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スフィンクス

作者: 目262

 史実には残っていないが、昔、エジプトギザの大スフィンクスの内部で発掘調査が行われた。これはその時の話。


 調査団は興奮していた。スフィンクスの中に入った直後、彼らは地下に潜る通路を発見し、更にその先にある巨大な空洞に辿り着いたのだ。そして、そこには大規模な都市の遺跡が横たわっていた。

 世紀の大発見だ!学者達は意気揚々と調査を始めたが、一時間もしない内にその都市の異様さに困惑することになった。

 まず、街そのものが学者達の予想とは全く異なる構造だった。数十メートルの幅を持つ大路の両脇に百メートルを超える高さの直方体や半球形の建築物が整然と立ち並び、それが見渡す限りに続いている。そしてそれらを形作る建材は石や煉瓦ではなく、コンクリートやプラスチックに近いものに見えた。これらの有り様は古代の都市というよりも近代国家のそれに近かった。

 学者達の混乱は続いた。これだけの大都市であるのにも関わらず、住人の痕跡がなかったのだ。街外れに広大な墓地と思われる場所があったが、試しにそこの一部を掘り返したところ、彼らは奇妙なものを見つけた。

 それは白い布に全身を包まれた、なんとも奇妙な生き物のミイラだった。人間よりも若干大きく、鼻を短くした象のような外形だが、頭部と思われるところからは左右対称の長い二本の角のようなものが生えている。見ようによっては人間の腕にも似ていた。そしてなによりも足の数がおかしい。四本足、三本足、二本足のものが混在している。怪我でもして足を失ったのかと学者達は思ったが、他の墓をいくつか掘っても同じように足の数が異なるミイラが出てきた。

 結局、墓地に埋葬されているのは、これらの正体不明のミイラばかりで人間の遺骸、あるいはミイラは一体もなかったのである。

 説明のつかない出来事に遭遇した調査団は墓地の片隅に集まって話し合ったが、一向に答えは出ず、混乱は増すばかりだった。

「一体、この街はどうなっているんだ。明らかに古代エジプト文明のものではない。それどころか現代文明にも匹敵する極めて高度なものだ。しかし、ここが造られたのは少なくとも五千年以上昔だ。常識的に考えて、こんなものがある訳がない」

「この墓地の規模から推測すれば、十万から五十万の遺骸が埋葬されているだろう。その全部があの生き物のミイラである可能性は高い。ここで生活していた人間の墓地はどこにあるんだ?」

「大体、あの奇妙な生き物は何だ?あんなもの見たこともない。五千年前の生態系なんて、今と変わらない筈だ。一体あれは何だ?」

 その時、彼らからやや離れた場所の丸石に一人腰を降ろして考え込んでいた調査団の団長である最年長の老博士が、唐突に大声で笑い出した。乾いた笑いは暗闇と静寂に覆われた廃墟に響き渡る。普段は物静かで控えめな性格である老博士は、今や人目もはばからずにヒステリックな笑いを続けていた。予想もしなかった彼の振る舞いに、他の学者達は不安感を抱いた。

「団長、どうしたんですか。何を笑っているんですか?」

 学者の一人が堪えきれずに老人に尋ねた。老博士はようやく笑い声を上げるのを止めたが、その表情には依然として笑い顔が張り付いていた。

「あの生き物が何かだって?簡単な答えだよ。あいつらは人間だ。いや、あいつらこそが人間なんだ」 

 一団は顔を見合わせた。意味がわからない。

「団長、何を言っているんですか?あの生き物が人間ですって?」

 別の学者の問いに、老博士は応じた。

「そうだ。人間だ。君らも知っているだろう、スフィンクスのクイズを。あの答えがあの生き物だ」

「スフィンクスのクイズ?朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足の生き物は何か、というあれですか?確かに答えは人間ですが、それがどうしてあの生き物なんですか?」

「ギリシャ神話のオイディプスはピーキオン山の頂上でスフィンクスにそのクイズを出されて、答えは人間だと言い当てた。後世の人々は、クイズは人間の一生を暗喩したものだと解釈していたが、本当はそうじゃなかったんだ。文字通り、言葉通りに時間によって足の数を変える生き物が実際にいたんだよ。もしかしたら、古代世界で我々の祖先達は自分のことを人間だと思っていなかったのかもしれない。人間がどんな生き物か知らなかったんだ。だからオイディプス以外の者は答えを出せなかった。一方、オイディプスは若い頃に世界中を放浪していた。その時にこの都市を訪れて、ここで暮らしているあの生き物達を見たんだろう。そしてオイディプスは、自分よりも遥かに高度で豊かな文明を持っている彼らこそが人間だと確信したんだ。埋葬されている生き物の姿にばらつきがあるのは、死亡した時が朝か昼か夜かで足の数が変わるからだろう」

 学者達は老人の言うことがあまりにも突拍子もないことなので、とても信じられなかった。三人目の学者が憤慨して言った。

「いい加減にしてください。団長、それはあなたの単なる推測でしょう。オイディプスもスフィンクスも神話の登場人物ですよ。そんなものを引き合いに出すなんて非常識にも程がある!それに時間によって足の数が変わる生き物なんている訳がない!大体この大都市をあの生き物が造ったかは分からないでしょう。単なる家畜の墓かもしれない!」

「神話は事実を含んでいるよ。トロイアは実際にあったじゃないか。この遺跡をざっと見てきたが、これだけ巨大な都市なのに階段がひとつもないことに君達は気付いたかね?本来階段が必要な場所には、段差を昇り降りするためのスロープがあるだけだ。百メートルを超える建物の内部にも、壁伝いに緩やかなスロープが付けられていた。階段は二足歩行をする生き物にとっては便利だが、それ以上の足を持つものには使いづらい。この大都市は明らかに多足歩行をする生き物が生活をするために造られたものだよ。家畜だけが生きている都市なんてあると思うかい?何ならもう少し頑張ってホモサピエンスの墓地を探してみるかね?もしかしたらスフィンクスが埋葬されている場所が見つかるかもしれないぞ」

 一同は黙り込んでしまった。これ以上発掘を続けて、もしも老博士の言うとおりになってしまったら。そのことが恐かったからだ。老博士は仲間の反応を見て、話を続けた。

「掘り出したミイラを詳しく調べれば、彼らの生態が分かるだろう。時間によって姿かたちを変える仕組みも、彼らが地下で生活していた理由も分かるだろう。だが、それをやるかね?ここにあるものを世界に公表すれば大発見には違いないが、同時に大混乱も引き起こすかもしれない。人類以前に全く別の生き物が高度な文明世界を築いていたなんて、ましてやそちらの方が人間だったなんて、ある種の国や宗教団体には受け入れられないだろう。最悪の場合、命を狙われるかもしれないぞ。悪いことは言わない。ここで見たことは全て忘れるんだ。私は歳だから、この発掘を最後に引退するよ。最後の花道だと思って団長に志願したが、まさかこんなことになるとはなあ……」

 老人は努めて平静を保っていたが、言葉の最後に涙声が混じることは隠せなかった。

 ここで、調査団の中で最年少の、助手として参加していた学生が苛立った口調で問いかけた。

「ちょっと待ってくださいよ、あいつらが本当の人間なら、我々は一体何なんですか?」

「言っただろう。人間じゃないんだよ」

「だから、我々は一体何なんですか!」

 老博士は天を見上げて再び自嘲的な笑い声を上げると、心細そうに言った。

「朝も昼も夜も二本足の生き物は何か?このクイズの答えを知っているのは、スフィンクスだけだろうなあ……」

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