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前半、桜のターン。
後半、紫のターン。
桃耶さんとは一時休戦。
2章 ピンクの悪魔
17
 ◆

 誠意を持って何事も行えば、自ずと結果はついてくる、私はそう信じています。

「トドちゃん、この間のレモンのはちみつ漬け、また作ってきてよーあれうまかったわー」
「サダちゃん、あたしのTシャツどこー?」
「とろちゃーん、シューどこだっけー?」
「一ノ瀬ー、お腹すいたー」
 
 何これ、何このハーレム状態。
 最初はめちゃくちゃ怖かった剣道部の皆さんも、今じゃ何かと私に声をかけてくれ、背中をばしばし叩き、かまってくれるようになりました。これも日々の研鑽の賜物でしょうか。
 これで全部許されたなんて思っていません。山村さんの視線は相変わらず厳しいし、彼女はまだ足を引きずるようにして歩いています。それを見るたび、本当にとんでもないことをしてしまったな、と自分の愚鈍さを思い知る毎日です。
  
 桃耶さんは、あれから部室に顔を出さなくなりました。廊下ですれ違っても、視線がぶつかっても、無視されるだけ。
 ……何か怒ってるみたいですね。どうしたんでしょう。
「桜、お疲れ。お前ーがんばってるなー」
 ハーレムから開放されてボーっと部室の掃除をしていたら、白い袴姿の紫が入ってきました。小さな体に小さな顔。くりくりした大きな目。りんごみたいに赤くなった頬。汗ばんだ額に張り付く髪。うん、どれをとっても完璧すぎるくらいかわいい。
 私は心のそこから満足して、自然と笑みがこぼれました。
「何? そんなうれしそうに笑って」
「あ、そ、その……かわいいなーと思って」
「か、かわいい!?」
 びくっと小さな肩を震わせて、紫は叫びました。そんな、私がかわいいって言ったらいけませんか。
「有沢くんもかわいいって言ってましたよ?」
「え……蘇芳が?」
 あーあ。首まで赤くなっちゃって。急にタオルを首に巻きつけたり、顔をぬぐったり、あたふたする紫を眺めているのはとても和みます。
 私の視線に気づいたのか、紫は持っていたタオルで私に攻撃してきました。
「ちょっ、動いた後だからだ、勘違いするなよ! べ、別に蘇芳がかわいいとか、そんな言葉で赤くなったわけじゃないんだからな!」
「はい!」
 私は生暖かいまなざしを向けました。紫はああ言ってますが、そんな言葉はスルーです。紫は、本当に有沢くんのことが大好きなんだなぁ、必死になる紫がかわいい。見ていると、笑顔になれます。かわいい生き物は大好きです。
「桜はいつも、私の前だと普通に笑うよな……」
 え? それじゃあ、私いつもはどんな感じに笑ってるんでしょうか。もしかして、めちゃくちゃ怖い笑顔とか。
「違う――私と、有沢蘇芳の前だと……」
 そこで紫は口を噤み、何でもないといって、笑いました。その笑顔は目が笑ってなくて、無理に笑ってる、そんな感じがしました。

 ◆

「ねー有沢くん。私って、有沢くんの前だと笑顔ですか?」
「…………うん。すでに顔の筋肉が緩んでる」
 有沢くんは、三秒くらい私をジーッと見つめてきました。なんだか凄く恥ずかしいけど、かわいいから許せます。
 実費で買ってきた黒髪ロングのウィッグを指でくるくる巻きながら気だるそうに私が勉強しているのをみています。ありがとうございます。でもとりあえずお前も勉強しろ。
「ごめんなさい、でもすみません。どうしてもほら、あまりにその格好に、似合ってるものですから……」
 笑わずにはいられません。
「じゃあ、魔王の前ではどんな感じですか?」
「……いつも顔つってて、歪んでる」
(鏡のように速星の顔も歪むけどな。それを見て一ノ瀬がさらに顔を引きつらせて歪んで速星が――無限ループだ)
 顔つってるって、歪んでるって。
「思うんですけどね……速星がもう少しかわいい顔で、女装が似合って、カマ口調でフレンドリーだったら、私もこれ以上顔を歪めなくてすむと思うんですよね……どう思いますか?」
「そりゃー笑い死ぬな」
「即答!?」
 いつも答えを導き出すのにどれほど時間をかけていることか。それが即答。
「ところで私、剣道部で一代ハーレムを築き上げました、凄くないですか? 有沢氏ざまー」
「……何がざまーなんだ」
 切り替えしが冷たい。いつものことですか。そうですか。どうせ何こいつすごい馬鹿っぽいことで喜んでるキモいとか思ってるんですよね。
「心配してくれなくても大丈夫だったってことです。でもあの、その……いろいろとありがとうございます」
「…………よかったな」
 ――今、有沢くん笑った……? しかもなんかすごくやわらかい笑顔だった……ような。見間違いかもしれません。有沢くんは私を少し喜ばせておいてから陥れることに関しては天才過ぎますから。
「そ、そんなことで私を陥れようなんて有沢くんもまだまだですね! 騙されません!」
「……うん、とりあえず落ち着こうか一ノ瀬。現実世界に戻っておいで」
 有沢くんの声がわずかに震えました。また笑いをこらえているんですね、この爆笑王子が。
「い、いやです! メガネのない日々に現実世界なんてこないんです! ちくしょーどちくしょーメガネ返してください」
 どうしましょう、何か何も考えずに言葉を発するあまり、会話が変になっていきます。キモい、自分がキモくて痛い。
「…………わかった、メガネは今度一緒に買いに行く。俺が弁償しよう」
 大体、メガネなくても視界はクリアーだけど、メガネをかけ続けていたら本当に視力が最近落ちてきたようなんです。黒板の字はちょっとピントがずれるし、今もなんか、目の前がかすんで見える。
「…………頼むから泣くなよ」
「な、泣いてないですよ……これは汗です」
 有沢くんは、あとで私の醜い面を思い出してひーひー笑っているに違いない。ひどいやつですね。

