時間の前後があります。前半は前話の数日後から、後半は前話の直後からとなっています。ご注意ください。
好きだという気持ちを自覚した速星。それは桜に伝わるのか……。
◆
揺れる金色の髪に差し込む光が当たって反射して、きらきらして綺麗でした。窓からはちょうどよく風が吹き、時間はちょうどお昼から一時間後くらい。お腹もいっぱいで、だんだん気持ち良くなって眠くなってくるころです。振り子のように動く頭を見ていると面白くて、このまま放置しといてあげようかなとか思ってしまいます。
で、今日は何しにきたんでしょうか。
気まずい。
話すこともないし、まず何を話したらいいのかわからないのです。何を考えてここに来たのかもよくわかりません。怖すぎる。何考えてるんですか。私のことなんだと思ってるのでしょうか。助けてくれたり、意地悪してきたり……もうわけわかんない。この人と二人きりで病室にいるとか猛獣の檻に放り込まれた豚の気分です。
鑑賞する分には全然いいと思いますよ、生きた芸術品だと思えば、速星は素晴らしいと思います。柔らかそうな金色の髪。ずり落ちた黒縁めがね。日焼けした褐色の肌。お前は何人だ。
「あの……えと……、速星……くん」
声をかけると、うつろいまどろんでいた速星はびくんと体を震わせ、姿勢を正しました。そこでどうして椅子から転げ落ちるとか、もっと面白いことができないのか、とかそんな高度な展開を私は求めたりしません、ちょっと期待したけど。
「何? 桜」
うわぁ。何かすごく……いい笑顔。ぱあっと一気に速星の周囲が明るくなりました。何が起こったんでしょうか。機嫌が最高にいい気がする。その証拠に、速星の頭には花が咲き乱れていました。ええ誰がなんと言おうと、私には見えるんです。
「き、今日は一人なんですか?」
「うん。一人で桜に会いたかったから」
へーそうなんだー。照れ笑いなんて浮かべちゃってまあ。
……私もしかしてタイマンでぼこられようとしてるんですか。
速星の目は爛々と輝いています。瞳孔すごい開いてる。獲物を狙う、フクロウとか夜行性の動物の目に似てる。やっぱりこれは私終わったと覚悟しました。
「やっぱり痩せたよね、桜」
とか言って、私の二の腕の肉をつまんでくる速星、セクハラで訴えるぞ。
「や、やめ、やめてください……」
「まあ相変わらずふよふよしてるけど。この感触は気持ちいい」
「うう……ッ。わざわざ私の二の腕触らなくたって……クッションでももふもふしてればいいじゃないですか……」
「やだ。桜のがいい」
誰か助けてください。何で私はこんな危ない人と二人でここにいなくちゃいけないんですか。
そうだ、無理にこんなところにいなくてもいいじゃない、私って馬鹿。
ベッドから飛び降りると、スリッパをひっかけて、病室のドアへわき目も振らず駈け出しました。
ところが、袖をひっつかまれ、私は前につんのめりましたが、転ぶ寸前に速星が手をまわして体を支えました。これなら無様に転んだほうが何倍かよかったことか。
速星はずり落ちたメガネのフレームを人差し指で押し上げ、薄ら笑いを浮かべました。
「どこいくの? トイレならそこだよ?」
「あ、あははははは!」
「あはははは」
笑えますか。
悪魔。まさに鬼畜。もう帰ればいいのに。唇をきゅっと引き結んで、私は速星を恨めしく睨みあげました。
速星は私をベッドに強制的に座らせ、自分のポケットに手を突っ込み、何かを探り始めました。
「え……ちょっ……い、い」
あの中はきっと、私に嫌がらせをするための道具がいっぱい入っている四次元何とかとつながっているのでしょう。わー何が出てくるんだろう、楽しみだなー……そんなわけありません。私は得体のしれない恐怖で、半開きになった口がふさがりませんでした。
「はい、これあげる」
動揺する私の口に放り込まれた、というか突っ込まれたそれ。全身総毛だちました。
口腔内に、イチゴの味が広がります。美味しい……けど。
「は……」
