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半透明なシナプスの恋 作者:藤山素心
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第1話 夢の家電


 それはもう、どこにでもある普通の光景になっていた。

 アパートの一室で彼女は横に座る犬を眺めていた。
 黒い短毛にぴんと伸びた短い耳の大型犬。
 少なくともシェパードは1Kの間取りには不似合い過ぎる。

 座椅子にぼんやり座ったまま、彼女はペットボトルのフタを開けた。
 その音に黒いシェパードは見向きもせず、ただ長い舌を出してかたわらに座っている。

 お茶を一口飲み、ペットボトルをゆっくりテーブルに置いてシェパードを眺めた。
 撫でた手がシェパードを突き抜ける。

「ホント、良くできてるなぁ」

 厳密には触れていない。
 向こう側の景色が半分透けている。
 透明度は50%程度。
 手が揺らした空気のせいかシェパードもわずかに歪む。

 もうひと口お茶を飲んだところで玄関のチャイムが鳴った。
 玄関を開けると、大きなトートを抱えた友人がコンビニのビニール袋を持って立っている。

「遅いー」
「失礼。なにしてた?」
「別に」
「だよねー。土曜に女子ふたりでウチパだし」
「散らかってるけど上がって」

 友人は手土産の缶カクテルを手渡すと、すぐに室内のシェパードに気づいた。


「あ、【イマ・フレ】の犬猫版を買ったな。ていうか、なんで男前にシェパードよ」

「どう? ウチのジョン」

 テーブルの前で彼女は自慢げに、コードの伸びるネット状の帽子を被って準備する。

「ジョン……そこはかとなく漂う昭和臭をなんとか」

 慣れた調子でソファに座りながら、友人は早々に持参した缶カクテルを開けた。

「あ、ごめん。おつまみ準備してないけど、なんか買ってきた?」
「ふふ、大丈夫だ問題ない。今宵のつまみは、これじゃ」

 にやついた友人がトートを開けてなにやら取り出す。
 それは彼女宅にあるレンズ付きの箱型家電機器と同じ物。
 まるで据え置きゲーム機のような【イマ・フレ】だった。

「えー、わざわざ持って来たの? これじゃウチら、愛犬自慢のベリー妻だよ」
「ノン、マダーム。ウチは家畜に興味なし」
「家畜て」
「よく見なされ、ホレ」

 友人が自慢そうに差し出したそれは色違いの【イマ・フレ】だった。

「え? あ、これって」
「そうです。【イマ・フレ】のヒューマン版なのです」

「まじで!? え、予約できんの? 今は受注ストップでしょ!?」

「ネットに張り付いてF5連打で予約した」
「ちょ、待ってて!」

 慌てた彼女はスマホで『株式会社タカギ製作所』のブックマークをクリックする。

「もうないでしょ」
「どこ! 予約ボタンどこよ!」

 缶カクテルをくわえたまま友人が覗き込んだ。

「イケメン王子画像の下」

 その画像。
 目つきの悪い短髪黒髪だが、長身も手伝って人目を引く男。
 いわゆる淡麗辛口系の王子が、作業つなぎのポケットに手を突っ込んだまま無愛想に立っている。

 空間に複製された、もうひとりの王子と並んで。

「ぎゃーっ! なにこのダブル王子は予約特典ですか!」
「ないない。いいから、まだ予約できるか見てみなよ」

 そこには無情な文字が並ぶ。

『次回生産予定分 ☆完売御礼☆』

「……おうふ」
「たゆまず張り付け乙女」

 くらくらしながら彼女はスマホをそっと閉じた。

「ねぇ、早く見せてよ! 実際どんな感じなの! だれ作ったの!」
「慌てなさんな、お嬢さん。夜は長いんだよ」

 そう言って友人は、コードの伸びる自分のネット帽をあえてゆっくり取り出す。

「いいなぁ……マジうらやま」

 自分の持っていた【イマ・フレ】の犬猫版が急にみすぼらしく感じられ、彼女は電源を切った。
 と同時に、しっぽを振ってお手をしていたシェパードのジョンが一瞬で消えた。

