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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第22話 幻想の遊園地計画

 第3ロットが完売した頃。
 購入のきっかけが修一の動画、という以外の層にも【イマ・フレ】は訴求し始めていた。

 それは20代から30代が中心だったが、まずペット愛好家が食いついた。
 中にはペットを飼いたいが飼えない住宅事情や生活様式、あるいは動物アレルギーのある者が購入しているケースもアンケートから判明した。
 そしてそれらのクチコミから、販路は次第に新し物好きの家電マニアへと広がった。

 その楽しみ方は千差万別。

 1つのデータを容量の許す限り緻密に追記し続け、究極の1匹を創造する職人もいた。
 彼らは毛並みの揺れ方から光の反射具合、潤んだ瞳の色合いから長く伸びた舌先の唾液まで、目を閉じて瞑想し追記を続けた。

 またある者は猫、気分によっては犬と状況によって都合良くイメージを変更した。
 子犬のまま大きくならないその愛らしい姿。
 糞尿もなく無味無臭で鳴き声のないキャッツ&ドッグスは、決して彼らをご都合主義の非博愛者とは蔑まなかった。

 お題を出し合い、それに沿った犬猫をイメージ抽出できるかといった遊び。
 あるいは友達同士や恋人同士で1台を共有し、理想のペットを描き出すという使い方もされていた。

 ふさふさした毛並みのポメラニアンは、まさに泣く子も黙る愛玩動物。
 幼稚園や保育園でも情操教育として積極的に利用が進み、老人ホームでの慰問には陳腐な手品やカラオケ大会よりもずいぶんと好評らしかった。

 ネット上では次々と鮮やかな毛色のイマ・フレ犬を競い合うサイトや、複数の犬種を重ね合わせてオリジナルのイマ・フレを披露するサイトが乱立した。

 それをマスコミが取り上げたため、慎之介は朝のワイドショーに出るはめになった。

 最初の売り込みでは面会も得られなかった三大玩具メーカーからも、手のひらを返したように連絡が入る。
 だがそのほとんどは業務提携という名で技術提供を求めるもの。当然、慎之介は頑として断り続けていた。

 従業員の誰もが毎日をめまぐるしく駆け抜け、世界に先駆けた夢の器械を作り続けた。もはやタカギ製作所は、どこにでもある無名の町工場ではない。

 夢の町工場「株式会社イマジナリー・フレンド製作所」になったのだ。

 やがて予想を遙かに上回る需要に、タカギ製作所の供給は完全に追いつかない状態になった。
 増員や設備投資が必要なのは明かだが、利益率がさほど良くないイマジナリー・フレンドの生産販売だけでは、十分な投資資金は得られないのも事実だ。

「困った。如何ともしがたいぞ……」

 慎之介の顔は、いわゆる嬉しい悲鳴とは違う。
 最近では業務に追われ、イマジナリー・フレンドの面々は事務棟に集まることが多くなっていた。

 沈痛な表情を浮かべる慎之介に、工場長の乾が追い打ちをかける。

「会長。売れて大人気はウチとしても大歓迎なんですが、正直なところ職人たちが限界に来てます」

「かなり厳しいか? 健さん」

 慎之介の表情は哀願に近い。

「限界です。今は月産1500ですが、これ以上は人員的にも設備的にも無理です。そもそもパーツの種類や形状からして、オートメーションが無理なんですから」

 横でコーラを飲んでいた田所が首をかしげながら腹を叩く。

「慎さん。俺ぁ、金勘定はよくわかんねぇんだが生産・完売でなにがいけねぇんだ?」

「それがターさん、そうもいかんのじゃよ。ぶっちゃけた話、月産1500台で利益は出ておる。じゃがな、それに甘んじていると次の波が来た時に乗りきれんじゃろう」

「波?」

「そうじゃ。このキャッツ&ドッグスかて、所詮は一時の流行りに過ぎん。何十年も売れ続けるわけじゃなかろうし、半年もすれば忘れられるかもしれん。その前に、大手の企業が黙っちゃいない。この波が消えた時、体力つまりは十分な資金が蓄えられていなければ、その次にやってくる波には乗れんじゃろう。なんといってもわしらは、今まで受けていた下請けの受注をすべて断ってしまっとるからな」

