ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
注:ぬるいかもですが、表現上暴力的かつ性的なシーンが含まれています。苦手な方はご注意ください。気分を害する恐れがあります。あと15歳未満のかたもご遠慮ください。
2章 ピンクの悪魔
19
 ◆

 今日は、なんだかいつも以上に肌寒い。厚い肉のボディースーツを着込んでいるような私の体型でも、それは身に染みて感じます。
 灰色の曇り空は、今にも雨が降りそうです。午後の降水確率は60%。朝は晴れ間がのぞいていたのに、四限あたりから雲行きが怪しくなってきて、それまでの青空が嘘だったかのような空模様です。どんよりと淀んだ空を見ていると、気が滅入ってきます。
 ああ、傘、持ってくればよかった。

 幸いにも寮生活だからいいものを、これが自宅通いなら大変なんだろうなあと、白く曇った窓を見つめてぼんやり考え事をしていると、空を裂くような一瞬の稲光。
 音が遅れて聞こえたから、多分まだ遠いとは思いますが……雷なんて、嫌な感じです。
 
 そうこう考え事をいていると、渡り廊下の端にピンク色の影が見えました。
 今、一番会いたくないような、会いたいような人物。
 私はスカートの裾を掴み、気持ちを落ち着かせようと深呼吸しました。大丈夫、大丈夫……。怖く、ありません。
 
 南棟の図書室前は静かで、私のほかに生徒は誰もいませんでした。桃耶さんに呼び出されたのは今日のお昼。話があるとかなんとか。 
 それはちょうどよかったんです、私も桃耶さんに聞きたいこととか、言いたいこととか、たくさんありますから……。

 桃耶さんは遅れて来たにもかかわらず、謝りもせずににっこり笑いました。笑ってごまかすのはよくありません。内心、ちょっとムッとしましたが、何とか顔に出さないように頑張ります。 
「一ノ瀬ちゃん、剣道部のみなさんにぼこぼこにされなかった? 大丈夫? 桃がせっかく一ノ瀬ちゃんのカバンにプレゼント入れておいてあげたのに、剣道部のみんなはすっごいお怒りだったみたいだね。ふふっ」
 え、いきなりそれ。不意打ちもいいところじゃないですか。直球勝負に出た桃耶さんに対して、私も覚悟を決めてバッターボックスに立ちました。

「……ご心配ありがとうございます。でも大丈夫です」
 震えそうな声を抑えて、私は努めて明るく答えました。
「どうしたの、そんな怖い顔して。震えてるよ? 大丈夫?」
 くすくすっと桃耶さんは笑い、窓によりかかって外を見降ろしました。
「ここじゃあちょっとあれだから、場所、うつらなぁい? 一ノ瀬ちゃんも、ゆっくり話がしたいでしょ?」

 ああ、窓を見ると水滴がいくつか付いています。雨が、降ってきました。
 それまでゆっくり歩いていたのに、あわてて走り出す通行人。予想以上に雨は激しいみたいですね。

 ――傘、持ってくればよかった。


 洗濯ものが乾かない。湿気で部屋がじめじめする……。サボテンが心配……。そんなどうでもいいことを考えながら、私は桃耶さんの後を歩いていました。


 桃耶さんはさっさと北棟の体育館のほうへ歩いていきます。いつもならテニスコートから聞こえてくるボールを打つ音も、体育館に近づくたびに聞けてくるきゅっきゅという足音もありません。静かです。聞こえるのは、校舎の窓を打ちつける雨音だけ。私と桃耶さん、世界に二人だけみたいな、変な感覚でした。
 その上バスケとバレーは遠征試合だから誰もいないんだと、ぼんやり思っていました。

 ――静か、だなあ。


 私たちは、体育館の倉庫までやってきました。ここに来る途中、誰にもすれ違わなくて、それがまた不気味です。
 いつもなら、バレーボールとバスケットボールがかなり場所をとっていますが、今日はそれらはありません。それらがないだけなのに、結構広く感じました。想像以上に広かったんですね。
「それで一ノ瀬ちゃん、桃に言いたいことなぁい? どんなことでもいいよぉ? 何言われても傷つかないから、言って? その代わり桃もね、今日ははっきり言おうと思うのぉ。一ノ瀬ちゃんて、想像以上に鈍いみたいだから、オブラートには包まないからねぇ?」
「……どうしてあんなことをするんですか?」
 言ってやります。私の思いのたけを知ればいいんです。結構勇気を振り絞って、あの時以来気になって仕方なかった疑問を桃耶さんにぶつけました。
 が、桃耶さんは失笑しただけです。
「どうしてぇ……? きゃはは、何それぇ。ちょーウケるんですけどー。新しいギャグぅ?」
「わ、私は真面目に聞いてるんですよ!?」
 私の言葉、ちゃんと聞いてくれてない。腹立たしいような、悲しいような。あれは笑ってすまされるようなことじゃありませんでした。

