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今回最初は三人称どっちかというと紫視点、途中から桃耶視点です。どういうわけか、桃耶があんな設定に……。もう知らん。
2章 ピンクの悪魔
13
 ◆ ◆

 清々しい朝。私立華泉学園の清く麗しき生徒たちがごきげんようと挨拶しながら登校して来る。
 道を作るため、真ん中を開けて歩く生徒達。何故かこの異様な光景の中を通る、一人の生徒。柔らかな茶色の髪が歩くたびにゆれ、小柄な体で颯爽と歩く。
 この学園で番長と呼ばれ、その名を知らぬ人はこの学園ではもぐりだとされるくらいの有名人、鬼塚紫その人である。その周りを守るように歩くのは、特別Aクラスに配属された、優秀な2年生の生徒。ただし一部を除いて全員男だ。紫を番長と崇め奉る彼ら。心底紫大好きだった。
 爽やかな朝から、紫がさも不機嫌そうにクリッとした目を細めているのは、周囲を囲む男達の壁のせいかもしれない。子分もといクラスメート達から番長様と呼ばれる日々にはうんざりだった。見ず知らずの生徒からも番長として認識されているのだ。
 それに、こいつらのせいで、女子生徒にも関わらず男子の制服を着せられている。何故か紫がスカートを履くことを許してくれない。って、何でわざわざこいつらの許しを得なきゃいけないんだとも思ったが、あんまり周りが似合わないとか番長らしくないとか言うものだから。……要は流されただけという話。それについて、学校側は何も言わないとはどういうことだ。学年一位というのは、好き勝手し放題が割と許されている。教員も好きでこの制服を着ているものだと考えていることだろう。
 このやろう子分ども。紫の目は据わっていた。

「なんで朝からこんなむさくるしい思いしなくちゃいけないんだよ……」
 紫が舌打ちして小さく呟くと、周りを取り囲むうちの一人がそれに反応した。番長のお言葉はどんな小さな声でも聞き逃さない、これ子分としての常識……暗黙の了解なのである。
「だって番長、こんなに可愛い番長が見知らぬ男にさらわれちゃったらどうするんですか」
「そうですよ、俺達が番長を守りますから」
「番長、俺の下着を番長の洗濯物と一緒に干してください。下着泥棒の撃退になりますから!」
「お前の下着干すくらいなら、お前が下着泥棒捕まえろよ」
 何と言っても同じ寮で暮らしている。二階ほぼ男子で埋まってる寮になんか、下着盗みに来る奴はいないだろう。最も、身内で下着泥棒が派生してしまえばどうしようもない。
「でも番長、泥棒怖いじゃん」
 へらへらと笑う子分に、紫は鼻を鳴らした。
「へなちょこ。頼りにしてないから大丈夫だよ」
 
 最近、その紫大好きっ子のクラスに新たな仲間が加わった。
「大丈夫ですから。恥ずかしいからやめてくださいー」
「……いや、その鍋の方がよっぽど恥ずかしいと思う」
 紫はくりくりした目を輝かせた。有沢の姿が視界に大きく入り込んできて、頬がばら色に染まった。視界の隅に小さく映っていた異様な光景に気付き、全体像が把握できてから紫は更に目を大きく見開いた。
 ――彼女は鍋を頭に被って登校してきた。両手でしっかり鍋を掴み、ふらふらしながら通路を歩く。その鍋を有沢が取ろうとしているが、何故か必死に抵抗している彼女。

 周りの奴らは有沢が登場した途端、静かになる。前からそうだ。何故か奴らは有沢は苦手らしい。有沢とまともに話せるのは、速星と、彼女と、紫くらいなものだった。
 彼女の名前は一ノ瀬桜。常に俯き眼鏡をかけたぽっちゃりちゃん。黒い長髪に笑ったときの顔が怖いということから、サダコちゃんと呼ばれているらしい。紫はよく知らなかった。どっちかというと、サダコというよりもプーさんに似ていると思う。どこか抜けていて、ふわふわしていて、壁に挟まっていそうなところとか。
 そんな桜ならば、有沢の鉄仮面を多少なりとも、はがすなり溶かすなりできると思った。二人とも何か不思議系だし。似ているところがある気がする。
 一つ屋根の下に異性が同居してるなんて、しかも高校生の分際で、不純もいいとことだ。でも、有沢に限ってそんな変な気は起こさないだろうし、桜も男をどうこうしようというタイプには見えない。あの二人なら、一緒に暮らしていても何か起こることは到底ないだろうと踏んでいた紫だった。

