今回は有沢氏のターン。有沢氏って、こんなに饒舌なはずn(ry
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夕焼けがきれい。沈む夕日はまるで巨大なオレンジ。おいしそうですね、今日の夕飯……オレンジが食べたくなりました。
重いかごをひとまずおろし、痛む腕をもみほぐしながら見る空。雲が、まるで黄金郷のよう。茜色に焼けた空がまた鮮やかで、下校する生徒の影がすごく趣深い。
すれ違う人はみんな女の子。今日の私はついてます。え、ついてる……の?
グラウンドでは、陸上部の部員たちが、ハードルの片付けをしていました。部活、終わりのようですね。
――私のこれは、とても今日中には終わりそうにありません。部室の掃除もまだだし、剣道部のみなさんにドリンクの差し入れとかもしたいし。
メガネ、有沢くんに壊されたままだし新しいの買わなきゃ。明日が見えないし。
今日が終わろうとしています。まだ日付は変わらないけど、夕方って、その日の終わりと同じような気がするんです。でも、私の今日は……まだ終わりじゃないです。
やることが、たくさんあります。
とりあえずこれ干したい。まずはそれからだ、桜。
乾燥機は壊れてるし、一回に洗えた量はそんなに多くなかったし。あのコインランドリー、駄目です。どこかに早く干さないとしわが……。
「……? 何してるんだ」
グラウンドを横切ったときでした。
振り返ると、ジャージ姿の有沢くんが腰に手を当てて立っていました。まるで珍獣でもみるかのような目で私と大量のシャツを交互に見比べて。まあ無理もないでしょう。もしも私が逆の立場だったら、何この人って首をかしげたくなると思いますから。
「洗濯してきました。2キロ先のコインランドリーまで!」
私は脱兎のごとくその場を逃げ出しました。実際のところは、体中のぜい肉をゆっさゆっささせて走ってるから兎なんてかわいいものじゃないですけど。これなんてはた目からみたら絶対トドです。
なぜ逃げるかって? そりゃ条件反射というやつです。いくら相手が有沢くんで、ある程度免疫抗体がついても、いきなり男性から声をかけられればびっくりして逃げたくもなるというものでしょう。心の準備ができていません。私の心は、きっとガラスより脆いのです。
そして、無表情のままマッハで追いかけてくる有沢くん。怖い、そんなことされたら余計必死になって逃げたくなっちゃうじゃないですか。
「ななな、なんで追いかけてくるんですか!?」
「…………条件反射だ」
お、鬼ごっこですか? あはは、もう、有沢くんたら。
……私、絶対負ける自信がありますよ。肉の塊トドちゃん対引き締まったチーターってところですか。
今の私には、有沢くんは本当に鬼にしかみえません。さすがは陸上部。あっという間に私のジャージをひっつかんで、私は顔面を地面に打ちつけました。鬼、悪魔。これでも一応女ですよ、いくら私のつらの皮が厚いといっても、今のは本当に痛かった。びりびりきました、もうこれ、私の一部じゃない。顔が遠いところへ行ってしまわれました。
「洗濯機ならあるだろ。寮内に」
「…………あ」
言われてから気付きました。確かに寮内には、コインランドリーに負けず劣らずの広い洗濯場があります。忘れてました、完全に。
寮生は、空いていればいつなんどきでも、そこで自由に洗濯できるようになってます。それ以外に、各部屋にも洗濯機が一台ずつ付いています。
他にも、冷蔵庫とか、テレビとか。どこのホテルだよって思うものがたくさん付属していました。
すごい学校ですよね。
「それで……どうしてこんなことしてるんだ?」
「え、剣道部の――良くいえばマネージャーです。悪く言えばパシリです!」
――つまり私は駄目な人間です。自分で言っておいてなんですが、……なんかすごく切ないです。
「…………手伝おうか?」
手伝うって、パシリを……ですか。
私の返答を待たずに、有沢くんは勝手にシャツの入ったかごを持ち上げて、さっさと寮のほうへ歩きだしてしまいました。あれ、私の意見は無視ですか。
待ってください、シャツ! 有沢くんは何気に歩くのが早くてついて行かれません、先生。
「大丈夫ですから、シャツ返してください!」