 桃耶さんはとろけるような笑顔を私に向け、猫撫で声で囁きました。とってもかわいい声ですが、それと話の内容が食い違っていて、無償に私の恐怖心をあおります。
 この人が、何を考えているのかわからない。

「わかってて聞いてるんだよねぇ? いつまでもぶりっ子ぶってないで、本性現したらぁ? 腹割って話そうよぉ。真っ黒な本性見せてよぉ。どんなテク使って番長とか有沢とか味方に引き入れたの? やっぱり類友ってやつ? 一ノ瀬ちゃん同様、真っ黒な人たちだもんねぇ」
 さらに、私だけのことならまだしも、有沢くんや紫のことまで悪く言うなんて……。私は恐怖を越えて、怒りのボルテージが高まっていきました。
「わわ私のことは何とでも言って下さい……。でも、番長とか有沢くんは関係ありません。ひどいこと、言わないで……」

「うっわぁー。何それぇーきもーい。きもいとは思ってたけど、ここまでひどいとは思わなかったよお」
「えっ……」
「何ていうかさ、一ノ瀬ちゃんて、外見がキモいとかじゃなくて……キモいよね。どこまでいい子ぶってるのか桃よくわかんなぁい。何で? 何言われても怒んないのぉ? おかしくない? どんなに罵声を浴びせても平然と笑っていられるなんて……キモイよ」
 ええ、ええ。どうせ私はキモいでしょうよ。わかってます、わかってるからどうでもいいんです。自慢じゃないですけど自覚あるキモさですから。
「面と向かってキモいとか言っても、全然怒んないんだねぇ」
 今さらですが、桃耶さんとは会った時から結構失礼なことを言っていた気がするので、別に今更気になりません。

「番長さまは一ノ瀬ちゃんのこと、きっと心の中じゃ笑ってましたよぉ? 何コイツ使えなーい、ちょっと利用してポイしちゃおっ――なーんてね、きゃははは。あまりの無能っぷりに、番長さまも絶句ですぅ」
「――……ッ」

 何ですかそれ。
 たとえ本当のことだとしても、あなたに言われたくありません。

「えぇ? あまりのショックで絶句しちゃいましたかぁ? そんな訳ないか。一ノ瀬ちゃんは桃の言葉が理解不能だったもんね? 樽は大人しく転がされてればいいのぉっ。あのとき階段で一ノ瀬ちゃんに体当たりかませたんだけどねぇ、桃のほうが吹っ飛んだんだよ、すごくない!? 肉の壁だね、一ノ瀬ちゃん!」

 何で私は、今泣きそうなんですか。
 本当の事だから? 

「あらあら、泣いてもいいよぉ? ぶちゃいくなお顔が更に不細工になっちゃうよぉ? これだけ言っても、一ノ瀬ちゃんは反撃の一つもしてこないんですねぇ。どうしたのかしらぁ?」
「こんなことして、何の意味があるんですか?」
 私が言えたのは、そんな言葉だけ。そんなこと聞いたって、全くもって意味ないということぐらい、自分でもわかってます。だけど、それしか出てこなかったんです。
 不思議ですね、いつも本当にいろんな言葉で頭がぐちゃぐちゃになるくらい考えてるはずなのに、こういうときに出てくる言葉って、あんまりないです。 

「あはは。面白いねえ一ノ瀬ちゃんて。いじめに意味なんてないんですぅ」
「……」
 
 わかってたじゃないですか。こんなこと言うなんて、私ってどこまで愚かでとろくてキモいんでしょう。
 
「ただ桃は一ノ瀬ちゃんが気に入らなかった、楓も一ノ瀬ちゃんが気に入らなかった。みんな一ノ瀬ちゃんが気に入らなかった、ただそれだけのことなんだよぉ? ひとつお勉強になりましたねぇ」

 ……私も、最初からきっと、あなたのことは気に入りませんでした。
 握りこぶしをつっくって、私は唇をかみしめました。
 気に入らないからって、全部言葉に出して態度に出してたら、世界は崩壊してしまします。桃耶さんは社会に出ていったらどうする気なんでしょう。

「一瞬でも優しかった桃に感謝してもらいたいくらいよね! でもお友達ごっこはおしまい。嫌いな子と仲良くしてあげるなんて、桃って最高にイイ子だよねぇ! ってことで、これは優しい桃ちゃんからの餞別でぇす。じゃあ、ゆっくりしてってね!」