「まぁ、退路なんか残っちゃいねぇよな」

 乾は工場のラインを管理する立場上、慎之介の言葉が気になって仕方ない様子だ。

「会長。次ってのはいったい、なにを考えておられるんです?」

「修ちゃんが今、没頭しとるものじゃ」

「千葉が?」

 その場の全員が、最近さっぱり見かけなくなった修一を思い浮かべる。

「あれ以来、あの子とはじっくり話す機会もなかった。しかし恐らく、これでは満足しておるまい。わしの予想が正しければ恐らく、次に考えとるのは犬猫ではなく――」

 ゲップ1つ、田所が核心を突いた。


「人間、じゃねぇのか?」


「うむ。それが完成すれば、下は小中学生から上は年金生活者にまで購買層は広がるじゃろう。なんたって、自分の【理想の人間】が浮かび上がってくるわけじゃからな」

「まぁ結局コイツは内輪ウケ、究極のひとり遊びに行き着くよな」

「その時、我がタカギ製作所の真価が問われる。目の前に来た波に乗れないようでは、キャッツ&ドッグスの黒字分はすぐに食いつぶされるじゃろう。そしてわしらは路頭に迷う。従業員とその家族共々な」

「でも会長。あのキャッツ&ドッグスの精巧な作り、他の玩具メーカーじゃ量産できないと思いますし、特許と登録商標も合わせればウチの独壇場じゃ――」

 慎之介は乾の言葉を断ち切る。

「健さん。自分らが一番だと思うとると、すぐに痛い目に合うぞ」

 田所は思いきり背伸びをして呻いた。

「後から来たのに追い越され、ってやつだな。で、慎さん。俺たちゃあ、どうすりゃいいんだよ。人も設備も増やしたい。でも金はないし借しちゃもらえねぇ。数売ろうにも人も設備も限界と来た」

 慎之介は絵里子に煎れてもらったお茶をすすった。

「元手はかからんが利益がある程度出る。なにか、そういった類の物が必要じゃな」

「なんだか、うさんくせぇな。壺でも売ろうってのかよ」

 田所は怪訝そうに鼻毛を抜いている。

「キャッツ&ドッグス関連グッズとか、そういった物ですか?」
「いや健さん。グッズといっても、イマ・フレ自体にキャラクターがあるわけじゃないからの」
「じゃあカラーバリエーションとか限定版で単価上げますか?」
「そういうあこぎな商売が嫌いなの、健さんも知っとろう」
「す、すみません……つい」

 お茶を煎れ終えてお盆を抱える絵里子の声に、3人が一斉に振り返った。

「ダウンロード・コンテンツとかどうですか? 会長」

「なにコント?」

 絵里子は散らかった机の上を片付けながら淡々と語った。

「要は購入してもらった人たちに向けて、ソフトウェアのデータだけを提供するんですよ」

 職人気質の3人には、今ひとつイメージできない。

「ターさん、わかる?」

「俺に聞くなよ。わかるわけねぇだろ」

 絵里子はため息をついてお盆をテーブルの上に置いた。

「ほんっとに、みんなアナログですよね。例えば今のイマ・フレは犬猫限定ですけど、鳥やウサギのデータも1000円とかでダウンロードできるようにしたらどうですか、ってことですよ」

 最初にうなずいたのは乾だった。

「なるほど。本体とシステムはもう手元にあるわけだから、後はデータの追加分だけを売るってことだな?」

「まぁそんな感じですね。今はスマホもゲーム機も、みんなこのシステムですよ。後はウサギでもヤギでも、数を増やせばいいだけですから」

「確かに絵里子さんの言うことは一理ある。家庭用ゲーム機の値段設定はそもそも逆ザヤだけど、ソフトの販売で回収するって聞いたことがあります。それだと本体生産ラインに負荷をかけずに、利益だけはあがりますよ」

