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歓迎会はいつの間にか始まっており、なんとなく私もお菓子を食べつつ。これがまた美味しかったですが、私はすっかり忘れ去られていました。むしろコレ、ただお菓子とか食べたかっただけなんじゃないのか、って気もしました。
「てか、編入生ってどこにいるの?」
「女の子なんでしょ?」
「あのー……」
私は背後から近づき、肩を叩いてただ「私が編入生の一ノ瀬桜です」と挨拶しただけでした。
「きゃー!」
「いやー!」
「へ?」
鼓膜が破れそうな叫び声を上げ、彼女らは逃げていってしまいました。
私はただ、これからお世話になる方々にも挨拶して回っただけです。……でも何故かみんな悲鳴を上げて逃げていってしまいます。これは少しショックです。
「こほんっ」
え? 咳払い。
ツインテールのお嬢様が、マイクを持って特設されたステージの上に手を振りながら上ってまいりました。
「皆さん、ご存知の通り、寮長の水島蘭です」
何か自己主張が激しいです。
「……えー、では紹介しましょう。今回、新しく2年特待生Aクラスに編入してきました。……サダコちゃんです」
「寮長、サダコじゃないですよ。一ノ瀬桜さんです」
「えー……どっちでもいいじゃない」
マイクがオンになっているため、その会話全て丸聞こえ。周囲から、くすくすと忍び笑いが起こりました。
「ライト、オン!」
突然怪しく笑っていた私にスポットライトが当たります。どこから出てきたんでしょう、そのスポットライト。それにしてもまぶしいです。私は思わず顔を歪めてしまいました。
何故かぎょっとした表情で固まる寮生の皆様。
やっぱり、ここでも私はホラーなんでしょうか。思わず俯いてしまいました。
「はじめまして……一ノ瀬桜です」
周りが水を打ったように静まり返ってしまう中、笑い声が響きました。
「あはーダメねこりゃー。みんなギャグが通じないんだからー。ちょっと、有沢くん」
寮長さんは人差し指で有沢くんを指し、有沢くんは強制的に周りの人間からステージ上に押し上げられました。
「はい、同室者から一言」
無茶振りにも程があるってくらい、無理矢理寮長は有沢くんにマイクを向けます。いや、これ本当に無理ありますから。彼は黙秘星から来た黙秘王子ですから。「俺の心を読め!」っていう環境で育ったんですよ。無理ですよコレ。有沢くんにコメント求めちゃ無理ですよ。
…………
…………
…………
アー!! もうちくしょう。だから言ったじゃないですか!!
「…………一ノ瀬はサダコじゃない」
え……? 有沢くん?
私は自分の胸が少し高鳴るのを感じました。
「あら、これは一ノ瀬さんをかばう言動でしょうか?」
「一ノ瀬は、トドだ」
「おいぃい!! もうそれは忘れろって言ってるじゃないですか!!」
思わず突っ込んでしまった私。
そして何故か大爆笑に包まれる会場。
黙秘星人だけど……、ありがとう、有沢くん。
「一ノ瀬さん」
「はい?」
名前を呼ばれて私は振り返りました。
くりっとした大きな目。茶色の柔らかそうな髪。小動物を髣髴させる、小柄で華奢な体。
それが小首をかしげて私を目詰めている……。ここはどこ? 森の仲間?
