新人への無茶振りはもはや一種の儀式だと思う
世の常として新人を迎える儀式というものが存在する。
それは学校における入学式であったり、成人式であったり、会社の入社であったりもするが、規模が大きかろうと小さかろうと、それは必ず存在する。
言うなれば、とあるコミュニティに外様が入るための一種の形式美ということである。ただ気をつけなければならないのが、儀式を終えたからといってイコールコミュニティ内の人間に気に入られるわけではないということだ。
むしろ、そこからが儀式の本番であるとさえ言える。
例えばそうだ。
大学の人数が少ないサークルがあったとしよう。
そのサークルは新人が入ってくることを大いに喜び歓迎する。夢、悩み、未来のことを語り、新人が雰囲気に馴染めるように諸先輩方は努力をすることだろう。そして、いつしか新人はそこに居着くようになり、馴染むようになり、いつの間にかサークルの中心人物としてがんばっていくことだろう。
別にこれは悪いことではない。
そのコミュニティの人間の目的は、コミュニティの存続であるのだから、存続のために努力することは当然であり、結果が新人の確保であれば成功だと言える。新人からしてみても、居着きやすい場所ができたのだから対価としては十分だろう。
つまるところ、このケースにおける新人はある種の「お客様」であり、お客様である以上リピーターとしての役割を期待されていることになる。
では逆に、だ。
とあるコミュニティにおける新人の手厳しい歓迎を紹介しよう。
コミュニティの名前はマスターランク。
新人はもちろん——遊木遊子だ。
「はい。それでは『第九十八回 娯楽都市を盛り上げるための会議』を始めたいと思います。司会進行を務めるのはこの遊木遊子でございます」
父の遊木遊々とは違い、娘はテンション低めに普通の会議を始めるように言った。
何故、新人である自分がいきなり司会を任されているのかという疑問は尽きないが、新人である以上口答えはすまいと遊子は粛々と司会の役割を受けた。
そもそも、司会のできそうな人間が他にいないのだから仕方がないかもしれない。
「かてーよ遊子ちゃん。もっと砕けた感じにしろよ」
そう言って茶々を入れるのは先輩である桜子だ。
深紅のスーツをビシッと着こなし、一点の曇りもない金髪が流麗に流れる様は同じ女性ながら溜息しか出ないほど惚れ惚れする。
胡散臭い仮面ばかりつけていた父とは大違いだ。
そんな先輩がありがたいことにアドバイスをくれている。
これは是非とも期待に応えなければ女が廃ると、遊子は姿勢を正す。
「そうですか。では、コホン。——きゃる〜ん! みんなのアイドル遊子だゆっ☆ 拍手してくれないと皆をザクロにしちゃうぞ! キャハッ!!」
「とんでもない方向に砕けちゃった!!」
何を驚いているのだろうか。
アイドルといえば日本全国若者に受け入れられる象徴だろうに。さらに、特徴を出すためにヤンデレ風味を加えたのだ。固さなど微塵もないだろう。
うん。砕けろという指示に反していないのだから、なんら問題ない。
「……桜子さん。新人に砕けろなんて曖昧な指示をしてはいけません。もっと具体的に指示をしないと新人はわかりませんよ。なので、どうせやるならマッドサイエンティストが格好いいと思います。……では、新人の遊木さんどうぞ」
加えて言うのは、自称マッドサイエンティストの黒式十一だ。
正直この人は桜子と違い打ち解けていないので、今一つ人となりがわかっていない。まぁ、嬉々として人体実験を行おうとしている変態であることは間違いない。
だが、マスターランクにおいて遊子は新人なのだ。
いかに先輩が変態といえど、先輩の指示には「はい」か「イエス」か「了解」しか返せないのが辛いところだ。なので、遊子は自分が思い描くマッドサイエンティスト像を描いてやってみることにする。
「ふはーはっはっはっは! 我こそはマッドサイエンティスト遊木遊子! この狂気の娯楽都市に変革を促す革命者なり! 全ての人類は我が玩具であり実験道具である! さぁ、我に恐怖し懺悔しろ愚かな人類たちよ!!」
