昼休み前の四時間目。地理の授業。空腹に耐えながらの授業もそろそろ終わりを迎える頃。既に生徒たちは
落ち着きがなくなってきている。授業終了と共に行われる食堂の席取り競争。スタートダッシュするために、
筆箱にマーカーペンなどをしまいはじめたり、教科書とノートを重ねていたりと、人それぞれの準備を始めて
いる。
先生もその雰囲気を察したのだろう。授業を進めるのを止め、次回授業の概要説明に変えている。今重要な
ことを話したところで、生徒の頭に入らないことは明らかである。
「ちょっと早いが、授業は終わりだ。チャイムが鳴るまで、廊下に出るなよ〜」
話すことのなくなった先生の常套句。気まずい先生側と、準備したい生徒側の意見が一致する瞬間。教室内
は静かに歓喜の声を上げる。生徒の一人、パッシも例外ではなかった。
「よしゃ、今日はいい席確定だな」
彼が話しかけた先、幼ななじみのアクティは座ったまま何かを真剣に考えていた。視線も既に終わった地理
の教科書へ向いている。その姿にパッシは経験上、嫌な予感を抱く。
「ねぇ」
アクティはようやく視線を上げ、目の前にいるパッシへと呼びかける。視線を向けられた側は、普段なら嬉
しいのだが、今は状況が違っていた。彼女が真剣そうに悩んでいるときは、ろくなことを言い出さない。
今の授業を思い返してみる。彼女が疑問に思ったことは何なのか。嫌ではあるが想定してみる。確かヨーロ
ッパの気候についての話。地中海付近は比較的暖かいとか、メキシコ湾流とか偏西風の影響で暖かいとか言っ
ていた気がする。まとめると、ヨーロッパは暖かいということだ。特に疑問はない。ただそういうことなのだ
ろう。
だがアクティは何かに疑問を持ち、納得できないでいる。そして彼女は性格上、納得できるまで考える。ほ
かのことが手につかなくなるぐらい集中してしまう。彼女の悪い癖である。
「あのさぁ、訊いていい?」
良いも悪いもない。こんな状態の彼女とは、できれば関わりたくない。ほぼ確実に面倒事へ巻き込まれる。
なので期待を込めて、答えてみる。
「ダメ」
ちょっと大きめな声で言ったのだが、どうやらアクティには聞こえていないらしい。完全にノーリアクショ
ンだ。もう彼女は自分の世界へと入り込んでしまっていたらしい。今の彼女には何を言っても、多分聞こえな
くなってしまったのだろう。
「風ってさぁ。どうして吹くと思う?」
彼女の疑問は少し別の場所にあった。風のメカニズム。一応は分かっている。理科の授業で習った覚えはあ
る。
「え〜っとぉ。気圧の高いところから気圧の低いところに……」
「それは分かってるわよ。そうじゃなくて、なんで風が吹くと思う?」
全くもって意味が分からない。風が吹く理由にそれ以上のものは知らない。テスト問題にしても、僕の覚え
ていること以上は、ほとんど必要ないだろう。多分。
「とりあえず、理科の先生にでも聞いてみれば?」
「授業的なものじゃなくて、感覚として分かるもの。自分で感じられないのに、理解するなんて無理でしょ?」
始まってしまった。彼女の決してゆずらないポリシー。疑問に思ったことで納得できないことは、分かるま
で頑なに信じない。自分自身だけで分かるようになるまで、絶対に納得しない。彼女の悪い性分である。
「んな贅沢言うなって」
「納得できないんだもん。仕方ないじゃん」
仕方なくない。納得しろ。そうは思っても口には出せない。言ったところで意味を成さない。経験上分かっ
ている。ただ彼女から意味不明な論理を受け続けるだけだ。結果どうせは覆らない。
「で、放課後、付き合ってくれない?」
「嫌だ」
「パッシは気分悪くないの? 分からないことがあっても、夜眠れる?」
体調はいたって正常だ。夜だって普通に眠れる自信はある。けれど、これ以上断っても意味はない。彼女か
ら無限に質問が飛んでくるだけ。これもまた経験上断言しよう。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
そんなことを言い合っている間にチャイムが鳴ってしまった。鳴り終わる頃には、準備していたクラスメー
トたちは教室から消えていた。
「とりあえず、分かった。分かったから食堂に行かせてくれ。な?」
「ん、私も行く」
