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灰王忌譚

作者:青い鴉
 王子は生まれながらに灰色の目をしていた。それは死を暗示するものであった。十二歳になったとき、彼は自分が触れた者が皆一年以内に死んでしまうことに気付いた。賢者たちはその事実を知っていた。知っていて、言わなかった。彼はそのことを非難し、自ら望んで、一人国の外れにある塔の中に幽閉された。
 灰色の修道着に身を包み、フードを深く被って、彼は孤独に耐えた。己の死の力の前では、人は誰もが無力であると考えるに至った。友人を持つことは罪であった。恋人を得ることは咎であった。そうして彼は諦観の中で若者になった。彼がどれほどの好奇心を握り潰し、苦難苦悩と共に育ったかは、万の言葉を駆使してもあらわすことは叶わぬであろう。

 さて、ここにマーヴィンという髪を束ねた魔法使いが登場する。この魔法使いは変わり者で、ある男と共に各地を旅しながら己の研究を――主に気候に関するものである――続けているのである。ポニーテールにしているために女性に見間違われることもあるが、れっきとした男性である。それが風の便りに、不幸な王子の話を聞いた。
「なんでも、その王子は灰王と呼ばれているそうですよ。触れた者の命の火を、たちまち燃え尽きさせてしまうためだそうです」
 そして、それを連れのジンという黒髪の男に語って聞かせた。それはほんの世間話のようなつもりであった。
 ジン・ジスターは、マーヴィウス・ジスターの話を最後まで聞いて言った。彼らの名字はなぜか同じなのである。出身地は違うが、元は同じ氏族だったのかもしれない。
「そいつは大問題だな」そう言う時のジンは、決まって、大計画をすべて立て終えてしまっているというのが、マーヴィンの見解であった。思えば長い付き合いである。
「大問題だからといってどうするんです。死の国に行って、どくろの伴侶を見つけてきますか。異国の姫と文通でもして、心臓を交換でもするつもりですか。私達にできる手助けなど、たかが知れています。変な気を起こすものではありませんよ」
 だがジンは、やると決めたら絶対にやってしまう男であった。マーヴィンはそのことが頭では分かっていても、口に出して注意する性質なのである。

 エルフの森は静かだった。来訪者を歓迎することもなければ、案内することもない。排除することも、撃退することもしない。ただ、異邦人が迷うのを待つだけであった。
 しかしジンは迷子にならないよう、アリアドネの糸巻きを持って出かけた。この糸は細くしなやかで、決して切れることが無く、自らが歩いてきた道を逆に辿って森を抜けだす術を、ジンとマーヴィンに与えていた。
「エルフの姫君にお伝えしたい。姫君にうってつけの、良い縁談があるのだ」ジンは朗々とした声で訴えた。答えは返ってこなかったが。
「国の外れにある塔に、灰王と呼ばれる王子がいる。その叡智は幾万の図書にも勝り、その機転は若い雄猫のそれにも劣らない。この言葉が嘘でないと思うのなら、使いの者を送り、確かめてみるがいい」答えは返ってこなかった。だがジンは次々と名文句を謳い上げた。
「ああ、俺が女だったなら、嫉妬の炎に焼かれ、こんな良い話は持ってこなかったであろう。もしこの縁談をふいにしたのなら、エルフは千年どころではなく、億年悔やむことになるだろう。誓って言おう。これは本当に良い話なのだ。ぜひ行って、お確かめ願いたい」
 ジンはそこまで言ってのけた。マーヴィンは思った。ジンに嘘をつかせたら、右に出る者などいないであろうと。

 それから数日後、国の外れにある塔に、一人の来客があった。緑の修道着に身を包み、フードを深く被って、彼女は塔の中にいる王子に声を掛けた。
「灰王様。私はあなたのために金の皿と、銀の皿を持って参りました」
 すると灰王は驚いて言った。
「あなたは誰ですか。なぜ僕を試すようなことを言うのです。僕は既に木の皿を持っております。僕がスープを飲むには、これで十分なのです。どうかその皿は、誰か貧しい人のために使ってやってください」
 そこで来客は、再び言った。
「灰王様。私はあなたのために千億の剣と、千億の盾を持って参りました」
 すると灰王は考えて言った。
「あなたは誰ですか。なぜ僕に剣と盾が要るというのです。僕は望んでここにいるのです。その剣と盾は、どうか王国の民を千年守るために使ってください」
 そこで来客は、再び言った。
「灰王様。私はあなたのために弓を射ることができます。キジでも大鹿でも、思うがまま。あなたのために狩りの獲物を捧げることができます」
 すると灰王は怒って言った。
「あなたは誰ですか。なぜ僕のために生き物を殺すというのです。ああ、知らぬとはいえ、僕は確かに多くの命を奪いました。そのことを思い出すと、僕は悲しくなるのです。どうか僕のことは放っておいてください!」
 そしてそのあと、灰王は慌てて付け加えた。
「お嬢さん。美しい声を聴かせてくれてありがとう。あなたの声を覚えておき、一生の宝にしましょう。けれども僕は人とは結ばれぬ定めなのです。これ以上は辛くなるばかりです。どうか――」
 そこで彼女はフードを取ってはっきりと言った。
「汝、聞きしにまさる知恵者なれば、我の婿として取ることにいたそう」
 その声は、まるで異国の姫君のような、これまでとは全く違う声色であった。
「ええと、ひらたくいうと、私と結婚しましょう。人の王子よ。あなたはエルフによって選ばれたのですから」

 ジンとマーヴィンは城の中での晩餐会に呼ばれていた。国民も旅人も、商人も乞食も、国じゅうの者が、王子の婚礼の儀を祝っていた。尤も――王子の席は空白である。彼はエルフの森に、婿に行ったのだ。それはなんとも不思議な光景であった。
「私たちに挨拶も無しに結婚とは、エルフも手が早いですね」マーヴィンは言った。
「俺の宣伝が良かったのさ」ジンは自画自賛した。
 燭台のろうそくは夜を昼のように照らし、皆大いにワインを飲み、大いに古い歌を歌い、大いにダンスを踊った。まさに豪華絢爛という言葉は、このとき使うために取っておかれたような次第であった。一人が「灰王様に乾杯!」と叫んだ。全ての者が、グラスを掲げて言った。「乾杯!乾杯!エルフの婿殿に!灰王様に乾杯!」
 そしてこの国では、もはや誰も灰王のことを気味悪く言う者はいなかった。

 御伽噺の最後は一つ。王子と王女は末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。

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