「鬼塚紫です。よろしく。先生から部活の案内をしろって言われてたんだけど、明日でもいい?」
「…………」
あははははー、御伽噺みたい……。脳内にお花畑が見えますねこれ。
「あのー」
痛みで私の意識は戻ってきました。番長さん、思いっきり私のほっぺをつねるんですもの……。
「はい番長。何なりとおっしゃってください」
「……一ノ瀬さん」
番長はにこっと可愛らしく微笑みました。男の方でもこんなに可愛らしく笑える方がいるんですね……。
「今度番長って呼んだら、締めるよ」
「はいぃぃい、す、すみませーん……ばん、……ばん、バン……バンジージャンプしたいなーあははは」
番長――紫様はため息をつきました。
「私のことは、紫でいいから……」
「へ? い、いきなり呼び捨てですか!? 様も付けずに!? ではわたくしめのことは桜と、と、ト、ドゥでもお呼び捨てになっていただきたいです」
「……大丈夫?」
あまりに支離滅裂すぎる私の言動に呆れたのか、紫様が怪訝そうな表情を浮かべています。
ああ、これじゃあまるで私は怪しいトド。
どうしましょうどうしましょう。なんか勘違いされてるんじゃないでしょうか。
何とか誤解を解かなくてはー……。
「あ、あの……私怪しいかもしれませんが、好きです!!」
紫は面食らった顔で私を見上げました。心なしか顔が赤くなっているような気がします。
「いや、私は至ってノーマルだから……」
「いやぁああ誤解しないで下さい!! 私そういうつもりでいったんじゃー……って、紫様って女の子だったんですか!? 私、てっきり男かと……神様、ありがとうございます!!」
私は今日ほど神に感謝したことはありません。だってばりばりの仏教徒だから。
でもそんなの関係ありません。今日だけは神への祈りのポーズをとらせていただきます。
「なんで神に感謝してるの? ていうか、男だと思ってたのはどうして……? やっぱりあれか。私が洗濯板だからか。何故か男子の制服着てるからか。やっぱり最終的には見た目なのか!?」
そんな紫様の呟きも私の耳には届かず、私はひたすら友情フラグを突っ走ってました。
思わず紫様の御手を握り締める私。
「私、こんな地獄のようなクラスに入ってきたときはどうしようかと思いました……」
「はあ……」
「スミマセン、引いてますよね……。ていうか、私の姿見ただけでドン引きですよね……」
「いや、確かに驚きはしたけど……血みどろになってたときは……」
優しいですね、紫様は。さっきのように、皆から驚かれるのが普通なのに、紫様は……。
「紫様がいてくれて、本当によかったです」
紫様は一瞬くしゃっと顔を歪ませました。
「そう……? まあ、変なやつらだけど……。よろしく、桜」
顔を少し赤らめながら上目遣いに呟いた紫様は本当にもう可愛かったです……。鼻血が出そうなくらいに。
「ところで……お願いがあるんだけど、聞いてくれないか?」
紫様は眉尻を下げ、くりくりした目で私を下から見つめてきました。そのキラキラした上目使いにノックアウトされそうになりながらも私は何とか頷きました。
「……紫」
「ひゃあーっ!」
今なんかすごい声を上げて、番長が地上から浮かび上がったように見えたのはきっと私の気のせいだと思うんです。気持よくお昼寝していたのに、尻尾を踏みつけられてしまった子猫みたいでした。
……顔が少し赤くなっているように見えるのも気のせいだと思うんです。
「嫌だな、どうしてここに有沢くんが来るんですか。早く消えてくださいよ。私の半径5メートル以内に入ってきたら、射殺していいですか」
紫様の背後に現れた有沢くんに私は震えながらそういいました。なんつーことを言ってしまったのでしょう。絶対怒ってますよねこれ。
「蘇芳、音もなく背後から近づくんじゃない」
「……無理なことをいうな」
そんなことないと思います。人間、やろうと思えば何だってできると思います。有沢くんだって、やろうと思えばぐしゃッとか効果音をつけながらだって存在を示すことができるんじゃないかと思います……。怖いので、やらないで欲しいですが。
「……無茶を言うなよ一ノ瀬」
「え? 何で私の思ったことが筒抜けに!? まさか、有沢くんてエスパーですか?」
まさか読心術を心得ているというのですか。どうしましょう、これまでの私の思考が全て筒抜けだったら。さすが、「俺の心を読むがいい!」と言い切るだけのことはありますね。誰も言い切ってないけど、そんなこと。
「それで? どうしたの」
「ああ、一ノ瀬は強制的にチェリー部に入ることになるかもしれない」
「…………」
は? チェリー部……なんですかそれ。アーチェリー部の略?
「あの過酷極まりない部活にコレが入っていかれるのか?」
え、私コレ呼ばわりですか。ていうかチェリー部ってなんですか。
「……いや、まだ正式に決ったわけじゃないけど、そういう話も在るらしい」
私のあずかり知らぬところで勝手に話が進んでいるようですが、チェリー部ってなんですか。さくらんぼ部? 私の名前が桜だから?
