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3章 変か恋か
25
  ◆

 白い砂浜に照りつける夏の太陽。白い肌に細くくびれた腰。玉のような水滴がうっすら浮かんだ太もも。あるんだかないんだかわからないちょっとふくらんだ胸。前下がりボブの、栗色の髪の女の子。と、それにカメラのレンズを向ける有沢氏。

 わかってはいるけれど、自重できないがん見。

「うへへへへへ……かわいい」
「手を止めるな、ていうか気持ち悪いんですけど、桜」
「はい……すみません……」
 だってあまりにも紫がかわいいから……。今手に持っているのが包丁じゃなくてデジカメだったならば、絶対シャッター切りまくってるところなのに。悔しいです。なんでよりにもよってデジカメ持ってるのが有沢氏なのですか。あの人ちゃんと写真撮れるんですか。
 私は手に握った包丁をタマネギに思いっきり振り落としました。涙が止まりません。

「ちょ、撮るなよ蘇芳! わ、わたし一人で馬鹿みたいじゃないか!!」

 楽しそう……。いいなあ、いいなあ有沢氏、紫かわいいなあ。砂の城、芸術的すぎる。あれじゃあ城じゃなくて、砂の小山ですねえ。

「水着に、ならないの?」
 対して、私の隣にいる奴。
 見た目は完ぺきにヤンキー、金髪、黒縁めがね、焼けた肌の男。どこの世界の住人かは定かではありませんが、近くによると、私の体内温度が2,3度下がります。奴は魔王だと信じています。私をいじめることに生きがいを感じている危ない人です。奴――速星――と私は、じゃんけんで負けて、真夏の砂浜でぎすぎすとした空気のなかでご飯の用意です。
 私が水着になりたくないのなんて、私のボンレスハムみたいな体型を見ればわかることだと思うんですが、速星はそれを承知でわざわざ私に聞いてくるとしか思えませんでした。
「へ、は、ははは……」
 誰か助けてください。
 切ったタマネギをざるにうつして、ピーマンを真っ二つにぶった切り、速星は私の顔をじっと見つめてきました。黒いまなざしで桜は逃げることができなくなりました。もう紫とも有沢くんとも交代できません。
「わ、わたしの水着姿なんてみても、なんの目の保養にもなりませんよ? あはははは。それならまだ有沢くんの細いけど引き締まった肉体を見てるほうが目の保養になるんじゃないですか?」

 だってほら。速星って、有沢くんのことが……。あーなんかもうこんなこと知りたくなかった。

「え、何それ。そんなことないから!」
 何が。そんなことないって何が。必死なところがまた……。
「俺としては、桜の水着でもちょっとはその……」
「え!? ……どうしてですか?」
 私は訝しげに速星に聞き返しました。速星って、世に言うガチムチってやつが好きなんですよね……。わけがわかりません。もしかして、速星は私の腹が何段になっているのか知りたいのでしょうか。それとも、速星は新しい嫌がらせ技を習得させたのでしょうか。

「……なんでそんなに驚くの?」
「あ、別に……ななんでもありません」
 いけない、またこの間のことを思い出してしまいました。見なかったことにして、静かに速星と紫と有沢くんの三角関係を見守ろうと思ってたのに。

 あれは、有沢くんの風邪が治って、今度は何故か速星が風邪をひいたときのことでした。
 速星は有沢くんがうつしたんだと言い張って、有沢くんをいいように使って、ご飯作らせたりとか部屋を掃除させたりしていました。そんなこと同室者がやれと普通思うところでしょうが、運悪く同室者は帰省中のため不在だったのです。私も何故か一度速星に召集され、やつの魔力に勝てずに部屋に入ったのですが……有沢くんがいて。
 うん、やっぱり思い出したくないですね。
 何事もなかったかのように、私は部屋を出て行ったわけですよ。あの後速星に「どうしてこなかったの? そんなに俺が嫌なの?」とか散々いじめられ……。でもわかっていますよ。あなたはきっと、私が有沢くんと同室で嫉妬に狂っているんですよね。嫉妬、お疲れ様です。有沢くんは私のお姉ちゃんみたいなものなので、そう簡単にどこの馬の骨ともしれない奴に渡すことはできません。

「そんなに俺の前で水着になるのが嫌なの?」
「え、はあ……」

 あなたの前でなるのが嫌とか、そういう問題ではないんですけど。誰の前でも水着になるのは嫌です。ほら、私スクール水着くらいしか持ってないし。ビキニとか着れない。囚人服見たいな水着ならまだ着れるかもしれないけど。

