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銀城学園物語
作:佐乃海テル



4


「本日の生徒会を始めます。礼」
「えーと、まず今日は……」


 カナメは次の言葉を言うのに、躊躇してしまわずにはいられなかった。
「今日、は?」
 よりによって神山がせかしてくる。これも生徒会長になった因果、カナメはそう思って口を開いた。
「先日、神山さんに対する罷免署名が行われました。第一点はその結果の発表です」
 皆が同様に息を飲む。
「結果は規定数に満たなかったため、棄却となりました」
 生徒会室はざわつき始めた。署名しなかった馬鹿はどいつだ、と言わんばかりの誰もが同じ焦りの表情を浮かべ、神山だけが余裕の笑みを浮かべる。
 その焦りの中でも一際目立つのは水川だった。焦りを通り越して憂鬱な顔をしていた。


「(不憫だが、神山が任期前に生徒会を去ることは無いだろう)」
 することをしないと生徒会を離れられない――彼女は確かにカナメにそう言った。それは決意とも取れるが執念とも呼べるものだった。
 そのすること、というのはカナメにも分からない。当然だが神山以外知らないのだ。しかしカナメの予感に、そのすることが終わったときに気がつくのではないか、というものが芽生えてきた。
 カナメの予感は昔から、良くも悪くも当たってしまうのだ。


「第二点は、今週再試験実施した遅刻監視員制度についてですが」
 カナメは水川に向き直り、
「皆さんから見た今回の効果はいかがだったでしょうか」
 と言った。
 すると水川は不機嫌そうにも
「罰掃除には皆参加していました。神山さんの個人面談の効果は否めません」
 と答えた。
「ありがとうございます」
 神山が形式的な礼をする。
「じゃあこの案は通して構いませんね」
 カナメの提議に反対できるものは一人もいなかった。


 生徒会が終わった後、持ち帰らなければいけないものがあったカナメは自分の教室に向かった。するとそこには放課後練を終えて、テニスラケットをしまっている山岸がいた。
「よう」
 カナメは山岸と反対方向のロッカーを見ながら言った。すると山岸は当然の質問を繰り出してきた。
「神山の署名は、どうだった」
 ロッカーからゆっくりと水彩画セットを取り出すと、黒板側に立っている山岸を初めてしっかりと見つめ、答えた。
「神山は今日の生徒会に最後まで出席していたよ」
「そうか」
 山岸はそんなに驚いた様子も見せなかった。
「あっさりしているな、お前は」
 カナメは続ける。
「もう少し、悔しがったり、怒りを噴出させたってよかろう」
「なんかさ、もうあいつに何も及ばないんだよね」
「ん。どういうことだ」
 カナメも同じように、最近感じてきたそのこと。
「だいたいさ、署名でクビが確定しちゃうような人が、あんな絶対的な自信持たないんだよね」
「そうだな。あの自信はどこから来るのやら」
 カナメでさえも語尾には笑いを含んでいた。
「三条、まあ俺の署名活動は失敗に終わったことはどうでもいいんだ。それは別に予想できていないかったことでもないし、さっきから言っているように逆にそうだろうなと思っていた」
「何が問題なんだ」
「問題と言うか、三条は神山が怖くないのか?」
「え」
 カナメの驚きをよそに、山岸はまだ続ける。
「神山はこれからどれだけの人を不幸にするんだ? いや」
 少し間を空けた。
「どれだけの人に復讐をするんだ? この復讐劇はいつまで続くんだ?」
「……」
「答えてくれよ、生徒会長。俺はそれが分からないとたまらなく不安なんだ。自分が傷つけられたのは一向に構わん。でもこんな怖いことがいつまで続くんだ?」
「まあ、待て」
 カナメの頭の整理はまだ付いていなかった。
「復讐ってなんだ」
 そこから考え直す必要があった。
「中学のこと、思い出せるか?」
 山岸は聞いた。


