第5章 「恋心」(1)
運命の女神は、残酷だ。
どうして、君とこんな形の再会をしたんだろう?
君がこんなにも大切なのに
愛することを許されない
君への愛で、胸が痛いーーー
* * *
バスルームのドアが開く音がした。
「愛莉・・・」
その声に、頭からすっぽりかぶったシーツから顔を覗かせると、そこには濡れた髪を厚手の白いバスタオルで拭いている鷹矢の姿があった。
雫の滴る黒髪、バスローブのはだけた胸元が、淫らな雰囲気を醸し出していて、ドキッとする。
ぎしっと音をたてて鷹矢がベッドの上に腰掛けて、その体重の分だけマットが沈んだ。
鷹矢は私の頭の上のシーツをそっとめくって、私の顔をあらわにすると、その長い指でそっと頬に触れた。
そのひやりとした冷たい指先の感触に、体がぞくりと震える。
もしかして、水のシャワーを浴びていたの?
「気分はどう?・・・まだ起き上がるのがつらい?」
鷹矢の気遣うような優しい口調に、涙がでそうになる。
いやだ。優しくしないで。
優しくされたら、その手にすがりついて言ってしまいそうになる。
あなたが好きだって。
「止めて。私に触れないで!」
頬に触れる鷹矢の手を払いのけた時、自分でも驚くほどきつい口調が、口から飛び出た。
慌てて横を向くと、鷹矢の自嘲するような声が聞こえた。
「・・・ごめん。
君は、俺に触れられると、気分が悪いんだね。
俺がしたことを考えれば、当然だ。これからは気をつけるよ。」
違う。そうじゃない。
でも口を開けば、好きと言ってしまいそうで、私は一言も発することができずに、くちびるをかみしめてじっと横を向いていた。
「俺は着替えて先に、本棟の食堂に行ってるから・・・君も、あとからおいで。」
そう言って鷹矢は立ち上がると、部屋から音もなく出て行った。
後に残された私は、ベッドからのろのろと体を起こした。
下半身がだるくて、体中が痛い。
肌に、鷹矢の匂いが残っている・・・。
シャワーを浴びてさっぱりしようとバスルームに入り、洗面台の大きな鏡に全身を映した途端に、私はぎょっとした。
体中に残る、いくつもの赤い痣。
「これって・・・キスマーク?」
首筋、胸元、腕、太股・・・体中に刻まれた、鷹矢の情熱の痕跡。
唇は、キスのしすぎで腫れ上がってる。
ついさっきまでベッドの中で鷹矢から受けた、愛撫の数々がよみがえって、瞬時に身体が熱くなる。
鷹矢・・・・!!
そのなめらかな肌、しなやかな体、熱い吐息。
彼のことなら、どんなささいなことでも鮮かによみがえる。
ハンサムな横顔、長く伸びた指。
ラケットを力強く握るあの指が、どんなにやさしく愛撫してくれるか。
そしてたくましい腕。
できることならあのままずっと、鷹矢の胸の中にいたかった・・・・。
その腕に抱きしめられた感触を思いだし、私は慌てて考えを打ち消すように頭を振った。
やだ・・・私ったら、何考えてるの・・・・。
私と鷹矢は、兄と妹。
これからは兄妹として仲良く接すると、鷹矢と約束した
さっきのことは、もう忘れなきゃいけない。
もう、二度と思い出してはだめ。
鷹矢は、私のことを愛している訳ではないんだから ーーー。
シャワーを浴びてから時計をみると、まだ朝の7時前だった。
私の洋服は、メイドの手によってスーツケースから取り出されてクローゼットに収納してあった。
その中から、胸元に残るキスマークが隠れるように、露出の少ない服を選んだ。
『キスマークは、コンシーラーとファンデーションで隠しちゃえば大丈夫よ』
いつだったか、そんなことを言ってたモデル仲間の言葉を思い出しながら、首筋にファンデーションをはたく。
腫れ上がった唇に、濡れたように光るグロスを塗って、何とかごまかす。
これで、ばれないかな?
これからテレビ局で撮影があるっていうのに・・・・全身にキスマークが残ってるなんて、どうしよう。
幸い今日は水着を着る必要はないからばれないだろうけど、何日後にはショーモデルとしてのステージが控えてる。
今回のルディのブランドの仕事が、モデルとして一番大きな仕事なのに、商売道具であるはずの身体はひどいありさま、頭の中は鷹矢のことで一杯で、集中できるかどうかなんて自信がない。こんなんじゃ、プロ失格ね・・・。
私は大きくため息をついた。
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