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ようこそ、魔界の扉へ。桜ちゃん……
1章 同室者
05
  ◆

 私はとりあえず、もう引きずられたくなかったので無言で有沢くんの手を振り払いました。一瞬眉間に皺がよってしまいましたが、有沢くんは気付いていないようです。特に反応するわけでもなく、何事もなかったかのように階段を上っていきました。

 ドアの前には、【202号 有沢蘇芳】と書かれたプレートが掛かっていました。
 彼の名前は蘇芳というのですか。
 略してアリスくんですね。今日から私は魔界の国のアリスと一緒に住むんですね。
 どうやらここが今日から私が住むことになる魔界の扉のようです。はっきりって、ただの白いドアです。
 私があけるかあけまいか、ドアの前で往生していると、有沢くんが普通にドアを開けます。
「ちょっ……まだ心の準備ができてませんけど! 私にまだ魔界は早すぎます――もう少し修行を積んでからじゃないと……。私は獅子じゃないですからほら」
「え? 魔界?」
 有沢くんは震えながら魔界へと旅立っていきました……。アディオース。やっぱり私には無理難題ですコレ。
え……、ちょ……っと。有沢くん私の腕をいきなり掴み、魔界の中へ引きずっていきます。
 ――強制連行。逝ってきます、柳。私のことは心の姉としてとどめて置いてください。 
 こうなったら腹を決めます。特攻でも何でもしてやろうじゃないですか。心意気なら今の私は誰にも負けません。
 
 ……私は部屋に足を踏み入れた瞬間、驚いて言葉が出てきませんでした。
 有沢くんの部屋は意外と片付いていました。……というか、物らしき物がほとんどなく、本当に彼はここで生活しているのだろうかと疑いたくなるくらいです。
 あるのは、テーブルだけ。
 虚無に等しい空間。なんとなく寂しさを感じました。
 ただ、安心したのは、その部屋だけじゃなく左右に部屋が二つ、ドア付きであったということです。
 入ってすぐの空間は元々リビングのようなものらしく、有沢くんの私物は一切置いてありません。あるのは何故か私の荷物のみ。全部置いてあるわけじゃなく、三分の二は私が来るまでは空だった部屋に運ばれていました。
 しかし寮とは思えない広さ。ここだけで8畳はありそうです。どんだけ広いんでしょう。
 自分の部屋を覗いてみると、十二畳はありそうだとわかりました。ベッド付き、テレビ付き、ソファー付き。そして勉強机付き……。学生にあるまじき生活ですねこれ。
 喜びなのか、はたまた恐怖からなのか、私は戦慄しました。
 
「……今日から同室になるんだし、そんなあからさまに嫌悪感滲み出さないでくれよ」
 …………やっぱり。もしかしたら、私が有沢くんを気持悪いものを見るような目で見ていたとか、恐怖で顔が引きつっていたとか。この戦慄も実は恐怖でいっぱいいっぱいだからとか。そういうこと全部気付いていないと思っていましたが……。ばれてましたか。
「……あんまりそう邪険にされると、さすがに落ち込む」
 有沢くん、苦笑いを浮かべ、寂しそうに呟きました。これにはさすがに少し胸が痛くなりました。いくら彼が「俺の心を読むがいい!」という人間であっても、そういう言葉が出てくるってことはよっぽど傷ついたんですね。
「……ごめんなさい。何を考えているのかさっぱりわからないものですから」
「…………や、いいんだ。よく言われる」
 そりゃそうでしょうよ、有沢くん。
 だって語るに落ちるといいますが、あなたの場合、語らずとも落ちてます。語ってくれないと全然何考えてるのかわかりませんよ。世の中皆が読心術を心得ていると思ったら大間違いですって。
 まあ、私としては干渉しなくて済むので、相部屋が速星ではなく、有沢くんになってよかったと思いますがね。特別話をする必要もなく、有沢くんとなら平和に時を過せることでしょう……。 