「桜、甘いもの好きなんでしょ? 番長が言ってた。それここに来る途中、通りにある店に売っててさー。色が桜っぽくて買ってきた」
え、どういうことなの。
口の中に無理やり突っ込まれた飴だったけど、なんかお腹がくすぐったいような、変な感じが。
「あああの……」
「何?」
首を傾げるな。目を細めるな。視線がいつもと違って、すごく眩しいというか、目に特殊な細工でもしたんでしょうか。光線出てます、見えない光線みたいなの。何考えてるんですか本当に。わけわからない、わけわからない。
「そんなことされると、こ、困ります」
「どうして?」
「どうしてって……。その……うまく言えないんですけど……期待、しちゃいますよ?」
私は速星から顔をそらしました。何言ってるのか、自分でもよくわかりませんが、すごく恥ずかしいことを言ったのは確かです。
もっと美味しいお菓子を持ってきてくれるかもしれないとか。速星は本当は悪い人じゃないのかもしれないとか。とりあえずチョコレートケーキ食べたいとか。期待してもいいんですか。厚かましいことを考えてしまいました。恥ずかしくて首まで赤くなっていそうです。
変な風に思われたかもしれないと、速星の方をちらっと盗み見たら、速星とばっちり視線があってしまいました。
どういうことなの。
大きく見開かれた目、少し赤く染まった頬。それから嬉しそうに笑って、頷く速星。何が起こってるのか私には全然わかりません。
速星は、鼻の頭をポリポリ掻いて、歯切れ悪く切り出しました。
「あのさ……桜って好きな奴とかいるの?」
「え……?」
何でそんなこと聞いてくるんですかね、変なの。
だけどどうしてでしょう。好きな人いないかと聞かれただけなのに、すごく胸が高鳴って、全身に血液が送られていくのを感じます。顔が熱い。
「あ、あああ、あの……い、いい」
ああ声が裏返ってうまく話せない。
「え、ああ……ごめん、変なこと聞いたみたいで。もういいよ」
速星はメガネのフレームを人差し指で押し上げ、クスっと笑いました。
私の好きな人、好きな人? そんな人――紫くらいしか思いつかないけど、でも……一瞬だけど、有沢くんがトラックを走る姿が脳裏によぎりました。好きな人とはちょっと違う気がするけど……今の生活の一部で、きっと大事な人であることには変わりないと思います。
元気かなぁ。
「そういえば、有沢くん風邪ひいてたんですよね。あの……元気、ですか?」
「随分唐突だなぁ……心配なの?」
急に、速星の周りの温度が3度くらい下がった気がしました。
「うん、元気だよ? 番長ががんばってケアしてくれたおかげで、今はもうすっかり元気」
言葉にも棘があるというか、突き放したような冷たい声で……急に人が変わったみたいで怖くなりました。鋭く私をとらえる光る双眸、その視線が怖いのに、視線をそらすことができません。全身の毛穴がきゅっと引き締まり、体の緊張は最高潮に達していました。
「別に桜が気にすることじゃないでしょ」
「あ、まあ……そうかもしれないですけど……」
「風邪治っても一度もここに来ない奴のことなんて、気にすることないでしょ?」
「あ……」
当たり前のことを、当たり前に言われて、なのに、お腹がきゅっと締め付けられるみたいに切ない感じに襲われて……。指先から力が抜けて、体が急に重く感じました。
「そう、ですか……。風邪、治ってよかったですね」
「……泣きそうな顔しちゃって」
何か呟いた気がしましたが、うまく速星の言葉が聞き取れませんでした。聞き返すきにもなりません。自分で今いっぱいいっぱいです。
「俺が風邪引いても、同じように心配してくれる?」
「……多分」
今の私にこたえられるのはそれがやっとでした。
速星は溜息をついて、視線をそらしました。極度の緊張から解放され、気付くと背中に病衣が張り付くくらい汗をかいていました。
「そう。ごめん、そんな顔させるつもりじゃなかったんだけど……俺そんなに怖い? まるで肉食獣を目の前に震えている子羊そのものだよね、桜の俺を見る目って」
「ぶ、ブタの間違いじゃないですか?」
