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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第24話 シナプスは誰に会いたがっていますか?


 イマジナリー・フレンドが完成して何ヶ月経ったのか。
 修一は忘れてしまった。

 だが、思い出したこともある。

 ――千葉君。美紀以外に人を好きになったこと、ないの?

「……なんだよ、好きとか」

 そのことだけを考え続けた挙げ句、修一にとって現実の時間は意味を成さなくなった。
 周囲で着々と【イマフレ・遊園地計画】が進んでいても、それはまったく意味のないことだった。

「こんにちは」

 ノックと共に姿を現したのは、組み立てで大忙しのはずのネジ助。
 不審者のように開発部を見渡し、修一以外に人がいないことを確認している。

「誰もいないですよ」

 それでもネジ助は警戒を解かず挙動不審だった。

「あの、これ」

 差し出されたのは1本のメモリースティック。
 だがそれだけで、ふたりの意思疎通は十分だった。

「マジで?」

「はい」

 修一は受け取るや否やスロットに差し込んだ。

「ッ――」

「わかっていただけますよね、千葉サンなら」

 それは以前、ネジ助が言っていたロボットに人の動きを再現させるためのアルゴリズム。
 その数式の数々に修一は目を奪われた。

「目からウロコだわ……これ、自作です?」

「はい」

「完成してますね、完全に」

「ええ、完全に」

 ふたりは不敵な笑みを交わす。

「オレに見せていいんですか?」

「私にはこれが限界ですから」

「じゃあ……これを見てもらえますか」

 それに応えたかったのか、修一は自分のフォルダーの中身を開いた。

「おぉぉ! これは――」

 ネジ助が思わず歓喜の声を上げたのは、【イマ・フレ】キャッツ&ドッグスとはまったく互換性のないプログラムに対してだった。

「ネジ助さん。例えばですけど」

「なんでしょう、千葉サン」

 修一は椅子を引いて、真顔でネジ助と向き合った。

「ネジ助さんならこれで、誰に会いたいですか?」

 ネジ助は神経質そうに、クイッとメガネを指で押し上げる。

「誰にも言わないですか?」

 クイッ、と修一も自分のメガネを押し上げる。

「言いません」
「絶対に?」
「絶対に」
「神に誓って?」
「アイ・スウェア」

「早瀬美沙です」

 ふたりの間に沈黙が走る。

「誰です?」

「エリート士官コースで統合軍に入った女性中尉です。もう、30年も前の話ですが」

「……なるほど」

 修一には誰かサッパリ想像がつかない。

「千葉サンは?」

 その問いは当然だった。

「誰にも言わないですか?」
「アイ・スウェア」

「七木田美紀です」

 ふたりの間に沈黙が走る。

「誰です?」

「え?」

 ネジ助は女性社員にはまったく興味がないらしい。

「短大卒業してタカギ製作所に入った女性事務職員です。まだ、3年前の話ですが」

「……なるほど」

 ふふっ、とふたりは笑いながら視線を交わす。
 これ以上の会話は不要だった。

 無言で開発部を出て行くネジ助の背に、修一は声をかける。

「ネジさん」

 無意識のうちに、修一はネジ助をそう呼んだ。

「なんです?」

「汎用に落とす前のプログラム、ネジさんにあげます。使って下さい」

 くるっ、と振り向いたネジ助は敬礼していた。

「ありがとう、修さん」

 その目に光る涙に、修一も敬礼を返した。

 改めてネジ助のアルゴリズムをモニターで眺めみる。

 始めて美紀と出会った合コンの日が数分前のことのようにフラッシュバックした。
 その鮮明な極彩色の映像に襲われるたび、修一は身震いしながら冷や汗を流す。
 これを消し去るためには、どうしてもイマ・フレの【ヒューマン】が必要なのだ。

 ――海の近くに観覧車があるんだって。乗ろうよ

 残酷に、冷徹に、耳元で囁くような美紀の声がはっきりと聞こえる。

 ぎゅっと目を閉じ、修一は意識を集中した。
 魂が首の付け根から引き抜かれていくのを、なんとしてでも拒まなければならない。

 ――ねぇ修ちゃん。後であの灯台まで行ってみない?

 呼吸が速くなり、キータッチが乱れてエラーが頻発する。

 ――修ちゃんは、その……やっぱ彼女とかいると、めんどくさいカンジ?

 その声にはもう、現実との境界線がない。

 ――修ちゃんにとって、あたしってなに?

 深夜の工場内でぽつりと灯った明かりの中、哲子の抽出した脳波データの解析とプログラムを叩き続ける。

 ――やっぱりだめだな、あたし。

 激しく首を振り、蠢くその言葉を追い出す。

 ――さよなら。

 修一の指は意志を持った生き物のように、それぞれが勝手にキーボードの上を這いずり回った。

『千葉君。美紀以外に人を好きになったこと、ないの?』

「――そうだよッ!」

 思わず修一は握りしめた拳で最後のリターンキーを叩くと、キーボードが歪んで幾つかのキートップが弾け飛んだ。
 荒い呼吸もそのままに、修一は呆然と点滅するカーソルの向こう側を眺める。

 そこにはネジ助のおかげで完成した、イマジナリー・フレンド【ヒューマン】の文字列がモニターを覆い尽くしていた。

「終わった……?」

 修一は席を立ち、曇ったステンレスの流し台でお茶を煎れた。
 最後に物を口にしてから、実に18時間ぶりのことだった。

 わずかに背伸びをして窓の外を眺めると、そこにはいつもと変わらない西日が差し込んでいる。
 昼夜の区別が曖昧になっていたここ数週間では、久しぶりの夕日だ。

 修一は軋む体のあちこちを回しながら冷蔵庫を開けた。
 哲子が買い置きしてくれていたものは、すべてなくなっている。

 ゆっくりと開発部のドアを開けると、季節が修一を忘れ去っていたことを告げていた。

「寒いな」

 久しぶりに歩いた工場内は活気に満ちている。

 みんな額に汗を流して必死にラインを流していた。
 金型も旋盤も組み立ても、一心不乱に稼働している。
 ぼんやりと歩いた向こう側では、てきぱきと組み立てラインで指示を出すネジ助が見えた。

 声をかけるのを修一がためらっていると、ネジ助の方が修一に気づいて立ち上がった。

「修さん!」

 その顔は不安に満ちている。

「ネジさん」

 修一はネジ助に、万感の思いを込めて敬礼をした。
 その姿を見たネジ助が、全身全霊の敬礼を返す。
 このふたりに、言葉は無粋だった。

 修一は社食の自販機で買ったペットボトルを口にくわえたまま開発部に戻っていった。
 それは傾けると冷えた炭酸を泡立たせ、短い気勢を上げては抜けていく。

 絞り尽くされた修一の中には、もうなにも残っていない。

 ただ1つの願いを除いて。

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