前回はハロウィン特別企画の番外編でしたが、今回から本編に戻ります。
ではどうぞ☆
第5章 「恋心」(4)
その日の、お昼前。
私は、テレビ番組に出演するために、テレビ局の控え室にいた。
今日は、ルディのブランド 「Bleu Vert (ブルー・ヴェール)」の宣伝のために、ルディと二人で短いインタビューを受けることになっている。
本番用のモノトーンのワンピースに着替えて、メイクを施してもらうために鏡の前に座った。身体に残るキスマークはばれないように上手く隠したつもりでいたけど、プロのメイクさんの目はごまかせなかった。
「うわっ・・・すごい・・・熱烈なキスマーク!
お相手は、あのルディですものね。
情熱的なのも、納得。」
「いえ・・・あの・・・それが、実は、そういうわけでは・・・」
私が口ごもりながら否定しても、メイクさんはその言葉を全く聞いてない。
世間の人たちは私とルディの恋人報道を信じてるんだから、当然といえば当然なんだけど。
「ルディって、テニスの世界王者な上に、あの美貌。
お金持ちでハンサムだなんて、まさに玉の輿ですね!
いいなあ・・・同じ女としてうらやましい~。まさに女の夢だわ。
あんなすごい人を落とすのに、一体、どんな恋の駆け引きをしたんですか?
ぜひ、教えて欲しいですっ!」
メイクさんが目を輝かせて聞いてくるけど、そんなこといわれても困る。
「・・・あの・・・だから、その・・・・ルディと私は別につきあってるわけでは・・・」
その時、部屋の入り口の方から、楽しげな深みのある声が聞こえてきた。
「スィートハニー、 そんなに照れて、俺たちのことを否定しなくてもいいだろ?
愛莉はいつまでたっても恥ずかしがりやだなあ。
ま、そんなところがかわいいんだけどね。」
振り返ると、ルディが長い足を組んで、扉にもたれかかるようにして立っている。
隣でメイクさんが、「本物のルディ・ランベールっ!」と一気に興奮してきゃあきゃあ騒ぎ立てる。
ルディの手足の長い筋肉質の身体は、イタリアンカラーのシャツとダークグレーのズボンに包まれ、みるからに、粋で、陽気で魅力的な女好きの男性という感じ。
気分がめいってる私は、ルディの言葉に反論する気力もなく、うつむいてため息をついた。
ルディはいいな・・・
いつも、悩み事なんかなくて、楽しそうで、気楽で。
私なんか、失恋のどん底で、これ以上ないというほど落ち込んでるっていうのに。
ルディは眼を細めて、しばらく私の様子をうかがっていたけど、つかつかと歩み寄ると、いきなり私の顎をぐいとつかんで私の顔を自分の方に無理矢理向かせた。
「痛いっ。何するのっ?!」
「・・・どうした?なんだか変な顔をしてるぜ。」
「もともと変な顔です。ほっといてよ。」
「かわいくないなあ、そんな言い方。」
「別に、ルディにかわいいと思われなくても、これっぽっちもかまわないもん。」
ルディは小さく息をつくと、メイクさんに向かって愛想よく微笑んだ。
「悪いけど、少しの間、はずしてくれないかな?」
ルディが片目をつぶってウインクをすると、メイクさんは顔を赤らめ、うわずった声で「はい」と答えて、そそくさと部屋からでていった。
メイクさんがでていくなり、ルディは私を咎めるような表情になる。
「なんだよ、さっきの、『ルディと私は別につきあってるわけでは』、っていうのは。
もしかして約束を破る気なのか?
あの娘が、君の言葉を全く聞いてなかったからいいようなものの・・・
今回、日本での仕事が終わるまでは、恋人同士のふりをするっていう約束だっただろ。」
「そのことだけど・・・・ごめんなさい。もう、やめたいの。
こんなこと今更言うなんて自分勝手だけど、これ以上嘘つくのはいやなの。
仕事だからと思って恋人のふりをすることを引き受けたけど、こんなにマスコミに騒がれて大騒ぎになるなんて、全く予想してなかったのよ・・。」
「予想してなかった?
おいおい、この俺を誰だと思ってるんだよ。」
「・・・そう。実は、ルディってテニスの世界王者だったのよね。
身近にいると、つい忘れちゃうというか・・全くそうは見えないというか・・・
本当はすごい人だったんだ。」
ルディは、あきれたというように肩をすくめた。
「ひどい言われようだな・・・
どうりで、恋人の件をえらくあっさり受け入れたはずだ。
抵抗なくすんなり受け入れるから、なんだかおかしいと不思議に思ってたんだが・・・
今頃そんなことを言い出すなんて、どうしようもないバカだな。」
「どうせバカですよ。
・・・だって、恋人のフリは日本に滞在している間だけで、
パリに戻るときには嘘だと発表してくれるっていう取り決めだったでしょ?
たった二週間だけのことなら別にかまわないと思ったのよ」
そう。
ルディの恋人のフリをするのは、ルディのブランド「Bleu Vert (ブルー・ヴェール)」のイメージ戦略のためで、お披露目のショーが終わるまでの二週間だけという、期間限定の約束だった。
「ルディが空港で勝手にキスなんかするから、こんなに騒がれる羽目になったんじゃない。
恋人のフリをするにしても、過剰にやりすぎよ!!