「一ノ瀬、ノートは?」
「え、ああ、ごめんなさいまだ書いてなくって……」
 有沢くん、私の勉強の邪魔すぎる。さっきから視界に入って集中して勉強できません。もうすぐ期末テストだって言うのに。
 有沢くんは授業中寝ているくせに、何故か私より勉強できる人です。しかも寮に帰ってきても私の勉強を眺めるだけで、自分はちっとも勉強なんてしやしません。ちくしょーいっぺん赤点地獄に落ちればいいのに。
「……じゃあ、今書いて」
「こ、ここでですか……?」
 渡す本人の前で書くなんて、意味がわかりません。そんなのノートに書かなくたって直接言えばいいって話です。
「……ダメ?」
 ええええええ。何このきれいでかわいい生き物。小首をかしげて笑顔でダメ? とか、そんな反則許されるんですか。さすが魔界の住人。人の心を掴むのは得手と見えます。
「書きます、書けばいいんでしょう!?」
 私って、もしかして押しに弱いんでしょうか。断ればいいのに、断れない私って、本当に馬鹿。
 といったはいいものを、書きかけのページをみて心臓を吐き出しそうになりました。
 私、何を書こうとしてたんですか。「有沢くんす」って何、何なの。
 私はそれをなかったことにしました。さあ消しゴムよ、証拠を隠滅するのです。
「何消してるんだよ、……お前はフジキか? ところで『有沢す』って何?」
「フジキ違うッ! えーとえーと……すっぱいにおいがします」
「……柑橘系か。そうだね一ノ瀬はいつ俺のにおいを……」
 待ってください、段々変な方向に話がいくような気がして……。
「……もういいよ、俺が書き足そう」
「何でそうなるんですか!?」
「『す』の後といったら…………」
 ――すきな人、いないんですか? 紫のことを、どう思ってるんですか?
 じーっと何を書くのか見ていたら、有沢くんは急に書くのをやめてしまいました。
「…………俺だったら、一ノ瀬すきな人いないの? って書く」

 言葉が出ませんでした。またいつもみたいにからかってるんだ、そう思って有沢くんの目をちらっとのぞいたら、真剣そのもので、心臓を掴まれたような感覚に陥りました。
 答えられない。
 どうして答えられないのか、自分でもわからない。
 
 ◆ ◆
  
 不可解だった。
 胸が、もやもやする。
「でもさ、わかってて止めないなんて、番長さまも鬼畜だよねぇ? ふふっ、友達……でしょ?」
「何のこと?」
 窓辺に寄りかかって、外を見下ろすとジャージ姿で駆け回る桜の姿があった。今日もどうせ、パシられているのだろう。
 ――今日も、桜はがんばってる。ちょっとこわばった顔で、笑顔を浮かべようとして失敗。そんな感じの顔。
 最初はあの顔にドン引きしていたけど、今はもう見慣れた。

「ありもしない噂とか無視とか……全部知ってたけどかばってあげなかったじゃなぁい? こういうこと、放っておける性質じゃないでしょ? 何で何でぇ?」
 ――何言ってるの? そんなの関係ないし、どうだっていい。桜のことが心配……? 違うと思う。
 あの子が叩かれるのを見て、一瞬だけど心の中で笑った。くだらないと思っていたけど敢えて止めなかった。いい気味だと……思った。
「さっすがぁ番長さまですねぇ。人を利用するのが上手、切り捨てるのも上手!」
「それ、桃耶にだけは言われたくないね」
「番長さまも、一ノ瀬ちゃんが気持ち悪いんでしょ?」
「…………」
 紫は桜から視線をそらし、桃耶を横目で見やった。
 桃耶は、一ノ瀬が気持ち悪いと言っている。紫は、別にそうでもないと思っていた。むしろどっちかというと、桜は見ていて面白い、いろんな意味でおいしい。

 傍目から見ているとよくわかるが、本人たちはまるで無自覚のようだ。
 桜は、有沢のことをどう思っているのだろう。
 そう思い始めたのは、有沢が桜のことをとても気に入っているからだと気づいたからだ。
 あいつらは、お互いを無意識に意識しているのではないか?

