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何かが起こるとは書いたものの。これって何かが起こったうちにはいるのか疑問ですが、どうぞ。
1章 同室者
06
 しかしまあ、よく見ると、体中本当に傷だらけですね……。私は眼鏡をはずし、自分の全体を鏡でまじまじと見ました。
 ……たるんだお腹の贅肉をつまんでみます。すっごーい。……ぽよんぽよんしてます。いっそ気持ちよいくらいの肉付き。こりゃー昔の私からは想像できません。何段腹なのか数えるのは面倒なのでやめておきます。
 これは、自分で言うのもなんですが、トドですね。

「さーくーらーちゃん」
「――――」
「あれ、どうしたの? 固まっちゃって」
 どこから入ってきたんだ、この変質者!
 音もなく奴は侵入してきました。しかも全く悪びれる風もなく、恥ずかしがる風でもなく。極当たり前のように、私が入っているシャワー室の脱衣所に入ってきたのです。
 見られた……。 
 私の裸……、見られた!!
 あまりにも衝撃的で、私はからだを隠すことも忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていました。
 見られたところでただの肉の塊です。それは認めましょう。別に出ているわけでも引っ込んでいるわけでもなく、むしろ色んなところが出てるんですけど、肉塊をみて何か楽しいですか。いいえ、私だったら絶対楽しくありません。見たってさしてときめきもしないでしょう。別にムラムラもしないと思います、はい。
 でもほら。羞恥心ってやつがあるんです。私にも。
 真白な頭では何も考えることができません。脳内でリピートしている言葉、それはKILL YOU! のただ一言。私の大軍が口々に叫んでいます。そしてDO IT! と叫ぶ脳内で一番偉い私。
「……の……ろう」
 意識がしっかりしてきて、慌てて私はタオルで体を隠しました。といっても、太すぎて覆いきれません。
「桜って、何かに似てるよな」
 すりガラス越しだけど……私の体は丸見えなわけで……。当然、奴にも丸見えなわけです……。私はふつふつと湧き上がる感情を必死で抑えていました。奴は後ろを振り返り、有沢くんに問いかけていました。
「なんだっけー、有沢、なんだかわかる?」
「…………トドだな」
「おお、そうだよ、トドだ! ――って、何か震えてるみたいだけど、大丈夫?」
 ……そうですか。私はトド。わかってますわ、そんなこと。だけどどうしてか、人から言われるとなんとなくムカつきます。もっとも、奴――速星楓に言われるから腹が立つのかもしれませんがねぇ……。トドの気持も考えてみろ、コノヤロー!! 
「早く上がっておいでよ。傷の手当ては俺が責任を持って……」
 は?
 貴方は一体何様ですか。
 私は何かがブッ千切れてしまいました。
「……い、いいから、も……う、さっさと……出てっ……ださい! だ、大た……どうして、こ……部屋に、……いる、ん……すか? ここは、きょ……ら、わらし……どす………なん……す! トドから、す……を取るん……すか? なんれ、そう……みに……な思いを、トドにさせる……で……すか? トドだって、せえ……生きて……るとは、思わない……んすか?」
 どうですか、わかりましたか! トドの気持が! トドよ、私は思いのたけをぶつけてやりました。敵はとってやりましたよ。 
 ――私の声から、泣いているってことは悟られなかったでしょうか……。
 別に悲しかったとか、そういうわけじゃないと思うんです。ただ、涙は勝手に流れてきてしまうので、とめようがありません。
 速星は、くるっと背を向け、やっと脱衣所から出て行きます。去り際、彼は小ばかにしたように笑って言ったのです。
「……だって、俺トドの気持なんてわからないし。トドになったことないから」
「……誰がトドの気持が云々の話をしてるんですか!!」
「いや、桜が……」
「人の話を聞いてなかったんですか!? ようはここから出て行けってことです!!」
「えー……なんでそうなるの?」
 怪訝そうに速星が呟きながら、やっと出て行きました。
 ――本当にムカつく男です。泣いている女の子がいたら、普通男は出て行くものでしょう。

