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第2章 「仮面舞踏会 ~マスカレード~」(3)
「誰?何するのっ?」

 おどろいて振り返ると、目の前には仮面をつけた濃いセピア色の髪の男が立っていて、その口からは流暢なフランス語が飛び出した。

「ああ、やっぱりそうだ。君、ルディのブランドモデルのアイリだろ?
 写真で見るより、実物の方が格段にキュートだ」

「あなた誰?仮面を返してよ 」

 下手くそなフランス語で言いかえして、彼の手からもぎ取るようにして仮面を取ると、慌てて顔につけた。
 セピア色の髪の男は、悪びれた様子もなく言った。

「驚かせたかな?ごめんごめん。
 君が、本当にモデルのアイリかどうかを、確かめたかっただけなんだ。
 確信はあったんだよ。だって君は、ここにいる女性たちの中で一番スタイルがいい。
 それだけで、顔を見なくても相当な美人だってわかった。
 それにその深紅のドレスは、すごく目立ってる。
 相当の自信がなくっちゃ、そんな派手なドレスは着こなせないんだろうね。
 さすがルディの選んだ女性だ」

「妙なお世辞でおだててくれなくっても、けっこうです。
 ところであなたはどこのどなた?ルディの知り合いの方?」

「そう。ルディの学友で、名前はテオドール・ベルタン。
 僕はフェンシングの世界では、かなり名の知れた人間でね。  
 先日のFIEフェンシング世界選手権大会で25位に入賞したテオドール・ベルタンっていえば君もわかるだろ?」

「・・・・へえ、すごいんですね・・・」

 正直、テオドール・ベルタンという名前は聞いたことない。 
 それに、テニス世界ランキング1位のルディと2位の鷹矢が身近にいるから、感覚が麻痺して、フェンシングの世界大会で25位と聞かされてもあまり驚けない。

 向こうがフンと不満げに鼻を鳴らす。
 やっぱり誉め方がたりなかったかしら?
 ルディの友達なら、あまり機嫌を損ねるとまずいわよね。

 あわてて愛想のいい作り笑いを浮かべる。

「それでベルタンさんは、今日はルディのためにわざわざフランスから日本にいらしたんですか?」

「そんな堅苦しい呼び方じゃなくて、テオって呼んでくれていいよ。
 そう。ルディに招かれたんだ。
 ルディのブランドの初コレクション・ショーを見たかったのもあるけど、ルディが、この仮面舞踏会の余興として、フェンシングの試合をしたいっていったからなんだ。 
 僕の神業的な剣技を披露したら、場も盛り上がるだろ?
 ルディの門出を祝うのにふさわしいってもんだよ」
 
 そう言って、テオは気取った仕草で髪を書き上げる。  
 
「フェンシングの試合って、あなたと誰の?もう一人、誰か別の人も来てるの?」

 そう尋ねると、テオは目を丸くした。

「何言ってるんだい?相手はルディに決まってるじゃないか。
 君、ルディの傍にいながら何も知らないのかい?
 ルディは、テニスプレーヤーでありながら、フェンシングも得意なんだ。
 運動神経が発達してると、運動はひととおり何でもこなせるのか、この僕が、負けるくらいの腕前で・・・・
 くやしいことに、仲間内で僕がどうしても勝てなかったのがルディともう一人・・・
 ま、そんなこと今はどうでいいや」

 テオは、私に向かってにっこり微笑むと、信じられない言葉を吐いた。

「君、一晩いくら?」

「は?」

「いやだなあ。フランス語がまだ良く聞き取れないのかな?
 君と一晩過ごすのにいくら払えばいいのかって聞いてるんだよ」

 テオの言葉の意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。
 やっと事情を理解して、怒りで頭に血がのぼる。
 このひと、まさか、私を娼婦扱いしてる・・・?