 友人は優越感に笑みを浮かべてネット帽を被り、そこから伸びるコードをケースに接続して電源を入れる。
 短い駆動音の後、白い筐体の【イマ・フレ】ヒューマンは先端のレンズからホログラフィーをアパートの室内に投影した。

「うっわ、なにこれ……」

 若い男性が立っていた。

 茶髪に無造作ヘアー。
 タイトなカットソーの胸元が十分過ぎる筋肉で盛り上がっている。
 股下の浅すぎるデニムからは、上品で小振りなヘソが割れた腹筋に乗っているのが見えた。
 その姿は先程のシェパードと同様、透明度50%で向こうの玄関が透けている。

「ちょ、待ってこれまさか」
「正解。究極至高の高崎くんでーす」

 バイト先の細マッチョでイケメンの高崎くんに、彼女の視線は釘続けになった。

「いやーん、こういうのアリよねアリよね! レイジくん、絶対もうちょっと筋肉あったら神話のレベルに昇格だよね!」
「ですよね。心身ともに健全な女子が犬猫を愛でるとか、ないですよね」

 友人は缶カクテルを一気に流し込んで勢いづいた。

「さて、ショータイムにでも入りましょかね。なんかクラブっぽい音楽流してよ」
「は!?」

 にやっと笑った友人は脳波イメージの出力を始める。
 それに連動して【高崎レイジくん】は、にっこり笑ってカットソーの裾に手をかけた。

「ちょ、なにコレやめてよ!」
「なにこれって、ヘラクレスは脱いでなんぼのモンでしょ」
「待って待って! それはまだ!」

 彼女は慌てて、うねうねと腹筋を揺らしながらカットソーを脱ごうとする【高崎レイジくん】の腕を引く。
 もちろん在るはずの腕を突き抜け、勢い余ってテーブルの角に膝をぶつけた。

「痛ぁっ!」
「なにしてんの。おさわり禁止っていうかムリだし」
「やめて! ちょ、いいから止めて! 止めてぇぇ!!」

 二人の間にいた幻影の【高崎レイジくん】は、妖艶な大胸筋までカットソーをめくり上げた姿勢のまま止まった。

「確認のために聞くけど……もしかして高崎くん本命?」

 手元のティッシュでこぼしたカクテルを拭き取りながら、彼女は気まずそうに止まったレイジくんをチラ見する。

「好きっていうか、まだその……」
「ごめん、マジだって知らなかった。ちょっと喜ぶかなーぐらいの軽いキモチだったし」

 友人も気まずそうに【イマ・フレ】の電源に手を伸ばした。

「いや、まぁ、ちょっと切るのは待って」
「は?」

「見たくない……ワケじゃない。けどそれ、あたしが作ったレイジくんじゃないしなんかエロい店のダンサーみたいなカンジでまぁ、悪くない。うん、全然ダメってワケじゃないけど泣きそうになったのもホント。わかる?」

「わかりません」

 友人は凛々しく答える。

「え?」

「これは妄想ファンタジー。誰にも咎められないロマン解放区。反社会的な人間にならず、どうぞ脳内イメージをご家庭で垂れ流して下さいってコンセプトの家電でしょ【イマ・フレ】って」
「まぁ……そう、なのかな」
「で、どっちよ。見たいの? 毎日2時間、1週間もの追記を重ねて筋肉のツヤまで熟成された【究極至高の高崎レイジ】の続き」
「あー、だから」
「イエスかノーで答えて下さい」

「う……イ、イエス」

「イエス、ユーキャン。乙女よ心のままに生きなさい。挿し込む万札準備しといて」
「どこに挿すの!」

 友人が得意顔でもう一度ネット帽を被ると、まるで考えた通りに【高崎レイジくん】が動き出す。

 その姿を直視できず、彼女はうつむいたまま缶カクテルに口をつけた。


「こんな神マシン作ったのがあの淡麗王子ってのがまた……ねぇ」


 その器械の製造元は株式会社タカギ製作所。

 開発者の名前はパッケージに記されていなかった。

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