「誰もそこまで言ってないでしょ」
速星は苦笑いを浮かべて言いましたが、いいんです。
……子羊なんて可愛いものじゃないことぐらい、自分でもよくわかってますよ。だからブタでいいんです。
速星は、ふと目を伏せ、眉をひそめて呟くように言いました。
「あのさ、桜。――この間は、無理やり桃耶に会わせようとして、ごめんね」
そんなこと。
確かにあれは驚いたし、できれば会いたくないと思いました。いきなり罵声を浴びせられて怖かったし、あの時の恐怖がこみ上げて来て……。だけど……このままでいいのかなとも、思います。
「……私、もう大丈夫ですよ。だから……また来てくださいって、伝えてもらえますか?」
◆ ◆
屋上から病院の中に戻ると、紫が丁度病室から出てくるところだった。速星は軽く片手を挙げた。紫は速星に気付くと、そのまま歩み寄ってきた。
「番長、もう帰るの?」
「うん、桜戻ってきたし、もう遅くなっちゃったし」
自分の肩にも満たない位置に番長の頭がある。速星は番長が小さくて本当によかったと心の底から思った。
今、速星の顔は、耳の裏まで赤くなっていた。心臓がなかなか元の速さに戻らなくて困っていた。真っ赤になった顔を番長に見られたら、この先学校で生活していかれないと思っていた。
エレベーターが上がってくるのを待つ間、紫は無言で厚い鉄板をじっと眺めて、何かを考えているようだった。そういえば、紫にあれほど桜を助けたのは自分だと絶対言わないでほしいって言ったのに、何故ばらしたんだと今頃になってちょっと腹が立ってきた。
「そういえば、なんで番長言っちゃったの!? あんなに言わないでねって頼んだのに!」
「え? 何のこと? 速星が特撮ヒーローに憧れてたってこと? 知らねえなぁ」
紫は悪びれる様子もなくひょうひょうと言った。
「別にいいじゃん」
「桜が混乱するでしょ……嫌いな奴に助けられたって……嫌なだけだろうし……」
自分で言った言葉なのに、改めて考えてみるとかなり精神的に痛いと思う。
紫は大きな目を光らせて、速星を見上げた。
「桜は、助けてくれた奴がたとえ嫌いな奴でも感謝するし、嫌だなんて思わないよ。って桜がさっき言ってた」
お人よし、というか……、馬鹿だ。
桜は、わかっていない。速星の言葉一つで桃耶が桜をいじめだし、それがどんどんエスカレートしていって今回のようなことになってしまったのだというのに。つまり、元凶は自分にあるんだと速星は自覚していた。本当は、今日桃耶と一緒に謝ろうと思っていた。もう一週間もたっていたし、大丈夫だろうと思って。
しかし思った以上に桜のダメージは大きいようだった。当事者の桃耶も、桜を前に興奮して、そのままどこかに行ってしまうし……。考えてみれば、桜が桃耶に会いたくないのも当然だ。
だけど……桃耶はこのままでいいのか。このまま桜から逃げたままで……自分は悪くないからと、自分の起こしたことから目をそらし続けるのか。それが桃耶のためになるとは思えない。桃耶が桜に向き合わない限り、多分また桃耶は桜をいじめる気がする。気のすむまで徹底的に。
だから、桃耶を連れてきた。自分がやったことから目をそらすなと、言いたかった。自分も一緒に向き合っていくから、だから一緒に来たのに。
――桃耶は、逃げた。
「どうすればいいと思う?」
「え、何が?」
「桃耶のことだよ……」
あの事件は、いいタイミングで夏休みに入ってくれたこともあり、あまり内外に漏れずに済んだようだ。噂によれば何故かどこか外部の圧力がかかり、学校内にも、学校外にも漏れることはなかったということらしいが――。
当事者の桃耶はいつもと同じように学校にきて、何事もなかったように日常を送っていた。
何も、感じていないのか。そう思うと、怒りがこみ上げてくるのと同時に、悲しみも感じた。
紫は黙って腕を組み、少し俯いた。
「責任感じてんだったら、ちゃんと向き合ってやれよ」
「……うん」
エレベーターが昇ってきた。ぼーっと扉が開くのを待っていたら、何人かの人が下りてきた。