「じゃあ席取っといてやるから、急いで来いよ〜」
言いながら教室から出て行く。返答は要求していない。それよりも食堂への波がやってくる前に、席を取ら
なくてはいけないのである。席は利用人数のおそらく三分の一程度であろう。かなりの激戦である。しかも三
番目の場合、前の人たちによっては、席が空かない可能性さえも出てくる。
とにかく急がなくてはいけない。食べれなくなるなんて事態は避けなくてはならない。全力で歩く。廊下を
走ってはいけないので。
昼食を悠々と食べ眠くなる午後の授業。しかし、今日は眠気が襲ってこなかった。理由は分かっている。後
ろからひしひしと伝わってくるオーラとつぶやきに、眠気が負けてしまっている。
「やっぱり風が吹くところがいいわよね〜」
おそらく周囲三十センチぐらいしか聞こえない小さな声。もちろん先生には届くはずもない、小さなつぶや
き。さらには内容も分かる者はいないだろう。興味を持つ好き物もいないだろう。
「やっぱり公園かしら。ビルの駐車場も案外風強いのよね〜」
しかし俺にとっては今日一日を占うといっても過言ではないつぶやき。つまらない日本史の授業よりずっと
気になってしまう。
「あとは検証方法ね……」
実際、聞こえなければ寝れただろう。だが、どうしても耳に入ってきてしまう。耳に入ってしまうと、気に
なって仕方ない話。決してすり抜けてはくれない。
「なあ」
「とりあえず、風が吹くのを待って……」
「なあ」
「何か準備は必要かしら」
「なあ、ってば」
「かざぐるま、とか?」
「黙って考えられないか?」
「この年でかざぐるまはないか〜」
僕はこの状況をどうにか耐えなくてはいけないらしい。誰かできるなら彼女の思考を止めて欲しい。
「今日はこれにて解散とする」
担任の先生が本日の学校生活の終わりを宣告する。部活があるやつは、まだ半ばといったところだろうが、
僕は帰宅部である。授業の終わりが学校の終わりである。
「さぁ、終わったわ。行くわよ」
しかし今日は僕もまだ半ば、いやこれからがメインイベントになってしまっているのかもしれない。できれ
ば断りたいが、もうアクティの頭の中には決定稿として、僕の参加は決まってしまっているのだろう。残念な
がら。
「ぼさっとしないっ!」
そう言われるや否や、左の袖口を掴まれ連行される。当然のことながらそんな格好で学校内を歩かされると、
後ろ指指されたり、こそこそ話をされたりするが、僕の知ったことではない。むやみに反応して話を大きくす
る気もさらさらない。その前にある程度噂が立ってしまっているということは、認めざるをえないが。
「あのさぁ、捕まえてなくても逃げないからさぁ。離してくれない?」
「ダメ。乗り気じゃないって顔してるし」
分かってるなら誘うな、と言っても無駄なのだろう。彼女にとっては僕の価値よりも自分の抱く疑問の方が、
大きなウエイトを占めているのだろう。分かっちゃいる。理解もしているつもりだ。が、納得はできない。
「どうせ逃げるなら、もうちょっといい嘘つきなさいよ。まったく」
文句の理屈もよく分からないが、とりあえず手を離す気はこれっぽっちもないらしい。諦めて、せめて嫌そ
うな顔だけ作り、連行されていく。僕の行動の自由は、彼女の前にあっさりと崩されてしまった。
学校から歩いて約5分。正式名称「風の舞う丘公園」通称「暴風公園」へと連れてこられた。
「到着〜」
やけにテンションの高いアクティとは反対に、僕のテンションは急降下していた。予想もつかなかった展開
である。
「風、吹いてないなぁ。ほんの少しも」
この公園はちょっとした高台に造られていた。昔は風がいい感じの風が吹くと愛される公園だったらしい。
しかし今や郊外で景色のいい住宅街という売りで、高層マンションが立ち並んでしまった。そのため以前とは
違って、強いビル風が吹き荒れる公園へと変貌遂げている、はずだ。
しかし、今日はどういうことか風が全く吹いていない。ほんの少しもだ。こういうときに限って……。まっ
たく冗談ではない。朝の占いは見逃してしまったが、見るまでもない。おそらく最悪だったのだろう。
「ま、待ちましょ。気長に」
ここまで急かしながら、しかも袖を引っ張りながら連行した人物の言葉じゃない。気長に待つなら、僕がこ
