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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第18話 発作に近い衝動


 あの日以来、タカギ製作所は一変した。
 キャッツ&ドッグスの生産ラインが、いよいよ本格的に稼働し始めたのだ。

 工場長の乾が調整を取りながら、最初のロット20個を目指して作成されていた。
 技術指導が追いつかないため、最も重要な組立はネジ助とその部下のたった3名で行われている。
 金型の作成と削り出しも、井上の手探りだ。
 組み立てては接触面を確認し、再び作成し直すトライ&エラーの繰り返し。
 それでも長年の職人としての研ぎ澄まされた感覚が、次第に正確なパーツの作成を可能としていった。

 その間、田所はもっとコンパクトに軽量化できないものかと画策していた。
 その為に引いた図面は数知れず。
 そのすべてが紙くずになって破棄された。

 哲子がデバッカーとしてすべてを試していたが、動作不良は認められなかった。
 多くの従業員たちにネット帽を被ってもらい、お気に入りの犬や猫を思い描いて楽しんでもらいながらベータテストを兼ねた。

 もちろん想像力に欠けるイメージは、それなりにしか浮かび上がらない。
 動きも緩慢でぎこちないが、それはイメージ・サポート・システムで補完できる。

 これで誰でも、ある程度の像を空間に結べる商品へと昇華されていった。

 小ぎれいなウェブサイトには【イマジナリー・フレンド】の取り扱い説明と、きれいに浮かび上がる3Dホログラフィー動画が埋め込まれている。


『限定20台・先行発売』


 と銘打たれた文字が眼に眩しい。

 これでもう【イマジナリー・フレンド】は完全に修一の手を離れたことなる。
 時間の感覚を忘れるような生活からは解放されるはずだった。

 社内に満ちあふれる活気と前向きなだけの高揚感。

 どうして素直に、その輪に入れないのか。
 どうして今も、乾いた感情が満たされないのか。

「……つまんねぇな、こんなの」

 修一にはわかっていた。
 最後のピースが埋まっていないからだ。


「あの……」


 開発部の入り口をノックする音と共に、女の声が聞こえた。

 修一の口は急速に乾き、舌先が歯ぐきに粘りつく。
 それは条件反射だった。

 思った通り、入り口に立っていたのは美紀だった。

「どう、したの?」

「えっと、田所さんがいなくて、その、特許資料の書類で足りないものがあったから、その……」

「あ、あぁ……」

 会話は成立しない。

「七木田さん。お茶飲みます?」

 不意に口を開いたのは哲子だった。

「え? いえ結構です」

「いま煎れるから、ちょっと待ってて。あ、座って座って」

 お構いなしに哲子は流し台に立ち、脳波記録の休憩も兼ねて鼻歌でお茶を煎れ始めている。


 修一の中を、ただひとつの言葉が嵐のように駆け回る。
 それは毎日、脳裏から一度も消えたことのない言葉。
 その一言を成仏させるためなら、すべてを犠牲にできる。

 しかしそのひと言は破滅的でもある。
 命を維持しているものすべてを、破壊し尽くしてしまうかもしれない。

 座った美紀の足元を見ながら、修一はただ黙っていることしかできない。

「はい、どうぞ七木田さん」
「あ、ありがとうございます」
「はい、修っぴも」
「あ、あぁ……」

 それを受け取るだけで精一杯だ。

「どうした、修っぴ」
「いや、別に」

 哲子がなにかを直感して顔色を曇らせた。

「大丈夫かい?」
「大丈夫だよ」
「そうかなぁ。いつも修っぴが思い詰めるてる時って、こんな顔になるからなぁ」

 美紀はいたたまれなくなって、湯飲みをテーブルに戻した。

「哲子さんは修ちゃんのこと、よく知ってるんですね」

「そりゃね。私ら相棒だから」

 哲子は鼻を広げて、ぐっと親指を立てる。

「よかったね、修ちゃん」

「……まぁね」

「七木田さんも修っぴの友達だったんでしょ?」

 遠慮のない哲子の問いかけに、修一の呼吸は凍り付いた。

 その姿に気づいたのか、哲子は少し動揺していた。

「あ、ごめん。私、ふたりのことよく分からなかったから、その……」
「気にしないで下さい、菅原さん」
「悪いね。私、そういうの疎いからなー」

「ううん。悪いことはなにもないです。修ちゃんとは確かにお友達でしたから。なにも分かってあげられなかったけど……」

「へー、そうなんだ」

 修一の中の嵐は収まらない。
 それは次第に周囲の思考を飲み込みながら膨れあがり、混沌としていく。

 もう限界だった。

「あのさ――」

 それは発作に近い修一の衝動。
 恐怖を目の当たりにして無条件に発動した本能と言えばいいだろうか。
 これ以上この嵐が頭の中を駆け巡れば、思考が完全に廃墟になってしまうというイメージ。
 修一はその怪物に飲み込まれてしまう前に、美紀に伝えなければならない。

