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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第23話 カノジョの仕事


 重い足取りで、美紀は開発部に向かった。

 絵里子がどういう意図で用事を頼んだのか、今ひとつスッキリしない。
 修一と話でもする機会をくれたつもりなのだろうか。

 それ以前に、この話を修一に持っていくこと自体にも抵抗があった。
 この企画には、どう考えても修一の協力が必要だ。
 しかしそれが修一に無意識の苦痛を強いることは間違いない。

 大学の研究室でもそうだった。
 それは今でも変わっていない。

 修一は永遠に、そうやって生きていくしかないのだろうか。


「こんにちは」


 恐る恐る開発部のドアを開け、美紀は室内を見渡した。
 できれば哲子の笑顔で迎えられたい。

「あの、事務の七木田ですけど――」

 それを見て美紀はぎょっとした。

 開発部には修一がひとり、時間と空間の軸から1つずれて漂っていた。
 それは取り残されたというより、自らの意志で渦から抜け出た感じ。
 モニターをチラ見しながら、ただ黙々とプログラムを打ち続けている。

 だが人としての存在感がない。

 正確には、生きている人間の気配や空気の動きが感じられないのだ。
 まるで修一自体がモニターやキーボードと同様、システムの周辺機器にでもなったような錯覚に陥る。

 聞いた話によると、修一の生活リズムは周囲とずれて昼夜が逆転しているらしい。
 哲子までもが毎日をキャッツ&ドッグスの生産に駆り出されていたこともあり、寮に戻らない修一をとがめる者はいなかった。
 むしろそれは新たな商品を完成させるために必要なことだとすら、皆は勝手に納得している。

 だが美紀はこの姿を見て、それが特別扱いという名の放置だと思えてならなかった。

「修……ちゃん?」

 修一の返事はない。
 入ってきたことに気づきもせず、修一はモニターの前に座ってキーボードの両手を滑るように動かし続けていた。

「こんにちは!」

 ようやく修一は気づいて振り向いた。

「なッ――」

 その表情は驚きに青ざめているだけではない。
 生き物本来が持つ生気が抜け落ちていると表現するのが適切だ。

「大丈夫?」

 そのまましばらく修一は動かなくなってしまった。
 呼吸すら怪しい。
 返事もなく、修一を取り囲む時間と空間だけが止まっている。

「修ちゃん!」

 再び修一の時間が戻って来た。

「……悪ぃ」

「具合、悪いの? まるで――」

 まるで昔みたい、という言葉を美紀は飲み込んだ。

「どしたの」

 美紀は言葉に詰まる。
 これ以上の負荷が修一にかかれば、どうなるものか。

 しかし自分は今、チームのメッセンジャーでしかない。
 ましてや修一の彼女でもない。
 なんでもないよ、と帰る訳にはいかなかった。

「実はその、イマ・フレのチームで考えてる企画があって、会長とか忙しくてあたしが伝えに来たんだけど……」

「へぇ。どんな話になってんの?」

 明らかに修一は蚊帳の外だ。
 というより、自らすすんで距離を置いているのか。
 そんな修一にこれ以上を求めるのは、人としてなにか間違っていると美紀は感じた。

「やっぱり、修ちゃんの負担になるよ。みんなに話して、また今度にしてもらうから」

「いいから」

 修一は口元だけの弱々しい笑みを浮かべる。

「……じゃあ」

 仕方なく【イマフレ・遊園地計画】を簡単に伝えてみると、意外にも修一はあっさりとしていた。

「明後日まで、かな」

「え?」

「花火やオーロラのイメージは、今の哲子さんなら簡単に抽出できる。オレがその間にモーション・サポートを作るだけだし」

「ちょっと、明後日って。あたし器械のことは全然わかんないけど、それは無茶なんじゃない?」

「大丈夫、オレなら大丈夫」

 それはなにかを言い聞かせているようだ。

「そんな無理しないで。もうちょっと後にしてもらおうよ」

「いいから。そんなのさっさと終わらせて――」


「まだ、なにか作ってんの?」


 修一は美紀から視線をそらし、床の1点を凝視して凍り付いた。

「修ちゃん、修ちゃんてば!」

「え? いや、別に……」

「別にって顔じゃないし」

「じゃ、そういうことで」

 修一は美紀を直視しないまま、モニターに向き直ってしまう。

「修ちゃん……もしかしてこの前、絵里子さんとなんかあった?」

 よそよそしい態度に、思わず美紀は口走ってしまった。


「は!? ねぇよ! あるわけねぇじゃん!」


 いつになく感情的な修一の反応が美紀の不安を煽る。

「なんでそんな怒るワケ?」

「……別に」

 それきり、修一は背を向けてキーボードを叩き始めた。
 開発部の中には、ただ無機質で軽い連続音だけが埋め尽くしていく。
 もう、修一にかける言葉はない。

 ドアをゆっくりと後ろ手に閉め、美紀は開発部を出た。
 途端に、大きな溜め息が漏れ出す。

「七木田さん?」

 大きなコンビニ袋を手にした哲子が歩いて来た。

「て、哲子さん」

 ここでもまた、美紀の内側にチクリと針が刺さる。

「どうしたの、こんなところまで……って私また、なんかやらかした系?」
「違いますよ。ちょっと修ちゃんに伝言があって」
「なんだ、そうか」
「今からお昼ですか?」
「これは修っぴの分」

 広げて見せた中身は甘そうなジュース、缶コーヒー、棒状の高カロリーなチョコにみそ汁のカップだ。

「なにこれ……」

「またなんか修っぴが一生懸命やってんだけど、いつもああなると寝ないし食べないし大変なのよ。だからせめてジュースとか甘い物は食べさせとかなきゃ、マジで死ぬし。
あと、味噌汁も忘れずに。まぁワカメは嫌いだアサリは嫌いだと、うるさいこと貴族の如しだけど。よく考えたらこんなの、カノジョの仕事だっつーの」

 修一を理解し、全力でサポートしている哲子。それは相棒というよりは彼女と呼ぶに相応しいだろう。

「哲子さん」

「なによ改まって」

「修ちゃんのこと、お願いしますね」

 美紀はなにも出来ない自分がもどかしかった。


「な、七木田さん! 私――」


 振り返ると、コンビニ袋を手にした哲子が見つめている。
 その瞳は、まばたきすらしない。


「――私は、七木田さんが修っぴの彼女だったらいいと思う!」
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