 怒りに満ちた目で睨む私に気がつかずに、テオはのんきに言葉を続ける。

「君たちモデルって、セレブな男の夜の相手をつとめるんだろ?
 この僕に相手として選ばれるなんて、名誉なことだと思ってくれよ。
 ルディから、君との交際報道は、話題作りのための嘘だって聞いたんだ。
 ルディと本物の恋人同士じゃないってことは、君はお金のためにわりきって、ルディの夜の相手をしてるんだろ?
 ブランドモデルの座は、ルディに身体を差し出した見返りに手に入れたに決まってる。
 オレは気前がいいから、ルディが払うよりも高い金額を出すよ。
 君は極上の、いい体つきをしてるから」

 あまりのひどい侮辱に、身体がわなわなと震えた。
 一部のモデルに、不品行な行いをしてる人たちがいるのは知ってるけど、私もそんな目でみられるなんて信じられない。

 かっとなって思わずテオの頬を張り飛ばそうと、手をあげたとき、後ろから誰かにその手首をぐっと力強くにぎられた。
  
 邪魔するのは誰?、と後ろを振り返ってびっくりした。
 白手袋をはめた手で私の手首をつかんでいるのは、さっき、柱にもたれて私を見ていた白仮面の男。

 男は私の耳元に唇を近寄せて、小さな声でささやいた。

「・・・こんな場所で、馬鹿な真似をすることはつつしんだほうがいい」

 その柔らかな低い声に、心臓が止まるかと思った。

 そんなはずはない。ないけど・・・
 この声は・・・この艶やかな声は、・・・鷹矢?
 本当に鷹矢なの?
 まさか?!
 そんなこと、ありえない!!
 
 男は私の手を離しテオに向き直ると、気品あふれる仕草でわずかに頭を下げた。

「失礼。彼女とは、最初のワルツを一緒に踊ると約束してあるんだ。
 すまないが、彼女を連れていくよ」

 そういって男がすばやく私の腰に手をまわして、向きをかえて立ち去ろうとすると、テオがムッとした様子で声を荒げた。

「おいっ、待てよ。急に横から現れて、女をかっさらっていくなんてどういうつもりだ?
 その子は、僕が先に目をつけたんだ。無理矢理連れていくっていうなら、僕とやり合う覚悟が必要だぞ。
 僕が誰だか教えてやろうか?
  FIEフェンシング世界選手権大会で25位の・・・」

 男はテオの言葉を遮って、諌めるように言った。

「テオ、おまえの女癖の悪さは相変わらずだな
 女性問題で、学校で停学処分を受けたこともあるというのに、まだ懲りないのか?」

「・・・お前、だれだよ?!」

 男がゆっくりと振り返ってマスクを少しずらした。
 私からは影になってその顔は見えない。
 男の素顔を見たテオが、青ざめる。
 
「あいにくオレは今、非常に機嫌が悪い。
 オレとやり合いたいって言うなら・・・」

 テオはぶんぶんと大きく頭をふった。

「いや・・・まさか・・・君とやり合う気なんて、めっそうもない・・・
 あはは・・・君が先にワルツの約束してたのかい? どうぞどうぞ、ご自由にどうぞ。
 そうそう、そういえば僕も、他の子と約束してたんだよね・・・じゃ、そういうことで」

 そう言ってテオは後ずさると、慌てて人込みの中に飛び込んで姿を消した。

 何、あれ?
 フェンシングの腕を自慢してたわりには、口ほどにもない。

 人のことを娼婦扱いして侮辱するなんて、絶対に許せない!
 ルディの知り合いらしいけど、とんでもない人だわ!
 ルディってばどうしてあんな人と友達なのかしら。

 白仮面の男が、あきれたというように肩をすくめた。
 
 私は、あらためて、横にいる男をじっと見つめて観察した。
 彼が鷹矢かもしれないかと思うと、心臓がどきどきと激しく胸をたたいて、息をするのも苦しい。
 
 上背があって肩幅が広く、体格のよいその男には、気品がただよってる。
 顔のほとんどは白い仮面で隠れて居るけれど、輪郭の端正さはまぎれもない。
 仮面の奥の瞳は、黒々と深い漆黒。
 形が良く色っぽい口元が、仮面の下に見える。

 あなた誰・・・?
 本当に鷹矢なの?
 それとも声が似てるだけの、まったくの別人?

 どうして彼を見ていると、こんなに動悸が激しくなるの?

「・・・ありがとう。失礼な人から助けていただいて」

 動揺して震える声で、ひとまずお礼を言ったそのとき、オーケストラがワルツを奏でる音が聞こえてきた。
 男は私の腰においていた手に力をこめて私を引き寄せると、歩きはじめるように促した。

「今日、最初のワルツだ。
 せっかくだから、一曲踊ろうか。・・・おいで」

「えっ?!・・・あの・・・ちょっと待って・・・」

 有無を言わさずに引っ張られて、気がつくと広間の中央まで連れて行かれた。





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