「ただい……」
まー!!
私は持っていた雪見だいふく入りのビニール袋を床に落しました。これですか、もちろん有沢氏にパシられて買ってきたんです。ていうか……な、何で……。
衝撃のあまり、開いた口がふさがりません。
「……ちゃんと買ってきた?」
「ひょッ……えぇ!?」
あのー、私はどう突っ込んだらいいんでしょう。まずどこから言うべきなんでしょう。男の子って……良くわかりません。とりあえず色々なんか動揺しながら、私は買ってきたものを拾い上げました。
「よく似合ってますよ」
無理矢理顔に笑顔を浮かべて、とにかく褒めてみることにしました。これで私は奴の出方を見極める!
「……足がスースーするな」
そうきたか、有沢氏。私の発言はとりあえずスルーってことでしょうか。
そりゃーあなた。下はパンツのみですから。ともすればパンツが外と接してますから。ていうか……どうしたんですか本当に。その服一体どこから盗んできましたか。あ、これ盗んでること前提に考えちゃってる、私。
いや、しかし初めて見ました。これが世にいうオカマ……いやちょっと違うでしょうか。
いや、もしかしたら有沢くんは前からこういう趣向だったかもしれないじゃない、桜……。でも、でも……なんでゴスロリなんですか、有沢くん。え、これゴスロリっていうのでしょうか、桜わかんない!
そのフリルがふんだんに使われたスカート。可愛いよ確かに。頭のフリルリボンカチューシャなんてもう最高にお笑いにしかならないくらい似合ってますよ。濃い青のエプロンドレスとか何ですかこれ。ネタですか。
しかし、あの。裾をつまむのやめてもらえませんか。男の子の汚い足なんてみたくな……。
「すね毛くらい剃ってくださいね」
まったく、鳥みたいに細い足ですね。男の子の足は、鶏肉連想させます。すね毛がそれを邪魔しますけど。
「…………そうきたか」
いやいやいや。何が。
「でもどうしたんですか、その服。どこで買ったんですか?」
私は顔の筋肉が緩むのを抑えられませんでした。有沢くんがこのフリフリレースのエプロンドレスを選んで購入するところを想像すると、体が震えるくらい笑えました。が、そこは必死に堪える私。既に私の脳内では買ったこと前提になっています。もう買う姿しか想像できません。
試着とかしたのでしょうか。見た感じはサイズぴったりな気がします。
「……そこに置いてあったから着てみた」
有沢くんは空の箱が置かれた机を指差しました。
いや、置いてあっても普通着ないでしょう。
でもまあ。本当に女の子みたいです。顔立ちが元々女っぽいからかもしれませんが。
「有沢くん、どうせならカツラでも被って完全女装しましょうよー。私、今の姿の有沢くんの方が、いつもなんだかぱっとしない有沢くんより千倍くらい親しみを感じますよ」
「………………それは喜ぶべきなのか」
あはははは。だって仕方ないじゃないですかー。普段の有沢くんに親近感なんて、ミジンコの足程度しか湧いてこないんですから。
でも、何か物足りない気がします……。カツラはもちろんなんですけど、他にも何か……。
しかし紫。どうしてこんな人が好きなんでしょう。紫は有沢くんのことが全然見えていません。だって可笑しいですよ、この人。
「今日はあからさまに避けたりしないんだな」
だって。女の子に見えなくもないんですもの。私と二人でいる時はいつもこういう恰好してくれれば、私だってあからさまな嫌悪感を表したりしませんよ?
「…………一ノ瀬、男が嫌いなのか?」
「え?」
あまりに唐突で、あまりに意外な質問に、私はその場に固まってしまいました。
どうしてわかったんでしょう。私、そんなそぶり見せましたか。日記に書いてもないと思うし……。
「どうして、そう思うんですか……?」
男性恐怖症であることは別に秘密にしているわけではありません。だけど、今ここでそのことが露見してしまうと、もしかして私は有沢くんとは同じ部屋じゃなくなるってことですか。いや、私的にはそれかなり嬉しいんですけど。むしろそうなって欲しいんですけど。でも、そうすると……紫のお願いをかなえてあげることが出来なくなります。
そしたら、私……紫に嫌われるかもしれない。一度約束したのに、紫も私に期待してくれて、喜んでくれているのに……。私と紫の接点がなくなっちゃう。
――それだけは、嫌です。
「ち、ちがいますよ……だ、だって。そ、そしたらわたし」
有沢くんは深いため息をつきました。
「嫌でもわかる。そこまであからさまに嫌悪感を持って見られてれば……」
「……ははは。違いますって」
…………どうしよう。
大丈夫。今の有沢くんは女の子。そうこの人は女。女の子ー。必死に言い聞かせてみる私。
有沢くんが、急に真剣な目になって、私に近づいてきました。急に心臓が跳ね上がります。勝手に鼓動が早くなって、掌に汗が滲んで。女の子の恰好してるけど……この人は男なんだとわかってしまう。いくら私が有沢くんと、普通に会話できるようになって、今まで問題なく過してき他といっても。あまり近寄られると……。やっぱり男の人に触れられるのが怖い。
何かいつもの様子とは違う有沢くんが怖くなって、私は後退りしました。
指先が壁に触れ、もう後がないことを知りました。怖い。こないで下さい……、そう言いたいのに、喉が仕えたようで、空気が漏れる音がするだけ。
有沢くんの大きな手が私の体に伸ばされました。
私は思わず、両目をぎゅっと瞑りました。
――怖い……。近づかないで。私に、触らないでください。
ぽんッ。
私の頭の上に、暖かい手が載せられました。
「……無理するな」
「何……を……無理……なんて。大、丈夫……です」
私の膝は笑い、私の肌には鳥肌が立っていました。
「そんなに震えて、大丈夫なわけないだろ」
目から、水が出てくる。何この水。何だか生ぬるくて、ちょっとしょっぱいです。もしかして鼻水も混ざってますか?