「だめです、これだけは譲れません! 私から鍋を取ったら何が残るんですか? 何も残らないでしょう!?」
 そんなわけのわからないことを言う辺り、一ノ瀬桜という人物は少し浮いていると思う。有沢は生暖かい視線を桜に向けた。
「……」

 いやいやと首を振る桜を無視し、無言で有沢が鍋を取り上げ、通学路の脇に投げ捨てた。声も出ない桜に有沢がにこやかに笑う。有沢は、今日も綺麗だ。

「見えなきゃいいんだな?」
 こくんと頷く桜の腕を掴んで、有沢は自分のほうへ思いっきり引き寄せた。
 急に顔が真赤になる桜。困ったような、怒ったような顔で有沢に何か言っているが、声が小さすぎて聞こえない。
「確かに見えませんけど……」
 有沢が桜の前に立ち、桜がその後からひょこひょこついていく。その仕草、森の子クマさんかと突っ込みたくなる。
「これじゃ誤解されますよ。私盲目じゃないし!」

 何の誤解なのかわからないが、桜が少し目を潤ませながらそう叫んだ。首まで真赤になる一ノ瀬桜を特に気にするわけでもなく、有沢はその手を自分の腕に乗せて歩き出した。
 
 何だかんだいいつつも、有沢も桜も仲はいいと思う。二人のじゃれあっているようなところが、幼馴染として、一人の恋する乙女として、紫は少し妬けた。

 紫が足を止めてじっと後ろを振り返っていたものだから、周りの子分の時間も停止していた。なんかもう、紫と有沢の間に存在する見えないラブ光線に周りが固まったって感じだった。そして何故か子分も紫と一緒に有沢に釘付けである。

 正直、最近仲のよさそうに見える奴らへの視線は冷たくて鋭かった。
 転校早々特Aクラスに編入し、しかも影ながら全校生徒に人気の高い有沢蘇芳と同じ部屋になったとあり、桜には噂が耐えなかった。

「あの一ノ瀬桜って子でしょ? 番長のこと脅して有沢くんの部屋勝ち取ったんだって」
「有沢くんと同室で色々さー」
「うそッ、それ、マジ?」
 生徒達が番長と特Aクラスの連中を見送っているなか、声を潜めて話す三人の女子生徒。その横で聞き耳を立てているのは、腰まである薄いピンク色の髪の少女。彼女達が話していることは、全部彼女が流した噂だった。

 『一ノ瀬桜は有沢と同じ部屋になるため、体をうった』だの、『セフレを募集しまくっている淫乱女』だの。とりとめもない噂を流しまくった。

 それが、こんな全然面識のない生徒にまで広まっている。
 自分の噂話がどんどん広まっていくのが愉快でたまらなかった。普通、信じるかってことまで垂れ流した。

「どうして有沢くんとあんなのが一緒にいるわけ?」
「アタシだって、有沢くんと同じ部屋がいいのに」
「アンタの学力じゃ無理でしょ」
「でも許せないよね……。私の方がよっぽど可愛いっつーの」
 桃は内心ほくそえんでいた。こういう流れになるのを待っていたのだ。