 速星は眉を跳ねあげ、私を小馬鹿にするように鼻で笑いました。
「あ、ごめんねー。そうだよね、桜のそのブタみたいな体じゃあ、水着なんてとても無理だったねー。変なこと聞いてごめん」 
「はい、わ、私ボンレスハムですから」
 言うようになった、がんばった桜。成長した。見えない何かのレベル上がった。
 まああれですねきっと、速星が男にしか興味なくて、今までの私に対する態度が有沢くんと同室で大体の時間を共有していることに対する嫉妬だと思えば、辻妻があいます。かわいいじゃないですか。だからもう、速星はきっと怖くない、怖いけど。
 ごめんなさい、大好きな有沢くんと一緒の部屋でごめんなさい。……笑いがこみ上げてきて止まりません。

「桜、桜ー見てみて!」
 その叫び声に反応してまな板から頭を上げると、信じられない光景がそこにはありました。
「な、なんですか、その頭は!!」
 わかめを頭にかぶった有沢くんがあーとかうーとか言いながら、こっちに迫ってきます。何これ怖い。貞子と称された私に引けをとらないくらい怖い。
「ははははは、これ何て、軽くホラーじゃない? よし、柳くん帰ってきたら夜肝試ししよう」
「いーちーのーせー」
 それにしても、この人はのりが良すぎる。本当にクールビューティーな見た目と反して面白い人ですね。私は思わず噴き出してしまいました。
 わかめを頭に乗せたまま、有沢くんは私の前に立ちはだかりました。迫力が半端ないです。そして、すっと青白い手を出してきました。
「これ、拾ったんだ。色が桜色……かわいいだろう?」
「わぁー、綺麗な色の貝殻ですねぇ」
「一ノ瀬にあげる」
「あ、ありがとうございます」
 わー、貝殻もらっちゃいました。浜辺は目の前なのになー。探そうと思えば私だって綺麗な色の貝殻ぐらい探せると思うんですけど。首をかしげている私に、冷たい視線が突き刺さってきました。
 きた、嫉妬。

「桜、よかったねー。かわいいかわいい、貝殻もらって。それで、自分もかわいいとか思ってるの? 自意識過剰すぎの女って怖いね!」
 さっきより一層怖くなりました。私何かしましたか。貝殻もらったことがそんなにいけいないことなんですか。
「な……だ、誰もそ、そんなこと思ってません……」
「桜にはそこらへんの石ころで十分だよ有沢ー。そんなかわいいのは似合わないってー。ねー桜もそう思うよねー?」
 速星が私の頭を掴んで、ぐいっと自分のほうへ引き寄せてきました。
 私は全身に鳥肌がたってしまいました。怖いよ、やっぱり速星の嫉妬怖いよ。目の奥が熱くなってきました。これ、絶対今目に涙いっぱいたまってる気がする。
「ううう……」
「速星!」
「ばかほし!」
 紫と有沢くんが同時に声を上げました。速星はバツの悪そうな顔をして私の体を離し、小さな声で「ごめん」と言いました。私はそのことにとにかく驚いて、目を丸くしました。
 こいつ、謝るぞ。

「桜、ちょっと向こうの岩場行ってみない? あとのことは蘇芳と速星に任せればいいだろ。肉こがしてみろ、許さないからね」
 最後、肉のことだけ念を押し、紫は私の返事をきかずに腕を引っ張って白い波の打ち寄せる岩場へ歩き出しました。



 ◆

「速星と二人で、どんな感じだった?」
 紫は私の顔をじっと見上げ、唐突に訊ねてきました。大きなアーモンドのような瞳に見上げられ、私は息がつまりそうになりました。戸惑いながらも、今心にあることを正直にことばにします。
「どんな感じ……といわれると……。すごく怖かったとしか言いようがないんですけど……。有沢くんと私への嫉妬がひどいというか……」
「ええ、桜……気付いてたの? その、速星の……気持ちに」
 紫は一つ大きく呼吸をして、じっと私の目を見つめてきました。かわいいなあもう。

 速星の気持ちって……。あれですか。有沢くんが大好き?

