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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第17話 プレゼンテーションは二次会で


 スコアの発表は二次会の居酒屋で行うことが恒例らしい。

 会場は慎之介の行きつけで、魚介類が豊富なこぢんまりとした店。
 すでに看板には貸し切りの札が掛かっている。

 特別に準備された長テーブルを4つ並べ、畳の小上がりは肩寄せ合う距離で埋まっていた。

 いま、工場長の咳払いと共に二次会が幕を開けようとしている。

 結局【イマ・フレ】のプレゼンは流れたようだ。
 もっともボーリング会場でのプレゼンなど、修一が考えても違和感がある。

「えー、それでは。タカギ製作所恒例の、二次会兼成績発表会を始めたいと思います」

 テーブルのあちこちから雑談と歓声が上がる。

「今年のボーリング大会、第3位は――」

 誰もが乾の発表には興味がなさそうだった。
 次々と運ばれてくる料理を眺めながら、ビールの栓を開けたりジョッキを配ったりしている。
 おざなりに伝えられた結果は金型チームの優勝。
 2位以下の成績については、気にとめる者もいない。
 製図の田所など、すでに隣の従業員にビールを注いでいた。

「ではこれより二次会を始めます。会長、ひと言お願いします」

 乾は工場長として生真面目に司会を進めている。

「それでは諸君。ビールは行き届いたかね?」

 ジョッキを持って慎之介が立ち上がった。

 わずかにその場が静まる。

「皆さん、お疲れ様でしたの。日頃の感謝を込めて、恒例の二次会を開催したいと思う。まぁ長い話は省略して、さっさと始めようじゃないか」

 短い拍手が沸き起こると慎之介はジョッキを差し上げた。

「後でわしから、びっくり報告があるから楽しみにな。それでは乾杯」

「乾杯!」

「お疲れ様!」

 それを合図に一同はグラスやジョッキを掲げた。

 修一も飲めないビールの注がれたグラスを手に、オレンジ・ジュースのグラスを持った哲子と乾杯した。

「お疲れ、哲子さん」

「修っぴ、かんぱい!」

 ビールのグラスにちびりと口を付けると、その苦さに修一の顔が歪んだ。

 小さな厨房からフル回転で出される料理の数々はどれも上品で、味の良い海産物ばかり。
 参加者たちはそれぞれ箸を進め、ジョッキを傾けている。

 宴が進むと次第に集団は混沌としていった。
 トイレに席を立った者は元の席に戻らず、好きな場所に座って勝手に誰かのジョッキに口を付けた。

「千葉君、ちばくぅーん。ここ、いい?」
「ちょ、隣り来ないで。その甘ったるい声が死ぬほどキライなんですけど」
「アンタの媚び売る笑い方もね」

 相変わらず修一の周りは女子だらけになる。

 絵里子と美紀はふたり並んで座り、両隣と向かいを男たちに囲まれた形で料理をつついていた。
 日頃は会話を交わす機会の少ない職人たちが、こぞってふたりに話しかけているようだ。
 哲子すら、絵里子の斜め向かいに席を移動していた。