 シャワー室から出た私は、鏡を見ながら何とか全身の手当てを自分で行いました。一番大変だったのは背中ですね。太ったおかげで、なかなか手が届かず、体をよじってみたりブリッジしてみたり、マト○ックスしてみたり、苦労しました。トドがマトリ○クスってすごい、意外と普通にできました。柔軟性は衰えてはいないよう。
 ただ、肉が邪魔で、体を反り返らせるたび肉が凝集。まるでローレスハム。

「桜、もっとやせた方がいいよ」
 脱衣所から出た私への第一声……。
「まだいたんですか。……早く自分の部屋なりあの世へなりヘルなり、どこへでも帰ってくださいよ」
 私は嫌悪感をあらわにした目で速星を見下ろし、冷たく言い放ちました。
「そんな、まるでこの世のものとは思えないものを見るような目で見つめられると照れるよ……。薄っすら殺意さえ感じるね」
 感じ取れてるんだったらさっさと消えればいいのに。ていうか、照れる? どうしてそこで照れる必要があるんですか。
 大体……なんでこの面子で仲良く卓袱台を囲まなきゃならないんですか。
 ――気まずいです。
「だってさー……。脱衣所で相当苦労してたでしょ? あんなトド見たことないからさー。ふんッ! とか、むんッ! とか言いながら手当てしてるの見てたら、何か可哀想で……。トドってあんなに真剣になれるものなの?」
「ええ!? またトド!? もうトドの話はいいじゃないですか!! 忘れましょうよ!! そうやってねちねちと……。貴方はねちねち製造マシーンですか? 私は納豆は嫌いなんですぅ!!」
 私は卓袱台をひっくり返しそうになるのを必死に抑えました。どんな逆襲が待っているかわかりません。とりあえず今は口頭攻撃で。
「ねちねち製造マシーンは黙って納豆を送り出す機械じゃない……。一つをねちねち追求して、徹底的に潰す機械だ」
「…………そうだったのか」
「………………」
 え、有沢くん。また今ので納得? 納得……されたんですね。 
 有沢くんが私達に茶を入れてくれました。どうでもいいですが、どこまでもマイペースなんですね、有沢くん。
「あ、ありがとうございます……」
「それ飲んだら、行くぞ」
 短い言葉でしたが、私にはそれだけで十分でした。速星が横から、私の肩をとんとんと叩いてきました。
 私はなんとなく反射的に顔をしかめて、何か? と速星を横目で見ました。
「桜、俺の時と態度が違う気がするのは気のせい?」
「さあ? そんなことないですけど……」
「ふーん……」
 私はさっさとこんな空間からおさらばしたく、出されたお茶を一気飲みしました。
「手当てありがとうございました、じゃあお先にさようなら」
 脱兎のごとく、この異空間から私は脱出したのです。


 ◆ ◆

「…………速星、一ノ瀬のこと嫌いだろ」
 唐突に有沢が言うものだから、速星は驚いてお茶を吹き出してしまっていた。
「何で?」
「いつも女には優しいのに、少し意地悪な気がするから」
 速星は有沢から渡された布巾でこぼれたお茶を拭きながら笑った。
「そういう風に見える? 有沢こそ、今日はいつにもなく饒舌な気がするけど。いつも寡黙な君が」
「気のせいだろう」
「じゃーお互い気のせいだね?」
「…………」
 お互い沈黙してしまう。
「見たのか?」
「ああ、意外と太ってなかった」
 …………。
「それよりさー、有沢は俺のこと、女たらしだとか思ってない?」
「…………事実だろ」
 速星は失笑した。
「いや? 俺はたらしじゃないよ? 桃のこと言ってるんだったら、違うから」
「……」
 疑惑の目で見てくる有沢に、速星は笑顔で受け流した。
「有沢、間違いをくれぐれも起こさないように」
「…………どこをどう間違えと?」
「…………そりゃそうだな」
 速星は黒ぶちの眼鏡を人差し指でずりあげ、意味ありげに笑った。
次回、番長さま登場。

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