どうするの?!婚約間近だなんていわれて・・・・」
「別にどうもしないさ。嘘つくのがイヤなら・・・本当のことにすればいい。
本物の婚約にすればいい。」
平然と言ってのけるルディに私は驚き、眼を見開いて彼をまじまじと見つめた。
「こんなときに、変な冗談は止めてよ・・・
何、言ってるの?まじめに考えてよ。
私の希望としては、ここまで騒ぎが大きくなっちゃったんだから早く手を打って、『恋人だというのは、嘘でした。ただの演出でした』と、今すぐにでも発表して欲しいの。
これだけ騒がれたんだから、ブランドの宣伝の役割はもう充分に果たしたでしょう?」
「冗談なんかじゃないさ。
冗談でこんなことは言わない。」
ルディが、すべてを見透かすような蒼い瞳でじっと私を見つめる。
「その様子じゃ・・・・鷹矢と揉めたんだろ。
顔にそう書いてある。・・・昨夜、あの後、二人で帰ってから何があった?」
鷹矢、という言葉を聞いて、胸がずきっと痛む。
イヤ。
今は、鷹矢の話をしたくない。
彼のことは、思い出したくない。何も考えたくない。
「・・・ごめん。ちょっとのどが渇いたから、ジュースでも買ってくる。」
そう言って椅子から立ち上がって部屋から出て行こうとした途端、ルディの手が伸びてきて腕をつかまれた。
そしてそのままいきなり彼のたくましい胸の中に抱きしめられて、私は驚き息を飲んだ。
ピッタリと押しつけられたルディの身体は、大きくたくましく、肩がのしかかってくるようで身動きができない。
「ルディ、いきなりなにするの?!離してよ!」
「本当は・・・愛莉・・・・
昨日、君を鷹矢に返して、もうあきらめようと思ってた。
・・・・でも、やっぱりあきらめられない。」
ルディが、私の耳にささやきかける。
彼の熱い吐息が耳たぶに触れて、身体がゾクリと震える。
「どうしても君が欲しい。どんな手段をつかってでも、手に入れたい。
君が鷹矢に抱かれたと知って、胸が嫉妬で張り裂けそうだ。
・・・こんなにも君のことが好きだったなんて、自分でも知らなかったな。」
「?!」
どうして鷹矢に抱かれたと、わかるの?!
思わずルディの顔を見上げると、ルディはその口元に冷笑を浮かべた。
「キスのしすぎで 、唇が腫れ上がってるのが、まるわかりだ。
首筋、胸元には、これ見よがしのキスマーク。
どうなんだ・・・・・鷹矢に抱かれて、無垢の乙女から女になった気分は?
あいつのベッドでのテクニックは、忘れられないくらいよかったのか?」
「変なことを言うのは止めて!早く、この腕も離してよ!」
ルディの腕から逃れようともがくけど、私を包むたくましい腕はびくともしない。
「もう鷹矢を愛することなんか止めろ。
あいつは、バカだ。
君を抱いておきながら、仲違いしているなんて・・・。
鷹矢なんかやめて、俺にしろよ。
俺は、君一人だけを一生愛し続ける。絶対に幸せにする。」
「ルディ・・・本気なの?」
「もちろん本気だ。どうして疑う?」
「だってルディは、いつも女の子に囲まれてて・・・」
「あんなのは遊びだ。誰一人として本気になった娘は、いない
俺が欲しいのは、君だけだ。」
「そんなこと急に言われても・・・・信じられない!!」
「愛莉
・・・・・本当に、好きなんだ。」
互いの顔がとても近くにある。
私はルディの気持ちを探ろうと、彼の瞳をじっと見つめた。
深海の群青を思わせる見たこともないくらい深い蒼色の中に、熱い情熱がきらめいてる。
想像もしなかった言葉を聞いて、胸が詰まって息苦しい。
「俺は、君を幸せにしたい。
欲しいものは、何でもやる。望むことは、なんだって叶えてやる。約束する。
君の望みは、・・・・・なんだ?」
欲しいもの?
それはたった一つ。
ーーーーー愛しいあの人の、心。
あの人が欲しい。
あの人が手に入らなければ、この世界はなんの意味もない。
「欲しいものなんて・・・・・何もない。」
どんなに鷹矢のことが愛しくても恋しくても、あきらめなければならない。
忘れなければならない。
今、ルディのこの手をとれば、それができるの?
こんなにも愛しい鷹矢のことを、あきらめられるの?忘れることができるの?
この苦しさから逃げ出せるの?
鷹矢のことを思うと、胸の奥が締め付けられるように痛い。
これほどの痛みは、今までに感じたことがない。
胸の中のすべての希望を打ち砕いてしまう、決して消えることのない痛み。
「どうして泣くんだ・・・?」
知らないうちに、涙が頬を伝っていた。
ルディが親指で、私の眼の淵にあふれる涙をそっとぬぐう。
「わからない・・・・」
ルディは大きな手で私の頬を包み、そのまま身をかがめてくる。
キスされる・・・?
どうしよう。抵抗しなきゃ。
でも、心の隙間をぬって、ルディの言葉がしみこんでくる。
この手を振りほどくことが、できない。
身体が動かない・・・・。
鷹矢しか愛せない。
愛せるはずがないけど・・・でも・・・
鷹矢が好きなのは、私じゃない。
「お願いだ・・・俺を好きになって・・・」
重ねられたルディの唇は、ひんやりと冷たかったーーー。
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