 そう言って、桃耶さんは私の体を体操マットの上に突き飛ばし、にっこり笑って体育館の倉庫を閉めました。
 ガチャっと、錠をする音がして、耳障りな高笑いが聞こえました。
 ちょっと、嫌です、何これ。
 どんなに叩いても引いても押しても、倉庫の鉄の扉はびくともしません。
 ……倉庫に閉じ込められました。
 中からではどうすることもできず、力尽きてその場にへたり込む私。冷っとした床が気持ち悪い。
 
 暗い倉庫を手探りで渡り歩いてみたところ、密室であることが判明しました。しかも電気もなければ窓もない。外の様子なんて全くわからない。どうなってるの、この学校。ふざけないでください。
 きっと今頃は、集中豪雨で雷が鳴っていて、校庭に巨大な池みたいな水たまりができているに違いありません。

「……?」
 一寸先の闇の中で生温かいものに触れました。何か湿っぽいような、それでちょっとごつごつしてて……何でしょうこれ、気持ち悪いなあ。

「え!?」

 突然右手を引っ張られ、マットの上に体を投げ出されました。壁に頭が打ちつけられ、痛みで意識が朦朧とします。そういえばさっきからはあはあという気持ち悪い音がして……。
 
 私の他に誰かが、いるということでしょうか。そう考え始めたら、私はパニックに陥りました。どくんと大きく心臓が波打ちます。
 
 ――怖い。怖い怖い怖い。

 

 私は頭が真っ白になりました。もう思考停止、何も考えられない、言葉もでない。
「……ッ!?」
 背後から、ごつごつした大きな手に口をふさがれ、直後に首筋に熱いものが当てられる。ぬるぬるした、湿っぽい感触。
 無我夢中で後ろにあるものを退けようと、手で押しても、全然びくともしません。
 悲鳴を上げても、声にならない。
 押し返しても、それ以上の力で抑えつけられ、手の自由を奪われる。

「おい、ちょっと抑えてろ」
「こいつ蹴ってくるぞ」
 どんなに暴れても、どんなに抵抗しても、逃れられない。
 
 いやいやいやいや。

 やめて。

 私に、触らないで。

 震えが止まらない。……死にたい。

 私の意思とは無関係に、私の体はマットの上に組み敷かれ、私の上に重みがかかる。
 ぷちぷちっとブラウスのボタンをはずされていくのを、私はどうすることもできずにいました。
 肌蹴た胸に吸いつくそれ。
 
 何がそんなにおいしいの? 
 何がそんなに楽しいの? 
 私はちっとも楽しくなんてないのに。

 涙が、頬を伝っても、それが涙なのかもわからない。瞳に映るのは、ただの暗闇だけなのに。肌身から伝わるのは、人の体温と、荒い息と、ごつごつした手。
 
 心臓が張り裂けそうなくらい、激しく全身に血液を送り出しているというのに、私の四肢は冷たくて、体が凍りついているようでした。
 体が、自分のものではないよう、魂だけが遠くに行ってしまうような感覚。置いて行きたくなんてないのに。

 私の体で、今唯一暖かくて血の通った部位も、口を寄せられては全部熱を奪われて、凍りついていきます。
 強張った体、なんてみじめな私。
 涙が、止まらない。

 足を堅く閉じて、必死に抵抗してみても、強制的に体を割って入れられて、どうすることもできない。
 虚しい抵抗。
 これではまるで人形……。

 ――そんなことを、前にも思ったことがあった。

 

「桃ちゃんから、すごくエロい子紹介してあげるとは言われてきたけど……」
「でもいいだろ、これDはあるぜ」

 気持ち悪い。頭がくらくらする。
 吐きたい。

 桃耶さんが私が男性恐怖症だと知っていて、これを仕組んだのだとすると、これはすごい。私にとって最高に苦痛ないじめ……いえ、それ以上のものでしょう。

 誰か、助けて……。

 
 

 
「いやッ!」

 有、沢くん……。早く帰らなきゃ……また心配するでしょうね……。


「やめてください!!」
「こいつ、意外と声可愛いな」
「ははは、いい声であえいでくれるんじゃね?」

 ゆかり…………。ごめんなさい、私……だめですね。

 柳……。今度も絶対助けにくるって、約束したよね……?

 
 体にいくつもつけられる赤い痕。もう、たくさん。

 この先どうなるかなんて、知りたくない。――もう、いらない。
ごめんなさいを連呼したい気分です。
次回は救いがあるとおもいます、本当にごめんなさい。

cont_access.php?citi_cont_id=383007143&size=135
小説家になろう 勝手にランキング←登録してみました。応援していただけると嬉しいです。
拍手を送る
※12/25 拍手お礼小話更新


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。