 冬、暖房がシューッと音をならし、湯の入ったやかんまでもが生徒に混じって白い息を吐く、中3の教室。それ以外に響く音は鉛筆の音のみの中3の教室。
「いよいよ追い込みだ。心してかかれ」
 こんなに頑張ったって学区内に入っている高校などほとんどが県立高校、東西南北のどこの方向に向かうかの違いだろう、誰しも思っていながらも中学の持つ重い歴史に逆らう者はいなかった。教員の叱咤激励が時々ぶつかる教室。
 こんな中に若者が閉じ込められていては、ストレスもたまる。その矛先は矛に一番合う人間が選ばれる。
「んだよ、神山、また泣くのかよ」
 上履きが無くなったり、教科書が破られていたり、学級委員である三条カナメも見過ごしてはいなかったが、教員に言っても
「まあ、今は追い込みの時期だから、みんな焦っているんだろう、大目に見てやれ」
 と言われるだけであった。
 ある日、神山が女子からも嫌がらせを受けていたとき、教員に報告しにいったカナメはいつも通りのことを言って逃げるばかりだった。
「じゃあ先生」
「うん?」
「受験が終わったら解決してくれるんですか。受験が終わったらすぐ卒業なんですよ? 中学もまともに過ごせず、高校でもやっていけると思いますか。高校まで先生が面倒見るんですか」
「まあ、待て三条」
「『受験』っていう言葉は難しい問題から逃げるための魔法の呪文なんですか? 何か面倒なことがあると、『受験』、『受験』って言えばいいんですか。僕らの模範である先生がそういう逃げ方をしているなんて、とても情けないです」
「だいたい、お前は成績もいいんだから、そんな余計なことを考えなくても」
「どこが余計なんですか」
「まあ、いい。今日は早く帰れ」
 この日も一方的に、話を打ち切られてしまった。負けた。カナメは唇をかみしめる。


 それから1ヶ月が経った。とうとう神山が学校に来なくなって半月が経っていた。
「あいつがいなくなって、つまんねえな」
 クラスのあちこちから聞こえるその言葉は、神山に向けられた同情の言葉では決して無い。まるで、近くのゲームセンターが潰れたかのような口調。


 カナメの帰り道、その中の必ず通る道に神山家はある。1日2回、そこを通るたびに胸が苦しくなる。
 ある日カナメは勇気を出してインターフォンを押した。少しでも多く神山と話してみようと。応答した母親は暖かく出迎えてくれたが、当の神山は暗い顔をしている。
「神山」
「……」
「お前はどこの高校に行きたいんだ」
「……」
「お、俺は銀学だ」
 空しいヒトリゴトになっていることは自覚していた。でも止めたらいけない、止まってしまう。口を動かし続けることだけに必死になっていた。
「銀学は、さ、何ていうんだろう、自由な校風らしいんだよね」
「そう」
 ほんの少しの応答が返ってきた。この言葉がこのときのカナメにとってどんなに嬉しい響きだったか、考えることは想像に難くない。それからも銀学の魅力を、カナメは神山に語っていた。
「あー、俺ばっかり話してごめんね。本当に志望校無いのか」
「無かった」
 神山の過去形の言葉。次の言葉を早く聞きたい、とうずうずするカナメ。
「銀学、行きたいわ。わざわざ私の様子を伺ってくれる三条くんのおすすめなら、間違いないわ」
 初めて笑顔を浮かべてくれた。その時の笑顔はとても素朴で心安らぐものだった。
「そうか! じゃあ一緒に頑張ろうぜ」
 神山は強く、うなずいた。


 それからの神山の中学生活は劇的に変化した。いや、カナメが劇的に変化させた。
 学級委員というキャラクターでありながらも、いじめの主犯格だった、男子組の山岸、伊藤、女子組の姉星、涼姫、春村とは仲が良かったカナメはどうにか説得をした。彼らもカナメに対しては
「そこまで頑張ったなら、邪魔するのは悪いな」
のような感じで同意してくれた。


「そうだな」
 山岸はうなずいた。
「で、今だ」
「今……」
「俺、伊藤、姉星、涼姫、春村」
「主犯格だった奴らだな」
「あの神山の顔は俺らに向けた復讐に違いない」
「まだお前だけではなんとも言えないが、可能性は認めよう」
「どいつだって、生活態度で突けるところがある」
「確かに」
 山岸は遅刻、伊藤は恐喝、姉星はバイト、涼姫は乱れた服装、春村に至ってはサボり。
「で、頼みだ三条。俺の罪は認める。もう少しの罰ぐらいなら覚悟する。だからお前にこそ、頼む。あとの4人が……もし危険に冒されそうになったら守ってやってくれないか」
「ん」
「生徒会長でかつ、神山にとって恩人の、お前にしか出来ないんだ」
 山岸の目から普段のちゃらんぽらんは抜けていた。その目をじっと見つめて
「わかった。もしそうなったら約束しよう」
 カナメは約束を結んだ。


 神山は帰り道、コンビニに寄っていた。もちろん副会長たるもの寄り道では決してなかった。
 外で一息ついている女性のアルバイト店員がいる。店員の制服の下に着ているのは銀学の指定セーター。神山はゆっくり、ゆっくり彼女に近づいた。
「姉星さんかしら?」
「え?」


あんまり神山大暴れしませんでしたね。
次回こそは!

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