 修一が遠目に美紀を見ながら目の前の料理をつまんでいると、慎之介がビール片手に女子社員の群れを割る。

「おうおう、ちょっとスマンよヤングレディーたち」
「あ、慎さん」
「修ちゃん。酒、飲めないのかい?」
「あんまり」

 そう聞くと慎之介は、近くにあったグラスにウーロン茶を注いでくれた。

「もうじきネジ助が工場から帰ってくる。そしたら、な」

 慎之介は少し赤くなった顔で笑っている。

「どういうこと」

「あれが昨日、組み上がったんじゃよ」

「……もしかして【イマ・フレ】?」

「聞いとらんかったのか、わしの話を」

「……」

「まぁ、修ちゃんにもサプライズ・プレゼントといったところかの。みんなにも、今日この場を借りて発表する」

 慎之介はうなずいて小海老の唐揚げをつまんだ。

「酒の席で?」

 ちょうどそんな会話をしていると、大きなアタッシュケースを持ったネジ助が居酒屋の引き戸を開けた。

「会長、遅くなりました」

 ネジ助は大事そうにアタッシュケースを抱えて、慎之介の隣りに座る。

「すまんね、ネジ助。乾杯の席を外させて」

「いえ」

 それだけ言うとネジ助は、慎之介に注がれたビールをグラス1杯だけ一気に空けた。

「おーい、哲子さん」

 場の勢いで絵里子に腕を絡めていた哲子を慎之介は手招いたが、会話に夢中で気づく素振りはない。

「おい、哲子。会長が呼んでるぞ」

 慎之介の声に反応したのは金型の井上だった。

「え? あ、はいはい」
「イノさん。イノさんも」
「え、オレもっスか?」
「そうそう。そこのターさんも呼んでくれよ」

 腹を抱えて談笑していた田所も呼ばれた。
 これで慎之介の周囲には、オレンジのつなぎ服が全員集められたことになる。
 その光景は居酒屋には不釣り合いだった。

「じゃあ哲子さん、いいかい?」
「うぇーい」
「酔っとるのか?」
「テンション高いだけでーす」

 修一だけ理解していない。

「なにすんの、哲子さん」
「デモンストゥレィショーンに決まってるでしょうよ」
「デモ? ここで?」

「硬ぇこと言うなよ、イケメン」

 田所は腹を触りながら赤ら顔でゲップしている。

「工場のプレゼンって、そういうモン?」

 しかし慎之介はお構いなしに立ち上がり、皆に両手を振った。

「おーい、諸君。聞いてくれ」

 大半の参加者は酒の勢いと場の雰囲気に酔いしれ、つなぎ服集団には気づかない。

「おい、なんか会長が始めるんじゃねぇか?」
「会長のドジョウすくいに違いねぇって!」

 やいやいとはやし立てる声が、ちらほらと上がり始める。

 その声に手を挙げて慎之介が応えた。

「みんな。宴もたけなわじゃが聞いてくれ」

 しばらくは雑然としていたテーブルからも、次第に視線が集まり始める。
 その大部分は、おそろいの衣装でなにか出し物でもやるのだと思っているようだ。

「今日この場を借りて、我々開発部が新商品を発表する」

 職人たちは互いに見合った。

「新商品? なんだそりゃ」

「てか、会長も開発部なんですか?」

 そんな声をよそに、慎之介はネジ助にアタッシュケースを開けるように指示した。

「おい、なによそれ」

 ジョッキやグラスを手に、興味を示した職人が周囲に集まってきた。
 他の者たちは、自分の席から遠目にそれを眺めているだけ。
 絵里子と美紀も顔を見合わせながら、自分たちの席から眺めている。

 慎之介は右手に脳波記録用ネット帽を、左手にデータ解析兼映写機器を持つ。
 映写機器は田所の設計でずいぶんコンパクトになり、A3サイズの箱型に収まっていた。
 その先端では、埋め込まれたレンズが密かな輝きを放っている。

「これが我々の開発した新商品【イマジナリー・フレンド/キャッツ&ドッグス】じゃ」

 会場は一瞬どよめいた。

「イマ……なに?」

「イマジナリー・フレンド。頭で想像したものを現実に映し出す器械じゃよ」

 慎之介は誇らしそうだが、それに反して会場の反応はさざ波のように静かだ。

「会長。なんですか、それ」

 工場長の乾だけが、手にしていたジョッキを置いて真顔で尋ねる。

「まぁ、健さんも見てなさい。物をイメージしている時の脳波を、このネット帽部分がピックアップする。さ、哲子さんかぶって。それをこちら側の器械が収集解析して動画で映し出す。簡単に言うとそういうことじゃが――」

 慎之介は不敵な笑みを浮かべる。

「――想像できるかい? 諸君」

 居酒屋の中はしんと静まりかえった。
 カウンター越しに居酒屋の大将までが、その見なれない器械に見入っている。

「で、会長。それはいったい、なんの器械なんです?」

 気の短い職人たちは、早くその機能を知りたがった。

「慌てなくても今から披露するよ。今日のメイン・イベントじゃからな。それでは哲子さん、よろしく」

 哲子は黙って目を閉じ、あるものを頭に思い描く。

 と同時に、その脳波活動をネット帽の電極部分がピックアップした。
 それらは映写部分に伝送され、その煩雑な波形の中からプログラム内にある波形と一致する部分を拾い上げる。
 そこに【モーション・サポート】と【各種補正】がかけられ、演算処理が進む。
 そしていよいよ、7つの極小非球面体レンズを利用した3Dホログラフィー動画として映し出される準備が完了する。

