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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第13話 金型のイノさん


 数日後。
 修一は、日本の町工場の潜在能力の高さを痛感した。

 田所に依頼していた製図は、すでに完成している。
 しかも必要な特殊パーツはすべて、知り合いの工場が順調に作成中。
 その提示された納期も驚くほど早く、価格は「まぁ、いいってことよ」らしい。

「さて、いよいよ全体のパーツをリストアップするかの」

 ほぼ毎日、慎之介は開発部に出入りしている。
 河原でのんびり釣り糸を垂れていた白髪の老人は、もうどこにもいない。
 いつしか製図の田所も頻繁に開発部を訪れ、あれやこれやと意見を交わすようになった。

「うーん、慎さんよ。こりゃいよいよ、金型なんかも混ぜて話進めるとこまで来たぜ?」

 田所は腹を触りながら自分の描いた設計図を眺めている。

 修一にはハードウェアの作成は今ひとつ理解できない。
 ケース部分をどう作るか。
 基盤をどうするか。
 放熱板の形態とサイズをどうするか。
 修一はただ、理論値として必要な条件を提示するしかできない。

「わかった。ちょっと待っとれ」

 それを聞くなり姿を消した慎之介を見て、田所はニヤついた。

「わくわくしてんな」

「なにがです?」

「慎さん、楽しくって仕方ねぇんだよ」

 確かに河原で毎日釣り糸を垂れていた穏やかな慎之介も好きだったが、生き生きと工場内を駆け巡っている今の慎之介も修一は好きだった。

「そうなんですか」

「そうだよ。自社製品を作るってのは、慎さんの夢だったからな」

「夢?」

「俺たちが心血注いで作った精巧なパーツでできる、オンリーワンの製品だぞ? どこのメーカーのどの部分で活躍してんのか、いまいち実感のねぇパーツを丹精込めて作ってる時とは気分が違うんだよ」

「おーい、ターさん。連れてきたぞ」

 今しがた出て行ったばかりの慎之介が、腕を引いて誰かを連れ戻ってきた。

「ちょっと会長、どうしたんスか急に」

「……誰? あれ」

「おぅ。ありゃあ金型ラインの主任、井上(いのうえ)(ただし)だよ」

 作業中に突然連れて来られた井上は明らかに困惑している。

「まぁ、イノさんも見てくれよ。これなんじゃが」

 井上は慎之介に背を押されるように、真ん中の作業テーブルに広げられた設計図の前に連れて来られた。

「はぁ」

「で、イノさん。どう思う?」

 井上はテーブルの設計図を一瞥しただけで、なにかを理解したようだ。

「会長。どこから受けたんスか? こんなムチャな受注」

「うちの製品じゃよ」

 眉間に寄った皺が、井上の心情を露骨に物語っている。

「……まさか、この金型を起こすんじゃないでしょうね?」

「そう。話が早いねイノさんは」

 慎之介は終始ニコニコしている。

「本気っスか?」
「本気」
「参ったな」
「例えばじゃよ? イノさんならどうするね」

「例えばっスか? オレなら、そうですね……何カ所かは削り出しの方がいいでしょう。NC旋盤でもイケそうなトコありますし」

「どこどこ?」

 身を乗り出した慎之介に押されながら、井上は自分の意見を淡々と述べる。

「ここと、ここ。それほど強度はいらないでしょうから、ここは金型で」

「この薄型リチウムバッテリーケース、作れそう?」

 慎之介の質問は矢継ぎ早だったが、井上はそれらに即答する。

「薄いっスねぇ……」
「無理そう?」
「ムリじゃないスけど会長、全体のパーツ数はどれぐらいに抑えるんスか?」

 次第に井上も食い入っている。

「やってくれんのかい?」
「え? あ、いや、例えばの話っスよ」
「じゃ、例えばイノさんなら? どれぐらいかの」
「例えばっスよ?」
「うん、例えば」

「30以下には」

「さすが」

 にやっとする慎之介の表情を見て、井上は口をへの字に曲げた。

「ちょ、待って下さいよ会長」

 明らかに井上は渋い顔をしている。

「なんかいい感じにノセられてる感じがするんスけど、ほんとにうちで作るんスか?」
「そのつもりじゃ。なぁ、ターさん」
「え? この製図、田所さんが引いたんスか?」
「おもしれぇんだよ、これ。イノさんも乗らねぇか?」

 田所は腹を触りながら自信満々に答えた。

「……みんなもう、やる気満々じゃないスか」

 慎之介は相変わらずにやにやしながら、新しい物が生まれる瞬間に立ち会う心地よさに身をゆだねている。

「楽しいよぉ? イノさんも、わしらと一緒にチーム【イマ・フレ】に入らんか」

「なんスかそれ。ともかく製図のコピー下さい。パーツ分割を考えてきますから」

「さすがイノさん、話が早い」

「でも会長、少なくとも工場長には話を通しといて下さいよ。金型がサボってると思われると困るんで」

「わかっとるよ」

「で、素材はなにを使うつもりなんスか?」

 待ってましたばかりに田所が話しに加わった。

「それがよぅ。図面から考えるにケースは強化プラスチック、シャーシ部分はアルミがいいんじゃねぇかと思うんだけどな。イケメン、どうだ?」

「え?」

 職人同士の話に修一の入る余地はないはずだ。

「え、じゃねぇよ。お前ぇが生みの親だろ」

 井上が顔色を変えた。

「これ、オマエが作ったのか?」
「……一応」
「一応ってオマエ、スゲェな」
「いや、すごいのは哲子さんで」

 井上は怪訝そうに部屋の隅を見た。

「哲子って、あのテツコが?」

 黙って目をつむったまま、ヘッドホンと線の付いたネット帽を被っている哲子。
 井上には理解できない。

「あれでもお前ぇ、大事なシステム開発中らしいんだよ。な、イケメン」

 どうやらまだ田所も半信半疑らしい。

「イメージ脳波の抽出は、哲子さんにしかできないんで」

「ふぅん」

 よく意味を理解できないまま、井上はうなずいた。


「で、千葉よう。これはなんの器械なんだ?」
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