こに来るまでも気長に待って欲しいものだ、と思う。絶対言葉にはしないけれど。
軽く公園を一周してみたが、目新しいものがあるわけはない。この間に風が吹いてくれれば即検証開始なの
だろうが、あいにく今日の運勢は本当に最悪らしい。葉もそよいでくれることはない。ただその空間に止まっ
ている。時が止まったかのように。
外に向かった最高のポジションにあるベンチ。子供の頃、結構気に入っていたポジション。そこへ久しぶり
に座る。座っていると、なんだか風が吹いてくれそうな気がしたが、それほど都合は良くないようだ。景色も
動き一つなく、いつもよりずっと静かだった。
アクティも様子を見る限り、公園には久しぶりに来たようだ。童心に返ったかのように、はしゃいでいる。
僕も変化の少ない外を眺めているより、アクティの妙にはしゃいだ姿の方が眺めていて面白かった。
「パッシもブランコやらない?」
一瞬興味をそそられたが、制服姿の男女が公園でブランコしてるって、どうなんだろう。そう考えると、腰
が急に重くなった。
「いや、いいよ。僕は」
「つま〜んなぁいの〜」
もう彼女にリミッターはなくなっていた。周囲もほとんど見えなくなってしまっているのだろう。ただ自分
の興味、関心のままに動いている感じだ。少しうらやましいとも思うが、自分はああなりたくないとも思う。
本人はどう思っているか、分からないけれど。
そうこうしている間に、時間は確実に流れていた。時計の針はもうすぐで学校が終わってから四十五分を刻
もうとしていた。僕はアクティと外の風景をだいたい五分刻みぐらいで見て少しでも飽きない努力をしていた。
アクティはブランコからうんてい、一人でシーソーに乗ったかと思ったらすべり台に登り、ちょっと高いとこ
ろで風を探したりしている。
「今日は風、吹かないなぁ」
最初の疑問をもう一度アクティにぶつけてみる。考えが変わってくれればいいが、頑固な彼女のことだ。ど
うせ答えはほとんど変わらないだろう。でも僕としてはそろそろ帰りたい気分になっている。昨日途中になっ
ているゲームの続きもやりたい。その前に今日出された課題もやらなくてはいけない。家に帰ればやることが
たくさんある。
「ホントね。珍しいよね。これだけ吹かないと」
そうは言うものの、諦めるという言葉にまで辿り着いてはくれない。僕の方から諦めるように誘導してみた
いが、アクティを相手にどこまでできるかなんて、分かったものではない。もし誘導と気づかれたら、逆効果
になってしまうだろう。そんな分の悪い賭けはしない。
「でも、そろそろちょっと飽きてきたわね。平凡なアトラクションしかないし」
平凡と口では言っているが、僕の見る限りではそうとう楽しんでいたように見えた。それとも彼女からした
ら、あれでも平凡なのかもしれない。一人でなにかと楽しんでしまうようなイメージもどこかにある。
「ねぇ、そこに座ってるだけで楽しい?」
「まぁまぁ暇だ」
「なにそれ。面白くないのにそんなところでじっとしてるの?」
「お前には分からないさ。僕の複雑な心は、な」
「な〜に言ってんだか。バカみたい」
「バカかもね」
「ふ〜ん」
アクティは別にどうでもいい会話をしながら、次の標的を探す。が、もうほぼ全ての遊具で遊び、飽きてし
まっていた。
「隣、いいかな?」
「ああ、別に面白くはないがな」
「そういうことは、座る前に言わないの。結果が分かっちゃったら面白さも七割減よ」
文句は言いつつも、彼女は隣へ静かに座る。公園のベンチで男女が座っている。気づいたときにはもう何か
ヤバイ雰囲気。あたりに人影がないかどうかを焦って見渡す。
「どうかしたの? 風のにおいでもする?」
どういう発想だよ。と心の中でツッコミを入れながら、一応のため人影捜索の二周目を行う。どうやら見ら
れてはいないらしい。神は僕を完全に見放したわけではなかったようだ。
さりげなさを装いながら立ち上がり、ブランコの方へと歩いていこうとする。しかしアクティはそれを許し
てはくれなかった。再び掴まれる左手の袖。
「つまんないから話し相手ぐらいしてよね」
彼女の視線は外の風景に向いていた。しかし彼女が動かない景色に見惚れるとは、正直あまり思えない。確
かにそのベンチから見える景色は格別な気はしている。風で木々がざわめけば、もっと雰囲気も出ただろう。