「……私のイメージってああなんですか? 少しばかりショックですね」
ショックを受けられてしまった。
我ながらそこそこの出来だと思ったのだが、不評だったようだ。
次までには改善しようと、遊子の胸のノートにそっと「マッドサイエンティストを練習すること」と書いておいた。いつかきっと役に立つことだろう。
『らー、二人ともゆゆこちゃんをいじめすぎだよ〜。あ、私様はそんなひどいことを言わないよ〜。なんか面白いことやってくれれば、それでいーよー』
「いや、お前のが一番ひどいだろ」
「……さすがは管音さんですね」
最後は狐島管音先輩だ。
パソコンのモニター越しでしか会ったことがなく、見た目はまるきり子供にしか見えない。まぁ、この娯楽都市にいれば外見通りの年齢をしていない者など掃いて捨てるほどいる。そうでなくてもマスターランクとしては遊子よりも先輩だ。年功序列に従い彼女の命には従わねばならないだろう。
それにしても、指示が面白いことをやれ。
この振りで結果として面白いかったと言われた例は未だに見たことがない。
そもそも、面白いことをしろという時点でハードルが上がっているのだから、さらにそれを上回る面白さを提供しなければならない。その難易度は折り紙付きだ。
——何というか難しいっていうだけで、心が燃える。
顔にはおくびには出さず面白いことを思いついた。
やるとしたらこれしかないだろう。
「面白いことですか。そうですね。では、私の十八番である『変顔』やります」
「この振りで躊躇いがないとか、こいつのクソ度胸すげーな」
「……しかも、変顔とか女子がやる出し物じゃないですよ」
『るらー楽しみだね〜♪』
意外性は取れたようで何よりだ。
クール系美人の秘書っぽい感じであることは自覚しているので、まさか変顔をやるとは誰も思うまい。
思い返せば遊子がまだ学生時代の頃、友人たちと遊んでいても「遊子さんってクールなんだけど、ちょっと話しづらいよね……」と言われ、少なからずショックを受けたので、試しに変顔をしてみて打ち解けようとしたのが変顔を始めたきっかけだ。
ちなみに、この変顔であるが見せた後に友人から「お願い。頼むからもう二度とやっちゃだめだよ! 美人が台無しだよ!!」というお墨付きをもらっている。
これが面白くないわけがない。
というわけで、さぁやってみよう。
「では皆さま。私の顔を見てくださいね。さんはい」
「「「ぶはっ!!」」」
黒式、桜子、狐島アウト〜。
やはり、自分の変顔は面白いのだと自信がついた。
これからも、この芸を磨いていきたい。
「こ、今年一番すげーものを見た気がするわ」
「……ふ、なまじ美人なだけに破壊力ありましたね」
『くふふ〜ゆゆこちゃん面白いね〜気に入ったよ〜!』
「皆様が楽しめたようでなによりでございます」
先輩に取り入ることは、日々を平和に過ごす最良の手段だ。
とんだ新人歓迎の儀であったが、無事に終わって何よりだ。
「では、今回の会議の議題ですが——怪盗ルピンについてです」
そして、改めて本当の会議を始める。
「あー、こないだウチの銭形ちゃんが涙目になってたやつだな。物の見事にやられたって落ち込んでたわ」
『るり〜。銭形って名前の時点で怪盗にやられる運命だよに〜』
それは言ってはいけないお約束だ。
例えるなら、朝のアニメの悪役だってやられたくってやられているわけではない。勧善懲悪。わかりやすい悪役に爽快感を持たせ、視聴者を楽しませる娯楽を提供するのが目的なのだから、ワンパターンのように負けるのは仕方がないだろう。
むしろ、そこから踏み込んだことを考えるのであれば、いかに正義に負けようとも悪は決して挫けないというネバーギブアップの精神を見習いたいと思う。
悪は何度でも立ち上がる。
ちびっ子たちには是非見習ってほしい。
「はい。その怪盗ルピンですが——どこの手勢の者ですか? 情報を集めていたのですが、まるでわかりませんでした。さぁ、ぶっちゃけトークをしましょう」
