――早く気づけ!
なんだか今回いつもより長い気がします。そして流れが微妙……。
ダークアッシュの髪から、水が滴り落ち、私を見下ろして長い睫毛が伏せられています。
「一ノ瀬、最近変わったことないか?」
今日は珍しく有沢くんが沈黙を破りました。いつも重苦しい雰囲気かもし出してるんですけどね。浴室から出てきたばかりの有沢くんの体からは湯気が立ち上っています。
「変わったこと……ですか?」
ちょっと考えてみましたが、思いつきません。
いきなり聞かれてもすぐに答えられませんよ。とりあえず手元にあった暗黒ノートをぱらぱらめくって変わったことを探しました。
『段々肌寒い季節になってきました。私は常に厚い皮を被ってるようなもんですが、有沢くんは寒くないのでしょうか?
寒くても眉一つ動かさずにヨガをする貴方が私にはわかりません。最近顔色が悪そうなので、あんまり雪見ばっかり食べてないでたまにはキムチも食べた方がいいと思いますよ。って、余計な心配でしたか。
雪見だいふくに新しい仲間が加わりましたね……それも黒蜜きなこ。こんなの、売れるんでしょうか。早速冷凍庫から大量の雪見黒蜜きなこ味が見つかりました。試しに一個食べてみましたが、微妙……。
有沢くんがこの間呟いていたごまチーズは実現されなくてよかったと思います。
陸上の地区予選も近いんですからほどほどにしないと私みたいに真ん丸になりますよ。』
うーん、ただの独り言となんら変わらない交換日記。それがかれこれ二週間以上は続いてます。この中で変わったことを探すのは至難の業です。
「有沢くんが雪見の新作を買い込んで、また冷凍庫がいっぱいになった件について……」
「……」
あれ、何か不服そうな顔をされてしまいました。お気に召さなかったみたいです。
他に変わったことなんて、ないですよ本当に。
紫のお願いは全然達成されませんし。私がこの暗黒日記でわかっていることといえば有沢くんの好きな食べ物は雪見だいふくで、冷凍庫をあけると雪見が雪崩れてくるってことだけです。
相変わらず有沢くんのことはほとんどわかっていません。なんとなく、紫のことをどう思ってるのか聞きにくいし……。生態系もいまいち不明です。あの青白い顔の下が何で出来ているのかわからない、彼が一体何を考えているのかさっぱりぷーですね。やれやれ。
書こうと思うと手が震えてうまく書けません。恋愛には昔から程遠いところにいたから、どうやって男の子からそういうことを聞き出したらいいかわからないし。
まあ、あえて変わったことを上げるなら、一緒の部屋にいても有沢くんとは普通に話せるようになったということくらいでしょうか。なぜならば彼が私のために部屋でいつもアリスの恰好をしてくれているから。
夜寝る前は白いフリフリのネグリジェにレースのふんだんに使用されたボンネットを被っています。そこまでしてくれとは頼んだような頼んでないような。
あれ以来、定期的に送られてくるようになったゴスロリの服。全部有沢くんにぴったりです。しかもネグリジェは有沢くんが買ってきました。さすがにネグリジェは送ってきてくれなかったので。
本当に私のお願いを聞いてくれていて、凄くありがたいんですが、色々と疑問が残ります。
…………一体誰が送りつけてくるんでしょう。
あの恰好を見てると、元気になれる気がするんです。――あまりにも馬鹿馬鹿しくて。
「例えば、不穏なことが身の回りで起こってるとか……」
「え……不穏なこと……それは例えば、教室が跡形もなく消えてしまったり、机が勝手に校庭に並べられてしまったりとか、そういうことですか?」
「…………うんまあ、例えがいまいちだけどそういうこと」
そういえば最近、私の身の回りで不思議なことが起っています。変わったことということになるのでしょうか。
朝教室に入った途端静まり返ったり。何か背後に視線を感じたから振返ると目を逸らされたり。教科書がなくて、びびりながら大魔王速星から借りた勇者桜。
「それって、こういうことですか? 何故か私の靴に砂が入っていまして。出そうと思ったら靴の中が濡れていて砂が出せなかったんです」
「…………それ、完璧な」
「あと、教室の机の上に花瓶と綺麗なお花が飾ってありました。それ眺めて一日授業受けてたら、ゆーさんからとめられましたけど、どうしてだと思います? 誰かが親切にも私に癒しを与えてくれ」
「……そこまで陰湿ない」
……さっきから、言葉がお互い被りあって何を言いたいのかよくわかりません。
「最近だと、ロッカーにメホルヌと書かれた張り紙があって……意味不明すぎてそのままはがしてポイしましたけど」
「それは多分、『殺』だ」
ええ、誰かが私にダイイングメッセージを……もしくは犯人に仕立て上げようとしている!?
