつそんなことをのたまった。
今この時代において、古代魔族の遺跡をそうであると断定する手段はグランによれば存在しないと言うことであるから、あんまりつっこんでやぶ蛇になるのも避けたいというのもあった。
ユーミスに適度に調査してもらって、その浪漫を満たしてもらい、その上で現代における古代魔族についての知識の開陳を願いたいという気持ちもある。
結局のところ、本をいくら読んだと言っても、まだ生まれて七年しか経過しておらず、情報源と言えば、家にある本と両親、そして村の人々、行商人くらいしかないルルは、はっきり言って世間知らずなのだ。
この世界のどこになにがあるか、それを詳しく知っているわけではない。
せいぜいが、この国と周辺国家の名前、大まかな地域、産業、それくらいなもので、それ以上の知識は得ようがないのである。
グランから都における道具事情を聞くまで、原始的な魔法具が存在している、などということすらも知らなかったのだ。
村の様子から、おそらくは数千年の間に技術的退化が進んだのだろうとは予想してたとは言え、現実に見たり聞いたりするのと、ただ頭の中で考えているだけではかなり隔たりがある。
もしかしたらルルが考えもしない魔法や技術が、この世界にはあることすらも念頭においてこれからは行動しなければならないかもしれない。
いや、そうすべきだろう、とルルは今回の遺跡探索までの一種の冒険で、考えたのだった。
だからこそ専門的知識をかなり持っているような雰囲気のあるユーミスと、村に戻ったらそれなりに話してみたいと考えているのだが、ここまで来た経緯を考えるとそれも簡単そうではない。
ユーミスはそれほど引きずるようなタイプではなさそうだ、というのはグランとコンビを組んで冒険者をやっていることを考えれば理解できる。
けれど、まず仲直りからしなければと考えると少しだけ、気が重かった。
そんなことを考えつつ、ルルは遺跡から這いだす。
最後にイリスが出てきて、それから全員で遺跡を眺めた。
もう夜なので、それほどはっきりとした姿は見ることはできない。
しかし、月の光が照らす遺跡の姿は幻想的で、美しくもあった。
ここでイリスが眠っていた。
だからこそ、ルルはこの世界で、彼女と会うことが出来た。
今のところ、世界でただ一人の、同じ種族の仲間に。
ラスティ達も仲間だし、両親も、村の人々だって、そうであるには違いない。
けれど、彼らには話せない秘密を、ルルは多く抱えている。
それを共有できる、本当の意味ですべてを話せる相手は、どこにもいなかった。
だから、イリスが隣にいる、ということはルルにとって本当に奇跡とも思える幸運に思えたのだ。
同じように遺跡を見つめるイリス。
その瞳がどんな感情を宿しているのかは分からない。
けれど、彼女は視線を遺跡からずらし、ルルと目を合わせると、ふっと微笑んでくれた。
それは、何ともいえない、心安らぐ表情で、ルルは生まれてから今まで凍らせていた心のどこかの部分が溶けていくのを感じたのだった。
「ま、いつまでも見つめててもしょうがねぇ……詳しい調査はまたユーミスを連れてきてからにしよう。それにこれだけの遺跡だ。王都からも調査団が派遣されてくるかもしれねぇ。これから忙しくなりそうだな……!」
グランがそう言って笑う。
彼にしてみれば、ありとあらゆる意味でこの遺跡は大きな功績になる。
冒険者のすべき事は、フロンティアの開拓だ。
地理的なことでも、宝物的なことでも、そして知的分野についても、それは間違いなく冒険者の仕事だと言える。
そしてそういうものを重ねていくことで、彼らの名声と価値は高まっていくのだ。
グランとユーミスは今回のことで、相当に名を高めることになるだろう。
富も、名声もすでに持っているかもしれないが、それでもそういうものはいくら貰っても困ることはない。
「うらやましい限りだな、グラン」
だからこそ、ルルはついそんなことを言ってしまう。
やっかみというわけではなく、ただのちょっとした冗談まじりの皮肉だった。
少しでも狼狽させられればおもしろい、と思っての言葉だったのだが、案の定というべきか、グランはそう言うのを気にするタイプではないらしい。
豪快に笑ってから、彼は驚くべき事を言い放つ。
「はっはっは! なに言ってんだ? お前だって忙しくなるぜ?」
「……は?」
グランのその返しにルルは首を傾げる。
イリスはといえばくつくつと笑っていて、どうやらグランの言葉の意味は理解可能だったらしい。
「私は少々長く眠り続けておりましたので、事情をよく把握してはおりませんが……ルルさまも、グランさまと共にこの遺跡を探索されたのでしょう? ……であれば、遺跡発見に重要な功績がある人物である、とされてもなにもおかしくないのでは……?」
イリスの言葉にルルは、あぁ、そうかもしれない、とやっと思い至るが、それにしてもルルはまだ子供である。
こういう遺跡の発見の功労をほめたたえられるのは冒険者であり、村の子供がそのような場に引っ張り出される、などということはありえないのではないか。