私が話についていけず、口を半開きにして話を聞いていると、紫様がすかさず説明してくれました。
「初心者お助け部……ようはただの助っ人だけど、どんな部活からの依頼も絶対受けるっていう……。中にはすごく個人的な依頼も受けてるみたいだね……」
「こ、個人的な依頼……!?」
紫様は頷いて、人差し指を立てました。
「別れたい、別れさせたいとか……、練習させて欲しいとか」
一瞬にして私の心は燃え尽きて灰になって散っていきました……。
――そんな部活、入れるわけねーだろ、という呟きと一緒に……。
これから男性と同室であるというだけでも嫌で嫌で、もしかしたら死ぬかもしれないというのに、その上何、チェリーだかちゃりーだかしりませんが、そんな得体の知れない怪しさ満天おかしさ十分の部活に入るなんて。
自殺行為です。本当に自殺しちゃったらどうするんですか。
唯一の女性である紫様は……よくこんな生活を耐えられるなと感心してしまいます。
「紫様は嫌じゃないですか? いくら部屋が別々でも、男と同室って……」
「え? ……あぁ、だって私、個室だし。別に……」
え? 今の言葉は私の聞き間違いでしょうか。今聞き捨てならないことをサラッと言いました。
「個室…?」
「うん。特待生一位はご褒美として個室があてがわれるんだ。古森先生から聞いてない? 私は学年トップだから完全個室……はっきり言って清々する……」
私は屈めばもう紫様とキスできるくらいの距離に近付きました。近すぎて、お互い息がつまりそうです。
「詳しく教えて下さい」
「う、うん。特待生は全員寮に入らなきゃいけないってのは聞いたね? 部屋は7部屋しか各階になくて、個室以外は二人部屋なの。これは成績順に部屋が割り当てられてて、各階のトップは完全個室。真中の部屋。勉強に専念できるようにっていう学園側の配慮で……」
じゃあなんで全部個室じゃないんですかねぇ。個室のほうが絶対いいに決ってます。
「部屋が二人なのは、お互い順位が近いもの同士刺激しあって勉強しあうからって狙いがあって」
いや、狙い思いっ切りはずれてますから……私はどうなるんですか。これじゃ勉強どころじゃないですけど。
「有沢は学年2位だったんだ…今まで特待生が14人しかいなかったから、二人部屋を一人で使ってたってわけ」
で。そこにいい鴨ならぬトドがやってきたと。
「特待生クラスに入りたいって子はいっぱいいるんだけどねー何分にも、こんなクラスだから……」
「皆敬遠するんですか」
「うーん、なんていうか……いや違うんだ……。ただ成績がものをいうから、入りたくても入れないっていうか……。あいつらの団結力の高さに負けてしまうというか……」
「なんたって番長思いですからね」
紫様が苦虫を噛み潰したような顔で私を見上げました。
「桜、お前は事情を知らないからそんなことを……」
「あ、ところで、お願いってなんでしょう?」
私が首をかしげると、紫様は小さな体をびくっと震わせ、一瞬赤くなってそれから固まってしまいました。
「そ、それなんだけど……」
「はい?」
可愛らしいことに、紫様は声を震わせて言いました。それはもう、何か色々と凌駕している、そんな感じでした。
「実は……蘇芳――有沢に、私のことをどう思っているのか、探ってくれないか?」
灰になっていつの間にか復元していた、それともどこかにバックアップが存在していた私の心が再度、音をたてて崩れました。
なんつー無理かつ無謀なお願いでしょう。そりゃどう考えても私には無理なお願いです。私はドラちゃんではありませんし、どこかのぽんとした妖精さんでもありません。ましてや男性恐怖症ですよ、一応。
「お願いだ……チェリー部は世のため人のため初心者のためにある部活なんじゃないのか!?」
「知りません!!」
ていうか、チェリー部であること前提に話されても、私はチェリー部じゃありません。私が顔を背けたら、紫様がぎゅっと私のスカートの裾を掴んできました。聞こえてくるのは鼻水をすする音。
貴方は駄々をこねて泣き喚く子どもですか。
今回ばかりは、たとえ紫様が私の友達だとしても、その悩みを解決することは至極難しく、私は戦死すること間違いないでしょう。これは予想ではなく、絶対起こることです。断定できます…………。
「有沢くん」
「…………」
「交換日記、しませんか?」
私は精一杯の笑顔を浮かべ、黒く塗りつぶされたA4ノートを叩きつけたのです。
結構無理矢理な展開に持っていってしまったのではないかと、反省。
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