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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第14話 ネジ班のネジ助


 設計図ができてから、開発は驚くスピードで進んだ。

 発注していた特殊パーツは次々に届き、大事にそれを抱えて慎之介は開発部に顔を出す。
 金型の井上も、早々に21個のアルミパーツと9個のプラスチックパーツを作ってしまった。
 職人の技術には驚くことばかりだ。

 修一は取りあえず、ユニバーサル基板に市販の高性能CPUを仮使用して心臓部を組み上げた。
 いよいよ全体の組み立て段階に入ったのだ。

 慎之介、田所、井上が毎日のように開発部に集まり、あれこれアイディアを出し合う。

 今まで哲子とふたりきりで閑散としていた開発部は、慎之介の言うチーム【イマ・フレ】職人たちで賑わった。

「しかしこれ……パーツがそろったところで、どうやって組む気っスか?」

 ため息をつく井上を尻目に、慎之介と田所は届いた特殊パーツが気になって仕方ないらしい。

「会長、聞いてます?」
「ん? どうしたね」
「だってこれ、光源とレンズとプリズムの位置がシビアっしょ?」
「それなら大丈夫じゃよ。うちにはネジ班があるからな」

「あー、ネジ助か」

 修一が初めて聞く名前だった。

「誰?」

「修ちゃんは知らんじゃろ。ウチには、極小ネジやロボット関節に利用される特殊ネジを作る専門の職人がいるんじゃ」

「ロボット?」

「手先の器用なヤツでな。以前は髪の毛より細いタングステン繊維を一センチ以下に折り曲げる工場にいたんじゃ。本名は渡辺(わたなべ)祐介(ゆうすけ)。ネジのことなら右に出る者なし。みんなはネジ助と呼んどる」

 慎之介は自分の工場にいる職人に絶大な信頼を置いている。
 それがこのタカギ製作所のエネルギー源なのだ。

「……すげー」

「もう声はかけてあるんじゃが」

 わずかに開発部のドアが開き、か細い声が聞こえた。

「失礼します」

 ドアを開けて入ってきた渡辺祐助――
 通称ネジ助は、いかにも神経質そうな男だった。

「お、噂をすればじゃな。入っとくれネジ助」

 短い角刈り頭にふちの細いメガネ。
 背は少し猫背で小柄な体格も細々としている。

「会長、ご用件とは」

「ネジ助。まぁ、そのテーブルの設計図を見てくれよ」

 慎之介はお茶をすすりながらテーブルを指さした。

「はい」

 ただそれだけ言うと、ネジ助は設計図をじっと読み込み始めた。

 余りにも長い時間黙って眺めているため、痺れを切らした井上が口を開く。

「なぁ、ネジ助。それ組めるか?」
「井上サン。なんですか? これ」
「それは……千葉、説明してやれよ」

 改めてネジ助に向かい、修一は挨拶した。

「あ、ども。千葉です」

「はじめまして。ネジ班の渡辺祐助です」

 ずり落ちてもいないメガネを気にしながら、ネジ助はお見合いのように挨拶を交わす。

「これはですね――」

 だいたいの構造と機能を聞き終えると、ネジ助はうなずいた。

「わかりました」

 驚いたのは井上だった。

「え? お前、これ組めんの?」
「はい。勝負は7枚の極小レンズと公差プラマイ0.00005のプリズム4個でしょうね」
「ネジ班、とんでもねぇな」
「井上サンだって、金属の膨張を考慮してマイクロメートル単位で誤差修正されるじゃないですか」
「ありゃ、ただの慣れだよ」