そう思って、ルルはグランに反論した。
「馬鹿言うなよ……俺は七歳の子供だぞ? 仮に遺跡探索者の一人だ、とかなんとか言って、誰が信じるんだよ?」
けれどグランは何の問題も感じないようで首を振る。
「誰がって、みんな信じるだろう? 俺が言いふらすんだから」
「……なんだって??」
「俺の口は羽よりも軽いんだぜ? 酒飲んだらするする今日の出来事を語っちまう自信がある……それに、ユーミスだってお前に結界をいじられたくやしいって同じように言いふらすだろうぜ。俺たちの酒癖の悪さは、お前知ってるだろう? こないだ酒場でしっかり目撃したんだからよ」
一瞬やめてくれと本気で言い募ろうと思ったが、そのあまりにも悪びれない態度に確かにどうしようもなさそうだとルルは諦めることにする。
そもそも、よく考えてみれば別に隠れて生きていきたいとか思っているわけでも何でもないのだ。
過去魔王だった、という事実、それに関係する内容についてあまり大っぴらには主張したくない、という程度で、身につけた魔術や武術を使っていくことに躊躇はない。
言いふらされて結構。
何の問題もない話だった。
とはいえ、ほら吹き扱いされるのも嘗められるのも御免蒙りたい。
七歳の子供が遺跡探索の功労者である、なんて言い始めたら普通はうそつき扱いされて嘗められるのが落ちだろう。
その辺はどうなのかとグランに聞く。
すると、
「まぁ、それについてはあまり気にすることはないんじゃねぇか。こう見えて俺もユーミスも王都にいけばそこそこ有名な冒険者だ。そんな俺たちがお前のことを評価している、という事になれば、まぁ、よっぽどの馬鹿じゃない限りは絡んだりはしてこねぇだろう。それに、村にいる限りはそう言う奴らとお前が関係することもないだろうしな。まぁ、遺跡があるから、ここに来る冒険者も今までよりは増えるかもしれねぇが、その程度だろう。あまり気にすることはねぇよ……とまぁ、本当に俺が言い触らすんだったらな。あくまで冗談だから、気にするな。もし、お前が言い触らしてほしい、今回のことを自分の功績にしてほしいっていうなら、事実だから別にかまわねぇが……そんなの望んでねぇだろ? 黙ってるから安心してろ」
そんな風に保証してくれたので、そんなに暮らしにくくなったりはしなさそうだとルルは安心した。
あくまでさっきまでのことはルルの冗談に対する返しであって、言い触らす気はないという事だろう。
グランだって冒険者だ。
そうそう口が軽かったら守秘義務もへったくれもあったものではない。
だから、そう言う意味でも安心していいのだろうとルルは思ったのだった。
そうして一通り、村に戻る前にすべき話は終わったか、という雰囲気が流れ始めたので、誰とも言わずに遺跡から遠ざかり始める。
次にここに来るのは、おそらく明日か明後日辺りになるだろう……。
そう思って歩き始めたそのとき、背後で巨大な轟音が鳴り響いて、三人で振り返る。
するとそこにあったのは、遺跡入り口となっていた円形の地上露出部分がガラガラと崩れていく様子であった。
「おいおい……」
グランが頭を押さえて呟く。
しかも、遺跡の様子はそれだけに止まらない。
地上露出部分があらかた崩れ終わったのち、今度は地面の奥から地響きのような音が聞こえてきた。
耳を土に当てて、その音の方向を聞いてみるに、それは遺跡の地下部分が延びていた方向から聞こえてきていることが分かった。
おそらく、地上と同じように遺跡の地下も崩壊しているのだろう。
遺跡を抜け出た後で良かったと思うも、グランはせっかくの発見がフイになっていくその音に頭を抱える。
彼にしては飯の種だったのである。
それが轟音を立てて崩れ落ちていく様は、まるで金貨が目の前で溶けていっているのになにも出来ないような気分に近いだろう。
遺跡の崩壊音があらかた鳴り終わったのち、ルルはうなだれて元気のないグランの肩を軽く叩き、言った。
「まぁ……こういうこともあるよな」
グランは一瞬ルルを情けない顔で見つめて、がっくりと肩を落とす。
「ほんと……ユーミスといるとこういうことが多くてなぁ……なんか慣れちまったぜ。はぁ」
けれど立ち直りも早く、すぐに背筋を伸ばすと、
「じゃあ、帰るか。本当にやることなくなっちまったしよ……結局収穫は村の魔導機械と、遺跡周辺に転がってるあの巨人の部品くらいか?」
「なにもないより良かったのではありませんか?」
イリスがほんわりとした様子で顎に指を添えてそんなことを言った。
「その通りっちゃあその通りだな……ただ、」
「ただ?」
イリスが少し首を傾げて先を促す。
グランはそれに応じる。
「ユーミスが泣くなぁ」
粉砕された石の集団が転がるその場所に、グランのそんな声が、辺りに響いたのだった。
◆◇◆◇◆
それから三人で村に戻ると、そこには結界を張りっぱなしで疲労困憊の様子のユーミスが、結界の向こう側からこちらをにらむように見つめていた。
グランとイリスは目に入っていないらしく、その視線はルルに一直線である。
