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プロローグ
愛莉あいり・・・・このときを逃したらきっと後悔する。
 だから、今、俺の気持ちを君に伝えたい。」


 義理の兄である京極鷹矢の誕生日パーティの夜、私はバラの香りの立ちこめる庭で、彼と二人きりで向かい合っていた。

 
「君が好きだ。・・・・・君に初めて出会ったときから、ずっと好きだった。」


 思いもかけない言葉を聞いて、私は足が震えてその場に崩れ落ちそうだったーーーー。
 



  * * *



 私が14才の時、母が突然、京極家の当主と再婚して、私は名家の一員になった。
 日本屈指の企業グループを率いる京極家は、東京の青山に広大な敷地の邸宅を構えている。
 私には、一度に義理の兄弟が3人もできた。長男である鷹矢と長女のゆり、そして弟の翔。
 義理の兄となった鷹矢は私より2つ年上で、気品に満ちた華やかな美貌を持ち、いつも大人びた余裕のある態度を見せる。
 彼を一目見た瞬間に私は恋に落ち、それからずっと彼のことが好きだった。
 でも鷹矢は、いつも距離を置いた冷たい態度で接するので、私は彼に嫌われていると思っていた。

 それでも彼に少しでも認めて欲しくて、私は小さい頃から習っているただ一つの特技のバレエの練習に一生懸命励んだ。
 そのかいあって、コンクールで賞は取りのがしたものの、ある審査員の目に止まって、パリのオペラ座バレエ学校への入学を許された。
 『これで少しは鷹矢に認めてもらえる!』と、勢い込んで彼に報告したものの、鷹矢は相変わらずそっけない態度をとり、褒め言葉の一つももらえず、その時はさすがにかなり落ち込んだ。




 パリへの出発を明日に控えたその日は、ちょうど鷹矢の誕生日で、屋敷では大勢の人を招いて誕生日パーティが華やかに開催された。
 そこで私は義妹のゆりから『鷹矢には好きな人がいる』と聞かされ、さらに彼と見知らぬ女性との抱擁シーンを目撃してしまう。

 私はショックのあまり、それ以上パーティーに出席する気にもなれず、会場を抜け出して、庭をあてどもなく一人さまよった。

 あの人が、鷹矢の好きな人なんだ。
 完全に失恋しちゃった・・・・
 もともと叶うはずのない恋だったけど・・・・

 そのとき、「愛莉」と優しく私の名を呼ぶ低くなめらかな声が後ろから聞こえて、驚いて振り返ると、そこには黒いボウタイにディナースーツ姿の鷹矢の姿があった。
 
 今を盛りと咲き乱れるバラのむせ返るような甘い香りの中、鷹矢にいつもとはまったく違う柔らかく真剣なまなざしで見つめられて、私は息も出来ないほど胸がつまった。心臓が激しく早鐘のように胸を叩く。

「愛莉・・・・このときを逃したらきっと後悔する。
 だから、今、俺の気持ちを君に伝えたい。」

 シルクのようになめらかな鷹矢の声と、バラの甘い香りを運ぶ夜のそよ風が、私の思考力を失わせる。

「君が日本を放れてパリに旅立つ今だから、自分の気持ちを君に素直に伝えるよ。」

 鷹矢が、ゆっくりと私との間の距離をつめる。
 気づいたときには、彼のたくましい腕の中に抱き寄せられていた。

「君が好きだ・・・
 俺と君とは義理の兄妹だから、この気持ちをずっと押し隠してきた。
 でも、本当は初めて出会ったときから、ずっと好きだった。」

 鷹矢が私の下唇を親指でそっと撫でて、彼の熱い息が私の震える唇を焦がす。

「愛してる、愛莉。・・・・・君を、愛させてくれ。」

 鷹矢はかすれた声でそう言うと、いきなりむさぼるように激しく私にくちづけた。
 蜜のようにとろけそうな、甘いキス。
 
 うっとりと陶酔して彼に身をゆだねそうになったその時、さっき聞いたゆりの言葉が頭に鳴り響いた。

「愛莉ったら、鷹矢のことが好きなんでしょ?隠してもだめよ。バレバレだもの。
 でもね、残念でした。彼には、もうずっと昔から好きな人がいるの。
 ほら見て、あの人よ。すごーく、綺麗な人でしょ。
 彼女は、すでに結婚していて・・・・だから鷹矢は、報われない恋のために、たくさんの女性と遊び歩いてるの。
 もし鷹矢が気まぐれで愛莉に手を出すことがあったとしても、本気にしちゃだめよ」

 その言葉とともに、さっき見た光景が頭に甦る。
 泣きじゃくる美しい女性を、優しく抱き締める鷹矢の後姿ーーーー。
 
「離して・・・やめてよっ!!」

 私は、思いきり力を込めて身をよじった。
 彼の力がゆるんだ隙に、手のひらで彼の頬を思いっ切りひっぱたいた。

 涙が目にこみ上げてきて、頬を後から後から伝う。

 好きな人がいるのに、どうして私にキスするの?
 どうして愛してるなんて言うの?
 私があなたのことを好きだと気づいて、からかってるの?
 
「あなたのことなんか・・・・これっぽっちも好きじゃない。
 もうこんなこと、二度としないで」

 鷹矢が息を呑む気配がして、しばらくの間、あたりを沈黙が支配した。
 
「わかった・・・・。君の気持ちはよくわかったよ」

 次の瞬間 、鷹矢は素早く背を向けて立ち去った。
 私はこぶしをぎゅっと握り締めて、すぐにでも彼を追いかけて、今の言葉を取り消したいとう気持ちを必死で戦った。

 これで、いい。
 だって、彼のことがこんなにも好きなのに、一時の戯れの恋の相手になんかなれない。

 彼のことはもう忘れよう。
 もともと、叶わぬ恋だったんだから、 これで踏ん切りがついてよかった。
 彼の軽い遊びの相手になんてならなくてよかったのよ、きっと・・・・。




 ーーーーそうして私は、バレエ留学のためにパリに旅立った。

 鷹矢が19才の誕生日を迎えた初夏の夜、私はまだ16才だった。
 




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