他にも地に生えた草花が揺れていたり、正面に見える吹流しが動いていたりすれば、子供の頃に好きだった映
像になる。
「風吹いてないと、景色もつまらないんだね」
ドキッとした。彼女の口ぶりが、僕と似たことを考えていたと教えてくれた。彼女もここを知っている。風
があるからこそ、本来の姿をみせてくれるこの場所を。
「そうみたいだね」
僕はそれ以上の返事をできなかった。言えなかった代わりに、再びベンチの腰を下ろした。もちろん彼女の
隣に。
「一旦解散しましょ。今日は」
日が傾き始め、空も段々と黄昏色に染まり始めた。結局風が吹くことはなく、タイムアップを迎えた。
「ようやく開放か……。今日は長かったなぁ」
口から出る文句。次がないようにとの伏線のつもり。アクティが次のときまで覚えているとは思えないが、
僕の心を収めるための恒例行事。そうでもしないといつもなら腹の虫が落ち着いてくれない。いつもなら。
「そうね。長くなっちゃったし、何も分からなかったし。ごめんね」
だが、今回はどうも違っていた。どこか釈然としない。ここに来るまでは特に何も考えてはいなかった。な
のに今は何かをずっと考えている。頭のどこかで何かが引っかかっている。頭のどこかも何を考えているかも
しっかりとは分からない難題。それがもやもやと膨れ上がっていた。もちろんそんなことを言った日には、検
証続行なんて言って帰れなくなりそうだ。口が裂けても言うまい。
「じゃ、また明日。学校でね〜」
そう言ってアクティは公園を後にした。僕も三十秒ほど遅れて家路へ向かった。
家に帰ってからも、なんだかもやもやは消えなかった。宿題も終えて、ゲームもきりがいいところまでクリ
アできた。気分爽快のはずである。それなのに何かがダメだった。ふとした瞬間にもう夕闇に染まった窓の外
を眺めていた。
「なんかお兄ちゃん。帰ってきてから変だよ? なにかあったの?」
妹が異変に気づいてしまったらしく、訊いてくるが答えは決まっている。
「別に」
特にどうということはない。風が吹かなかっただけ。ただそれだけのはず。何も僕の人生を変えるほど、衝
撃的事実ではない。本当にただ風が吹かなかったという些細な事実。気にかけるまでもないはず。
「そう。ならいいけど」
妹もすぐに納得してくれたのか、自分の部屋へと姿を消す。確かに些細なこと。妹にとって僕の様子がおか
しい程度のこと。一時間としない間に忘れてしまうだろうはずのこと。それなのに何故か釣り針のように引っ
かかったまま抜けないでいる。
「なんでもない。なんでもないぞ〜」
そう言って頬を軽く叩いて、目の上をなでる。が、特に変化はない。いつもどおりだ。おでこに手を当てて
みても熱があるわけではない。頭を小突いてみてもどうということはない。いつもの自分のはずだ。
「ただいま〜」
親父の帰ってきた声。時計は十時四十五分を指している。僕ら子供は夕食を済ませ、お風呂から出てきた時
刻だった。
「おかえりなさ〜い」
まだ父親っ子の妹が駆け出していく。遅れて母親も続く。
「母さん。とりあえず飯かな?」
「はいはい。今から温めますね」
母親が戻り、後ろから妹を引き連れて親父がリビングに現れる。
「親父、お帰り」
「ああ、ただいま」
すると、ちょっとした違和感を覚える。普通すぎるのだ。
「親父、髪型ちょっと崩れかけてるけど、外は風、ひどいのか?」
「ああ、いつもどおり吹いてるぞ? それがどうかしたのか?」
風が吹いている。その言葉に暗示をかけられていたかのように、頭のもやもやが膨れ上がる。そして体もう
ずうずしてくる。また明日とは考えられない。今日答えなくてはいけない最重要課題の答えが提示された。も
う脳内には一つの行動しか浮かばなくなっていた。
今着たばかりのパジャマを脱ぎ捨て、自室へ向かいズボンと上着、それからケータイを手にリビングへ戻る。
「ちょっと出かけてくるわ」
言ってすぐ玄関へ向かう。後ろからは少し慌てた足音と怒号が聞こえてくる。親父が怒るのも無理はない。
未成年が十一時以降に外出している場合、警察が職務質問することさえある世の中だ。親父が止めたい理由も
分かる。
「おい、今何時だと思ってるんだっ!」