さすがの元魔王と言えど、少し引いてしまうくらいに力のこもったその視線に、ルルも話しかけることを躊躇した。
けれどユーミスにはルルに言いたいことがたくさんあったようである。
口を開いて大量の罵詈雑言がルルに与えられ、その様子をグランとイリスが何とも言えずに見つめているという光景がその場に作られる。
二人ともどうにかしてこの人を止めてくれないか、という視線でルルはグランとイリスを見つめていたのだが、両者異なる理由から手出しを控えてしまった。
グランはこうなったユーミスが手を着けられないことをしっていたため、イリスはルルがユーミスに対してしたことを道すがら聞いていたのでこれくらいは仕方ないのではないかと思ったため、というのがその理由である。
それに、イリスとしては、ルルが誰かに叱られている光景というのは何となく懐かしいものがあり、見ていて少し幸せな気分になるという厄介な趣味まで持っていたことも影響した。
結果として、ルルは小一時間怒鳴られ続け、疲労困憊の様子でその場に崩れ落ちることになる。
対してユーミスの方は肌が艶々として、機嫌もかなり良くなった。
怒鳴り続けたら普通は疲れるはずなのだが、ユーミスに限ってはそうでもないらしい。
結界を張り続けて魔力もぎりぎりに達していて疲労していたのかと思えば、そういうわけでもなかったらしく、結界の術式をどうにかいじれないかとチャレンジし続けてやっぱり無理、という結論に至った事による精神的疲労だったのだという。
しかしそれもすべてルルにぶつけてすっきりした、ということらしい。
ユーミスはそれですべてのわだかまりを捨て、ルルに言ったのだった。
「ラスティたちはしっかり家に帰したわ。それと、ルル、貴方についてもお母さんに伝えてあるから……魔術についてはたぶんあのお母さんは知らないのよね? そんな雰囲気だったわ。だから、伝えていいものかどうか分からなかったから、とりあえず、グランと一緒だから確実に無事だと言っておいたわ。細かい辻褄合わせは自分で頑張る事ね」
意外にもかなり細かい気遣いをしていてくれたらしい。
結局母に何も言わないで出てきたので、ルルはどうしたものかと思っていたのだ。
しかしそれくらい伝えておいてくれたなら、なんとか言い訳が立つ範囲だろう。
少し考えて、ルルは頷いた。
それを確認したユーミスはこれが本題だ、という様子で言った。
「じゃ、結界解いてくれるかしら? 私には無理なのよね……ほんと、どうすれば解けるのか全く分からないわ……」
本当に困った様子でそんなことを言うものだかっら、ルルはあわてて結界を解こうと結界に近寄る。
けれど、それよりも先にイリスが結界に近づき、それから干渉を初めて、最後には割れるように解いてしまった。
そんなイリスの様子を見たユーミスは唖然として、
「なっ……なななっ!!」
などと言って目を見開いている。
そんなユーミスの表情を見たイリスはすっきりした様子で微笑み、
「さぁ、これでよろしいですわね?」
とユーミスに言い放った。
ユーミスは絶句してしまい、ルルは何とも言えずにどうしてこんなことをイリスはしたのだろうかと考えた。
後で聞いてみれば、「あんまりにもおじさまを怒鳴るんですもの。おじさまにも問題があったとはいえ、臣下としましてはちょっとした意趣返しくらいしなくては抑えられないものがありましたわ」などと言った。
それなら怒鳴られているときに止めてくれよと言ったのだが、ユーミスさまが怒る理由も分かりますので……、と言われてしまったのでどうしようもない。
そんな風に収拾がつかなくなった場を、グランが暗い夜空を見つめて、
「まぁ、今日のところはいろいろあった。時間も時間だ。ユーミスにも説明したいし、解散しようぜ」
と言って収める。
相談したいこと、聞きたいこと、それぞれにいろいろあるのは間違いない。
ただ、本当に今日はいろいろありすぎた。
一日眠り、頭を冷やしてから話した方が実りのある会話が出来るだろうと言うグランの気遣いだった。
血が上った頭でも、ユーミスはそれくらい判断は出来たようで、仕方なさそうに「わかったわよ……じゃあグラン、行くわよ」と言うと宿の方に歩いていく。
けれどグランは、
「あぁ、俺はこいつら家に送っていくから、先に戻ってくれ。すぐ行く!」
と行ってユーミスを見送った。
ユーミスもいろいろ思うところはあるようだが、容姿は間違いなく七歳の子供であるルルたちを一人で返すわけにはいかないというのは納得がいったらしい。
手を振って戻っていく。
けれど最後に一言加えるのを忘れなかった。
「ルルも、それにその娘も! 明日いろいろしっかり説明しなさいよ!」
それはある意味で気遣いだったのだろう。
ルルにいろいろ怒鳴っていた話にもそれなりに心配の情が読みとれるものだった。
本質的にはグランと同様、人のいい人物なのだろう。
だからこそ、グランと共に冒険者をしているのだ。
ルルとイリスはその言葉に手を振って、グランと歩き出す。
ルルの家、つまりはこの村におけるただ一つの貴族の家、カディスノーラの屋敷へと。