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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第20話 疲れたオトナ女子は居酒屋でダダ漏れ


 美紀との再会を果たしたあの居酒屋。
 狭い店内の数少ないテーブル席で、絵里子はぐったりしていた。

「悪いね千葉君、こんな疲れたアラサーに付き合わせちゃって。今日はおごるヨ」

「オレも働いてんだし、ちゃんと払いますよ。あ、生2つ」

 修一は勝手にビールを注文して、冷たいおしぼりを広げて絵里子に差し出した。

「千葉ァ……」
「え? 生グレとか飲まないでしょ」
「あんた、フツーに慣れてんじゃん。疲れた女の扱い」

「は?」

 絵里子は冷たいおしぼりを首筋に当てながら肩を回している。

 運ばれてきたジョッキで乾杯すると、絵里子はひと思いに傾けて半分を空にした。

「荒れてますね」

「ぷあー。大丈夫、いつもこんなだから。飲んで帰んなきゃ、やってらんない」

 その飲みっぷりは豪快だが、疲れたオトナ女子の顔色までは隠せていない。

「そういえばあんたと飲むの久しぶりだけど、いつもどこで飲んでんの?」
「あんま飲めないんですって」
「テツコとは飲みに行かないんだ」
「哲子さん、仕事終わったら寮でずっとDVD観てますから」
「仲よさそうなのに」
「別に悪くないですよ」
「……ま、いいや。ホントに生でいいの? ウーロン茶あるよ?」

「付き合います」

 カニ味噌をつついていた絵里子の顔色が変わった。

「アローンなアラサーには、いちいち刺さるわ。その無自覚な言葉」

 わけもわからず、修一は首をかしげて勝手に注文されたゲソのから揚げをつまむ。

「絵里子さん。いま、ひとりなんですか?」

 カニ味噌をつまんだ箸をくわえたまま絵里子は唸った。

「テメー、いきなりケンカ売る気か! その涼しげな顔で言われると、むしろ清々しい気分だけどもな!」

「旋盤とか金型に絵里子さんのファンが多いって、哲子さんが」

「もう後戻りできない歳なの。だいたい、わたし――」

 学生時代の色々な経験も、酒と疲れが手伝って絵里子からダダ漏れになり始めた。

 自分が持っていると、まるで自分をより良く見せてくれるような錯覚に陥る――
 それらはすべて、絵里子の理想が高いことを強く物語っていた。

 それは絵里子の話で、修一が最も共感できるものだった。
 だから絵里子が高価なものを買い漁ったと告げた時も驚かなかった。

 それを持っていることで価値のない安っぽい自分までいい女になれたような錯覚に陥ると告げられても、修一はうなずくだけ。

 ビールのジョッキを思いきり飲み干し、絵里子は修一を見据える。

「引かないわけ? こんな話されて」

 修一の周りでは普通の光景だった。

 それは男に対しても同じなのだろう。
 その中で一番いい男を手に入れたい。
 そうすることで自分が輝けるような気がする。
 だから、どんな手段を使ってでもそれを手に入れたい。
 だから相手の男は、見栄えが良ければなんでもいい。

 相手の気持ちは関係なしなのだ。

「いや、別に」

「達観しすぎ。アンタ今まで女になにされてきたのよ」

 絵里子の「された」という言葉に修一は驚いた。

「……別に」

「女にモテ過ぎても幸せにゃなれないってか」

 イカの一夜干しにマヨネーズを付けながら、絵里子の表情は真剣そのものだった。

「でも、1つだけ聞かせてくんない?」

「なんです?」

「なんでわたしにするように、美紀とフツーにできないの?」

「……さぁ」

「なんか全部おかしいんだって。天才イケメンのクセにこんな町工場に就職して、すぐになんか凄いのポーンと作っちゃって。そのくせ全然、嬉しそうじゃない。アラサー女の心をくすぐることはできても、元カノにはなにもできない。なんなのそれ。なにがどうなったら、この無愛想なイケメンは笑うの?」

 絵里子の注文した季節外れのあん肝をつまみながら、修一は言葉に詰まった。
 最後に笑ったのはいつだっただろうか。

「美紀にしか笑わないとか?」
「いや、別に」
「アンタら学生の時、どんな風に付き合ってたワケよ」
「だから、付き合ってないですよ」

 絵里子は揚げたてのカニクリームコロッケをほふほふしながら、必死に食い下がってきた。

「だーかーらー。どんな風にキスするとか、ふたりきりになったら実は野獣になるかとか、そういうこと聞いてないでしょ。ほら、もろきゅう来たよ」

 修一は柄にもなく耳を真っ赤にしながら強く首を振った。

「そういうの、マジなかったですから」

「ふぁ?」

 絵里子の口から、もろきゅうが落ちる。

「いや……ほんとマジで」

「何年付き合ってたの」

 落ちたもろきゅうを空き皿に拾いながら、何故か絵里子は動揺していた。

「付き合ってないんですって」

「いやいや。うーん、じゃあそれでいいけど、どれぐらい仲良くしてたの」

「1年……ちょっと?」

「ふわぁ?」

 愕然とする絵里子の口から、もろきゅうがまた落ちた。

「ホントですけど」

「1年以上……なにそのストイック&ピュア。あたしの過去を全否定するつもり?」

「や、別に」

 絵里子は新しいビールジョッキに口も付けず、はっと黙り込んで修一を見ている。

「ちょ、待って……え? マジ?」

「なんですか」

 ゆっくりとため息を吐き、絵里子はチビリとビールを舐めた。


「千葉君。美紀以外に人を好きになったこと、ないの?」


「え?」


 その日初めて、修一は慣れない酒を飲み過ぎて吐いた。

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