「…………座って」
「はぁ……」
 私が一体この広い空間のどこに腰を下ろしたらいいのやら困っていると、有沢くんは無言で自分の部屋に入っていきました。

 ――あのー、私は一体どうしたら。座ってと言っておきながらあなたは一体どこへ……。
「あ、ありさわくーん……」
 とりあえず私はその名を呼びました。
「ありすー……」
 きんとーんと同じ要領で、有沢くんもすっ飛んできたらいいなーと思いつつ、まさか本当に来るわけがないよな、と思いつつ。

 有沢くんは手に座布団を持って帰ってきました。無事、帰還。
 それをフローリングの上に無造作に置き、私の姿を見て「あ――」と呟いて、またドアの向こうへ消えていきました。
 とりあえずそこに座れと、言うことでしょうねきっと。私は部屋の真ん中でちょんと体育座りしてみました。
 私は急になんだかおかしくなって、笑いがこみ上げてきました。
 今さっきの有沢くんの顔。
 ……学校についてから忘れ物をしたことに気付いたときの小学生みたいな顔でした。
「馬鹿みたいです。まとめて持ってくればよかったのに」
「馬鹿で悪かったな」
「ぎゃふんッ」
 私は思わず、ネコが尻尾を踏みつけられた時のような声を上げてしまいました。ネコが「ぎゃふんッ」と言うかは別として……。何故私の今の心の叫びが聞こえたのですか。私が思いっきり声に出してたからなんですよね、わかってます。
 背後から、救急箱を持った有沢くんが現れました。レベル1なのにいきなりバックアタックで先制攻撃を受けた気分。

「腕だせ」
 いきなり命令されたんですが。血で汚れたブラウスの袖を捲り上げて、黙って腕を差し出す私。こうしてみると、本当に生々しい傷です。ほとんど擦り傷ですが、血がにじみ出ています。あーあ……。編入早々制服を汚してしまいました。元はといえば全部有沢くんのせいです。ちょっと恨みがましい目で睨んでやりました。

 有沢くんは無言で私を立ち上がらせ、水道場まで無理矢理引っ張っていきました。動くたび、傷口が制服でこすれて痛いです。
 何故かキッチンまで完備されているこの部屋。この寮。
 蛇口をひねると、綺麗な水が流れてきました。
 ……ここで、赤いさび付いた水がもしかして流れて、私は無理矢理それを飲まされるのか、とか、顔を水の中に突っ込めとか言われるのかもとか、考えてないけどちょっとびびっていたので損しました。

「洗って」
 低く不気味な(甘い)声で、私の耳元で有沢くんが囁きました。そこ、別に囁く必要性を感じないんですけど、悪寒がするのでやめてください。 
 水に流されて、傷口が綺麗になっていきます。

 眼鏡越しなので顔がかなり歪んで見えるんですが、有沢くんはやはり綺麗な顔だなと改めて思いました。意識した途端、顔が火照ってしまいました。コレが男性じゃなかったら……。有沢くん……性転換してアリスになりませんか?

 そんなことを私が考えているとはつゆ知らないアリス……じゃなかった。有沢くん。
「……一応消毒するから」
 私の腕を有無を言わさず取り、有沢くんは黙々と消毒を始めました。
 ……実を言うと、全身打撲のため、全身擦り傷打身だらけなんですが、コレは言うべきなんでしょうか――。
 消毒が傷に染みます。思わず顔をしかめて低く唸っても彼は気にも留めませんでした。
「痛くても我慢しろよ、すぐ終わるから……。強いなー、偉いぞー」
 なんか、馬鹿にされているのか、子ども扱いされているのかわかりませんが、有沢くん……いつもと違います。妙に手馴れているというか……。怒っていいのかなんなのかよくわかりません。

 それに、どうしてでしょう。
 なんか嬉しいんですけど。
 そういえば、絆創膏をお母さんに貼ってもらうと昔そういえば嬉しかったです。
 私は顔を火照らせながら、有沢くんが傷口の手当てをしてくれるのをぼんやり見ていました。

「おしまい……?」
 あれ、最後なんで疑問系なんですか。有沢くん。
「……全身擦過傷?」
 有沢くんは私の体全体を見て、目を大きく見開いていました。……今気がついたんですか!? 遅ッ!!
 私は有無を言わさずシャワー室に放り込まれたのでした……。
今回は無口でクール(?)な有沢と桜中心の話でした。
次回、何かが起こります。(何

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