 そう思ったら、桜がセフレを募集してるだの、淫乱だの、ありえないような話が耳に入っても、別にどうでもいいし、かばってあげようとも思えなくなった。
 
 自分のことをどう思っているか聞くどころか、有沢と桜が仲良くなるなんて、笑い話もいいところだ。もうなんでもいいよ、とか紫は思っていた。
 
 何もしてあげないどころか、そんなことがあっても無視して、自分の恋のために桜を利用してきたというのに、桜は紫に笑いかける。それがすごく、不可解だった。
 人を疑うことをしない桜に少し苛立ち、同時に安心した。楽で、居心地がよくて、でも……怖い。
 ――胸が、もやもやする。

「番長さまはぁ、一ノ瀬ちゃんが気持ち悪くないのぉ? 桃はとーっても気持ち悪いのっ。何考えてるのか、全然わからないッ。あれだけいじめられても全然平気そうな顔しちゃってさー、マジホラーじゃん? 信じられませんねぇ本当に」 
「そんなことをわざわざ言うために私を引き止めたの? 桃耶さ、暇人だね」
 はッと短く息を吐いて、紫は窓から身をわずかに乗り出した。今度は有沢が走る姿が目に入る。
「いーのッ! いつも忙しく働いてるんだから、いーのッ!」 
 桃耶はフグのように頬をぷーっと膨らませた。それを指でつんつんつつきながら、紫は気だるそうにため息をついた。
「大体、そういうことならお前の彼氏にでも愚痴れば? ほら、金髪のメガネ猿だよ」
「なッ……。知ってるでしょ!? 楓は……彼氏じゃないもん」
「あーそうだったねー。彼氏未満でしたねー。数ある彼氏候補のうちの一人でしたねー。だからお前はいつまでたっても彼氏ができないんだろ、いい加減学習しようね、桃ちゃん」
「相変わらず口悪いね、まさに鬼だねッ。だってさ、考えてみてよ? どうする? 有沢蘇芳が一ノ瀬ちゃんとくっついちゃったら。大変でしょ? 何年片思いしてるの? 馬鹿なの? 死ぬの? そうならないように、早く一ノ瀬ちゃんを追い出すとか、学校にこれないようにするとか、何とかしないとほらぁ」
 桃耶は笑みを浮かべた。言葉の端々にムカッときた紫だったが、何も言い返す言葉が無かった。
「あー、そうだぁ。桃もういかなきゃー。番長さまも早くおいでよ? いいもの見せてあーげるッ」
 どいつもこいつも、勝手なことばっかり言って。

「あーもう。私、馬鹿みたい……」

 

 桜はいつも、私に語る時は無邪気に笑う。私の姿を見つけると満面の笑みを浮かべる。一生懸命有沢のことを話そうとする。だから桜に聞いてみたことがある。
「桜、どうしてそんなに一生懸命なの?」
「えッ……あ、あの。だってほら、ゆーさんの笑顔を見るのがすきだからですよ」
 照れたようにうつむいて、段々小さくなる声。
 人の良さがにじみ出てる。
「なんか、ゆーさんが笑ってると、私もつられて自然と笑っちゃうんですよね。あ、いつも私が笑って近寄ってる変態みたいな言い方ゆーさんしますけど、きっと逆ですからね?」
 桜が笑う。驚いて小さく声が上がる。
「え?」
「私が先に笑ってるんじゃなくて、最近はゆーさんのほうが先に笑ってます。私はつられて笑ってるだけで……って何で笑うんですか?」
 それはきっと、桜の行動がおかしいからだと紫は心の中でつぶやいた。
「別に。笑ってないよ?」

 桜、あんたは有沢のこと、どう思ってるの?
 本当は……好きなんじゃないの?
 それなのに自分が利用されていることに怒らないの?
 聞きたい、知りたい。本当はどう思っているのか。
 なのに、いつもいちいち私に笑いかける。とても……不可解だ。

 胸のもやもやが、……晴れない。
はい、というわけで今回もグダグダでしたね。紫のターンが重すぎたかもしれないと反省しています。次は桃のターンになるので、がんばります。

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