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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第15話 上書きされる記憶


 年に1度の土曜午後。
 タカギ製作所主催のボーリング大会は毎年、休業にしてまでも開催される一大イベント。

 会場の詰川(つめがわ)ボウルは、タカギ製作所から少し離れた駅のそばにあるボーリング場。
 一時期の精彩は欠いているものの、場内を定期的にライトアップやミラーボールで演出し、近隣唯一の大型娯楽施設としては営業努力がうかがわれる。
 もちろんバッティングセンター、ゲームセンター、パチンコ店の併設はお約束だ。

 開催の1~2時間前から次第に参加者が集まりはじめ、バッティングセンターで一汗流す者もいれば、ゲームセンターでUFOキャッチャーの腕を披露する者もいた。

 工場従業員の9割以上が参加。
 自慢の私服をここぞとばかりに着てくる若い職人からラフな普段着で参加するベテランまで、いつもの工場内とは違う雰囲気が漂っていた。

 いよいよボーリング大会も開始15分前。
 各自はシューズを借りて目当ての重さのボールを選び始めている。

「キャーッ! つなぎの王子キタ!」

 女子職員の叫び声とともに、修一に視線が集まった。

「どこどこ? アッ――頭にタオル巻いてメガネとか胸が苦しい」

「ほら! しっかり見とかないと滅多に天の岩戸から出てこないんだから!」

「おい、あれ見ろよ。あれって会長……だよな?」

 オレンジ色のつなぎ服を着て、悠然と歩いて入場してくる慎之介。

「ほんとだ。製図の田所さんもいるぞ」

 その後ろでは中年太りの田所が、まったく同じオレンジ色のつなぎを着て腹を触りながら慎之介と談笑している。

「い、井上さん! なんですか、その格好!」

 金型の同僚に、井上は照れくさそうにオレンジのつなぎ服で手を振る。
 その後ろにもう3人。
 工場内でもあまり見かけることのない、ネジ助、哲子、そして修一。
 オレンジに身を包んだ6人は、明らかに会場で異質だった。

 そんなどよめく参加者を分け入り、慎之介はレーンの前に進み出た。

「それでは諸君。定刻より少し早いが、タカギ製作所恒例のボーリング大会を始めたいと思う。主幹、始めてくれ」

「は、はい」

 工場長の(いぬい)健治(けんじ)が、戸惑いながらも開会宣言を始めた。

「それではタカギ製作所恒例、ボーリング大会を始めたいと思います。参加方法は例年通りチーム戦です。今年の参加チームは――」

 そこで慎之介が口を挟む。

「わしは今年、御覧のチームで参加する。わしとターさん、イノさん、ネジ助、哲子さん、修ちゃん。チーム名は【イマジナリー・フレンド】じゃ」

 参加者が全員、ぽかんと口を開けている。
 それでも手練れの工場長は、なんとか司会進行をしなければならない。

「ということですが会長。えー、あの、そのつなぎ姿はいったい」
「これはわしらのチームカラーじゃ。うらやましいか?」
「……わっかりました。ということで、えー、会長は特別チーム……っと」
「イマジナリー・フレンド」

 慎之介は乾に念を押した。

「わっかりました。えー、他は旋盤チーム、金型チーム、営業チーム、高橋チーム、杉林チームです。それではスタートに先立ちまして、恒例のマドンナ抽選を行います。各チームのリーダーは前に来てクジを引いて下さい」

 マドンナ抽選とは慎之介の考えたアイディア。
 事務の2人を含む女性従業員をマドンナとして、各チームが迎え入れるというシステムらしい。

 チーム【イマ・フレ】からは慎之介が代表でクジを引き、見事に事務の池畑絵里子を引き当てていた。

「絵里ちゃん。よろしく頼むよ!」
「会長は、もっと若い方が良かったんじゃないですか?」
「なにを言う。絵里ちゃんかてピチピチ・ギャルじゃないか」

 慎之介は楽しそうに絵里子の肩を叩いて迎え入れる。
 しかし人一倍喜んでいたのは哲子だった。

 修一はぼんやりと、旋盤チームに拍手と歓声で迎え入れられている美紀を眺めていた。

「千葉は、七木田の方が良かったんか?」

「は?」

 悪意のない井上の言葉に、修一の心臓は飛び出しそうだ。

 絵里子はちらりと口元に笑みを浮かべる。

「あらー、ごめんね千葉君。年増の私で」

「……いや、別に」

 そんな会話を気にもせず、慎之介は背を正してマイボールを取り出した。

「さ。今年もがんばるぞ」

「出た、慎さんのレインボー・ボール」

 田所がコーラを飲みながらはやし立てる。

「なぁ慎さん。いつものグローブは?」
「無論、持ってきとるよ」
「がはははっ! 出たよ、慎さんのマイシューズ、マイグローブ、マイボール! どうよイノさんアレ、律子もビックリだべ!」