「完璧、たちの悪い陰湿ないじめだな……」
私はその意外な言葉に息を呑み、言葉が出てきませんでした。
「私……いじめられてたんですか!?」
「今知ったのか!!」
「だって。別に今のクラスで無視されようが何されようが、特に支障はないですから。むしろ好都合みたいな……」
むしろ、どっちかというと、女の子にいじめられているとなると心境は違ってくると思うんですけど。
ついにいじめられるほど一目置かれる存在感を出せるようになったんでしょうか私。でも……嬉しくない。ずーんと胸に漬物石をのせられた気分です。
みぞおちが段々冷たくなってきて、そしたらなんだか手足もしびれて冷たくなってきて。
「大丈夫です……」
私は拳を握り締めました。
誰がこんなくだらないことやってるのか知りませんが、大丈夫です。私の心は空よりも、宇宙よりも広いつもりですから!!
こんな時こそ千手観音にお祈りですよ! なぜなら、私の父は寺の住職だから!!
「それに最近、新たに友達が出来たんです!」
有沢くんは怪訝そうな顔で私を見つめてきました。
「一ノ瀬に友達……」
「はい。えーと、名前はあんまりよく知らないんですけど……」
あ、よく考えたら名前よく知らない人を友達と呼んでもいいのでしょうか。かなり失礼なような気がします。
「ピンクさんです」
これで通じるでしょうか。
「…………ああ、ハクトーか。いかにもあいつが考えそうな……」
最後の方の言葉がよく聞こえなかったんですが、それより気になったのは、ハクトーという言葉。
「え、白桃……?」
旨いですよねー白桃。黄桃も好きなんですけど。
「羽咋桃耶のこと言ってるんだろ?」
トーヤさん? あの方、男なんですか? 呆然としている私に、有沢くんは字を書きながら説明してくれました。
「名前トウヤだけど、性別上は女だから。これだけ見ると、モモカって読めるだろう」
はあ確かに。あの人の名前はトウヤさんというのですか。覚えました。次ぎに会う時はちゃんと名前で呼びます。はい。
◆
放課後。かなり久々にチェリー部の部長に呼び出されました。チェリー部は何時でもどこでも、生徒を常に応援し続けなければならないらしいです。
で、新たな雑用を言いつけらました。
「……というわけなので、忙しい園芸部に代わって花壇に花を植えてください」
まだ有沢くんの気持さえ聞き出せてない駄目人間なんですけど……そんなこといえるような状況じゃありませんでした。だって、暗井部長と二人っきりで会話なんてしたことないし。未だにちょっと緊張するんです。
嫌いじゃ、ないんですけど……。部長さん物腰がとっても柔らかですから。
というわけで、一人花壇へ向かって黙々と花を植えています。もらったのは、パンジーです。どうでもいいことなんですけど、パンジーって何か髭面とか、髭のおじさんが笑ってる顔に見えます。
和みますねぇ。やっぱり、一人でいるほうが楽です。時々、寂しくなる時もありますが、基本的に一人が好きかもしれません。
思えば、ここに転校してきてからというもの、一人でゆっくり休んだということがないかもしれません。クラスでは周りを男に囲まれて落ち着かず、寮では有沢くんと二人で落ち着かず。どうしてもそこに「居る」と思うだけで、何の会話はなくても意識してしまうのです。
よーし、できました。パンジーの黒い部分がちょっと気になりますけど、星形完成。何となく満足です。私は長く息を吐き出しました。
「いいことをした後は何となく気持がいいですね」
ひとまず軍手とシャベルを花壇に置きましょう。
レンガの上に座り込み、私は空を見上げました。
もう日が暮れます。空は茜色で、雲が金色に輝いて綺麗でした。空って、こんなに綺麗でしたっけ。もう随分長いこと、空を見上げていなかったので気付きませんでした。
私は額の汗を腕で拭ってから立ち上がり、大きく伸びをしました。ずっとしゃがんで作業していたので、背中が痛いです。
「あ」
紫発見。部活の帰りでしょうか。タオルで顔の汗を拭いながら、寮の方へ歩いていきます。袴姿も素敵です。
私は紫の凛々しき姿に誘われるようにふらふらーっと歩き出しました。だってもう我慢できない。
その直後でした。
がっしゃーんパリーンと何かが割れるような音がしたのは。
後ろを振り返ると、割れた鉢植えが花壇の花を潰していました。
私、今日ほど泣きたいと思った日はありません……。
せっかく……せっかく植えたのに。誰かが間違えて鉢植えなんて落したおかげで。
せっかく星形にしたのに……。私は地底まで沈むのではないかというくらい沈み込んでいました。
誰が落したかわかりませんが、チクショー馬鹿野郎!!