だって、だって。有沢くんの私を見る目。
どうしてそんなに優しいんですか。私を心配してるんですか。
「立てるか?」
私は何とか頷いて、壁に手とつきました。立ち上がると、有沢くんがやれやれと首を振りました。腰に手を当て、私を見下ろす有沢くん。なんて可愛らしい格好にそぐわないポーズ。
「ここまで重症だとは思わなかった……嫌なものは嫌って言ったらいい」
「あはは。沈黙の有沢くんに言われちゃおしまいですね」
「一ノ瀬が我慢してまで、俺と一緒にいた訳って何?」
あ、こいつ……いつも沈黙を貫いているのに、今日は直球ドストレートできました。
「…………」
私は沈黙を続けました。紫のことは、口が裂けてもいえない。いつも有沢くんが私にとるのと同じ方法で、私は発言を拒否しました。
「…………で?」
有沢くんがその沈黙に耐えかねて聞いてきました。やった、何か勝った気分です。何に? わかりません。
答えの代わりに私は笑って言ってやりました。
「心の中で答えました」
この言葉を聞いた時の有沢くんの顔。はとが豆鉄砲を食らったような顔。それがあまりにも面白くて、私は体を揺すって笑いました。
「私……この学校でも前の学校でも女友達はないに等しかったんです。だから有沢くん。私のお願い聞いてくれますか?」
「…………」
この沈黙、肯定と受け取った。
「私と二人の時は、その格好して欲しいんです。有沢くん可愛いから、大丈夫、私女だと思い込むことにしますから!」
微妙な空気が流れました。あ、これ断られますね。
「…………いいけど」
えぇえええええ!!
「え、自分で言っておいて何ですが、本当にいいんですか? あれですよ、女になりきるんですよ? ブラジャーとかつけるんですよ? パンストはいたり、毛のお手入れを毎日欠かさず行うんですよ? フリルとレースとリボンの服を毎回着るんですよ?」
「ああ」
ま、まさかこんなにあっさりOKしてくれるなんて。私は自分のほっぺを思わずつねりました。――痛いです。これは夢じゃない。
「フォー!!」
なんだか良くわからない寄生を上げて、私は壁にへばりつきました。やったよ柳。お姉ちゃんに女の友達が出来ましたよ!!
「ちょっと違うような……」
有沢くんが何かをぶつぶつ呟いていましたが。桜、気にしない。
「おい、桜ー、蘇芳ーいるー?」
「あ、ゆーさん!! 入っちゃ駄目です!!」
こんな有沢くんを見たら、絶対失望すること間違いなし!
「え、何言ってるんだよ……もう入ってきちゃったけど…………」
その場に呆然と立ち尽くす紫。手に持っていたビニール袋が滑り落ち、床に転げ落ちる雪見だいふく。大きく見開かれた紫の目には、アリス化してどっか危ない世界にぶっ飛んでいった有沢くんの姿が映っていました。
そして、がさごそと床に落ちたものを拾い上げ、携帯電話の画面を開きました。
「え、ゆーさん……。どうしたんですか……?」
ピロリロリーンッ
「保存保存……」
紫は有沢くんのアリス姿を保存し、携帯電話をそのまましまいこみました。
「他に言うことはないんですか!!」
「似合ってるじゃないか」
ふいっと視線をはずし、顔を真赤にする紫。ねえ、突っ込むべきでしょうか、ここ。
「そうか?」
スカートの裾をつまんですね毛を見せ付ける有沢くん。いいから浴室いって脱毛して来いといいたいです。
「か、勘違いするなよ。別に可愛いとか、思ってるわけじゃないからなッ」
え、何そのツンデレっぽいのは。別に今の言葉要らないんじゃないですか。
「……一ノ瀬、これからもよろしく」
有沢くんがいきなり私に話しかけてきました。
……私、もう少し有沢くんと共同生活送るの、頑張れそうな気がしました。
次回、VS桃? 背中に張り紙事件(!)以来、有沢氏が桜の身の回りのことを案じ始める。(何の前触れもなく変更になる場合もあります。ご注意を(笑))
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