その中で、フレームの細いメガネをかけ、キャップを目深くかぶった人物を速星も紫も目で追いかけていた。背も高かったし、何より人目を引きつけて放さないようなオーラがあった。彼は片手にスーパーの袋を持ち、目の前に立つ二人に軽く頭を下げて通り過ぎようとした。すれ違った一瞬垣間見えたその顔は、極整っており、天使を彷彿させた。黒髪、黒目、きめの細かい肌。紫も速星もその人物に目を奪われた。
速星は、その人物の顔をどこかで見たことがあった。よく知っているような気がするが、それが誰なのかはっきり思い出せず、すっきりしなかった。
「あ!」
「どうしたの、番長」
声を上げた紫に驚いて、その青年も立ち止り振り返った。
「いや、今の人、桜の弟だよね。一回前に会ったことあったけど。すごく似てるなあと思って……」
「え、桜に……? まあそう言われれば似てなくもないか……」
あれが弟って、おそらく桜には相当なコンプレックスになるのではないかと速星は思った。まあ、速星の知る昔の容姿端麗、才色兼備な桜ならばそうでもなかったのだろうが。
そういえば、昔は桜も柳と瓜二つの容姿をしていた。そりゃもう可愛い双子だった。成長すると、こうも変わってしまうものなのかと速星は思った。
「違うよ馬鹿だな。わたしが言ったのは、よくテレビとか雑誌に出てるF.Tの人だよ。ほら、ピアノとボーカル担当の人……RYUに似てる」
青年は溜息をついて二人に近寄ってきた。
彼はキャップを脱ぐとそれで口元を隠し、眉をひそめた。
「……あんまり騒がないでもらえますか。周りがうるさくなるのは、好きじゃないので」
「嘘、本物……?」
紫も速星も開いた口がふさがらなかった。
柳は速星に向けて笑んでみせた。
いきなり笑いかけられた速星の瞳には動揺の色が浮かんでいた。覚えているはずがない、こんな自分のことを覚えているわけがないのに、何故迷わず自分を射すくめてくるのかわからず、速星の気は動転していた。
「相変わらず、馬鹿みたいだな、速星楓。桜にまだ付きまとってるの? 馬鹿は嫌いだって言っただろう」
微笑みを顔に張り付けたまま辛辣な言葉を吐き出す美少年に、速星はますます混乱させられた。
「何だ、友達だったのか。じゃあ仲良くしてくれ」
番長からすれば、罵倒されても何でも、友達になるらしい。その感覚どうなんだ、と速星は突っ込みたくなったが、いまは自分でいっぱいいっぱいでそれどころではなかった。
「な……どうして俺のことを覚えて……ていうかその言葉をどこで……」
柳は方眉を上げて鼻で笑った。
「本当に馬鹿だな。小学生の同級生のことぐらい覚えてるだろ普通。楓くんも、僕のこと覚えてたんでしょ? それとも……たかだか数年前のことも忘れてしまうくらい、君の頭は悪かったのか? もう桜はあきらめろよ? 僕がせっかく振ってやったのに……逆恨みとかもやめろよ、見苦しい」
もう遅いよ、と速星は心の中で叫んだ。お前がもっと早くそのことを言ってくれれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに、ふざけんな、とも思った。
しかしわかっている。一番悪いのは、あの時あの告白した相手が桜ではなく、弟の柳だったことに気付かなかった自分で、自分が勝手に桜のことを特別な存在として見ていたことがいけなかったということに。
つまり馬鹿。
速星は笑えて仕方なかった。
「まあ泣くな。たとえ本当のことだとしても、それは仕方ないじゃないか……私はそんな馬鹿な速星のほうがいいと思うよ」
「番長、それ励ましてるの? それともけなしてるの?」
「けなしてないよ、馬鹿だとは思ってるけど」
本当は桃耶を桜とガチンコさせる回にしようとしましたが、やめました。
桜の過去トラウマを入れる回にしようとしましたが、それもry
柳と桜オンリーにしようとしましたが、それも没にry
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