 皆それぞれバラバラと教室に入っていくなか桃耶は彼女達に話しかけるチャンスを待った。
 話していた生徒のうち、一人の肩を叩き、満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ? ごめーん、話聞こえちゃったんだけどねぇ〜」
 肩を叩かれた女子生徒が不審気に眉をひそめ、桃耶を見上げた。
「何?」
「あ、別に怪しくないよぉ? その一ノ瀬ちゃんの親友なの」
 ますます不審感を募らせたように、目を細める彼女達に桃は慌てて手を振リ回して『A組の桃』と名乗った。その途端、彼女達の顔つきが変わる。
「え?! 桃ちぃ!? 嘘ー本物ちょー可愛いー!」
「いつも雑誌買ってるよ!」
 桃耶はつい最近、ファッション雑誌KANKANの読者モデルに選ばれたのだ。
 桃耶は適当にありがとうとか言って、話を続けた。
「わかるんだぁ。桃もさ、憧れてる人いるから」
 少し伏目がちで、寂しそうに桃耶は笑って見せた。そして気付かれない程度にチラッと彼女達の顔色を伺う。
「憧れの人って、近寄りがたいっていうか、遠い存在っていうか。話しかけるのにも勇気いるじゃない? 近づきたいから、一生懸命色んな手を尽くすのよねぇ」
「桃ちぃが!? そんなに可愛いのに信じらんない」
 桃耶は可愛いを連呼されて顔がにやけるのを必死に堪えながら、しおらしさをかもし出し続けた。
「あたしだって、好きな人に近づくためには努力するよぉ。親友にお願いして偶然装ってみたりさ……一生懸命勉強したりねぇ」
「桃ちぃ……努力家なんだね。凄いなぁ。そんなに可愛いのに、更に磨きをかけてるなんて」
 そうでしょ、と小首をかしげて桃耶は笑って見せた。その後で、急に瞳を曇らせ、両手を口に当てて俯いた。彼女達は、口々にどうしたの、とか言い出す。桃耶は沈んだ表情のまま、声を落す。 
「で、でも……こんなこと言ったら。あ、あたし…………。一ノ瀬ちゃんに対してどうすれば……」
「一ノ瀬がどうしたの!? 私達でよかったら聞くよ!?」
 彼女達は身を乗り出してきた。桃耶はちょっと引きながらも頷いた。
「あのね、あたしも本当は、こんなこと言いたくないんだよ……親友だもん。でももう耐えられない! あのコ、あたしの好きな人を知りながら、あたしに黙って彼と……!」
 目に涙をためて時々嗚咽しながら話す桃耶に、彼女達は困惑しながら話を聞いていた。
「もしかして、あの噂本当だったの? セフレ募集してるとか、H大好きとか……」
 桃耶の答えを固唾を呑んで待つ女子生徒たち。もったいぶらせるように桃耶は小さく頷いた。
「でもあたし、一ノ瀬ちゃんの友達だから、何も言えない……」
 彼女達は、もういいよ、だの、辛かったね、だの口々に相槌を打ちながら、話を促した。
「お願い……。一ノ瀬ちゃんを止めて! もうあたしじゃどうしようもないの! あの子、このままだとあたしの好きな人だけじゃなくて、同室の有沢くんにまで、手を出すかも、ってかもう出してるッぽいけど! お願いだから、一ノ瀬ちゃんをどうにかして」
 桃耶は俯いて両手を顔に当てて、うわーっと声を上げた。
「……そんなことまでやってるなんてね」
 背筋が寒くなるくらいヒヤッとする声で、背の一番高い女子生徒が腕組みしながら言った。確か、彼女は剣道部の……忘れた。
「ちょっとお仕置きが必要かな……」
 先ほどまでのしおらしさはどこへ吹っ飛んだのか、桃耶は小首をかしげて口の端を少し挙げた。

 これで、あのトドちゃんを貶めることができると内心大喜びの桃耶だった。

 ◆ 

 昇降口であまりにも周囲の注目を何故か浴びました。それに私が耐え切れなくなって、手を振り払うと有沢くんは大きくため息をついて後ろを振り向いてきました。
「じゃあこうしよう。下向いて」
「はい?」
 な、何をたくらんでいるんですか有沢くん。思わず間抜けな声出てしまいました。今私絶対、何こいつ、私に何をさせようとしているの滅茶苦茶怪しいじゃんって顔してると思います。すぐ顔に出るタイプなもので。心底不思議そうに首を傾げながらも私は有沢くんに言われるがままに下を向きました。逆らったら何されるかわかりませんからね。

 ふわっと有沢くんの大きな手が私の頭に載せられました。突然のことに驚いて、肩を震わせる私のことなんか、有沢くんは気にもとめていません。ささっと私の髪の毛を梳かして、後ろに流れている長髪を前に持ってきました。
「……これなら文句ないだろう、サダコ完成」
 ……コノヤロー。
「誰がサダコにしてくれって頼みましたか!?」
「いや、一ノ瀬が……」
 頼んでないし、わけわかりませんよ有沢くん。
 そんな時、後ろから気配がしました。マイナスイオン的な気配です。これは間違いなく紫です。
「朝っぱらから何じゃれてるんだよ。新種の遊びか? サダコごっこか?」
「じゃ、じゃれてなんか……」
 じゃれてるように見えるんですか!? これが!? だとしたらあなたは相当大物です。えーと。だって蛇と蛙がじゃれているようなものですよ。もちろん、蛙は私です。それに、紫を差し置いて私が有沢くんとじゃれるなんて。そんな大それたかえるになった覚えはありません。
「で、今日はどうして鍋なんて被って登校してきたの? 恥ずかしすぎるだろ」
「……おはよう紫」
 紫は一瞬頬を染めてから、おはようと返しました。可愛いですねー本当に。もうぎゅーって抱きしめたいです。
「め、珍しいな蘇芳から挨拶なんて。こりゃー桜さまのお力のおかげか」