「……はい。その……現場に居合わせたので……」
「え」
 紫は驚いたように私の顔を改めて見返してきました。
「え?」
「ちょっと、どういうことなの?」
「よくわからないんですけど、すごく近くて……口がくっついているように感じなくもないというか……」
 私は見たままのことを話しました。
「え」
「え?」
 また紫が、大きな目をさらに大きくして凝視してきました。
「いきなり……そんなことを……。それで桜はどう思ってるの?」
「え、いや別に……嫌だなとは思いましたけど、そういう人もいるんだなーって思いましたけど……。だけど、だからって嫉妬して八つ当たりとかしてこられても困るっていうか……」
「うん、それはそうだよね」
 何か考え込むように俯き、紫は口をつぐんでしましました。
「もっと早く言ってくれればよかったのに……」
「何か言いましたか?」
 紫の今の言葉が波の音に打ち消されて、よく聞こえませんでした。

「ところで桜。私のことは、蘇芳から何か聞けた?」
「小動物みたいで可愛い」
 つまり、けっこう、かなり、有沢くんのタイプなんだと思います。

「桜、ごめんね」
「何がですか?」

 私はきょとんとして紫の曇った顔を見ました。
 むしろ謝るのは私の方だと思うんですよね……これだけ時間がたっているというのに、一向に二人の間に進展がないのは、多分私が肝心なことを全然聞けていないからだと思うんですよね……。そう考えると、体が重くなりました。ああ頼られてもないもできない私って……何て無能なのか。

「私、無理難題を桜に押し付けてたよね……。今更だけどごめん。だから、もういいよ。本当は私だってわかってるよ。こんなことは、自分でなんとかするのが一番いいって。私らしくないなって思った」
「は、はい……」
 私は緊張して、顔がこわばりました。
 私は、もう用済みで……。だからさようならって、もう関わるなって。そんな突き放した言葉しか頭には浮かんできません。

「私は、桜のこと大事だと思ってる、友達だと思ってる。いつも言葉にしないけど、桜のこと、大好きだから……!」
 いや、私のほうこそ大好きです。
 
「だから、何も桜が言ってくれなかったことがムカついた。男性恐怖症だってなんで言わなかったのかも私には理解できない。桜が今も自分の感情とか、思ってることを押し殺してるかもしれないと思うと、やっぱムカつくよ! だけど、それがアンタなんだよね、それが桜なんだよね……。でも、たまにはさ。誰かに本心吐き出したっていいんじゃないの?」
「……ゆーさん」
「だいぶ、溜めこんでるでしょ? 速星のことにしても、有沢蘇芳のことにしてもさ……」
 ……まあ、実を言うとそうですけども。
 本心……かあ。電波みたいな本心を、吐き出しても、いいってことなんでしょうか。

 紫は両手で頬をぱんと軽く叩いて、目の前に果てしなく広がる青い海を見渡しました。
「はい、言いたいこと終わり。てことだから、これからは正々堂々と勝負しようね」
「え?」
「私は負けるつもりないよ?」
「大丈夫です。速星には負けるはずがありません!」
「え」
「え?」
 紫は眉を寄せ、怪訝な顔をして首をかしげました。
 私、何か変なことを言っているんでしょうか……。紫のかわいさは、速星には越えられない壁だと思うんですけど。
「わたし、アタックを開始するって言ってるんだよ……?」
「え、うえあ、はい。全力で応援します!」
「う、うん。ありがとう……」
 歯切れの悪いありがとうです。どうしたんでしょう。私が首を傾げていると、紫は拳を握りしめ、やけくそのように笑って言いました。
「まああれだな。有沢と速星と三人になったときは、空気をよめってことだ! 桜の好きにしたらいいよ!」
 素直に、速星と有沢くんを二人にさせてやれということですね。わかりました。
 紫はまたくるっと私の方を省みて、確認するように訊ねてきました。
「ねえ、桜、速星のこと……何だと思ってるの? 本当のこと言ってごらんほら」
「え、……うーん。ライバル?」
「ら、ライバル……?」
「怖い人、ゲイ、魔王、あとは……メガネ」
 正直に、私は答えました。なのに、紫はがくっとその場に膝をつき、何故か大声で笑い出しました。
「そーかそーか。やっぱり桜、最高だわ……!!」

 何で笑われているのか、私にはまったく理解できませんでした。
いつの間にか、季節が秋になってしまいましたね。ですが話の中ではまだ夏です。ただ浜辺で遊んでる番長と有沢が書きたかっただけです。あと柳。
速星はもうどうしようもありませんね。桜ももうどうしようもありません。

結構間が開いてしまいましたが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

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