有沢くんが急に立ち止まりました。え、何、どうしたんですか。すっごい見てる。自意識過剰すぎかもしれませんけど、私のことすっごい見てる。
有沢くんは、かごを地面に置いて踵をかえしてきました。
――うん、なぜ戻ってきたんですか。
「……早く来てくれよ。重い」
「ちょ……あああああああの」
半強制的に腕を掴まれ引きずられて思わずむっとしました。抗議したいのに、うまく言葉がでてきません。もう、自分の舌が嫌。呂律が回らないのも嫌です。
ちくしょう、私がもっと強い子だったら……が、がん? がんたれて……やるのに。
うまく睨めなくて、私は有沢くんの横顔を普通に凝視してしまいました。
――長いまつげですよね……。なんていうか……、本当に女顔。男にしとくのがもったいない――っとそうでした、彼は別名アリスちゃんでした。私の同室が男だなんて……そんなのきっと夢だったんです。ええ、今の私の同室ですか、アリスちゃんです。
いくら有沢くんとはいえ、なんか緊張します。部活の後の有沢くん、汗のにおいとか、土の匂いとか……なんていうんでしょう。とっても、男くさいんです。こ、怖くないけど胸、内臓をつままれるみたいで。
男なんだと思った瞬間、急に顔がほてってきました。今の私、はた目から見たらきっとゆでダコみたいな状態ですよ。
「あ、有沢くん……部活はいいんですか?」
「もう終わったし」
……ですよね。知ってましたけど。私は心の中で小さく舌打ちしました。
そしてしばらく沈黙。
いやだな、この沈黙。いつものことですけど、今日はなんだか一段と居心地が悪くて、気まずいです。
「それに…………心配だったから」
「は? な、何を心配……」
「……何でもない」
何ですか、変な有沢くんですね。――ああ、変なのは今に始まったことではありませんでしたね。
◆ ◆
「ふんふんふふふーん」
長いピンク色の髪を一つに束ね、変な鼻歌を歌いながら桃耶は上機嫌で剣道部の部室にいた。
――部室は、一ノ瀬桜のおかげでさっきの異空間とは別次元に生まれ変わっていた。髪を束ねたのはとりあえず誰か入ってきたときのために、何かやっていた風を装うためである。
桜が部室を出て行ってから、かれこれ1時間はたつ。どうやら本当に2キロ先まで行ったらしい。自分の言葉を真に受けて……。そう考えたらまた笑いが止まらない。
桜のカバンを勝手に開けて調べてみたら、面白いものを見つけたのだ。
それは、何やら日記のようであり、しかもいまどき交換日記。本人たちの承諾なしに勝手に中身を読んでも、何の罪悪感も桃耶は感じていなかった。
だってどうでもいいし。一ノ瀬桜だし。相手が……有沢蘇芳だし。
「えっと、何なにぃー」
『有沢くん、す』
「は……?」
桃耶は開いた口がふさがらなかった。消しゴムで何度も消した跡があり、多分何度もこの言葉の続きを書こう書こうと思って書けなかった……とかそういう落ちなのか。
これが一番新しい日記の内容……というかおそらく、書きかけなのだろう――それがこれ。
「す」って何。有沢くん「す」? どういう意味なの。すごく気になるじゃない。
隣のページに、有沢の日記が書いてあった。
『苦手意識を持ってるのはわかってるけど、あんまり過剰反応しすぎるとかえって不審すぎる。
ほにゃらぷーって言ってやれば気が済むんじゃないか。ただでさえ一ノ瀬は不審なんだから、いきなり大声で授業中にそんな感じのこと叫んでも、誰も気にしないだろ。少なくとも、俺は授業中睡眠学習中だから気にしない。
それに速星だって話せばわかるやつだと思うから、今度思い切って話してみればいいんじゃないか。そしたらあいつも少しは一ノ瀬のことをいじるのやめると思う』
……何のことか全然わからないけど、たぶんあの子の弱点っぽい。それに何、やっぱり速星にかまってもらってる。速星、本当は一ノ瀬桜のことを……。
それ以上考えたら、胸糞悪くなってきた。
違うことを考えよう、桃耶は自分に言い聞かせた。そう、一ノ瀬桜の弱点のこととか。
弱点ね。
これはいいものを見つけてしまった。桃耶の顔は自然とにやけていた。さらに前のページをめくってみると、桜の書いた日記があった。
……何この人たち。お悩み相談室……?