 田所は腹を抱えて椅子にもたれかかっている。

「初めて近くで見たっスよ。いつも遠くからしか見たことなかったんで。ていうか律子って誰スか」

「きれいだ」

 そう漏らしたのは、黙って慎之介の虹色マイボールを見ていたネジ助。
 それを見て、さらに田所と井上はくすくすと楽しそうだった。

 哲子がどこからともなく、軽めのボーリング玉を1つ持って現れた。

「はい! 絵里子さんッ!」
「あら? 気が利くじゃないテツコー。よく知ってるね玉の重さ」
「去年、一緒のチームでしたからね」
「そうだったっけ?」

 レーンの一角をオレンジのつなぎ服が占める光景は滑稽だったが、みんな楽しそう。

 しかしその中で、修一だけは場の雰囲気に馴染めないでいた。


▽ ▽ ▽ 


 1ゲームが終了した頃。
 修一はレーンのはずれにあるアイスクリームの自販機に向かった。

「……なにが楽しいんだ、あの玉転がし」

 つなぎ服のポケットに手を突っ込み、ぼんやりと小銭を探す。

「修ちゃん」

 心臓は一気に絞り上げられ、急速に血液が顔に充満していく。
 突然の声に振り返ると、修一の眼前には美紀が立っていた。

「あ……」
「久しぶりだね」
「そう?」
「だって修ちゃん、ぜんぜん工場で見かけないし。同じトコで働いてる気がしない」

 美紀の笑顔が昔と違う。
 髪の色や形が印象を変えた大きな理由ではない。

 修一は気づいていた。
 自らの記憶にある美紀の面影が、今の美紀に上書きされている。

 あれが、なかったことにされかけている。

「オレ、開発だし」

 スムーズに言葉は出ず、ポケットに突っ込んだ手が無意味に小銭をかき回す。

「なにやっても器用だね。180とか」
「なにが?」
「ボーリングのスコア」
「いや、別に」

 こんな話がしたいのではない。

「でもなんか、うらやましいな。開発部の人たち」
「そう?」
「あたし、絵里子さんとふたりきりだし」
「嫌いなの?」

 美紀は激しく慌てた。

「そ、そういう意味じゃなく! みんなでワイワイ仲良くやって、哲子さんだって楽しそうだもん」

「仕事だよ、これ」
「でも、学生の頃みたいじゃん」
「……学生の頃には戻れない」
「え?」

「なんでもない」

 こんな話がしたいのではない。

 メガネを買った時も、修一は話す機会を失った。
 失い続けている。

「でもボーリングにブルーライト用のメガネ、いらないでしょ」
「いやこれは……なんか気に入って」

 フレームを選んでくれている美紀の姿が、修一の脳裏を走る。
 また、上書きされていく美紀の姿。

 修一の体は震えを抑えられない。
 すべて上書きされて過去がなくなる前に、ひと言でも多くを美紀に伝えなげればならない。

 修一は心臓の血液を絞り出す。

「あのさ。死んだマコーのことだけど」

「え?」

「飼ってたイヌ」

「なんで修ちゃんが知ってんの?」

 修一は愕然とした。

「なんでって……」

「言ったっけ」

 過去の美紀が消されていく。
 修一の中には、これほど色濃く刻まれているというのに。

「ちょっと、ちょっとー。イケメンはすぐピンポイントでお持ち帰りする」

 突然、会話に入ってきたのは絵里子。
 これで修一は主導権を失った。

「いや、別に」
「あら。アイスなら、わたしにもおごってよ」
「どぞ」

 慌ててポケットのコインを探りなおし、数枚を自販機に入れた。

「あたし、そろそろ戻らないと」

 美紀は所在なさそうに、黙ってその場を離れていく。

「あ……」

 立ち去るその背中が修一の中で、自宅アパートを出て行った美紀の後ろ姿と激しく重なる。

 わずかに身震いする修一を絵里子は見逃さなかった。

「ねえねえ、千葉君さァ」

「はい」

 振り返った目と鼻の先に絵里子の顔が迫る。
 ジルスチュアートとタバコの入り交じった香りが、修一の鼻をくすぐった。

「昔、美紀と付き合ってたんでしょ?」

「いや……」

 絵里子は勝手に好みのアイスのボタンを押し、取り出しながら不思議そうに修一を眺める。

「ふうん。別に隠さなくてもいいじゃない」

「別に隠しては」

「ちょ、千葉君!? なに、どしたの大丈夫――」


 一瞬の閃光が走り、修一の前に冗漫な記録映画が広がった。

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