挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
12/26

第12話 製図のターさん


 毎朝繰り返されるラジオ体操。
 慎之介はそれを終えると、すぐ開発部に顔を出した。

「よぅ、おはよう。できてるかい?」

「CADはプリントアウトしたよ」

 それは複雑で知恵の輪のような画像。

「でっかいな」
「オレ、書き方とか知らねーし」

 慎之介はそれをじっと見つめた後、おもむろにクルクルと筒状に丸める。

「さ、製図のターさんのとこに行くぞ」

「ターさん?」

「製図一筋30年。わしの最も信頼する職人のひとり、田所(たどころ)(ひろし)じゃ。ほら、修ちゃんも行くぞ」

 振り向きもせず出て行く慎之介の後をついて行くと、工場の一角に辿り着いた。

 わずか六畳程度の間仕切りされた空間に、昔ながらの製図テーブルが置いてある。
 CADではないアナログなそれは、蛍光灯に照らされて神々しいほどだ。

「ターさん」

 そう呼ばれた中年太りの田所は、腹を掻きながら椅子を引いた。

「おぅ、会長慎之介様じゃねぇか。こんなとこで油売ってるなんざ、ウチもいよいよ傾いてきたか?」
「よせやい、縁起でもない」
「で、なんだよ今日は」
「ちょっと1枚、書いて欲しいんじゃが」
「納期は? 慎さん来る時は、いつも無理難題ばっかだからよ」

 田所も敬愛を込めて慎之介を慎さんと呼んでいる。

「いや、受注じゃなくて自社モノなんじゃ」
「あぁ? ウチのって改築でもするのかよ」
「紹介するよ、ターさん。こっちは開発部の修ちゃん」
「開発部ってのはアレか? 慎さんが趣味で作るって言ってたナニのことか」

 背を押され、修一は田所の前に突き出された。

「ども、千葉です」

 田所は腹をさすりながら、まじまじと眺めている。

「おぉ? 噂のイケメンじゃねぇか。お前ぇ、歳いくつだ?」
「22」
「ターさんの娘と同じぐらいか?」
「そんなに歳食ってねぇよ。で、なにを描きゃいいんだ?」

「これなんじゃが」

 広げられた複雑怪奇な幾何学模様を眺めて、田所は眉間に皺を寄せる。

「なんだこりゃ」

「開発中の自社商品、その名も【イマジナリー・フレンド】じゃよ」

「……フレンド?」

 明らかに田所は懐疑的だった。
 それはまるで、精巧にできた子供の玩具を眺める大人の視線。

「なあ、慎さんよぅ。俺ぁこう見えても納期を2本も抱えてて、結構忙しいんだぜ?」

「まぁ、よく見てくれよ。ターさんにならわかるじゃろ?」

 製図テーブルからはみ出して広げられた設計図を、田所は渋々と眺める。

「おい、イケメン。この非球面体レンズ7枚、なんに使うんだ?」
「それは――」

 修一は田所の質問に1つずつ丁寧に答えた。

「この極小パネルってなぁ、液晶とかプラズマみたいな感じでいいのか?」
「いや、この場合は――」

 一通り聞き終わって田所はため息をついた。


「なんでぇ、このスケール感のなさは。ちっともわかんねぇ」
「だからターさんにお願いに来たんじゃないか。1枚、仕上げてくれんか?」
「これを書き直すのか?」

 田所はただ、雑然とした幾何学模様だけを見ている。
 それはまるで、自分の頭の中でイマジナリー・フレンドを組み立ててでもいるかのようだ。

「な、頼むよ」

 慎之介は軽く頭を下げる。
 それを見て、慌てて修一も深くお辞儀した。

「おぅ、イケメン」

「千葉修一じゃよ、ターさん」

「あ、そう。で、イケメン」

「はい」

 田所が真顔になる。

「つまりお前、これは映写機か? なんか立体だけど3Dと違うような」

「そうです。空間に立体映像を、スクリーンなしで映し出す器械です」

「しかもこれ、動くな?」

「はい」

 慎之介はそのやり取りを見て不敵な笑みを浮かべた。

「どうよターさん。人間が頭で考えてるイメージを空間に映し出すんじゃぞ? おもしろそうじゃとは思わんか」

 田所が腹をさすって選んだ言葉は。

「イメージ・プロジェクターか。おもしれぇ」

 その言葉に、修一は思わず慎之介と顔を見合わせた。

「やってくれっかい?」
「おもしれぇな、イケメン」
「千葉修一じゃよ、ターさん」
「おぅ、イケメン。スケールとパーツの詳細を教えてくれ。あと、これのレシーバ部分の設計図もあるだろ?」
「はい」
「じゃあ、そっちも持って来い」
「え?」
「え、じゃねぇよ。今すぐ持って来いってんの」

 修一は慌てて残りのCADを取りに駆け出した。

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