『あの空間は、やっぱりまだ慣れませんね。実験のときなんて、同じ班がみんな男で私死ぬかと思いました。でも私、結構平静を装っているように見えましたよね!? 一応、がんばったんですよ……速星が来るまでは。
速星がまた私のことをいじめてきて、「ほにゃらぷーって言ってみて」とか意味不明なことを強要してくるんです。いい加減もう嫌なんですけど、でも怖いし……。どうすればいいと思いますか?』
……もしかして、この子。男が苦手、とか?
「あー、そうなんだー……。これはいいこと知っちゃったぁ」
桃は笑いが止まらなくなった。これは使える、いいネタだ。ばれないように日記をもとあった場所に返し、桃は腹を抱え一人笑い続けた。
部室に近づく足音に気付いたのは、それがドアの前にきてからだった。
「誰かいるのー?」
ドアノブを回す音と同時に響いたのは、剣道部2年の今井の声。ドアに手をかけられたときいは全身に緊張が走ったが、間延びした彼女の声に気が抜けた。こわばりかけた顔をほぐし、桃耶は今井に微笑んだ。
「あれ、桃ちぃ? なんでこんなところにいるの? てか、部室めっちゃきれいになってるじゃん。これ、もしかして全部……」
「ごめんねぇ、勝手にいろいろ片付けちゃって。一ノ瀬ちゃん、桃にあとよろしくって言ってどっか行っちゃったんだよねぇ」
うん、嘘はついてない。桃耶が片付けたとは一言も言っていないわけだし、あとはよろしく的なことを言ってたような気もするし。
とにかく、一ノ瀬桜の印象を良くするような発言は極力しない、相手にも言わせない。だけどなるべく嘘もつかない。
「ありがとー。すごい汚かったでしょ? 桃ちぃがやらなくてもよかったのに。てか、一ノ瀬さんどこ行ったの。あいつ、桃ちぃに押し付けて帰ったとか?」
桃耶は眉尻をさげ、さも戸惑ったような顔で首を横に振った。
「ち、違うのぉ。一ノ瀬ちゃんはがんばってくれたよぉ。誤解しないであげてね……別に桃、押し付けられたとか思ってないからぁ……」
桃耶は少しうつむいて、さみしそうに笑って見せた。
「桃ちぃ……優しすぎるよ! 何もやってない一ノ瀬さんをかばうなんて! もっと怒っていいよ! じゃないともっとつけ上がるって!」
――よし。この子の心はつかんだ。
桃耶は心の中でほくそ笑んだ。
「そう、かなぁ……。ありがとぉね。桃、そういいうのよくわかんないから……。これからはもっと……うん。がんばってみるね」
今井に笑顔を向けると、今井の頬も緩んだ。
「桃ちぃはホント、見た目も性格もかわいいよね」
「嬉しいーっ。桃ねぇ、そんなこと人から言われたことぉないからぁ……。あ、そうだぁ!」
桃耶は自分のカバンの中から、小さな箱を取り出した。それを今井に差出し、にっこりほほ笑む。
「桃、もっとあなたと仲良くなりたいなぁ。お近づきのしるしに、これ、あげるぅ。モデルの仕事でもらったのぉ」
「え!? うっそー。この香水、今度新発売されるやつじゃないの!? ありがとー。桃ちぃってホント、かわいいし優しいし……」
「いいのいいの。大事に、使ってねぇ?」
意味ありげに笑って、桃は部室を後にした。
6月頭とか言ってましたが、予定よりずっとはやくあげることができました。よかったよかった。やっぱり続けて書かないと、忘れてしまうものですよね。
次回は桜がみんなから叩かれまくる回だと思います。予定は未定なのでなんとも言えませんが!←
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