 乾の鼻息は少し荒い。

 しかし慎之介は渋い顔で、ぬるくなったお茶を飲み干した。

「健さん。工場長の立場はよくわかるが、それには賛成できん」

「しかし会長」

 慎之介は首を振った。

「つまらんな、そんな物の売り方。夢がなさ過ぎやせんか?」

 ビジネス的な話を突き詰めていくと、夢のある物作りという根底が揺らいでしまう。

「そう、でしたね」

「わしらは職人じゃ。そんな形で金儲けがしたいんじゃない。だいたい生産ラインに負荷はかからんじゃろうが、大事な人間を忘れちゃおらんか? 肝心なそのデータを作っとる不器用な人間を」

「……結局、あいつに頼るしかないんですかね」

「あの子が1つ生み出すのに、どれほどの苦痛を強いられることか。元データは最小限に抑える必要がある」

 ダウンロードなどと自分が言い出した手前、絵里子は気まずいようだった。

「じゃあ、こういうのはどうでしょう。遊園地とかテーマパークに、大型のイマジナリー・フレンドを置くんです。で、花火とかオーロラとか、思い通りのものが夜空に浮かべられる、ってどうです?」

「遊園地……か。そりゃあ正に、夢のある場所じゃな」

 慎之介はその言葉に好感触だった。

 その表情に、絵里子はほっと胸をなで下ろす。

「それに大型だったら、夜空に告白メッセージとかも出せるじゃないですか」

 田所がニヤニヤしながら口を挟んだ。

「おいおい、ずいぶんロマンチックじゃねぇか」
「歳のわりに、って言いたいんです?」
「誰もそんなこと言ってねぇだろ」

 うんうんと、ひとり慎之介はうなずいている。

「いいじゃないか、絵里ちゃん。そこに行かなきゃ体感できない大型イマジナリー・フレンド。入場者数に応じて、施設側から月契約で利用料をもらえばいい。リースにせよ買い取りにせよ、設置1台当たりの粗利は高いな。うん、いいじゃないか」

 絵里子は夜空に花火や愛の告白の上がる遊園地を思い浮かべ、心躍らせた。

「あ、きれいな花畑が広がるのもいいかも。デートスポットにもなりますよ、きっと」
「お花畑って、おめぇ……」
「なんですか田所さん」
「なんでもねぇ」

 絵里子の乙女アイディアは尽きなかった。

「そして恋人同士が夜空にイメージ通りの花火を上げて、それにメッセージを乗せるんです。時には真夏の雪やオーロラなんてロマンチック過ぎません?」

「すげぇ発想だな」

「で、それらを思い出のご当地限定データとして持ち帰るんです。絶叫マシンの記念写真みたいに」

「よくもまぁ、そんなにポンポンと」

「いいでしょ、言うのはタダなんだから。しかも、ぼっちの人も安心ですよ。イマ・フレのヒト型ができたら、自分が思い描いた理想の恋人とバーチャル・デートができる聖地にもなるんですから」

「おいおい。いくらなんでも、そりゃねぇだろうよ」

「なに言ってんですか。今じゃ携帯ゲーム機でキャラクターとデートするなんて、当たり前なんですからね」

「おめぇ、なんか悲しい生活してんだな」

「わたしじゃありません!」

 ぽんと手を叩いて慎之介が立ち上がった。

「よし! 遊園地への大型イマジナリー・フレンドの設置。名付けて【イマフレ・遊園地計画】じゃな! ちょっと、修ちゃんとこ行って相談してくる」

 それには修一の理解と協力が不可欠だ。

「あ。会長はこの後、取材が入ってますからダメです」

「なんじゃと? じゃあ、絵里ちゃんお願いできるかの」

「わかり――」

 言いかけて、絵里子は不意に振り返った。

「――いえ。私も今日中に銀行周りしなきゃならないんで、美紀にお願いします」

「えっ!?」

 一番驚いたのは、今まで会話の後ろで黙々と請求書処理をしていた美紀本人だった。

「いいでしょ、美紀」

「いや……あたしはイマ・フレのこと、よく知らないですし」

「でも、千葉君のことならよく知ってるでしょ?」

 田所が首をかしげる。

「なんだよ。そりゃ、どういう意味だ?」

「どういう意味だと思います?」

 いたたまれなくなった美紀は、慌てて席を立つ。

「わ、わかりましたから、絵里子さん」


「どういう意味だよ」


 田所の言葉を聞き終わる前に、美紀は事務棟を後にした。

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