気付いたら、夕日に向かって思いっきり叫んでいました。
◆ ◆
夕日が山の向こうに沈み、空がオレンジ色に染まっていた。生徒達はほとんど帰り、教室には二人の生徒しか残っていなかった。
「ねえ楓ぇ。あんな子、どうして気に掛けるわけぇ? 全ッ然わかんないんですけどぉー」
一人は、机の上に座り込み、ピンクの髪の毛先を指でくるくる巻き、口を尖らせている少女。先ほど少し汚れた鉢植えをもったため、手が汚れたのかパンパン両手を払っている。
もう一人は、金髪に黒ブチめがねの少年。彼は一瞬顔を上げたが、すぐ読んでいた本に視線を落した。
「ねえ、聞いてる? ねえってばー」
少女が彼の腕を掴み、揺すり始めた。なんかウザそうな顔で彼はもう一度顔を上げた。
「お前さー、余計なことばっかりするなよ? この間なんて、可哀想だったんだから、さくらちゃん。それも有沢のおかげで助かったけど」
「何よぉー。本当のことでしょー? だぁって男ばっかりのクラスに編入なんて、狙ってるとしか思えないもーん」
楓は声を立てて笑った。
「しかも、見た目怖すぎ。あれに見られたらぞっとしちゃったよぉ。あのメガネ、何とかならないわけぇ?」
無茶なことを言いまくっている。
「暗いし、怖いし、ホラーに出てきそうだし、笑いかけられただけで氷つきそうになったんだよぉ? 信じられない、あれに執着する楓が。あんなキョドりまくってるコ、どっちかっていうと嫌いなんじゃないの?」
不機嫌そうな彼女を特になだめるわけでもなく、楓は笑った。
「まあ、いいけどぉ。桃、あのコ気に入らない。天然なのか、知らないふりしてるのか、わかんないけど神経ズ太すぎぃ! だってさっきもまた、かなり普通に避けられたけどぉ……まさか本当は気付いてんのぉ!?」
「さあ。そうかもな」
「そんなぁ、適当に答えてるでしょ!!」
「昔は、もっと鋭かった……」
楓が呟くと、彼女は怒っていたことも忘れて不思議そうな顔で首をかしげていた。
彼女は。
誰も寄せ付けない、孤高の存在だった。
どこか垢抜けているその笑顔はとても同じ年とは思えないものだった。彼女はいつも冷めた表情をしていた。いつも、クラスの男を見るときの彼女の目は、冷めていて、心から蔑んでいた。
その鋭さに一目惚れした。
憧れて憧れて……。
ここに編入してきたのは偶然なのだろう。過去の彼女がどうしてあんなおどおどした少女になってしまったのか、全く理解できない。あの鋭さはどこに消えたんだ。
過去の彼女の言動の数々と、今のなんだかトドみたいな彼女。照らし合わせると別人に思えてくる。あれだけ、人を惹きつけておきながら、簡単に突き放した彼女に憧れさえ抱いていた。
なのに……。
あれを見るたび、ムカツク。心がねじれる。あれに憧れて、突き放されて、ののしられていた自分が許せなかった。
これじゃあ、ここまで必死にやってきた意味がない。いつかお高く留まった彼女のプライドを、ずたずたにしてやろうと思っていたのに。なんでここにきてあんなふうになってしまったのだ。
楓がフッと笑うのを見て、桃の背筋に冷たいものが流れ落ちた。
おーやっと桃の本名が判明した。
次話もVS桃耶が続くかと。速星に早く動いて欲しいんですけど、中々動いているような動いていないような。恋愛にはしばらく持っていかれないと思います。
そして個人的な都合により次話更新はしばらくできそうにありません(涙)
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