「な、なに?」

「いや、オレ、昔、ほら……」


「おいーっす! イケメン千葉君いるゥ?」


 3人が一斉に入り口を見ると、そこにはビデオカメラを持って立つ絵里子がいた。
 ちらっとこちらを見て、即座にその場の空気を読み取ったらしい。

「あらら、なにこれ空気悪い」

 浮き足だったのは哲子だけ。

「こんちわーッす! 絵里子さん!」

 美紀は気まずそうに立ち上がってしまった。

「それじゃあ、あたしは田所さんを探してきます」
「なによ、美紀。そんなに毛嫌いしなくてもいいじゃない」
「そうじゃないです。あたし、本当に田所さんに用事があっただけですから」

 絡みつくような絵里子の視線を振り払い、美紀は開発部を出て行った。

「なんか悪いねェ、千葉君。毎度タイミングの悪いことで」

「……いや、別に」

 そんな傍らで哲子は露骨に喜びながら流し台に向かう。

「絵里子さんッ! 紅茶飲みますか、オレンジ・ペコーですよッ!」
「あら? あたしが紅茶好きって、よく知ってるじゃなーい」
「以前もそうでしたからね」
「そう?」

 絵里子は勝手に、美紀の座っていた椅子に腰掛ける。
 修一はその絡みつくような視線から早く逃げ出したい一心だった。

「どう、したんですか」

「あ、忘れてた。会長に頼まれて動画の撮り直しに来たの。ネット販売のウェブサイト作ったのに問い合わせの一通も来ないもんだからさ」

「なんで開発に?」
「イケメンのメガネ男子を撮るために決まってんでしょうよ」
「は?」
「どうせこんな狭い部屋にくすぶってんなら、ちょっとぐらい販促に協力しなさいっての」
「くすぶってねぇし」
「十分くすぶってんでしょうよ。さっきだって、なんか進んだ?」
「なんの話ですか」

「美紀の話以外になにがあるっての。いったい、何回チャンスを失えば気が済むわけ」

「まじ、カンベンして下さいよ……」

 修一は大きな溜め息と共に頭を抱えた。

「ま、わたしはどうでもいいんだけど」

 絵里子は本当にどうでも良さそうな口調だった。

「どうぞッ!」

 きれいに茶渋を落とした白いティーカップで、哲子は絵里子に紅茶を差し出した。

「ありがと」

 はっきりと口紅の残るカップをテーブルに置き、絵里子は巻き髪をかき上げた。

「で、どうなの? メガネ男子」
「どうって?」
「だから、デモムービー取り直すから。やってくれるの?」
「あ、ああ……それ。哲子さんがいいですよ。一番うまく描出できるし」
「テツコが?」

「もちろんですよ! なんたって私が一番ですからね!」

「じゃあ後は哲子さん、よろ」

 胸をなで下ろす修一を見て、絵里子はため息をついた。

「千葉君、分かりやすいわ」
「なにがです?」
「全部」
「そう、ですかね」

 絵里子は口元にうっすらと笑みを浮かべた。

「美紀のアドレス教えよっか?」
「いや、別に」
「はぁ……イケメン持てあまし過ぎ。今度サシで飲むぞ」

「いつですか?」


 椅子を引いてサッとメガネを外した修一に、絵里子はピクリと頬を強ばらせる。

「調子狂うなァ……その仕草」

「準備できましたよ、絵里子さんッ!」

 哲子は颯爽と脳波記録用ネット帽を被っていた。

「さてと。じゃあ、始めましょうかね。どうせ撮り直せって言われるんだけど」

「はい! よろしくお願いしゃっす!」

 嬉しくて仕方なさそうな哲子に任せ、修一はキーボードに戻った。

「ああもどかしい。なに、これがイマドキの感じなの? 耐えられないんだけど」

 哲子は過剰に絵里子の言葉に反応する。

「なんですか? 絵里子さん」

「あんたじゃなくて」

 絵里子はビデオカメラの液晶を見たまま、独り言のようにつぶやく。

「ワシントン条約で保護しなきゃならない級でしょ」

 ネット帽を被って液晶に映った哲子は、目を皿のようにして自分を指さしていた。

「ん?」

「あんたじゃなくて」
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