 解析兼映写機部分がわずかな駆動音を上げたのは10秒後。
 点滅していた3個の小さなLEDランプは、なにかを完了したかのようにその瞬きを止めた。

「さあ、映し出すぞ」

 慎之介は映写機部分を手に取り、背面に付いていた小さなボタンを押した。

 様々な海産物とジョッキの並ぶテーブルの上、30センチの空間。


 酒とタバコの臭いで生暖かく加熱された場所に犬が現れた――


「わっ!!」

「え! なにこれ!?」

 パニックのような驚愕の声が上がる。

 それは白い毛並みのマルチーズ犬、しかも実物大だった。
 ご丁寧にしっぽを振り、はあはあと舌を出している。

「ちょっと、なに!? え、どうなってんの!?」

 あっという間に人だかりができた。

 犬の透明度は約半分。
 わずかに反対側の景色が透けて見える程度だ。

 工場長の乾が恐る恐る手を伸ばした瞬間、不意にマルチーズはその向きを変えた。

「うわっ!」

 マルチーズの動きは滑らかでCGの動きとは明らかに違っている。

 にやり、と笑って慎之介は自信たっぷりだ。

「さ、みんな。怖がらずに触ってみなさい」

 差しのばされた手はすべて、マルチーズ犬の体をすり抜けていく。

「なんだよ……これ」

 慎之介は哲子の肩を叩いて促す。

「哲子さん、色変えて」

「はーい」

 テーブル上の白いマルチーズは一瞬ぶれた後、毛並みを真っ赤に変えた。

「えぇっ!?」

 そこには誰も見たことのない、人工着色料で染められたようなマルチーズがいる。

 慎之介は再び哲子の肩を叩いた。

「もっとじゃ」

「はい」

 哲子がイメージを集中させると、マルチーズの毛色は波打つように虹色に変わっていく。

「次、おすわり」

「はい」

「お手」

「はい」

「くるっと回って、ニャンコの目」


「はい……え? ネ、ネコ?」

 哲子の動揺とシンクロするようにマルチーズが揺らいだが、すぐにその顔はネコ科の生き物のそれに変わった。

「会長……これってただのプロジェクターじゃなく、いま哲子が考えてることが映し出されてるんですか?」

 慎之介は咳払いで皆の視線を振り向かせた。

「製図はターさんが起こした。金型はイノさんが作った。特殊な部品は馴染みの工場に依頼した。それをネジ助が精密に組み上げたものじゃ」

 ネット帽を被った哲子が、自分を指さして慎之介を見る。

「そうそう、驚くなかれ皆の衆。ソフトウェア部分の基本データは、すべて哲子さんの脳波をベースにできておる」

 その場の誰もが顔を見合わせながら哲子に食い入る。
 そんな視線を浴びても誇らしそうに鼻を鳴らせる哲子が、修一は羨ましかった。

「それでは皆の衆、この世紀の大発明をした生みの親をご紹介しよう。盛大な拍手で迎えてやってくれたまえ。開発部主任の若き天才、千葉修一じゃ」

「キャーッ!」

 女子社員から悲鳴が上がった。

「千葉?」
「あのイケメンが?」

 場内の視線がザッと修一に集まる。

「耐えられねぇ……」
「なにを言っとるか、この世紀の大発明を前に。ほら立って、修ちゃん。こんな晴れの舞台ぐらい堂々とせんか」
「カンベンしてくれよ」
「それでは生みの親から、詳しい説明をしてもらおうかの」

