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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第10話 元カレでしょ?


 慎之介に言われたとおり、修一は夏用の半袖つなぎを申請に事務棟に向かった。

 隣の哲子は終始、ニヤニヤしている。

「修っぴは何色がいい?」

 もじもじと哲子が手をこねていた。
 この仕草をする時はなにか考えがある時だ。

「哲子さんが決めなよ」
「私、オレンジがいい」

 目を大きくして哲子は即答する。

「……オレンジ?」

 修一の中でつなぎ服といえば深い紺色だ。

「嫌かな……」
「いや、別に」
「やーった。前に映画で見てから、ずっと欲しかったんだよね」

 修一は歩きながら、ぼんやりと考える。

「だったら開発部のチームカラーにしねえ?」
「なにそれ」
「なんか響きいいし」
「響き?」

「そう。チームって響き」

 辿り着いた事務棟の中は工場や開発部と違い、まるで大学の学生課だった。
 唯一違っていたのは広さと事務員の数。
 カウンターの向こうに机が3つ。
 手前には巻き髪の絵里子。
 もう1つの机には人がおらず、書類置きに利用されていた。

 無意識に美紀の姿を探す修一の耳元で、哲子が大声を張り上げる。

「あの、すみません! 開発部の者ですけど、つなぎの申請に来ましたッ!」

「急に声でけぇって」

「おー、テツコー。半袖?」

 さすが入社10年目の貫禄。
 以前、居酒屋で見た絵里子とはオーラが違う。

「はい!」

 あえてタイトな事務服に身を纏った絵里子は、分厚い業務用備品カタログを持ってキャットウォーク。
 なんの意味があるか修一には理解できなかったが、恐らく様式美なのだろう。

「おや? 伊達メガネとはまたイケメンに磨きをかけたな」
「ブルーライト用に」
「いつから」

 修一は美紀との買い物を思い出して頭を振った。

「いや、別に」
「ま、いいや。この中から選んで。色もね」

 哲子は背筋を正して敬礼する勢いだ。

「はい!」
「哲子さん、なんで絵里子さんの前だとそんなにテンション高ぇの?」
「だって絵里子さんが前、テツコは元気が一番って」
「イノキかよ」
「絵里子さんだよコノヤロウ」
「哲子さんって、絵里子さんのこと好きなの?」

「バカヤローッ!」
「は!?」

「絵里子さんは私とは違う次元に住まわれておるのだ。軽々しく『好き』などと愚民が口にすることはならぬ」

「わけわかんねぇ」

「いいからふたりとも、さっさと決めなさいよ。ほら、この申請用紙に部署と名前と日付を書く。支給は来週以降ね。ハンコ持ってきた?」

 哲子は神妙にカタログを見ながらオレンジ色を探している。

「あった、修っぴ。これこれ」
「いいじゃん」

 指さした写真を見て絵里子は眉をひそめた。

「あんたたち、オレンジにするの?」
「はい!」
「まさかテツコ、この前ウチで観た『コン・エアー』に憧れたとか?」
「当たり前です、絵里子さんッ!」

 苦笑いを浮かべ、絵里子は提出された申請用紙に目を通す。

「ところであんたたちってさ、なに作ってんの。社内の七不思議なんだけど」

 誰よりも早く、メガネをキリッと哲子が答える。

「イマジナリー・フレンドです!」

「……なにそれ」

「それはですね、つまりこう、頭の中で考えたヤツがバーンと――」

 修一は急に恥ずかしくなって、夢中で語る哲子を止めた。

「できてからにしなよ、哲子さん」
「あら。さすがにイケメンは現実的じゃん」
「結果が全部ですから」

 絵里子は大袈裟に驚いて肩をすくめる。

「クール。だってさ、美紀。聞いた?」

「聞こえてます」

 その声に修一の心臓が締め上げられた。
 窓際の机で明るいショートボブが首をうなだれている。

「なに作ってるか教えてくんないんだけど」
「そう、ですか」
「あんたが聞けば教えてくれんじゃないかなーッ!」
「あたしに言われても!」

 修一の心拍数は一気に振り切れた。

「帰ろ」
「なんでよ」
「……オレ、ここに立ってるのムリ」
「あー、またゴハン食べてないんでしょ。いい加減に突然死するよ?」

 絵里子を眺めながらキラキラと帰りたくないオーラを出し続けている哲子の腕を引き、修一はそそくさと事務棟から出て行った。


 ドアが閉まって静寂の流れる事務棟。
 振り返った絵里子に、美紀は思わず視線を逸らした。

「テツコとイケメン、仲いいね」
「そう、ですね」
「テツコってわたしの2つ後輩だけど、入社してからあんな元気なの見たことないなァ」
「そうですか」

 美紀は無意識にキリキリと痛む胸元を押さえた。

「開発部って、あのふたりだけなんでしょ?」
「みたいですね」

 まばたきもせず絵里子が美紀を凝視している。

「もう1回聞くけどさァ」
「なんですか」
「なんなの、あんたら」
「だから――」
「彼氏だったんでしょ?」
「そんなんじゃなく、友達だって言ったじゃないですか」

「トモダチ……フレンド……やだセフレ?」

「ち、違いますよ!」

「やめて、そのフレッシュな反応。自分がヤんなるわ」

「もう、絵里子さん!」


 美紀がため息と共に思い出したのは、あの海辺の灯台だった。

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