マスターランクというのは、名ばかりのランクではない。
いわば、この娯楽都市における支配者のことを指す。
そういう意味では、娯楽都市における有名な事件の数々の情報など、蜘蛛の巣のように張り巡らされた縦と横の繋がりから容易く手に入る。
なのに、これだけ有名になっているはずの怪盗ルピンの情報だけは——どこからも手に入れることはできなかった。
異常事態である。
それが今回の会議を開くに至った原因だ。
「当たり前だがアタシんとこじゃねーぞ。ウチの銭形ちゃんやられてんだから」
『ろ〜。私様はケンケン一筋だから他の雑魚いらないよ〜ん』
二人ともあっけらかんと手の内をさらしてくる。
無論、今回の件には遊子は絡んでいない。
というか、父の杜撰な引き継ぎ関係でそんな暇は一切なかった。
ならば、残るは——
「……消去法とはあまり好きな論法じゃありませんね」
黒式十一の手の者ということになる。
「あれ? 黒式ちゃんとこじゃねーの?」
「……いえいえ、怪盗ルピンはぶっちゃけ私の実験動物です」
「やっぱりそうなんじゃ〜ん」
これに関しては遊子もある程度予測はしていたので驚かない。
消去法であるが、おおよそ彼の手勢である可能性は高いと予想していた。
「……ですが、今は私の手の者ではありませんよ」
「それはどういうことでしょうか?」
「……お恥ずかしい話ですが、逃げられました」
そういうことかと納得した。
組織の手の内から逃れ、個人で活動しているのであれば情報の取得にも時間が掛かる。
とはいえ、
「本当に恥ずかしい話だな。マッドサイエンティストが聞いてあきれるぜ」
『といちーって肝心なとこダメダメだよね』
「まったくマッド先輩は本当に使えませんね。あ、コーヒー買ってきてください」
ミスをした人間には容赦をしないのが、ここの人たちの信条だ。
ヒエラルキーとして、黒式が最下位に落ちた瞬間であった。
こんなに早くも下克上がなるとは——遊子ラッキー!
「……返す言葉もありませんね。はは。窮鼠猫を噛むと言いますが、まさか私のモルモットに手を噛まれるとは思いもしませんでしたよ」
「ふ〜ん——で、本音は?」
「想定通りです」
黒式は言った。
そんなことだろうとは思っていたが、やはり下克上は簡単にならないらしい。
遊子がっかり。
「……あのモルモットは私の思っていた通りの性能を満たし、私の試行錯誤の結果最高の作品に仕上げることができました。科学に化学の粋を結晶した芸術品です。あぁ! あれを作り出した私はすごい! 私はやれた!! そして——未知なる世界はかくも罪深い!!」
体をクネクネとさせながら叫ぶ研究服を着た男。
見ているだけで気持ちが悪くなる光景だ。
なるほど、これがマッドサイエンティストの姿かと勉強になる。
「知らない、未知、未踏! その全てが私を刺激する! 何千何万ものトライアンドエラーを繰り返してなお到達できない領域! まさに勃起ものです! 性欲よりもなお私の心を燃え上がらせる研究欲! 研究の女神がいるとしたら私の愛は彼女にのみ捧げましょう! まったく、いくら犯し尽くしても飽きさせない淫らな女ですよ!! ——あぁ、私は研究者で良かったと心の底から感謝します」
黒式は、涙と鼻血を垂らしながら勃起していた。
研究者が神様を信仰するとは世も末だと思う。いや、研究とは未知の分野を明らかにすることなのだから、逆に神様に挑戦しているようなものなのかもしれない。
むしろ、宗教家よりもさらに信仰している可能性すら考えられる。
そんな黒式の姿を見て、狐島先輩は『さすがといちーはマッドカッケーだね〜!』と言ってニコニコと笑っている。何というかこのフワフワな感じに癒される。特に、マッドな人を見た後はさらに。
「とまぁ、本当のマッドさんに格の違いを見せつけられたわけですが、これでハッキリとしましたね。怪盗ルピンは黒式先輩の改造人間であると」
言っててどうかと思ったが、怪盗ルピンは改造人間である!