 驚愕、羨望、好奇、懐疑。
 それらすべてが入り交じった熱い視線が、修一の体にまとわりつく。

 その中にはもちろん、美紀の視線も混ざっていた。

「ちょ、アンタの元カレなんなの! なにこれイケメンに天才の上乗せボーナス!?」

 絵里子の言葉も届かず、美紀はボーリング場での修一の言葉を思い出していた。


「マコーってまさか……修ちゃん、まさか……そんな、憶えてくれてたの?」


 美紀の視線を恥ずかしそうに避けながら、修一は慎之介に尻を叩かれてプレゼンを始めた。

「えーっと、あの……千葉です。基本原理はさっき慎さ……会長が説明したとおりで。脳がなにかをイメージしている時に活動脳波を拾い、本体側がそれを記録解析します。そのデータに色や動きの補助データの演算をかけて、3Dホログラフィー動画としてリアルタイムに再生するものです」

 あまりにも長く沈黙が続くため、こんな急ごしらえのプレゼンテーションは失敗だと思った矢先。

「千葉君。頭で想像したことなら、なんでも出てくるのかい?」

 話したこともない職人からの質問に救われた。

「いえ、今は犬と猫の基礎データだけで。そこにピックアップした脳波データを重ねて共通部分を抽出するんで、まぁだからキャッツ&ドッグスなわけで、基礎データのないイメージは抽出されないです」

 その場にいた全員が感嘆の吐息を漏らす。

「つまり、空想ペットショップってわけか」
「こんなの、いつ作ってたんだよ」
「すげぇ。どう見ても本物の犬だぜ? 吠えるのか?」
「猫は? 犬はいいから、三毛猫出せよ。ちょっと太ったヤツな」

 見た目ではなく、千葉修一という存在そのものに多くの人間が関心を寄せている。
 なにより修一が嬉しかったのはその中に、美紀のまっすぐな視線を感じたことだった。 

 慎之介が誇らしそうに咳払いして付け加える。

「頭でイメージした犬猫が、まるでリアルなペットのように浮かび上がる。そして思い通りに動く。これが【イマジナリー・フレンド/キャッツ&ドッグス】、我が社の次期主力商品じゃ」

 あっという間に修一は、今まで口もきいたことのない職人たちに囲まれた。
 この場の誰もがイマジナリー・フレンドのネット帽を被りたがっている。

「おい、イケメン。うまく出てこないぞ、チワワ」
「新しくデータ作ります」
「なんで? 哲子はすぐ出してたじゃんか」
「哲子さんは別格です。イメージ波形が純粋で混ざり物がないんです」
「じゃあ、俺らみたいなヨゴレはどうすりゃいいんだよ」
「イメージしたものを個人データとして一度保存します。その上からイメージを追記するように蓄積していくと、より鮮明なイメージ像が出やすくなるんで」
「なんかアレか、育てるみたいなヤツか」

 そこに別の職人が赤ら顔で割り込んだ。

「おい、早く替われって。もういいだろ?」
「まだやってねぇよ。今からイケメンにデータ作ってもらうんだ」

 町工場の職人たちは歳も立場も忘れて楽しんでいる。
 入れ替わり立ち替わり、様々な犬猫をイメージして遊んだ。
 ペルシャ猫の毛並みを持った犬やチワワのような顔立ちの猫など、思いも寄らない犬猫が浮かび上がってきた。
 周りを囲んでいた順番待ちの者たちもそれを見て、やいやい言い合って楽しんでいる。

 みんなの笑顔を見ながら、慎之介は田所を振り返った。
 田所は赤ら顔でうなずきながら井上を見た。
 井上はそれを受けてネジ助を見た。
 そして一同が、修一と哲子を見た。

 今までに感じたことのない高揚感が修一に押し寄せてくる。
 それはアイディアができても図面ができても、感じることのなかった達成感。

 修一は美紀がこれを使い、死んだ飼い犬のマコーを浮かび上がらせている姿を想像した。
 美紀はその時、修一にどんな言葉をかけてくれるだろうか。

 そんなことを無意識に考えている自分が、修一は怖かった。

 だが修一自身にもわからないことがある。
 どうしてこれほど喝采を受けても、どうしてこれほど高揚感に飲み込まれても、冷め切った最後のピースが埋まらないのか。

 本当にこれは自分の目指したゴールなのだろうか。

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