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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第21話 恋人同士でもない深夜0時


 絵里子から、修一とふたりで飲みに行くと告げられた夜。

 1Kの自室に戻った美紀は、カバンとコンビニ袋を置くやそのままベッドに転がった。
 額に手を乗せて天井を仰いでみたが、頭にはぼんやりと霧がかかっている。

 月末や決算期の残業は当たり前だったが、イマジナリー・フレンドが完成してから今日までは連日だ。
 さすがに疲れが抜けにくくなっていた。

 いや、今日の疲れはそれだけではない。

 絵里子は今ごろ修一と飲んでいる。

「ま、修ちゃんお酒飲めないんだけどね」

 すべてを捧げてイマジナリー・フレンドを生み出した男、千葉修一。
 その目的は本当に、初めて合コンで出会った日に話した死んだ飼い犬マコーがきっかけだったのか。

 ――じゃそれ、作ってみっか。

 あんな話を、いつまでも真剣に考えてくれていたのか。
 自意識過剰ではないのか。

 美紀はふと、なにもかもが懐かしく思えてきた。
 そのすべてが、決して良い思い出ばかりではないというのに。

 ベッドから重い体を起こすと、無造作に置いたカバンからスマホを取り出した。
 機種変更をしても、どうしても消せないアドレスがある。

「まさか、ね」

 今は同じ職場で働く者同士。
 指先が軽い気持ちでメールをフリックする。

「お疲れ様です。ついにやったね、イマジナリー・フレンド。おめでとう」

 絵里子さんとの飲みはどうだった? とは打たなかった。

「――送信、と」

 驚いたことに、ダメ元で送ったそのアドレスはメールを拒絶しない。
 つまり、まだ契約を解除せず使っているということだ。

「ウソ……修ちゃん、ホントこういうことには無頓着」

 もちろん返事は期待できないが、それで良かった。

 そのまま台所に立ち、美紀は冷蔵庫を開けた。
 豚の細切れと野菜の残りで、食材にはさほど困らない。
 しかしどうにも体が言うことを聞かない。
 予定通りの決断で、コンビニ袋からサンドイッチとおにぎりを取り出した。

 初めから自炊するつもりもなかったくせに。

 タマゴサンドをひと口頬張りながら美紀はスマホを眺める。
 もちろん修一からの返信はない。
 カフェラテでサンドイッチを流し込むと、アドレスに残っていた電話番号を開いた。

「番号も、変わってないのかな」

 なにも期待できないと言いつつ、なにかを期待している自分がいる。

 時計は午前零時を過ぎたところ。
 恋人同士でもないのに、電話をかけるには非常識な時間だ。

 かけるつもりはなかった。
 その一言を漏らすまでは。

「……哲子さんとは、電話とかしてるのかな」

 タッチパネルが敏感すぎるのがいけないのだと、美紀は自分に言い聞かせる。
 押してしまっても、番号がディスプレイに並んでしまう前に切ればいい。
 深夜のよくわからない理屈が理性をねじ伏せる。
 そして案の定、番号が並びきって微弱な呼び出し音が流れても美紀は耳を当てて待った。

「どうしよっかな。修ちゃんお疲れのとこゴメンね。美紀だけど――で、いいか」

 流れ続ける呼び出し音と部屋の静寂。
 不意に恐怖が襲いかかり、美紀は電話を切った。

 込み上げてくるもうひとりの冷静な自分が、ばかな行為をあざ笑う。

「あたしの方から逃げたクセに――」

 スマホを充電器に挿す前に、美紀は珍しく主電源を切った。

 慌ててシャワーを浴びに浴室へ行くと、洗面台の鏡に女が映っている。
 その女は狡猾な顔をした七木田美紀だった。

「――なにこいつ。ヤな女」

 そんな思いを流すかのように、美紀は頭からシャワーを浴びながら泣いていた。

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