できれば口論はしたくなかったが、さすがに仕方ないだろう。確かに時間が時間だし。
「ちょっと外へ。すぐに戻るからさぁ」
「そういう問題じゃないんだよ。こんな風だから最近の若いのはとか言われるんだ! 分かっているのか?」
「やっぱりお兄ちゃん、変だよ」
「確かにちょっと変、かもな」
僕はそう答えながらドアノブに手をかける。焦った父親は僕の背中を掴もうと手を伸ばすが、その手はすで
に母親が握っていた。
「早めに帰ってくるのよ」
「分かってるよ。いってきます」
玄関から逃げるように家を出る。外は本当に風が吹き始めていた。こうなったら向かう場所は一つしかない。
空はもう既に闇に包まれている。暗い中にマンションの窓が煌々と輝いている。僕は追い風に背を押しても
らいながら、目的地へと走っていた。何かを確かめたかった。目的地へと近づくにつれて、段々と自分の頭の
中が整理されてきた気がする。あの公園に行けば分かる気がする。頭の中のもやもやを消し飛ばしてくれる何
かが。
公園に入る直前、あることに気づいた。街頭の照らす公園の中に、僕のお気に入りポジションに人影がある。
一瞬幽霊かとも思ったが、ちゃんと見れば、よく知っている姿だった。
「こんばんは〜。アクティ」
「え!? パッシ?」
驚いた声に、僕までも驚きそうになる。でもやっていることを考えると、二人共風の検証などという奇怪な
事をしている。周囲からしたら、驚くことなのかもしてない。
「ちょっと気が向いてね。来てみた」
「ふ〜ん」
そう言って、明るかったときと同じように隣同士、ベンチに座る。
「いい風よね」
「そうだな」
無駄な修飾語句は必要でなくなっていた。名詞と形容詞、それから助詞さえあれば全てが伝わるような気が
した。木や草花のざわめき。隙間風特有の高い音。顔や体に当たる風の感覚。その全てを一瞬にして共有でき
た気がしていた。
「風ってさぁ。どうして吹くと思う?」
四時間目終了時に聞いたのと全く同じ台詞。それを今度は僕から聞いてみることにした。答えもなんとなく
分かっている。でも、彼女の結論というのも聞いてみたい気がしている。
「いいんじゃないかな? どうでも。変わらずに吹いてくれているのなら」
アクティの髪が風でなびいた。しかし彼女は手を動かさない。風の思うままに彼女の髪は形を変える。
「そっか。解決したんだね。悩み事は」
「うん」
「それはよかった」
僕のもやもやもどこかへ消えてくれた。ベンチに座って見た景色。聞こえるすべての音。風が吹いていると
いう感覚。それらがあってこそ、いつもどおりなのだと。風はいつもどおりの中の一要素であるのだと。そし
ていつもどおりが、こんなにも美しいのだと改めて気づかされた。遠くに見える街の明かりも、空に浮かんだ
もう少しで満月になりそうな月。それらも綺麗なアクセントとして映えている。
「なくなって初めて分かるんだな。常日頃は気にもならない大切なことは」
そんなドラマなんかでしか言えない恥ずかしい台詞も、すらすらと口から出てくる。偽りのない本当の気持
ち。普段なら脳内ストッパーに引っかかるだろう言葉。でも今は言えてしまう。
「僕はいつものここが好き。風の舞う丘が」
「そうね。私も」
とびっきり強い突風が吹く。それを合図に僕は腰を上げた。
「そろそろ帰らないと、親父にたっぷり説教されそうだ」
「じゃあ私も帰ろうかな? 女の子ひとり置いて帰るのも気が引けるだろうし」
彼女もさっと立ち上がり、僕の横へ並んだ。二人は同時に風の舞う丘公園を離れた。すがすがしい顔で。
次の日の僕は恐ろしいほどテンションが低かった。第一の要因は昨日の夜に、親父のえらく長い説教を延々
聞かされたこと。第二に昨日の夜、暴風公園のベンチにアクティと座っていたところを誰かに目撃されたらし
いこと。クラスはもちろん、学年中にその話は広がっている。朝から質問攻めだ。ホント勘弁してくれ。
そしてとどめはアクティこの台詞。
「昨日はなんだかんだ丸め込まれたけど、今日はちゃんとやるわよ」
僕も昨日感じたことを、ちょっと恥ずかしい台詞も交えながらちゃんと説明した。が、彼女は聞く耳すら持
ってくれない。そんなことで丸め込もうとしても無駄よ、などと周囲を勘違いさせるような言葉で返される。
こうして検証二日目は勝手に決められた。
|