「私もそうです。ところで千葉サン、ちょっと」

 ネジ助は修一を開発部の隅に手招きした。

「なんですか」

 ギラッ、とネジ助のメガネが光る。

「あれ、想定してますね」
「は?」

「人型でしょ」

「い、いや……イヌネコですけど」
「ウソですね」
「なんで」
「あのジェネレーターはイヌネコの規模じゃない」

 修一は黙ってしまった。

「私、持ってるんです。よかったら、ご一緒しませんか」
「この人、わけわかんねぇ」

「ロボットに携わってたのはネジだけじゃないんです。四肢末端動作の機能だけでなく、人間の持つ独特のやわらかい動き。そのアルゴリズムである『はんなりエンジン』欲しくないですか?」

「はんなり……気になります」

 顔を突き合わせていた修一とネジ助を気にもせず、慎之介は感慨深そうに開発部内を見渡した。

「いよいよ工場のみんなにも【イマジナリー・フレンド】の存在を知ってもらう時期が来たようじゃ。ということで修ちゃん、ボーリングじゃな」

「は? ボーリング?」

 話が突飛すぎて、修一はついていけない。

「来月のボーリング大会に、わしらはチーム【イマ・フレ】として出よう。わしとターさん、イノさん、ネジ助、それに修ちゃんと哲子さんでな」

 巻き込まれた井上が悲鳴を上げた。

「ちょ、会長! なんでオレが入ってんスか!」

「お、そうじゃ。せっかくじゃから、みんなで修ちゃんたちが着てる、オレンジ色のつなぎで出んか?」

 そんな井上に慎之介はお構いなしだ。

「えーっ! まじ、カンベンして下さいって! おれは金型のヤツらと出ますから」
「なんじゃイノさん。今さら水くさいぞ」
「いや、だって会長。オレンジのつなぎでしょ?」

 慎之介の決意に揺らぎはない。

「そう。オレンジは開発部のシンボルカラーじゃからな。おそろいで着て、みんなに【イマ・フレ】をプレゼンしよう」

「キタコレ!」

 最初に声を上げたのは哲子だった。

「みんなで着るんですよね、オレンジ」
「そうじゃよ」
「やばっ、超コン・エアーなんですけど」

 哲子は今まで見せたことのない笑みを浮かべているが、井上は不満そうだ。

「ネジ助は、それでいいかの?」
「はい。よろしくお願いします」
「なぁ、ネジ助。オレンジなんだぞ? わかってんのか、アレだぞ?」
「構いませんけど。井上サンは会長と出るのが嫌なんですか?」
「違ぇよ! さっきから黙ってますけど、田所さんはいいんスか? オレンジですよ?」
「いいじゃねぇか、ヤングカラー」

 田所は腹をぽんぽんと叩きながら笑っているが、井上はなんとしてでも一緒に出たくないようだった。

「千葉と一緒とか、モブ確定じゃないスか!」

 それが本音らしい。

「なんじゃ、イノさん。今年も誰か狙っとるんか?」

「も、ってなんスか」

「確か去年は幸恵ちゃん、そのまえは莉奈ちゃんだったかの。今年はウチの女子社員、全員が修ちゃん狙っとるぞう」

「だから嫌なんスよ!」

 修一は井上のサバサバした、嫌みのないストレート感が羨ましかった。
 自分にもそうすることが出来たら、どれほど楽なことか。

「慎さん。オレはソフト的にまだやることあるしボーリングは」

 慎之介が強く念を押した。

「修ちゃんは絶対参加じゃ。いいな」
「ちょ、慎さん」
「これは工場のみんなにプレゼンする絶好の機会なんじゃよ。生みの親が来なくてどうするね」
「プレゼンじゃなくボーリングでしょ?」
「イノさんも快く参加してくれるのに、なにを渋っとるか」
「えっ!? おれは外して下さいよ!」
「イノさんや」

 慎之介の強引な誘いに、井上はため息しか出ない。

「うぅ――ぅわっかりました! おれ今年、背景ッ!」

「よし。今年はチーム【イマ・フレ】で優勝を取りに行くとするか」

 ぼんやりと修一は言葉を噛みしめた。

「チームか……」

 それは今まで、修一が味わったことのないものだった。

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