といっても、現代社会において視力矯正はもちろんのこと、整形、ドーピング、義肢、人工血管などがあるのだから、医療目的とはいえ広義的には改造人間は既にいるとも言える。
だが、やはり思うのは、改造人間の名前を冠するのであればマッドサイエンティストに改造された人間であって欲しいとは思う。なぜなら、その方がかっこいいから。
「改造人間って言葉にはロマンがあるよな〜。ま、アタシにとっては魔法少女とかの方が馴染み深いけどさ」
「桜子さんの口から魔法少女なんて単語が出るとは思いませんでした」
「いやいや、アタシにだって少女時代があったんだぞ」
「今じゃテキーラを飲むが似合ってそうな女帝ですけどね」
「かっけーだろ?」
「えぇ、憧れるぐらいには」
ぜひとも今度どこかのバーで語り合いたいと思う。
狐島先輩は動けないので参加できないが、女子会もやってみたい。
「それで、黒式先輩にお聞きしたいのですが、怪盗ルピンどうなさるおつもりですか? 現状、遊木が保持していた美術館から多数の品を盗まれて結構な被害が出ています。すみません、訴えていいですか?」
ルピンが盗んだ品々の中には、遊木が保有していた資産も多数含まれる。
被害額もそこそこ出ているので、黒式のせいであればぜひとも慰謝料をいただきたい。
「……どうぞお好きに。私は彼を改造しましたが、洗脳はしていませんよ。それに、私は最高傑作を作っただけで満足しているので、これ以上何もする気はありません。というか、現時点で私に怪盗ルピンを止める手立てがありません」
「おいおい黒式ちゃん。そりゃどういうことだよ?」
桜子が怪訝そうに尋ねた。
「……いえ、ですから怪盗ルピンは最高傑作なんですよ。彼の性能はおよそ人間の限界を軽く超えてしまいましたからね。捕まえるなんて面倒な真似したくありません」
「はっ。いつになく饒舌だな黒式ちゃん。いいぜ、そんなに最高傑作だっつーならアタシが直々に相手してやろうか?」
「……ふふふ。桜子さんが相手なら不足なんてないでしょうね」
人間の性能を超えた怪盗ルピンに闘志の炎をたぎらす桜子。
天才性を誇るプラチナランクの人間を知っているだけに、黒式の自身の丈が伺えるが、怪盗ルピンというものが、どれほどのものかはまだピンとこない。
そう思っていたら、
『ねぇ、といちー。一個聞いていい?』
「……はぁ、どうぞ」
狐島先輩が質問をした。
心なしか少しだけ口元が薄く笑っているように見える。
『怪盗ルピンが完成したのは——ケンケンのおかげ?』
「……やはり、管音さんの目は誤魔化せないようですね。えぇ、彼を理論値として作り上げたのが怪盗ルピンです。机上の計算ですが、久遠健太君に勝るとも劣らないでしょう」
久遠健太。
その名前は覚えに新しい。
遊子が父を殺した遊園地で、最後まで優勝争いをし、桜子の部下である正義屋と争っていた男の名前だ。遊子も彼の戦いっぷりを防犯カメラから見ていたので、それなりに彼の強さは知っている。
そんな久遠健太と怪盗ルピンは同格かそれ以上。
思っていたよりも——この件の危険度は高いのかもしれない。
『らりるれろ〜♪ さくらちゃん、ごめんに〜。この案件は私様がもらったよ〜』
「ちっ、しゃーねーな。まぁ、そっちの方が面白そうだ。今回は私は傍観させてもらうぜ」
桜子先輩はそう言ってこちらに鋭い視線を送ってきた。
手出し無用。出したらぶち殺すと雄弁に語ってくれる。
もちろん、遊子はこの件に関して手を出すつもりなど一切ない。
父は楽しんでから死ねと言った。
碌でもない父であったが、父らしい最後の言葉だったので、その忠告ぐらいは守ってあげたいと思っている。
だから、
「結論も出たようで何よりです。では、これにて会議を閉会します。——さてさて、皆様方。娯楽を楽しみましょう」
少しでも楽しめるように——協力は惜しまないつもりだ。
遊ぶという名前を冠する家の一人として、楽しんで生きたい。