 私がふにふに笑っていると、紫が私の顔をまじまじと覗き込んできました。わ、私の顔に何かついているでしょうか。そんなに純粋なきらきらした瞳で見つめられると何だか恥ずかしくなってきてしまいます。
 
 ごめんなさい不純でごめんなさい。きっと私の心が穢れているから、紫の視線が眩しく思えるのですね。もうぎゅっとちゅしたいなんて思いませんから許して。

「眼鏡、どうしたの。初めて眼鏡取ってるときの顔見た……」

 紫はもうそれは天使のような笑顔を浮かべて小首を傾げました。可愛い……鼻血が出るかもしれません。
「お前、可愛い顔してるなー桜。いつも眼鏡で気付かなかったけど」
「そ、そうですか? 眼鏡はあの……その。わ、私の心の共でお守りみたいなもので。私の生活とは切っても切れないっていうか」
 何せ私の防御力を高めてくれる唯一の道具ですから。この地獄において、眼鏡は必須アイテムです。裸眼じゃー私、生活できません。もう朝から恐怖でいっぱいいっぱいです。桜、お家に帰りたい。
 鍋は眼鏡の代わりにした私の防具です。ちゃんと下を向いて歩くので大丈夫です。前は向かない、もう下しか向かない。そう決めたの、あの時から! 今日の朝から!
「どうしたんだよ、眼鏡」
「……ははは。俺が踏みにじった」
 その言い方、嫌だからやめてください有沢くん。私の心を踏みにじったみたいで嫌なんですけど。うう、有沢くんが私の大事な眼鏡さえ踏まなかったら……。
「せめて、視界が悪くなるものをと思って鍋を被ってきました」
「いや、絶対おかしいよ桜」
 そうでしょうか。だってこれじゃ学校に行けませんもん。防御力0じゃいけませんもん。

「せめてこうしようよ。やっぱ前で編むほうがいいって。どうせなら前で縛っちゃえ」
 紫はそういいながら、有沢くんが作った前髪で三つ編みをはじめました。えっと……。私の髪の毛で遊ばないで下さい。
 そうかそうかと呟きながら、もう一つ三つ編みを作る有沢くん。あの、何してるんですかあなた。

 そしてできた二つの三つ編みを目の前で縛り、私の視界には髪の毛しか入らなくなりました。
「……何も見えません」
 ここはどこ、私は、今何をしているんですか!?
「…………」
 二人とも無言でしたが、わかります。笑いを堪えているのが。私はおもちゃじゃないんです。

「あー、一ノ瀬さん、いいところにいるじゃない! ちょっとこれ職員室まで運んできてくれない?」
「え、あ、う、はい……」
 何だかわからないまま、両手に乗っかるずしーっとくる重み。何これ。何かの山ですか。
 そして一つ腑に落ちないことが。どうして脇にあと二人いるはずなのに、私に渡してきたんですか。私がパシリだと知っているから!?
「半分持つ?」
 紫が何か気まずそうに聞いてきました。なんかもう私も意地になってました。
「だ、大丈夫です。明日がある限り、私はパシリの未来を背負って歩きます。たとえ髪の毛で前が見えなくても」
 大勢の男をみるよりましだから!
「……一ノ瀬そこ階段」
「うッぇほい」
 今段差を踏み外しそうになりました。危ない。咄嗟に有沢くんが私の背中を支えてくれなかったら、えびぞりになって倒れるところでした。そんな倒れ方は絶対嫌ですけどね。

 私、安心しきっていました。周りには紫も有沢くんもいる。だから転んでもどっちかが私を助けてくれるだろうと。二人のことを信じていたんです。

 だから、予想もしなかった衝撃に、すぐ対応できませんでした。

 一瞬、本当に一瞬、誰かが転げ落ちるように階段を下りてきて、私の背中の肉を強く押したのでした。

 そして聞こえたのは、何かがぶつかる音。何かが倒れる音。悲鳴。廊下を駆けていく足音。

 ――私の下に、知らない人がいました。
待ってくださっていた方、一気読みされた方、ありがとうございます。今回、字数が多くて読むの疲れたんじゃないかと思います。
次話更新はおそらく来月の終わりごろ、できればよいなと思います。こんな半端なまま次話に続いてしまい申し訳ありませんです。。

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